行商人が殺人を予知した話
1
500年ほど昔の山梨県。
サンワリと呼ばれる行商人がいた。
仕入れに対してかならず3割の利益を乗せて売る、と
馬車に表示、実際にそうして信用を得ていた。
どこで何がいくらで売られている、と情報も提示。
基本的には人に親切に接する、言うべきことは言って
怒るべき時には怒る。
山賊や強盗に対しては、徹底抗戦、かならず敵を殺して自衛した。
毒矢の弓、毒ナイフ、毒槍、毒剣など装備。
中央で品物を仕入れて、険しい魔王山に向かった。
魔王山には3つの村があり、下から下ノ村、中ノ村、上ノ村。
馬車で朝5時~夕方5時に動いてちょうど1日ずつかかる行程。
2
下ノ村まで半日の道。
向こうからやせたノッポの男が歩いてきた。
サンワリ
「やあ、こんにちわ。私は行商人のサンワリ。
下ノ村では何か変わった事はありましたか?」
男は黙って馬車の横を行こうとした。
「これどうぞ」紙タバコを2個差し出した。
タバコは人気商品。男だけでなく女子供も吸う。
虫除けになる。そして家の虫予防にも。
蚊に刺されるよりは煙い方がいくらか良い。
もちろんニコチンに中毒性があるので冬でも売れる。
受け取り、返報性の法則という詐欺に引っかかって
男は話しだした。
「そう、だな・・・。上ノ村の果樹老人が、昨日の夜、
南方人と河内人に殺されたよ」
「ええっ?」思わずサンワリは驚きの声を上げた。
男は、よけいな事を言った、という表情をして、後方の道へ走り去った。
上ノ村の果樹老人は村長。果樹園の持ち主。何度も取引している。
タバコを売り、季節の果実を仕入れる。昨日殺された?
馬車で二日半の距離を、あのノッポ男は歩いてきたのか?
色が白く背が高い。これは北方人の特徴。
3
夕方5時に「下ノ村」に到着。
「何か変わったことはありましたか?」
村人
「いや、例年通り何もないねえ。
それより都の話を聞かせてくれ」
サンワリは知ってる限りの情報を伝えた。
翌朝5時に出発。
やはり中間地点に来た時。
向こうから太って色の黒い南方人が歩いてきた。
「やあ、こんにちは、私は行商人のサンワリ。
中ノ村では何か変わったことはありましたか?」
南方人は意地の悪そうな目で睨んで、何も言わず馬車の横を通って。
「では果樹老人は、あなたが殺したんですか?」
「えっ!何を言ってる、ち、違う、殺していない、
殺したのは河内人だ、あの下品なチンピラが昨日の夜にやったんだ、
俺じゃない!」
南方人は、そう言って全速力で走っていきました。
その日の夕方5時、中ノ村に到着。
村長や村人と話すがニュースは無し。
翌日の朝5時に中ノ村を出発。
「さて上ノ村の村長、果樹老人は殺されてるのか、
生きているのか、確かめてみないと」
4
今度は途中では誰にも会わず。
夕方5時。上ノ村へ。
「一つ、合理的な解釈をすると・・・
ノッポ男もデブ男も「昨日の夜に果樹老人は殺された」
と言った。だとすると・・・」
村に入らずに馬車を止めて。
サンワリは果樹園に徒歩で向かった。
老人は夕方に収穫物を運ぶのを手伝っているはず。
果樹園方向で下品な叫び声がしていた。
猪のような猪頚のスキンヘッドの大男。傷だらけの顔面。
聞くに耐えないえげつない河内弁で脅し文句を並べている。
刀をちらつかせて縛られた果樹老人にお金の在り処を聞いていた。
サンワリは近づいて弓を放った。
だが振り返った河内人は、刀で飛ぶ弓矢を切った。
「なんじゃおんどれっ、いてこましたる!」
獣のように喚いて襲いかかってきた。
毒槍の先を切り飛ばされる。毒のナイフや石を投げ、抵抗するが、
河内人はゴリラのように獰猛で、サンワリは追い詰められた。
殺しによほど慣れているらしい。
刀を毒剣で防ぐ。
「ヒヒヒヒヒッ!」
勝ちを確信して嘲笑しながら刀を押し込んでくる。
「ヒヒーン!」ガシィ!馬が前足で河内人の頭部を蹴った。
「ぐわっ!」倒れる河内人。
すかさずサンラクは剣で、敵の首を切り落とした。
馬車の馬は、到着と同時に自由にしていた。慣れているので。
5
縛られた果樹老人の縄を解く。
殴られてはいたが重傷ではない。事情を聞く。
果実の収穫で3人を雇った。
北方人、南方人、河内人。
遠方の噂話を聞く目的で。
特にリーダー格の河内人は、愛想がよくニコニコして
笑顔で接してテキパキと働いていた。
今日のような本性は、ついさっき、初めて見せた。
こちらの状況も話すと。
果樹老人
「3人は強盗仲間だったんだろう、でも殺しまではやっていなかった。
私は親切に接したから、反対して北方人は逃げ出した。
で、その日は中止した。翌日また逃げたから中止、3日目の今日、
主犯は本性を見せて実行した、ということか」
サンワリと村長は信頼関係を結んで何回も取引、
数年してサンワリは村長の養子になり、美女を嫁にもらって
果樹園の横にタバコ農場を作り、長者になって幸せに暮らした。
手本は紀田順一郎「謎の話」。