五百円で飯がたらふく食える店
近所に、食べ放題の店がオープンした。
炊きたてご飯と味噌汁、メシの友各種が食べ放題で一人五百円、メインのおかずは別売り。
ハンバーグ一皿四百円、焼き魚一匹三百円、カツとじ一枚二百円、その他いろいろ。
おかずなしでも利用が可能なので、お安く食事がしたい…とにかくたらふく食べたい人たちに人気の店となっている。
メシの友は日替わりで、野沢菜やめかぶ、キムチなんかが五種類ほど並ぶ。バットの上にドカンと盛り付けられていて、正直おかずなしでも充分腹が膨らむ。
ごはんの自動盛り付けマシンが置いてあり、客は自由におかわりできるシステムとなっているから、店員をいちいち呼び出す必要はなく、時間制限などもないため、好きなだけ食べ続ける事が可能だ。
……実にいい店ができた。
豪勢なおかずなんかなくても、腹が膨らめばそれで御の字だからな。
俺には自炊する習慣がない。米なんか新卒の頃に数回炊いただけで、親が買ってくれた炊飯ジャーはもう何年も押し入れの奥に入れっぱなしになっている。
疲れた時は仕事帰りにスーパーに寄るのが面倒で、なにも食わずに風呂に入って寝てしまう事もあるくらい、食にはあまり興味がなくてさ。
よし、今後はこの店で飯を食う事にしよう。
月曜、ねぎをたっぷり入れた味噌汁と、キムチご飯、肉そぼろご飯、明太子ご飯、韓国のりご飯を一杯づつ食べた。
火曜、ねぎをたっぷり入れた味噌汁にごはんをぶち込んだものを二杯と、炒り卵ご飯、ツナの煮物ご飯、海苔の佃煮ご飯、輪切りソーセージご飯を一杯づつ食べた。
水曜、ねぎ少なめの味噌汁にとろろをぶち込んだものを一杯と、卵と玉ねぎの炒め物ご飯、出汁かけご飯、つぼ漬け乗せご飯、塩昆布乗せご飯を一杯づつ食べた。
木曜、乾燥わかめとねぎをたっぷり入れた味噌汁を一杯と、ひじきの煮物ご飯、ラッキョウ乗せご飯を一杯づつ、カレー風味のミンチ乗せご飯を三杯食べた。
金曜、味噌汁は飲まずに、すき焼き風のそぼろ煮込みご飯を五杯と丼いっぱいに野沢菜を食べた。
土曜、味噌汁にもやしナムルをぶち込んだものを三杯と、魚肉ソーセージと卵のそぼろご飯、ねぎの甘辛煮乗せご飯、めかぶご飯、ひきわり納豆ご飯、ゆかりのふりかけご飯を一杯づつ食べた。
日曜、具のない味噌汁にごはんをぶち込んでキムチを乗せたものを三杯と、チキンそぼろご飯を三杯、猫まんまふりかけご飯を一杯食べた。
一週間毎日通ったが、全く飽きない。
それどころか…、今日は何の飯の友が出てくるんだろうとワクワクする。
飯が楽しみになるなんて…ずいぶん久しぶりだ。
スーパーに行かなくなって、地味に節約にもなっているのもありがたい。
今までは半額の弁当を買うついでにシュークリームや酒なんかも買ったりしていたので、メシ代が五百円で収まることは少なかったのだ。
……まさに、WIN-WINだな。
残業や飲み会で行けない日をのぞいて、毎日食べ放題の店に通うようになって…一ケ月が過ぎた。
「後藤さん、なんか…太りました……?」
「おい、後藤!!お前尻が…はちきれそうだぞ?!」
「後藤君、なに、もしかして…幸せ太り?」
最近、やけに…声がかかる。
今まではどれだけ俺がげっそりしてようが何も言ってこなかったのに…不思議なものだ。
「ごく普通に暮らしてるだけですけど」
メシをたらふく食べ続けていたせいで、信じられないくらい増量してしまった。
人って、ひと月で六キロも増量できるもんなんだな……、少々驚きつつも特に気にせず、仕事に集中していたのだが。
「後藤君、ちょっと…いいかな」
「はい」
新入社員検診のチェックのために産業医が来ているとのことで、いい機会だから一度診てもらいなさいと…部長にしつこく言われ、急遽面談することになってしまった。
健康管理ルームで体重と血圧を測り、簡単な問診を受けることになったのだが、中年の男性医師の表情が…段々と握り拳みたいになってきて、若干居心地が悪い。時折手を顎のあたりにやり、こちらと書類、パソコン画面を見比べている。引いている…、いや、呆れているような?
「急な体重の増加は体に負担が大きいですよ。血圧も上がってきているみたいですし。何か…心当たりはあります?」
……血圧が高くなっているのは、たぶんベルトが腹に食い込んでいるからだと思うのだが。ベルトを外して測り直すも、数値は高いまま…下がるまでには時間がかかるのだろう。
飯は美味しく食べることができているし、体調もいいわけだし、ちょっと太っただけで…別に健康に問題はないはずだ。…多分。
「近所に五百円で炊き立てのご飯が食べ放題の店ができまして。ここしばらく、毎日そこで晩飯を食べるようになりましてね。今までは食べない日もあったので、むしろ健康になってると思うんです。こってりした揚げ物や肉メインのおかずはほとんど食べてないし、甘いものだってぜんぜん食べてないんですよ?自動で盛り付けられるご飯と、メシの友だけを…気の済むまで食べていただけで」
「……気のすむまでですか?ご飯は、せめて二合くらいまでにしておかないと。運動習慣もないんですよね?はっきり言って、完全に食べすぎです。ご飯ばかり食べていたらバランスも悪いですし、メシの友は味も濃いものが多いですからね。このままだと……糖尿病になるかもしれないですよ?お父様が糖尿病とか言ってましたよね?いいですか、食事というものは……」
食生活の乱れというやつを指摘され、いい年をして…ガッツリ説教をくらってしまった。
しばらく食べ放題に行くのをやめて、せめて元の食生活に戻す努力をするようアドバイスをされる。
でもなあ、一食五百円という破格の安さがなあ。
「要は食べすぎなければいいんですよね?一食五百円は安いんで、食べすぎないよう注意して通うというのは…」
メモを取っていた先生の手が止まり、…うん?何やら大きなため息を…わざとらしくついたぞ。
「…空腹状態の人は、食べ物を前にすると食べたいという欲に負けてしまうものなんです。際限なく炊き立てのご飯が出てくる場所なんかに行ったら、絶対に途中でとめられないですから。行かないのがこの場合正解です。というか、そもそも…一食五百円につられるのはどうかと思いますね。安く思えるかもしれませんけど、十回食べに行ったら五千円かかるってことですよ?それだけあれば米が十キロ買えるってご存じですか?米十キロってのは、六十六合もあるんです。一食で二合食べるとしても、一ヶ月以上食べられる計算になるんですよ?節約をしたいと思うなら、五百円が安いと思うのであれば、自炊してください。質素なものを食べ続けたいなら、納豆と豆腐とせんキャベツを買って食べてください。一食二百円くらいで済みますのでね!」
「…なるほど。一食五百円が、半分以下に。塵も積もれば…という事ですか。わかりました、じゃあとりあえず…米を買うところから、始めて見ようと思います」
俺はその日の夜、久々に……押し入れの奥から、炊飯ジャーを出した。
あとは、これで炊くための、米を買って来れば。
……まあ、今日はとりあえず、飯を食いに行くかな。
金曜、味噌汁は飲まずに、生姜焼き風そぼろご飯を三杯とカニカママヨネーズ和え乗せご飯を二杯食べ。
……米を買いに行くの、めんどくさいな。
土曜、味噌汁にねぎをたっぷり入れた味噌汁と、刻みザーサイ乗せご飯二杯と、沢庵タルタルご飯を三杯食べ。
……休日の日は夜しか食わないことが多いから、腹が減って力が出ないな。
日曜、味噌汁にごはんをぶち込んで三杯食べ、塩辛乗せご飯を四杯食べ。
……仕事帰りに十キロの米を持って帰るのは、きついんだよな。
五百円の飯を、四回も食ってしまったじゃないか。
……このまま、米を買えなくなりそうな予感がする。
いかんいかん、これ以上太ったら、部長に何を言われるか……。
自炊をすると、部長に宣言してしまったからな……。
もう、二千円分…食ってしまった。
二千円……。
二千円では、十キロの米は買えないから、まあ…セーフ、か?
……そうだ、米を買える金額になるまでは、飯を食いに行っても良い事にしよう。
どうせもう間もなく自炊しなければいけなくなる。
食べ放題の日々は間もなく終わる。
最後の晩餐ってね…、心置きなく食い散らかしてから、自炊生活に入ることにしよう。
火曜、味噌汁にねぎとわかめとご飯をぶち込んで二杯食い、玉ねぎのチリソース炒め乗せご飯を二杯とミックスベジタブルのバターソテー乗せご飯を一杯と塩サバふりかけご飯を二杯食べ。
水曜、味噌汁は飲まず、むぎとろご飯を四杯と、こんにゃくたっぷり土手煮込み乗せご飯を四杯食べ。
木曜、ねぎをたっぷり入れた味噌汁を一杯と、福神漬け乗せご飯を一杯、シシャモ激盛りご飯を三杯、タコライス風ミンチ乗せご飯を三杯食べ。
五百円が、七回分……。
三千五百円では、最高級の美味い米は……買えないな。
……へえ、この米、ブランド米なのか。
十キロで二万八百円ねえ……。
ダイヤモンド褒賞受賞…五万円か。
六合で一万八百円ってのもあるぞ、十キロ換算だと…十万八千円!!!
あと二百回も…食えるのか!!!
……ま、急いで米を買いに行くこともあるまい。
俺はいつものように、食べ放題の店のドアを開けたのだった。