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第2章:氷結の大地、炎の開戦 第1節:飽和攻撃の夜明けと戦場の拡張

第2章:氷結の大地、炎の開戦

第1節:飽和攻撃の夜明けと戦場の拡張

20XX年〇月〇日、午前4時30分。北海道の凍てつく夜空は、まだ漆黒の闇に包まれていました。しかし、その静寂は、突如として破られました。千島列島択捉島、国後島、そしてロシア本土沿岸部に展開するロシア連邦軍の地対地ミサイル部隊、特に第70独立自動車化狙撃旅団サハリン及び第18機関銃砲兵師団(択捉島)の陣地から、無数の光の筋が夜空へと駆け上がっていくのが、日本の早期警戒衛星システム「はやぶさ」によって捉えられました。それは、日本の防空網を突破すべく発射された、射程400km級のイスカンデル-M弾道ミサイル、そしてカリブル巡航ミサイル群でした。発射されたミサイルの総数は、推定で100発を超え、その目標は北海道の主要軍事施設及び戦略インフラに定められていました。


札幌の防衛省情報本部、地下司令室。佐藤玲子二等陸佐は、大型スクリーンに映し出されるミサイルの軌道を食い入るように見つめていました。赤く点滅する無数の点が、まるで死神の眼差しのように、千歳基地、旭川駐屯地、札幌市内の政府関連施設、新千歳空港へと吸い込まれていくのがリアルタイムで表示されています。システムは、飽和攻撃による処理限界に達し、アラート音がけたたましく鳴り響いていました。


「迎撃ミサイル、発射!PAC-3、迎撃シーケンス開始!」


オペレーターの叫び声が響く中、航空自衛隊の地対空誘導弾パトリオットミサイルシステム(PAC-3)が火を噴き、夜空に白い軌跡を描きました。しかし、ミサイルの波はあまりにも圧倒的でした。最初の巡航ミサイルが千歳基地の滑走路に着弾し、轟音と共に爆炎が弾けます。アスファルトがめくれ上がり、巨大なクレーターが次々と生成されます。隣接する格納庫では、轟音と共に建材が吹き飛び、F-15J戦闘機が保管されている地下格納庫の防爆扉にも亀裂が入りました。


「千歳基地、滑走路使用不能!航空機離陸不可!第2滑走路も被弾!機能停止!」

「旭川駐屯地、司令部棟直撃!通信が一部途絶!甚大な被害、負傷者多数!」

「札幌市中心部、市役所、道庁付近で火災発生!民間施設への着弾も多数報告!」


怒号のような報告が飛び交う中、玲子は唇を固く結びました。これは、予期されていた最悪のシナリオでした。敵は、まず日本の防衛の要を叩き、制空権と指揮系統を麻痺させようとしているのです。彼女は、モニターの片隅に表示される民間被害の速報に目を向けましたが、すぐに業務に戻りました。感情を挟む余裕など、今の彼女にはありませんでした。


海からの脅威:太平洋艦隊の咆哮と揚陸の嵐

ほぼ同時刻、北海道の東海岸、根室半島沖と襟裳岬沖では、ロシア海軍の太平洋艦隊が姿を現しました。冷たい冬の海面に、キーロフ級重原子力巡洋艦「アドミラル・ナヒーモフ」を旗艦とする巨大な艦艇群が不気味に浮かび上がり、その主砲が火を噴き始めました。口径203mmの巨大な砲弾が轟音と共に放たれ、沿岸の町々を容赦なく襲いました。


根室市の漁港では、停泊していた木造漁船が次々と炎上し、その火が港周辺の密集した住宅街へと燃え広がります。一瞬にして木造家屋は瓦礫と化し、煙と焦げ付いた匂いが冷たい空気を満たしました。襟裳岬の断崖絶壁も、艦砲射撃によって崩れ去り、砕けた岩石が轟音と共に海へと転がり落ちていきます。


「敵艦隊、艦砲射撃を開始!沿岸住民は直ちに退避!繰り返す、直ちに退避!」


海上自衛隊からの悲痛な報告が、陸上自衛隊北部方面隊司令部にも届きました。神崎拓也一等陸佐は、作戦室の大型モニターに映し出される沿岸部の惨状を見ていました。市街地に発生した火災の赤い点が、冬の夜空に不気味に輝いています。市民の避難は、急遽発令されたとはいえ、この夜間、そして豪雪の中で、どれだけ進んでいるのか。彼の心臓が、締め付けられるように痛みました。


モニターの隅には、一部の海域で、高速で移動するロシア海軍歩兵(海軍陸戦隊)の大型揚陸艇、特に『イワン・グレン』級揚陸艦から発進した**上陸用舟艇(LCM - Landing Craft Mechanized)**の影が複数確認されました。


「上陸艇か…!数が多いぞ!」


通信オペレーターの声が震えました。ロシア海軍は、ミサイル攻撃と艦砲射撃で防衛線を破壊した後、大規模な海軍歩兵部隊を送り込もうとしているのです。海上自衛隊の護衛艦は、前日の警戒任務から引き続き展開していましたが、圧倒的な物量差と、奇襲による混乱の中で、十分な迎撃態勢を築けずにいました。一部の護衛艦は、対艦ミサイルによる反撃を試みましたが、ロシア艦隊の強固な電子戦(EW)妨害により、ミサイルの誘導が妨げられました。


ロシア海軍歩兵部隊は、海岸部に上陸すると、すぐに内陸部への侵攻を開始しました。彼らの装備は、冬の北海道での戦闘に特化しており、スキーや雪上車を駆使して、凍結した大地を迅速に進軍していきます。沿岸部に展開していた陸上自衛隊の沿岸監視隊は、瞬く間に壊滅状態に陥りました。


空からの奇襲:空挺部隊の降下と市街地の戦場化

午前5時00分。夜明け前の闇の中、北海道の空に、プロペラの轟音が響き渡りました。それは、イリューシンIl-76輸送機を筆頭とする大型輸送機編隊が接近する音でした。


「空挺部隊が接近!函館と札幌に大規模な降下を予測!対空防御、全システムを目標に!」


防衛省情報本部からの緊急警報が、ノストロモ号を思わせるような緊迫感をもって、全自衛隊基地へと伝達されました。しかし、地対空ミサイルシステムは、ミサイル飽和攻撃の直撃と、継続する電子妨害によって、その多くが機能停止していました。


函館市の上空。無数の黒い影が、輸送機から次々と飛び出しました。それは、ロシア空挺部隊の主力、第76親衛空挺師団の精鋭兵士たちでした。彼らはパラシュートを広げ、函館駅周辺の主要交差点、五稜郭公園、そして函館山付近の要衝へと降下していきます。地面に着地するやいなや、彼らは素早くパラシュートを外し、AK-74Mアサルトライフルを構え、事前に計画された通りに市街地を制圧し始めました。BMD-4M空挺戦闘車も同時に投下され、彼らの火力と機動力を大幅に強化していました。


函館の街は、一瞬にして戦場と化しました。静かな住宅街に銃声が響き渡り、火の手が上がります。爆発によって破壊された建物の破片が飛び散り、街は瓦礫の山と化していきます。市民は、何が起こっているのか理解できないまま、パニックに陥り、家から飛び出す者、地下室に隠れる者など、混乱の中でそれぞれの行動を取っていました。函館港は、空挺部隊の降下と同時に、港湾施設を占拠され、大型船舶の入港も出港も不可能となりました。道南の補給ルートは、開戦わずか30分で完全に切断されたのです。


札幌市内でも同様でした。大通公園、札幌駅周辺、そして政府関連施設が集まるエリアに、ロシア空挺部隊が降下しました。彼らは市街地を掌握し、主要な交差点にバリケードを築き、市民の移動を封鎖しました。冬季オリンピックの記憶が残る美しい札幌の街は、瞬く間に血に染まり始めます。降下した部隊は、市民に対する警告射撃を繰り返し、恐怖によって支配を確立しようとしました。


そして、最も警戒されていた動きがありました。首相官邸を急襲すべく、**スペツナズ特殊部隊(FSBアルファ部隊)**が東京に潜入していたのです。彼らは、周到な準備のもと、電撃的な奇襲攻撃を仕掛けました。官邸の警備隊と激しい銃撃戦が勃発し、日本の政府中枢が直接的な攻撃の標的となりました。地下深くの総理執務室では、高村総理が危機一髪で地下壕へと避難しましたが、スペツナズの目的は、日本政府の混乱と機能麻痺を最大限に引き起こすことでした。彼らは、サイバー攻撃と連携し、政府機関の通信を妨害し、情報遮断を図りました。


最後の砦:F-15Jの孤立奮戦と第7師団の防御

午前6時00分。新千歳空港が炎上し、千歳基地の滑走路が使用不能になったにもかかわらず、そこから飛び立った数機のF-15Jが、ロシア戦闘機と交戦を開始しました。彼らは、奇跡的に被弾を免れた予備滑走路や、有事のために指定されていた民間空港を一時的に使用して離陸していたのです。しかし、その数は、圧倒的に不足していました。


冬の夜空に、F-15Jのジェットエンジンの轟音と、ミサイルの誘導音が響き渡ります。対するロシア戦闘機は、Su-35SフランカーEやMiG-31BMといった最新鋭機でした。性能差は歴然ですが、日本のパイロットたちは、故郷を守るという強い使命感に燃えていました。


「フォックススリー!命中!」


無線からパイロットの叫び声が響きます。F-15Jから発射された空対空ミサイル(AAM-4)が、ロシア戦闘機の尾翼を正確に捉え、爆炎が夜空を彩りました。一機、また一機と、ロシア戦闘機が火の玉となって墜落していきます。千歳基地のF-15Jは、3機を撃墜する戦果を上げましたが、日本側も既に数機のF-15Jが撃墜され、パイロットたちは命を落としていました。制空権は、まだロシア軍に握られていました。レーダー網は断続的に途絶え、友軍機の位置さえ正確に把握できない中での、絶望的な空中戦でした。


地上では、**陸上自衛隊第7師団(機甲師団)**が、札幌周辺で決死の防御ラインを形成していました。彼らは、前日に神崎司令官の命令で急遽道南へと再配置されていた部隊です。雪に覆われた街道を、90式戦車や10式戦車が重々しい音を立てて進み、市街地と郊外の境界線、特に札幌ドーム周辺や白石区の幹線道路沿いに陣取っていました。戦車砲の轟音が響き渡り、空挺部隊の兵士がRPG(対戦車ロケット)を構えて突撃してくるのを、車載機銃が迎え撃ちます。


「戦車、前進!空挺部隊を市街地にこれ以上侵入させるな!歩兵、戦車の側面をカバーしろ!」


最前線の指揮官が叫びます。雪煙を上げながら、戦車が砲身を向け、ロシア空挺部隊のBMD-4Mや歩兵の陣地へと砲弾を撃ち込みました。空挺部隊は対戦車兵器を装備していましたが、戦車の圧倒的な装甲と火力の前に、次々と倒れていきました。しかし、彼らは圧倒的な兵力で押し寄せ、自衛隊の防御ラインは少しずつ後退せざるを得ませんでした。


市民には、緊急の避難指示が発令されました。札幌市は、地下鉄網をシェルターとして開放。人々はパニック状態に陥りながらも、地下鉄の駅へと殺到しました。駅員や自衛隊員、警察官が誘導にあたりますが、混乱の中で将棋倒しになり、あるいは市街戦の巻き添えになり、多くの市民が命を落としていました。地上は、既に血と瓦礫、そして死の匂いに満ちていました。


北海道孤立:補給の断絶と絶望の時

午前8時00分。開戦からわずか3時間半。ロシア軍の侵攻は、驚くべき速さで進行していました。


ロシア軍は、函館港だけでなく、北海道の物流の大動脈である苫小牧港をも完全に制圧しました。港に停泊していた船舶は破壊され、埠頭はロシア軍の戦車と兵士で埋め尽くされています。港湾クレーンは破壊され、コンテナが散乱し、船の残骸が湾内に横たわっていました。これにより、北海道への主要な補給路は、完全に断たれたのです。海上からは、ロシア海軍の艦艇が港を厳重に封鎖し、一切の船舶の出入りを禁じました。


「陸路、海路ともに補給困難。弾薬、燃料、食料、医療品…各部隊から不足の報告が相次いでいます。特に第7師団の戦車部隊は、燃料の残量が危機的状況です」


神崎司令官の元に、絶望的な報告が届きました。陸上自衛隊は、開戦前に確保していた備蓄物資と、道内の流通網に頼るしかなかったものの、主要港の制圧により、それも長くは続かないことが明白でした。特に、戦車や装甲車を動かすためのディーゼル燃料は、急速に底を尽きようとしていました。


「米軍の到着は?」神崎は、無線機を握りしめながら尋ねました。彼の声は、わずかに震えていました。


「最短で、あと40時間以上かかります…」オペレーターの声が震える。その声は、絶望を雄弁に物語っていました。


北海道は、今、完全に孤立しました。頼れるのは、自らの力と、凍てつく大地で戦い続ける兵士たちの命だけです。冬の厳しい気候が、彼らの体力を容赦なく奪い、寒さによる凍傷や低体温症が、負傷者だけでなく、健康な兵士たちをも蝕んでいました。


神崎は、作戦室の大型スクリーンに映る北海道の地図をじっと見つめました。赤く塗られたロシア軍の占領地域が、まるで癌細胞のように広がっていく。札幌の市街地では、まだ銃声と爆発音が響き渡っています。彼の家族は、今どこで、何をしているのか。彼は、作戦部長としての顔の裏で、一人の夫であり、父親である自分を必死に押し殺していました。


「各部隊、持ちこたえろ。可能な限りの防御線を構築し、持ちこたえろ。米軍の到着を待つんだ!」


彼の声は、疲弊しきった兵士たちの心に響きました。しかし、その言葉の裏には、いつまで耐えられるのかという、深い絶望が隠されていました。冬の北海道の地は、もはや静かな白い雪原ではありませんでした。それは、血と炎に染まる、巨大な戦場と化していたのです。そして、この戦場に、平和な日々が戻ってくる兆しは、どこにも見えませんでした。戦いの序盤でこれほどの被害と孤立に見舞われるとは、誰もが想像していなかった現実が、そこにありました。








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