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転校生

作者: 兎太郎

 僕は、初めて恋をした。

 本当に普通の日。彼女は教室のドアを静かに開けて、入ってきた。

長い黒髪を優雅になびかせ、堂々と品のあるように歩く。

「えー…今日からこの転校生が君たちと一緒に生活します。えーっと名前を……」

 彼女は素早くチョークを持ち、黒板に当てた。動くたびに星が舞う彼女は、見とれるほど綺麗な字で自分の名前を書く。

「始めまして、私『早乙女 鏡花』と言います。よろしくお願いします」

 品のある仕草で、僕達にお辞儀をする。担任は僕の席の隣を指差す。

 これは……はじまってしまう

 僕は妙に心拍数が上がるのを感じ、落ち着こうと深呼吸する。しかし、彼女がこちらに近づくたびに、息が詰まる。甘いいい匂いを漂わせながら、彼女は僕と目を合わせた。

ドキリとする僕。そんな僕をサポートするように彼女は上品に笑いかける。

「これから、お隣ですね。よろしくお願いします」

不思議なほどに吸い込まれる彼女の目。漆黒に染まる目と彼女の仕草、早乙女 鏡花と言う人物その全てを僕は好きになってしまった。


 早乙女さんが転校してから僕は、少し変わった。

性格とかではなく、環境がだ。

 早乙女さんは、なぜだか知らないが僕に良く話しかけてくれて、グループをつくるときや、休み時間のときも、よく話しかけてくれる。

 社交性のある早乙女は、もちろん僕だけでは無く、他の人達にも話しかけて、人脈を広げている。

 人気者の早乙女さんのおかげで、僕も、距離が遠かった人達と、仲を深めることができた。

 今まで僕は、休み時間に読書をするようなド陰キャだったが、今じゃ、休み時間を充実に楽しく過ごす、陽キャだ。

本当に早乙女さんには感謝しか無い。

 そんな僕は、ある時、早乙女さんにお礼がしたいと思った。何か、彼女にピッタリなプレゼントをあげよう。

決心した僕は元気な足取りで、夕日に照らされた道路を歩く。

 今日が「だいじょうぶな日」であることを願って。


 「ただいま…」

僕はボロボロの扉を開け、かすれた声を出す。ゴミだらけの部屋の先からは返事が無い。

 今日はだめだ。心のなかで僕は、そう悟り、自分の部屋へと向かおうとした。

 その道中、僕は足に何かが引っかかった。下にゴミが散乱しているのは十分承知していたが……何だか、この感覚は、「拾わなくてはいけない」と言う感じがした。

 恐る恐る、僕はそれを拾う……。

 しかし、期待は外れた。

ただの紙切れだ。汚い字が書き出されていた、グチャグチャの紙切れ。

「はぁ……」

僕は、思わずため息を漏らす。母さんの財布だったら、早乙女さんに、何かプレゼントを買ってあげれたってのに……。

 すると、湿った、重いふすまから、幽霊のような白い手が出てきた。

 骸骨の様にげっそりとした顔、ガリガリに痩せたその胴体。寝起きの様にグチャグチャな黒髪。

そう……これが、僕の母さんだ。


 母さんは、お父さんが不倫してからおかしくなってしまった。

 仕事を無理にでも突き詰め、給料をもらえば、酒に全てを注ぎ込む。

 僕が何回掃除しても、母は部屋を散らかす。

読めないほどの汚い字をたくさん書いた、先ほどの様な紙切れをビリビリにし、ばらまく。そして、家にあるものをガッチャンガッチャンにして、暴れる。

ある意味、病気だ。精神科を受診した方がいいと思う。しかし、母は病院なんかに行かない。

 仕事に行って、帰ってきて、暴れて、今のようにげっそりとした状態になる。

これはどうも頼めそうに無い。

今ここで「お小遣いがほしい」だなんていい出したら、きっと母さんはまた、暴れ出して大変な事になるだろう。

 僕は骸骨の様な母さんを見つめ、優しく話しかけた。

「母さん……だいじょうぶ?」

「だいじょうぶよ。それよりも……あいつ……地獄に落ちた!

地獄に…、落ちた落ちた落ちた落ちた落ちた落ちた落ちた落ちた落ちた落ちた落ちた落ちた落ちた落ちた落ちた落ちた落ちた落ちた落ちた落ちた落ちた落ちた落ちた!」

 眼球が飛び出すほど目を見開き、思わず耳をふさぎたくなるほどの金切り声を上げる。

「はぁ……母さん、だいじょうぶだよ。お父さんの事はもう何年も前のことでしょ」

 またこれだ……僕は呆れながら、母を落ち着かせる。

 母はたまに…いやっ、常日頃にこんな感じで、金切り声を上げる。

 何年か前に、不倫した父が、その相手に騙され、殺された事を喜んでいるのだ。

しかし……それは昔の出来事。それを毎日毎日喜ばれると、こっちの身も持たない。

 そう言えば…父を殺した犯人、まだ捕まっていないらしい。一体、誰が殺したのだろう。


 色々疑問に思うこともあったが……今、僕のスクールライフはすごく充実している。

やっぱり早乙女のおかげだ。

やっぱり彼女には何かお礼がしたい。何がいいいか…

僕は、茶色い机とにらめっこしながら、あごに手を当てる。

「あのっ……宏くん」

天使の様な、甘い声で僕に囁く早乙女さん。彼女に話しかけられたからか、僕は鼓動が速くなり、息が荒くなる。

「な、何でもないよ早乙女。ぼ、僕はちょーっとなんか、色々考えちゃっただけだから」

そう、僕がヘラヘラすると早乙女さんはホッと胸を撫でおろす。良かった……とでも言うような顔を浮かべ僕を見つめた。しかし、彼女は安心したからなのか、手に持っていた小さい鏡を床に落としてしまった。

「パリン…」

鋭いガラスの破片が床に散らばり、僕の方へとそれが刺さる。小さい破片だったから、切り傷ぐらいで済んだが……一応保険室に行った方がいいだろう。

そう、決めた僕は早乙女の顔を見る。

「だいじょうぶでしたか?ケガはありませ……」

僕は呆然とする。こんな顔の早乙女、見たことがなかった。顔をグチャグチャにして泣き崩れ、こぼれ落ちる涙を綺麗な手で一生懸命に拭う。

周りはザワザワし始め、なぜだか、あたかも僕が鏡を割ったかの様になり始める。

どうしよう……僕は、青ざめた顔で周りを見渡す。冷静じゃない僕は衝動的にその場から逃げ出した。

情けない気持ちが喉に突っかかり、同様しながらも廊下を走る。無我夢中に走り続けていると、いつの間にか、僕は家についていた。

今日は幸い、母さんが居ない。これで僕も少しは休める……そう思ったその時。ふと、良くない考えが頭の中を横切った。

 

「どこだっけな……」

僕は、古いドレッサーの引き出しから母の鏡を探し出す。昔からあった母さんの鏡は綺麗で、とても素敵な鏡だ。綺麗な赤い花が描かれた黒い縁の鏡。今日、僕は早乙女さんを悲しませてしまった。

だから、あの鏡をプレゼントして謝ろう。どうせ、母さんは鏡をたいして使っていない。

誰かにあげてもだいじょうぶだろう。

僕は引き出しの奥に手を突っ込み、かき回す。硬く大きな感触が伝わったため、僕はそれをつかみだす。

見事、それは僕の求めていた「鏡」だった。

目を見開き、無邪気に笑った僕は、勢いよく玄関のドアを開け、外に出た。

 偶然にも、彼女は公園にいた。

夕日の照らされる彼女はいつもにまして綺麗だ。

そんな早乙女さんは誰もいないさみしいブランコに乗り、うつむきながらぶらぶら揺れる。

 僕は手に持っていた鏡を背中に隠し、彼女に近づいた。彼女はすぐに僕を認識し、何とも言えない苦笑いで手を振る。僕は生唾を飲み込み、隣のブランコに座る。

「早乙女さん……今日は、本当にすいませんでした」

「あっ……こちらこそ。何だか、宏くんが悪いみたいになっちゃったよね。全て、私が悪んですけど」

「それで……何で早乙女さんはあんなに鏡を大切にしていたんです?家族からの贈り物とか…ですか?」

彼女は顔を曇らせ、口を開く。

「実は私ね……お母さんが死んじゃったんです。

しかも、殺されて」

僕は口元を押さえ、鼓動を速める。

「私は、小さい頃お父さんとお母さんがいました。しかし、お父さんは他の人に目移りしたらしくて、不倫しました。しかも、それをしていたのって、お母さんと結婚する前からだったんです。

そんな母は父の不倫を知って、悲しみました」

――あれっ…こんなような話……聞いたことあるような

「そして、不倫を知られた事に気付いた父は焦りに焦って、逃げました。

ただ、逃げただけなら良かったんですが……」

――なんだ……嫌な予感が。

「殺してから、逃げたんです。わたしの目の前で、綺麗な手鏡を投げつけて……それで、私、鏡が割れる音がトラウマになっていて」

「手鏡?ってどんな」

僕は少し声を震わせながら、彼女にそう聞く。彼女はキョトンとしたように、淡々と言った。


「赤い花が描かれた黒い鏡ですけど」


――は?


「この鏡……男が、必ず付き合う女にプレゼントしてたらしいです。しかもぜーんぶ同じ鏡なんですって

不思議ですよね……付き合った女に全く同じ鏡をプレゼントするなんて。すごく悪趣味ですよね」

僕は、顔を真っ白にして、手を震わせる。思わず背中に持っていた手鏡を冷たい地面に落とす。

彼女は落ちた物を気にして、下を覗き込み「それ」を手にとった。

彼女は何も言わなかった。ただ、呆然とフリーズしながら、手を震わせ、その鏡をのぞき込む。

「な、何で……何で……」

彼女は声を裏返し、震わせながら、立ち上がる。

「好きな……人、だったのに……」

彼女は僕の胸ぐらをつかみ、怒鳴りつける。

「結局あなたはあいつの子供!

そして、私はお母さんと全く同じ。騙されてた。」

騙してなんかないよ。

「もう嫌……死んで」

彼女は思いっきり、その鏡を僕の頭に叩きつける。そして、地面に落ちた大きな破片を拾い上げ、僕の首を切りつける。



僕は死んだ。でも……また生き返った。いわゆる死に戻り。僕は彼女が転校してきた日にまた戻った。今度は彼女を好きになんかならなかった。

むしろ、復讐心が湧き出てくる。何もしてないのに殺された憎しみ、疑問。

そして、僕はまた、良くない考えが頭を横切った。

 

 月日が流れ、僕は成人し、オトナになる。

僕は大人になっても「良くない考え」をやめることはなかった。

鏡をつくる工場に入り、技術を学び、全く同じ手鏡を何個もつくる。そして、僕は二度目の恋をするんだ。

転校して来た彼女と……違う誰かと……

もちろん、渡すのは

「赤い花が描かれた黒い鏡」だよ。

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