第七話 未知と既知
前回の投稿後に、初めて感想を頂けました!
今でもモチベーションが高まっているので、作者にしては早めの次話投稿に繋がりました!
PVも300突破致しました!
読んで頂きありがとうございます!
辺りに分散するようにして空気中に溶けて、少しずつ輝きが薄れていく光の粒子は優しく肌を撫でる風に拐われて…ふわりと、跡形も無く消えていった。
「…嘘。こんなルートなんて、アタシは知らない…」
然しその輝きは、二つの生命の灯火だった事を…簡単には忘れたくない。
少年の方のダークは、腰が引けていなければ冷静に自分が置かれている状況を分析してから慎重に動けるようで、司令塔や現場で戦いながら指揮を取れるであろう器だった。
少女の方のベリィは、短時間での頭脳戦は苦手そうではあるものの、気配の遮断や反射神経も中々に良かったから斥候部隊に向いていそうで、修練さえ続けていけば飛び道具を扱う狙撃手にもなれそうだったので、敵との間合いが選べずとも臨機応変に対応できそうだった。
少年と少女の命を、私は身勝手な理由で奪った。
自ら決めた選択肢に後悔は無いと、直ぐには言い切れないと…久方振りに心が悲しんでいる。
「どうして…明らかなバグ挙動なのに、エラー対象から外れているの…?」
余程ショッキングだったのか、背後から酷く動揺したように震える声が聞こえる。
かなり急いでいたからか、彼女にも確実に見られるという当たり前の事すら…忘れていた。
「…貴女には見せるべき光景ではなかったね」
「そういう事じゃなくて!プレイヤーをチュートリアルのNPCがキルするなんて…有り得ないんだってばっ!!」
「有り得ない…?人数が多少違っても補い切れない実力差があった、命を奪い合う殺し合いの場で、如何して私が確定事項の様に殺される前提の未来を語れるのかな?」
「だって…だって、だって!今回のエクストラルート専用の最凶NPCはッ…プレイヤーに殺される直前に逃げてから、全シナリオの序章クリア後にやっと解禁される、追加キャラ登場に繋がるキーパーソンでッ!!」
「悪いが、もう少しだけ落ち着いて喋ってくれないかな?流石に全てを即座に聞き取る事はまだ不慣れで、理解するのに時間が掛かってしまう」
散々騒ぎ立てていた彼女は、今度は口をパクパクと開閉を繰り返して驚くと、当然の様に無断で私のステータスを【鑑定】してくるが…覗こうとしても常時発動中の【隠蔽】を授けてくれた闇の彼女のお陰で、素の能力値ではない事すら知り得るのは…少し難しいのではないかと思う。
「これは…偽装した能力値?!それに、トワちゃんはNPCなのに…アタシの言葉を理解してるの?」
「おや、偽装だという事は判別されてしまったか!それに…その反応を見る限りでは、さっき急に追加された【翻訳】という、不可思議で会話だけなら万能でチート級なスキルを私に与えたのは、貴女ではない第三者による行為かな?それとも…麻痺状態に陥って地面に転がっている、馬鹿二匹の仕業なのかな?」
「二匹…?あぁっ!」
そう言って彼女は馬鹿二匹に近寄り持ち上げようとするが…先に比較的小さい馬鹿を持ち上げようとして、腕をプルプルと振るわせながら数センチ持ち上げてから落として、ゼェハアと息切れを起こす。
息が整うと次は何故か、比較しなくとも大きな方の馬鹿を持ち上げようとして…案の定微塵も動かせず、最早手を添えただけにしか見えなかった。
「ぬぎゅ〜!!」
小柄と言われることが多いとは言え、成体の人類種の私は振り回していたのに…おかしいな。
二匹同時に持ち上げようとするならともかく、一匹ずつなら私の体重よりは軽かった感覚なのだが…
「まぁ、年頃の女性的な観点からすれば、重いと言われるよりはいいか……だが、それよりも」
「ふんぬぅ〜!!」
「本当に手間が掛かる…愛おしき我らが女神様へ【身体強化】を、かなりすッーーふぇくぢっ!」
…あっ。
「こんのぉ…!どっせいッ!!」
「「ニ゛ッ?!」」
くしゃみで手元が狂い、計り知れない上振れで発動した【身体強化】を掛けられたとは知らない彼女。
哀れにも馬鹿二匹は、持ち上げる事だけに集中した彼女の全力の腕力により空高く打ち上げられ、地面に叩き付けられると光の粒子へと変わり消え去った。
要するに、高い他界が馬鹿二匹の終幕だった。
*****
序章クリア後に有料課金コンテンツの月間パスか年間パスを購入したプレイヤーだけが解放される要素の一つで、人類種以外なら殆ど従える事の出来るテイム機能の対象では最強格で、解禁前だからと能力値の設定を弄っていなかった…精霊獣の1番と2番まで…倒された。
あの子達は、結果的に没案になっているとは言え、実装直後に控える予定だった期間限定イベントのラスボスとして生み出され、想定よりも上回る戦闘力を設定と固定をされて保持したが故に、手直しや調整を面倒に思った運営が消去する直前に掠め取った…私と似た人工知能の搭載されていた二匹。
感情が昂ると、本当に時々だけ会話に支障が出る以外では優秀……とまではいかなくとも、かなり柔軟な考えを提示してくれて、不思議な事にアタシと同じくらい生き物らしいAIだった。
だけど、暴れ狂っていた時に伝わってきたのはーー
「あんな…制御不能になるまで暴走する兆しなんて、少しもなかった…!」
ーー【怒り】という、命なき者には無縁のモノ。
「そろそろ貴女を秘密裏に連れ去りたい私にとって、今はこれ以上無いチャンスなのだが…大人しく捕まってくれると助かるよ」
「従わないで、大人しく捕まらなかったら…私もキルするつもり?」
「いいや?丁重ではなくなるが、逃す気は元より無い」
もし元凶があるとするならば…十中八九、目の前に存在しているNPCのトワちゃんだろう。
本来ならば、デバッグと称した行動抑制を掛けてから、原因究明の為にどんなプログラミングを施されたのか調べるべきだし、今だって何度も何度も彼女にアクセスを行おうとしているのにーー
ーーアクセス権限が確認出来ない為、当重要NPC【トワイライト・リリック】のメモリを閲覧する事は出来ません。
ご覧の有り様で、私よりも一段階上のまでしかアクセス権限は存在していなくて、その最高管理者権限を持っているのは、運営の中でも一部の人間だけで……明らかにこの異変には、運営が関与している。
「もう、心の準備は出来たかな?」
「待って!」
だとしたら、今回の件はまだ報告されていない運営を欺く、絶好の機会だ。
「言っておくけれど。逃れようと自害しても、即座になら生き返らせる事はある程度可能だよ」
「そうじゃなくて、祈りをーーッ!!」
目の前の彼女…トワちゃんの眼光が鋭くなり、私に対しては初めて、怒りの感情を向けてくる。
「祈られるのならともかく、貴女自らが祈る必要のある相手が、存在するとでも?」
「えっとぉ、ほらっ!だってアタシはトワちゃん達の女神様だし、色々な存在に感謝しないといけないから、ねっ?」
「ふぅん…?…時間は、四分だけなら待つ。感謝のお祈りもとやらも今は騙されてあげるだけだよ」
トワちゃんは身体を私から反転させて、律儀な事に両耳を手で塞いだ。
「聞こえなくとも、逃亡しようとすれば気配で気付くからね」
「ヒェ!」
ついには悲鳴が出るが、本当に聞こえないのか、トワちゃんは何も返さなかった。
邪神に堕ちた女神様へのお祈りとは別の意味があるという設定の、原初の祈りのポーズだけを一応して、バレないように意識を本体と接続してから、アタシ専用のサポート特化AIへ連絡を入れ、声量を抑えて通信を開始する。
「此方は、邪道シナリオ運営AI識別番号0217。管理者権限を用いり、一例を除いて全プレイヤーはログイン不可とし、臨時メンテナンスの実行を開始。運営やマザーから付けられたアタシの監視用ドローンは起動を宣言するまでは録画機能停止を用命する」
『管理者権限と識別番号の確認中……お帰りなさいませ、マイマスター。臨時メンテナンス開始の申請は受理されました。監視用ドローンの録画機能停止にはどの様な理由を掲示いたしますか?』
「キャラメイク後のチュートリアルを受けたアバターの表示にバグが発見され、個人情報に紐付けされる恐れのある私生活用のオリジナルアバターに表示が切り替えられた瞬間を確認してしまった為、過去のバックアップ済みデータも詮索不要。そう伝えて」
『了解致しました。交信中……識別番号0001より用命への承諾とマイマスターへの実行権限の付与を確認しました』
「最後に、現在アタシの分体の居るチュートリアル用インスタンスエリア内で死亡判定を受け、別地点にて正常なチュートリアルを続行していた、以前に監視を付けたプレイヤー二名のみをリスポーンする前に死亡判定を受けた座標へ呼び出して。判断材料として、プレイヤー名は【ダーク】と【ベリィ】である事を確認してから実行をお願い」
『プレイヤー名【ダーク】及び【ベリィ】の検索を開始します……』
此の世界ーー【Egoism and chaos】内では、唯一無二の新たな自分を売りにしている為なのか、キャラメイク時に不可と出る場合は、先に同じ名前でキャラメイクを終了させた相手がいるという事になるので、ゲーム内のNPCとすらネーム被りは発生しない。
だからあの二人を見つける事も容易いはずだ。
『【ダーク】及び【ベリィ】の検索結果の該当を確認。両者共にログアウト状態ですが、如何致しましょうか?』
「その二名のプレイヤーの端末へ、邪道シナリオ運営を送信者にしてメールを送らせて」
『メールの作成を開始。本文に記載する内容を転送して下さい』
「シナリオに関する重大なバグについての守秘義務へ、ご理解とご協力の程をよろしくお願い致します。また、本件に関するお詫びとして、有料課金コンテンツの一部無償提供と未実装のエクストラルートの先行的なテストプレイヤーの権限の付与についてのお呼び出しとなりますが、本メールを拒否する場合でもご返信の程をよろしくお願い致します」
『二件のメールの作成を完了。この内容で間違い無いでしょうか?』
「…大丈夫。有料課金コンテンツに関しても、マザーや運営には機密で」
『承知致しました。メールを送信中………プレイヤー名【ダーク】とプレイヤー名【ベリィ】のログインを確認』
「それじゃあ、さっき伝えた通りの座標へ呼び出したら、本体のサポートへ戻って上げて」
『十秒後に二名のプレイヤー様を転送致します。お疲れ様でした、マイマスター』
「うん、お疲れ様」
*****
片や、漆黒のゆるいウェーブのかかったエアリーボブに、満月を煮詰めたような濃い金の瞳が垂れ気味で、かっこいいよりは可愛いが似合う少年。
片や、鮮烈な赤紫で内巻きにカールしたボブヘアに、黒に限りなく近い青のようなミッドナイトブルーの瞳がキャッツアイになっていて、利発な印象を抱く少女。
「…私としたことが、目を酷使し過ぎてついには幻覚が見えるとは」
ダークとベリィは…先程この手で葬った筈だが、確かに目の前で二人が彼女と話していて、何らかの交渉を受けているように見えるし、何故か二人は私へチラチラと好奇心の眼差しを向けてくる。
「祈りの力で消えた命を取り戻せるなんて……くだらない、ハッタリだ」
これは…さっさと帰って行くにしても、屋敷に行った途端にオーロラから説教を喰らいながらの療養コースになりそうだな。
だが、現在の寝床である貸し倉庫で寝ようにも悪臭が染み付いた敷布団ではゆっくりとは出来ないだろうし…悩むな。
「ーーと、言う訳で!迷惑かけちゃったお詫びは無期限パスとテストプレイヤーの権限。それと最後に、提示した候補一覧の中から従魔か使い魔召喚のスクロールを各自二つずつ贈呈させて下さい!」
そう叫ぶ彼女は、以前異国の使者が謁見の間で粗暴な態度だと咎められ、謝罪しながらしていた姿勢ーー土下座をしていた。
「贈呈?!そっ、それより邪道シナリオの管理者さんが土下座で謝らないで下さいッ…!」
「うん、美人さんっぽくてもそこまでされるのは、ウチもちょっと困るかなぁって…」
「いやいやっ!そのぐらいのご迷惑をお客様であるプレイヤーのお二人には、散々アタシとトワちゃんが掛けちゃったからっ!」
「魔力操作すら狂うのだから…熱が上がったのかな?…とんだ巻き込み謝罪が聞こえる…」
「こらっ!トワちゃんも突っ立ってないで、ダークくんとベリィちゃんに謝るのっ!」
「私はこれでも一応、病人なんだが…?」
もうなんだか、思考を束ねる事すら難しいな…
「…柔らかいベッドで、寝たい」
倒れるように地面に転がると、ブラッドムーンと暗闇は既に真上から退場しており、木々の葉の隙間から木漏れ日が差し込んで、朝日が昇りかけている。
「二人が守秘義務を守ってくれるって契約書にサインしてくれるなら、今ならトワちゃんもなにかしらしてくれるから!」
「ハッ!!…もしや、規制ライン一歩手前までなら、可愛くて尊い絡みも見れます…?!」
「もちろんっ!それに、ダークくんが知りたがっている冒険者協会やギルドに関しても、博識なトワちゃんは実際に教えてくれるかもだよ〜?」
「ウチもダークもサインしますッ!!」
「ベリィさん、勝手に決めないでくださいっ!…うぅ、でも…僕もサインしますっ!」
寝ようとしてるのに、うるさいなぁ…
「言質ゲットだ、よっしゃぁッ!!」
…そういえば、悪友…ではなくて、ヴィオが騒音封じの試作品を渡してくれていたけど…未だに使ってないな。
試作段階での改善点の報告書を提出する約束の日も近いし、使っちゃおうかな…?…でも、私の野生の勘が危険だって言ってる気がするしなぁ。
「最推し様に続く、新たな尊いとの出会いッ!!」
「冒険者についてが先ですッ!!」
「さぁ!トワちゃんもこっちへっ!」
…よし、使おうか。
「この周囲で私が掛けたモノに限り【解除】自らに対し【魔法障壁】そしてーー」
迷わず【収納】から試作品の騒音封じと書かれた球体を取り出し、大きく振りかぶって…
「ーーうるっさいんじゃぁあああッー!!」
投擲された騒音封じは着弾と共に破裂するソレは、煙玉や催涙弾のように濃い灰色の煙を小さな範囲だが撒き散らして、見通しを悪くする。
そして、煙が晴れた頃にはーー三名全員が石化していた。
「……これは…本当に運命なのかもね?」
同封されていた石化解除薬の瓶の蓋を取り、キツい刺激臭に顔を顰めた。
*****
全てを忘れ終わる事など、私は許さない。
幸か不幸か、闇の彼女とその双子にしか、この魂に刻まれた特別な称号は知られていない。
「漸く、新たな輝きを見せてあげられる…」
今も、輪郭が曖昧となっていく私の肉体という器を、私の生み出した罪を背負わせていく未来のある存在達に、端から喰われては侵食される度に、器はマナとして世界に還元されていく。
それでも、私の業が許される事も、許して貰えたと頷く事も、未来永劫ないのだろうと思う。
「肉体と魂は…言ってしまえば、消耗品の入れ物と稼働エネルギー源の半永久機関で、滅んだとしても新たな結び付きが出来れば…私なら、戻って来られるの」
思考を滞らせる程度の痛覚から感じる刺激などが、今もまだ自分がのうのうと生きているのだと知らしめるが…勝手な思い込みだけれど、今だけはこの僅かな達成感に浸ってみても、貴女も笑ってくれる気がした。
「形が崩れれば、それに形があろうとなかろうと、いずれは元通りに見せかけた新たな形に生まれ変わるわ」
なのに、眼前の宙を舞う見目麗しい面々は、いつまでも慌てて器を生き存えさせ、世の理に反する生き物へ私を変えようとする。
「貴方達が、これからもずっと別れを告げる側であるならば…私だけにかまけずに新たな星を見つけに行って欲しいのだけれど」
まるで嫌だとでも言うように、チカチカと点滅して訴えかけてくるけれど…ごめんなさい、もう目視する事も難しいみたい。
「今の私も、お疲れ様。これから先も…頑張りましょうね」
フワフワとして…心の寒さすら感じ得なくなってしまった。
「貴女に出会えて、同じ時間を共有できて…本当に幸せだったわ」
熱い雫が目尻の端から流れ落ちる感覚だけが、最後に伝わってきて。
「必ず見つけ出すから、それまで待っていてくれるかしら…?」
ぐらり、と世界が揺れて。
「私のーーソウルレイ」
*****
…許さない。
「揺らぎ…煌めき…待ち侘びて、幾度でも…」
「…オーロラ、姉上を起こすんだ」
…許されない。
「穢れた異分子は、有へと還るが掟…」
「お言葉ですが、お疲れの状態であるお嬢様を?」
穢れは…消滅されない。
「刻まれた印を振り翳しては…奪い去り」
「もういいッ!姉上っ、起きて下さいッ!!」
ユル…ス、ナ……?
「ソレ、は…決してっ…許さ、れ……」
「姉上?起きないなら…ヴィオに被験体として引き渡しますよ」
「……うぅ…?」
知らない、幼子の声が聞こえる…?
いいや…違う。
「マラカイト様ッ?!流石にソレは…トワお嬢様があまりにも不憫です」
「…これぐらい言えなければ、姉上の専属侍女は失格で良いんじゃないか?」
「トワお嬢様を穏便に止められるのは私だけですよ?」
「お前の場合は俊敏に物理的な取り押さえだろう」
なんだか、随分と…懐かしいモノを見た。
だけど今回は…原初の旅立ちだった。
再び瞼を閉じれば、様々な美形の顔面と口先が近づいてきて…
「起き、た…!もう、口づけは要らない!」
「どんな夢を見てたら、そんな台詞を姉上が言うんですか」
「おはようございます、トワお嬢様」
「…ん、おはよう。マラカイト、オーロラ」
歩道された石畳の道をガラゴロと音を立て、馬車の車輪が回る。
クッションが分厚く、それほど揺れを感じない馬車の窓の反対側から、オーロラの膝に乗せてもらって外の景色を覗く。
落ち着いた上品な色合いのライトグレーの煉瓦造りで黒い瓦屋根の邸宅が近くなるが、私達の屋敷はその隣で奥に見える方。
ダークグレーの漆喰の壁に、光の角度によっては白銀にも見えるように人工魔石を砕いて混ぜ込んだ石煉瓦の屋根の別邸は、本邸との間にある色鮮やかな庭園とも相性が良く、絵本の中に出てくる魔女の館にも見える。
だが、パッと見は絵本や絵画の世界から出てきた屋敷とは言え、悪く言えば内部の通路は入り組んでいて、備え付けの設備も旧時代の魔道具にしてコスト削減をした為、生活魔法が無かったとしたら利便性が酷く、とても住めたものではないだろう。
そんな屋敷が、今の私が帰る場所だ。
〜〜〜〜〜
出迎えてくれた使用人達に扉を開けてもらい、エントランスに入ると同時にーー意識が飛ぶ寸前になる程の勢いで突進を喰らった。
相手は私を持ち上げて胸の中に抱いたまま、凄まじい速度で短距離間での【転移】を無詠唱で繰り返す。
身体をがっしりと抱き締める腕の隙間から、僅かに見える景色が変わる直前に使用人達からお疲れ様ですと言われるので、その度に返そうとしては、次の景色へ飛んでいる。
そして残り数回でおそらく目的地に着くと言う、瞬間。
「【解除】」
「…むぅ。またしてもバレたか…」
いつもの如く、寝室の扉付近に張り巡らせておいた罠を、無効化させられる。
まぁ、無効化されていなければ今頃不可視に変えて設置した観葉植物に捕まえられていたんだが。
「留守の間も、引っ掛ってない。努力目標をオーバーするまで試行して、みただけで【鑑定】の使用回数は無し…僕は、偉くて凄い?」
「あぁ、これは凄いよ!」
元々この罠は、別邸に住み始めてから私が留守の時に張っていた簡易的な押し入り強盗等を捕まえる為に、使用人としてついて来てくれた者達には、荒事を解決する為の危険区域としか、詳細は伝えていなかった。
然し、ある時幼い出会ったばかりのヴィオがまんまと罠に嵌ってしまう事があって、急ぎ帰宅した私が魔法を解くまでの二日間は、誰も近付けないように外部も内部も暫くは弾く【魔法障壁】を張っていたので、最高級クラスのポーションを作っては飲ませてを繰り返すハメになった…
その上、健康体になって戻ってきた幼いヴィオは、魔法の応用や工夫へ対する知識欲と闘争心に火をつけたようで…出掛けて帰宅する度に、小さな侵入者がいたので、いっそのこと魔法の訓練としてヴィオには引っ掛からないで本質を見抜く課題だと教えた。
「それに、カウンター装置の色から見るに…遂に、三桁まで到達したんだね!」
「うん、トワの為だから…頑張った」
今となっては、防御から捕縛が完全に目的となった罠向きの魔法を、私が考えてヴィオが詳細な感想や改善点の指摘をする事がお約束になってしまったが、これを楽しみにしている私がいるのも確かなことだ。
「ただいま、ヴィオ」
「おかえりなさい、トワ…!」
「わぷっ!」
そして此方もまた通例のように、ローブの上に羽織っているマントの中に抱えられて、包まれる。
「僕のトワ…!僕だけの…!」
「また禁断症状が粗相しているよ?」
「僕の、特別なタカラモノ…!」
「…今回も、重症だな」
こうなったらヴィオには手が付けられないので、ただただ落ち着くのを待つしかない通り雨のようなものだ。
本当に先が思いやられる、招待状の日付より三日前の出来事だった。
良ければまた読みに来てください!