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僕と  作者: 宵待昴
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おみくじの駅

僕は揺り起こされて、目を開けた。

友人の満寛と、電車を使って大きな本屋に行った帰り。

「寝過ごした」

「寝過ごした?」

思わず、隣に座る満寛を見る。とてつもなく不機嫌な顔をしていた。そっと視線を外し、窓の向こうを見る。トンネルの中なのか、真っ暗で何も見えない。電車内のモニターは、何故か真っ暗で何も表示されていない。おまけに、乗客も僕らしか居なかった。

「さっきからずっと走ってる。多分、十五分以上は駅に止まってない」

「……変だね」

そう言うのが精一杯だった。乗った路線は、各駅に数分おきで着くものなのだから。スマホを見れば、夜十一時過ぎ。二度見した。夕方六時過ぎに電車に乗ったのに、五時間くらい経っている。しかも圏外。呆然としてたら、アナウンスが聞こえた。

「まもなく 譚・縺ヲ縺ッ縺?¢縺ェ縺神社 譚・縺ヲ縺ッ縺?¢縺ェ縺神社です」

僕らは顔を見合わせる。

「何神社って?」

「さあな」

言ってる内に、電車は止まった。ゆっくりドアが開く。

「降りようか……」

「ああ」

降りたホームは無人だった。外にあるホームで寒い。背後でドアが閉じ、電車が去って行く。

「真っ黒だな、電車の色」

「乗った電車、青色だったよね」

その真っ黒な電車を見送り、僕らはホームを歩いてみる。一番端に何かあるのが見えた。学校の教室にあるような机の上に、古い木製の大きな筒と、一〜九十九の番号が振られた引き出しが置いてある。

「御神籤」

触れようとして、後ろから声が掛かる。

「あのう。おみくじ引きたいんですけど」

普通の中年の女性。いつの間に居たのか。

「僕ら、おみくじの係とかじゃないんですけど」

「でも、譚・縺ヲ縺ッ縺?¢縺ェ縺神社の紙、持ってますから。お願いします」

また、謎の名前の神社。というか、ここの駅名じゃなかったっけ。女性は、白い紙を僕に押し付けるように差し出して来る。寒いのに、余計背が冷える感覚になった。

「後ろつかえてるんで、早くお願いします」

見れば、女性の後ろに結構な人数の老若男女が並んでいる。皆、じっと僕らを見つめていた。僕は満寛を見る。

「あの、手伝って」

「おう」

訳が分からないまま、僕は女性から紙を受け取り、机に置く。それから、御神籤の筒を渡した。女性は無表情で筒を振り、籤を引く。

「五十五番」

読み上げられた番号の引き出しを、満寛が開けた。中には薄めの紙が何枚も入っている。中が見えないよう二つに畳むような形で、満寛は女性にその紙を手渡す。

「ありがとう」

女性は紙を受け取ると、普通に歩いて改札口の方へ歩き去って行った。見送る間も無く、次の人に紙を差し出される。それからは休む間も無く、僕らは御神籤を無表情な人々に渡し続けた。どれくらい経ったか、ようやく最後の一人に御神籤を渡し、御神籤配りは終わった。

「俺たち、何やってんだろうな」

訳の分からない駅で、訳の分からない客に訳の分からない御神籤を渡している。聞いてるだけなら笑い話だ。満寛は引き出しの一つを開けて、中の紙を取り出した。

「満寛?」

「“吉中”これしか書いてない」

満寛はまた違う番号の引き出しをいくつか開けて、それぞれの紙を取り出す。

「吉大、吉、凶大、吉末。変だな。渡した時はもっと文章が書いてあったように見えた」

「うん。よく見てないけど、そんな空白だらけじゃなかったと思う。……あ」

思いついて、僕は御神籤の筒を振り籤を引く。

「九十九番」

満寛も分かったような顔で、九十九番の引き出しを開ける。紙を僕に渡してくれた。僕はそれを読み上げる。

「“大吉 金色の電車が帰り道”だって」

「そうか」

本当に金色の電車なんて来るのか。この御神籤って一体。

「この貰った紙もなんだろ」

見る暇が無くて、裏返しに重ねたままだった。僕は重ねた一枚を見てみる。

「全然読めない。文字化け?享年四十五しか分かんない」

「見せろ」

僕は紙を満寛に見せた。

『譚・縺ヲ縺ッ縺?¢縺ェ縺神社 縺ゅ?荳門セ。邀、 享年四十五』

「確かに分からん」

あっさり同意してくれた。というか享年て。不穏。他の紙も同じ文言で、享年だけがそれぞれ違う。気持ち悪かった。それに、胸騒ぎがする。何かが引っかかっていた。改札の方へ行こうかと話していたら、ガタガタと御神籤の筒がひとりでに揺れる。黒い塊が飛び出して来て、僕に飛び付いて来た。

「うわ」

馬乗りで、僕の首を締めてきた。手の形はしてるけど、人じゃない。掴んでも、ぐにゃぐにゃで手応えがなかった。動けない。苦しい。ガリガリと、遠くで何か音がする。

「おい、そいつにも紙はあるぞ!」

満寛の声。友人の大声なんて初めて聞いたな、とこんな時にどうでも良いことを考えてしまった。締める手の動きがぴたりと止まる。白い紙が飛んで来て、黒い塊に触れる。

『譚・縺ヲ縺ッ縺?¢縺ェ縺神社 縺ゅ?荳門セ。邀、 享年百』

そう、走り書きで書いてある。黒い塊はその紙を呑み込んで、御神籤の筒へ戻って行った。空気が吸えた途端、激しく咳込む。満寛に起こされた。

「ありが、と」

「喋るな」

しばらくしてようやく落ち着いた。

「さっきの、」

「賭けだった。俺たち死んでねぇし」

「あの紙が無いと、籤引いちゃダメだったんだ」

となると。僕は百歳で死ぬのだろうか。満寛がまた紙に、享年百まで全く同じことを書いて机に置き、御神籤を引いた。

「一番」

自分で引き出しを開け、紙を取る。

「“大吉 友を大事にすれば道は拓く”だと」

ひらりと僕に紙を見せ、満寛は息を吐き出す。

「これで、死んだら籤引かなくて良いな。俺たち」

この友人の分かりにくい優しさに、僕は救われている気がする。

「ありがとう。満寛」

「電車来たな。帰ろうぜ」

「え」

見れば、目に痛いくらいの金色の電車が、浮かび上がるようにホームへ現れていた。



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