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歪んだ箱庭  作者: パステル
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第二十三話 境界線を越えたなら

 頭部の上で浮いた淡い金色の光輪以外、瞳や髪の色素に肌や服装までの全てが白い三名の偽神は、私達と向かい合うように罅割れた景色から飛び出ると、順に奈落へと降り立った。


「なんかこの場所、マップがバグるんだけど〜!」

「…私の上に落ちて来ないで下さい」

「それよりそこッ!なんかいるじゃないッ!!」


 とは言っても…勢い良く飛び出て着地できたのは伸ばした髪が腰まで届く一番背が低い少女ーー以前、異国人の催しで接触してきた彼女だけで、編み込んだ髪を高い位置でお団子にした少女は足元を確認してから石橋を叩くように慎重な動作で降りてきたし、リボンヘアの気の強そうな最後の少女に至っては思いっきり仲間の上へ着地ミスをしたのにただの暗がりを怖がっている。


 どこをどのようにツッコミを入れればいいのか、考えるほどに分からなくなってしまったが…


「…メイ、()()()のみんなを起こしてきて」


 偽神達からは目を離さずに【収納】から無限万能秘薬(エリクサー)水筒を取り出し、偽神の視線から背中に隠したままのメイへ押し付けるように渡して、囁いた。


「でも、これはトワの…」

「今がチャンスなんだ、頼む」

「後で後悔しても、知らない、よ…」

「私は…いや、みんなならきっと大丈夫だ。さぁ、行って」


 無言で頷いたメイは私達の背後に倒れている此方の世界に住む者達の方へと、音もなく駆け出して行く。


「…ユリ。何故一般のプレイヤーの皆様が、まだ此方の世界に降り立ったままなのですか?」

「バグの取り巻きじゃなくて?…って、ホントにその子達プレイヤーじゃん!なんで未実装のダンジョンでただのオブジェクトの中に居るの?!」


 しかしまた偽神達も、自分達の直ぐ側に倒れていたベリィには気が付いたようだ。


「もしかしてメンテナンスを狙ったチーター?それか、バグを混入させた元凶のハッカーかしら?」

「シャクヤクってば酷い〜!後者はともかく、ぼくの組んだセキュリティプログラムに抜け穴なんてないし!」


 そう言い、私とベリィを解析しようとシステム外まで連れ去ろうとしたロングヘアの少女の指先が、倒れ伏したままでいるベリィに触れそうな距離まで近づいた。


「【魔法障壁】」

「わぁッ?!」


 思わず【魔眼】と詠唱を両用して、ベリィと白い少女達の間に幾重にも【魔法障壁】を展開させていて、自分自身でも驚く。


「ちょっと?!いきなりなんかされかけたっ!!」

「倒れている方はアバターの外見とサーバーに乗ってるIDが一致してるんだから、プレイヤーなのは確かなんじゃない?」

「少なくとも、対象が庇う程度には異分子である事は確かなようですね」


 ベリィ達が此の世界の者ではないと推測したリボンヘアの少女の発言や、編み込みお団子ヘアの少女の断定した言葉も、あながち間違いではない。


 そしてその言葉の裏付けを取りたいのか、先程から少女達は少なくとも私には何度も【鑑定】を掛けようとしてきている。


「随分と無遠慮で好き勝手な物言いをする割には、キミ達の能力値はこの地に降り立ったばかりの異国人達と大して差が無いようだ」


 しかし【鑑定】の存在を広め普及させたのは、他でもない私だ。

 初めてダークとベリィと出会った際に冒険者として依頼で護送していた乗り合い馬車にいた、この手で光の粒子へと変えた異国人達もだが、ステータスの数値で自分よりも劣るものにしか凡庸スキルの【鑑定】は通じない。


「それとも。態々敵対してから、相手を【鑑定】しないと実力差も判別がつかないようだから、弱者の立場に甘んじているのかい?」


 つまり、白い少女達は一対一で捉えてしまえば、私よりも格下程度の能力値しか持ち合わせていない。


「これってさぁ、挑発されてるよねぇ〜?」

「確実にされてるわね…!!」

「安い挑発に乗らないでください」


 こちらへ向かって怒りの感情を向けてきた二人の少女を、唯一冷静さを保ったままの編み込みお団子の少女が制止させる。


「…どうやら、現在のステータスでは対象の本体を探ることはできないようですね」

「ハァ?!今の私達は管理者権限に抵触しないギリギリのラインまでステ盛りしてあるのよ!?」

「やっぱり許可を一々貰うのなんて面倒だしぃ、マザーに最高管理者権限を発行してもらおうよぉ〜…」

「全くユリ、アンタねぇ…それを行える筈の代表が居ないから、ボタンでも現行トップのプレイヤーのコピーアバターしか用意出来ないんでしょうが!」


 今までの文脈から察するに、白い少女達はダーク達ともまた異なる方法と魂の器を用いて、此の世界にやって来ている。

 腰まで届くロングヘアで緊張感に欠ける口調の少女がユリで、編み込みお団子ヘアで物静かに私を見つめて分析をしている少女がボタンと言い、左サイドで髪をリボンのように結った情報をポロポロと溢してくれる少女がシャクヤクという名前なのだろう。

 最もソレが、偽名でなければの話だが。


「さて。呑気なお喋りには、もう満足したかな?」


 話し掛けながら私が一歩近づくと、白い少女達も同じだけ後退り距離を取った。


「…ちょっと、私達に話し掛けてきてるわよ…!」

「そのようですね。それと、シャクヤクはこれ以上こちらの手のうちを明かさないでください」

「ねぇねぇ、誰がお話する〜?ぼくはもう自爆攻撃とかは遠慮したいんだけど〜…」


 私の聴覚は獣人並みに優れている為、少女達が口元を手で隠してしている内緒話はその意味を為していない。


 だが。ダーク達や火狐の身体でも取扱可能なフレンドチャットを、管理者権限の存在を仄めかしている白い少女達には使えないのだとは少々考え難い。

 もし仮に、私に聞こえるように言っているだけであって、アレはただのポーズだとするならば、白い少女達の戦略には戦慄させられる思いだと言える。


 成る程、流石は侵略者(インベーダー)共の精鋭といった所だろうか。


「姉上の憶測も無きにしも非ずですが、あれは単に素で動揺しているのではないかと」

「えっ、マラカイト?それにオーロラも?」

「おはようございます、トワお嬢様。心の声が小さく漏れていましたよ?」


 そうか…マラカイトとオーロラが起きているという事は、もう二人は…私と、同じ。


「…というか、ヴィオは?」

「トワぁ!!」


 突進してくるヴィオが視界に入る。

 また、同じ場所まで堕としてしまった…


「すまーーぐふぁっ?!」

「好き…大好きだから…!」

「…わ、私も、大好きだよ…」


 骨が軋んで音を立てているのは好ましくないけれど。


「恐らくですが、先程まで闇の精霊王様に見せられていた過去の自分の恥ずべき主人への醜態に悶えていたので、その反動でヴィオも姉上にくっ付いているのではないかと」

「えっ、そうなの?というかマラカイトはなんで手を握ったの?」

「別に姉上はお気になさらずとも大丈夫ですよ」

「そうか…」


 古傷を抉る…その可能性は、考えていなかった。


「大切な僕のトワ…酷い事いっぱいして、傷付けた…ごめんね…」

「トワお嬢様はヴィオのものではありませんっ!どさくさに紛れて手を繋いだマラカイト様も含め、トワお嬢様から離れて下さいっ!!」

「やだ。オーロラもどうせ似たような気持ちで素直じゃない態度の癖に、ズルいって言わないで欲しいんだけど」

「僕は姉上の大切な家族ですので、触れ合うにも権利があります」

「ならば!同じ女性である私の方がトワお嬢様も自然体でいられる筈ですッ!」


 しかし…そう考えると三人は、身近な相手でいえば特に態度が変わったかもしれないな。

 昔と比べれば、今のヴィオは随分と柔軟な対応が出来るようになったし、オーロラは素直過ぎるぐらいに真っ直ぐな気持ちをぶつけてくれるし、マラカイトも自分自身の意志を持つように変わってくれている。


「いたっ!引き剥がすな!」

「暴力だっ〜!」

「チカラこそ正義!世の中筋力が全てなんです!」

「「脳筋反対っ!」」


 三人がまさかこんなにも心を許し合いじゃれ合うだなんて…本当に奇跡みたいだ。

 当時の様子を見た直後だと、もちろん驚きもあるが…それ以上に喜びが湧き上がってくる。


「…ふふっ」

「トワ、どうしたの…?」

「三人ともだいぶ丸くなったな、と思ってね」


 もしかしたら変わるのも、案外悪いことばかりではないかもしれない。



「イレギュラー枠の私達が放置プレイとか、聞いてないわよ…」

「忘れられているのかもしれませんね」

「じゃあ今のうちに、プレイヤーの強制ログアウトを〜…」


 再び背の低い白い少女ーーユリがプレイヤーであるダーク達へと近付き、その指先が【魔法障壁】に触れて。


「【神鳴り】」

「アバババっ!?」

「ユリっ!?」


 過剰だったかもしれないが【魔法障壁】を破られる前に私が最速で出せる攻撃魔法を繰り出した。

 そして、大したダメージも入っていなさそうな割にオーバーリアクションな標的は【神鳴り】に貫かれて崩れ落ちる。


「まぁキミ達が無事にリスポーン出来るなら、私も心が傷まないで済むのだけれど」


 最も、この程度で傷むような慈しみの心など私は持ち合わせていないが。


「トワ、これ返すね」


 メイから無限万能秘薬(エリクサー)水筒を受け取る。

 その後ろではシキとカルミアが近くの岩場に凭れ掛かって座り、こめかみを押さえていた。


「ありがとう、メイ。それで…あっちの子達の魂は?」


 メイが首を横に振るのに合わせ、漆黒のポニーテールも左右に揺れた。


「六人とも、もう手遅れ。此処に繋ぎ止めてはいるけれど…帰るべき器がわからなくなってる」

「…わかった。ひとまず今は、偽神から距離を取らせようか」


 特にマナの侵蝕が早い者から運ぼうと思ったが…元の世界から拒絶されて迷い子となったあの子達は、魂といま現在の器である肉体の結び付きが緩いだけだ。

 なので迷い子となった、ダーク、ベリィ、ソフラン、トウドお兄ちゃん、アラレ、そしてアトラクトの六人の魂と器の結びつきを今より強固なものにしようと思い、近づいて行って水筒の中身を辺り一帯にぶち撒けた。


「ちょ、なにしてんのよッ!」

「仮初の身体だった彼ら迷い子は、既に此方側のモノ。手遅れになる前に此の世界の眷属にしただけだよ」

「ハァ?!プレイヤーは私達が保護した現実世界にいるのに、アンタみたいなバグったNPCの物だなんて有り得ないわよ!!」

「迷い子達の身体を巡るマナにも十分適応したようだし、今更救おうなどと考える聖人ではないだろう。我が身が惜しいなら、早く元いた世界へお帰りよ」

「嫌だね〜だ!これ以上ぼく達の創った世界を狂わせないでよ〜!」

「当初の予定とは異なりますが、現在はプレイヤーの皆様の保護が最優先事項です」


 またしても好きなように言うだけ言うと、白い少女達はベリィ達を保護している【魔法障壁】を破ろうと群がる。


「…ねぇ」


 誰一人として破壊には至っていないし、そもそも術式すら紐解けていない。


「誰が触れていいと言ったの?」


 然し、気遣ってやっているのに恩を仇で返すような素振りが気に食わないのは、確かな事実だ。


「キミ達には言葉が通じていないのかな?以前にも警告した通り、私の大切なモノに手を出さなければ多少の事は目を瞑ってやると言っているんだ」


 然し、今度は私の言葉を聞いた直後に白い少女達は顔を見合わせる。


「言葉を並べ立てる事は出来ても、意思の疎通は不可能なようです」

「てっきり学習型かと思っていたけれど、所詮は素人の人工知能に過ぎないのね」

「ステータスに全振りだし、コミュニケーション能力はかなり低スペックなのは残念だよね〜」


 人を悪く言うならばせめて小声にしろと言いたくなったが、背後から立ち上る殺気に思わず身を翻す。


侵略者(インベーダー)風情が、トワお嬢様を侮辱するなんてぇ…!!」

「あのぉ…オーロラ?」

「誰であろうとトワに対する侮辱罪は重いって、思い知らせてあげる」

「えっ…ヴィオがソレを言うの…?」

「ヴィオ、オーロラ。その者達は生かしたまま情報を吐かせろ」

「善処するかも〜」

「マラカイト様の命令ですから、これも仕事の一つですよね!」


 言うが早く、ヴィオとオーロラは先程から【魔法障壁】を模倣したような劣化版のバリアを展開している白い少女達へ向かって攻撃を繰り出し始める。

 いや、白い少女達が防戦一方な状況を見るならば、二人は笑顔で獲物を甚振る無邪気な子どもにも見えるが…まぁいいか。


「あの頃のピュアなマラカイトは一体どこへ消え失せたんだろう」

「そんな事言わずに、姉上は僕と一緒に此処から観戦していましょう?」

「一応、念の為に聞くけれど…マラカイトはなにを私と観るつもりなんだい?」

「罪人の尋問ですが?」

「…随分と貴族らしくなったね」


 主に、悪い方向で。



 *****



 いっその事、私も貴女と一緒に消えたかった。


「ダークくん、大丈夫かな?」

「ウチもソフランも起きるタイミングは違ったし、アトラクトちゃんとアラレさんも起きてないんでしょ?だったら個人差の範疇…なのかなぁ?」


 貴女がこんな出来損ないの代わりになる必要なんてなかったんだ。


「治療の邪魔だから、迷子ちゃん達は退いてね〜」

「あっ…カルミアくん」

「今もダークくんが苦しんでるのに離れるのは…」

「迷子ちゃん達が側に居ることで、魔力酔いが治らないのかもしれないよ?ほら、そっちのトワちゃんの元お兄ちゃんも退いて〜?」

「…アラレを頼む」

「はいは〜い。トワちゃんも休憩を挟んで、自分も倒れないように治療してよ〜?」


 生まれ変わって他人になっても、私を庇うなんて…本当に貴女はお人好しのまま…変わっていない。


「…大丈夫、問題ないよ」

「あ、これ絶対に聞いてないやつだ」


 どれだけ守ろうとしても、貴女はこの手の中からすり抜けて、他者の為に身を窶してしまう。


「トワちゃ〜んっ!ダークくんとアラレさんも、目が覚めたみたい〜」

「聞こえてる。今行くよ」


 愚直で美しく儚い、私の…大切なアトラクト。


「…すぐ戻るから」


 だからもう、二度と…消えないで。



 〜〜〜〜〜



「ぬはぁッ!?」

「ふわっ!?…びっくりした〜!」


 驚いた様子でアタシに視線を返してくる、白髪金眼の男の子の名前は…確か、カルミアくんだ。

 辺りを見渡すと、此処はトワちゃんの屋敷にあるアタシに用意されたゲストルームのベッドの上だった。


「…って、つまりさっきのは夢だったて事かぁい!!」

「夢?悪夢でも見たの〜?」

「え…アハハ〜、まぁね〜…」


 アタシにすっごく執着したトワちゃんの看病を受けていて、更にはレベチな溺愛をしてるトワちゃんの心の声まで聞こえている夢を見ていたなんて…またもやトワちゃん大好きっ子の一人だと分かったカルミアくんにも、絶対に言えやしない、言えやしないよ…!!


「やめて」

「ピエッ?!」


 気配のしなかった背後から声が聞こえて勢いよく首を向けると、アタシが起き上がって捲れ上がった毛布に隠れて見えにくいけど、よく見れば窓際のスツールに座り濃い隈を目の下につくって、私の足に縋り掴まるような体勢で眠るトワちゃんの姿があった。


「いや、タイムリーかよ…」


 妄想みたいな恥ずい夢見た直後に本人と対面するとか、なんかの罰ゲームですかね??


「取り敢えず僕は、アトラクト様の意識が戻ったって第二王子殿下方に報告してくるねぇ〜」

「行くならトワちゃんの回収も…って、消えちゃったよ…」

「やだ…置いてかないで…」


 この後はどうしようかなんて考えていると、トワちゃんに左手首を掴まれた。


「おやおやぁ?寝言っぽいとは言え、トワちゃんが砕けた口調で喋るなんて珍しいねぇ?」


 結構がっしりと掴まれていて動けなくなって手持ち無沙汰になったから、空いてる右手でトワちゃんの柔らかいほっぺをムニムニと揉んでみる。


「ふおぉぉ…!マジもんのマシュマロ肌だ!実物は見たこともないけど」

「揉みましたね?」

「ヒィ?!」


 油断していたところに不意打ちでーー多分オーロラちゃんから声を掛けられて、咄嗟に逃げようとした。

 でも、アタシの身体は硬直した状態で、動かなかった。


「なんでヴィオは、大抵の魔法を初めから使いこなせるんだ…!」

「悔しかったらマラカイトも習得すれば〜?」

「言っておくが、初めて扱う高度な魔法を見た事がある程度で行使できる方が常軌を逸しているんだ!」

「マラカイト様もヴィオも、お静かに。アトラクト様の行いも、トワお嬢様の睡眠妨害ですよ?」


 オーロラちゃんの声の後に、やっとアタシは動けるようになってて、浅い呼吸を繰り返す。

 呼吸が整ってから上半身を捻り振り返ると、マラカイトくんとヴィオくんをオーロラちゃんが咎めていた。


 争うようにしていても結局、喧嘩止まりでいられるのはきっと、三人ともがトワちゃんの事を愛しているからだろう。

 過去の情報を見た今でも、トワちゃんがアタシの事を特別気にかけてくれる事には優越感を覚える。

 だけど、みんな揃ってトワちゃんを奪い合う様子を見せられたら、アタシもトワちゃんみたいになりたかったなんて欲も出てきて…


「…なんだか、焼けちゃうなぁ…」


 つい意地悪をしたくなっちゃって、緩んでいた左手首を掴むトワちゃんの手の中からそっと手を外した。


「少しでいいから人気を分けてくれない?な〜んて!」

「わたし…です…」

「へっ?って…トワちゃんも起きたなら言ってくれればいいのに〜!」


 そう言ってトワちゃんの顔を覗き込むと、瞼は依然閉ざしたまま、トワちゃんは泣いていた。


「わたしが…悪い、です…わたしが全部、背負います…だから…」

「えっ?なんか急に懺悔が始まったんだけど?っていうか、もしかしてまだ寝てたりするの?!」

「お願い…だから、何も感じずに、かえって……わたしを、憎んで……」

「いやいやいや、重たいって!急に寝言がヘビー級なんだけど?!」


 戸惑うアタシを置き去りにして、トワちゃんは涙を溢しながら懺悔を続けているし、マラカイトくん達もトワちゃんを起こそうとする素振りはない。


「貴女の分まで…此の世界を愛するから」

「それは愛が重すぎ!いやっ、アタシに言ってる訳じゃないって分かってるから!みんなして敵意の眼差しはキツいって!」


 三人ともただ、悲しそうに俯いては赤くなった目元を腫らしてトワちゃんとアタシを見るだけ。


「揺らぎ…煌めき…瞬く間に、全てが無へ還る…」

「…えっ?」


 薄桃色の長い睫毛に乗った雫が落ちて、アタシの手の甲に熱を与えた。


「…アトラクト様。トワお嬢様を救って下さり、誠にありがとうございます」

「あっ、いえいえこれはどうもご親切に…」


 アタシがお礼を言い終えるよりも先に、真紅の瞳がアタシを射抜く。


「ですからもう、これ以上トワお嬢様を苦しませないで下さいませんか…!!」


 一瞬戸惑ったが、アタシ自身がトワちゃんを苦しませたような心当たりは全くない。


「苦しませるって…アタシ、何かしたっけ…?」


 だから聞き返したけど、オーロラちゃんはアタシの瞳を少しの間見つめてから、膝から崩れ落ちた。


「オーロラ。仕事に私情を持ち込むのはルール違反」

「姉上の問題に関しても、アトラクト様に一切の非は無い。そう、姉上とも話し終えた筈だ」

「っ…なんで、今更になって…!」


 動揺しているアタシを置いてきぼりにしたまま、舞台上の劇が進むようにしてこの場の雰囲気は悲しみに侵食されていく。


「…ヴィオ、後は頼んだ」

「はいはーい」


 マラカイトくんがオーロラちゃんを部屋の外へ連れて言って、その間に立ち塞がるようにヴィオくんが立ったままアタシを見下ろしている。


「…アタシが、悪いの?」


 これじゃあまるで、アタシがトワちゃん達を虐める悪役みたいじゃん。


「最初っから、不公平じゃん…」

「アトラクト様は…多分だけど、勘違いしてる」

「勘違い?…何にも無いアタシが、みんなから愛されて求まれてるトワちゃんを苦しませてるんじゃないの…?!」


 ずっと言い出せずに溜まったままだったモヤモヤが煮詰まってドロドロになってきて、アタシには組み込まれていない筈のモノーー息が詰まるぐらいの激情を感じていた。


「なんっにも、どっちが正しいとか関係なく!アタシが悪役じゃんッ?!」

「僕もマラカイトもオーロラも、アトラクト様に感謝してるのは、本当の事だよ。だから、アトラクト様は悪役じゃない…と、思う」

「そんな慰めなんて、アタシは欲しくないッ!!」


 色鮮やかな沢山の幸せに満ち溢れている世界の中で、どうしてアタシはーー幸せになれないの?


「はぁ…」

「ーーっ!…う、ぐぅ…っ!!」


 こんな時に自分の目から溢れ出るものが涙だという事に、気が付きたくなんてなかった。

 あまりにも惨めで情けなくて、仕方がない。


「…トワはまだ、夢から醒めていない」

「そんな事、聞いてないし…!」

「過去に味わった悪夢の残響と向き合ったままで、今もずっと失う恐怖に怯えてる」

「だからッ、アタシはそんな事なんて知りたくないッ!!」


 シン…と部屋の空気が静まり返って、その後には規則的に聞こえるトワちゃんの寝息だけが部屋の中に響いて聞こえた。


「だったら、一人で生きてれば?」


 口に出した言葉を少し悔やんだ頃には、ヴィオくんの口調は変わっていて。


「結局自分が幸せになればいいだけの癖に、他人の痛みも無視して僻んで妬んで肝心な事は知りたくないとか…自分本位に生きるなら、勝手にやってればいい」

「そ、れは…ごめん…」

「僕だって中身の無い謝罪なんて要らない」


 淡々と鋭利な現実を突きつけるような口調で、今までは感じ取れた温情すら欠片も感じ取れなかった。


「トワを救ったから結果論的には命の恩人になるとか、全属性の愛し子だった真の神子だとか。僕は微塵も興味ないから」

「そういうんじゃなくてっ!アタシはただ、みんなの持ってる普通の幸せが羨ましくて…!」

「そんな事、聞いてない…だっけ?」


 意趣返しのようにアタシの言った言葉を返してくるヴィオくんは、最早アタシの姿すら視界に入れていない。


「違うよ…そういう意味じゃなくて、アタシは普通じゃないから…」

「誰だって苦難を味わってるから、普通の幸せなんてものは無い。だからアトラクト様の言っている事は、誰にでも言える愚者の言い訳に過ぎない」

「っふ、ぐぅ…!」


 悔しいけど言い返せなくて、また涙を流しそうになって下を向いた時、隣の温もりが動く振動に気付いた。


「…少々、荒療治ではないかい?」


 まだ眠気が残っているのかあくびを噛み殺したトワちゃんが、ヴィオくんを見据えて言い放つ。


「それに。アトラクトならば今の言い分もあながち間違いではない」

「トワっ!目が覚めてよかった…!」

「心配を掛けてすまないね。それよりも、アトラクトと()()()話したい事があるんだ。ヴィオも一度下がっていてくれ」

「…話が終わったら、僕達も呼んでくれる…?」


 いつもよりも冷めた口調で話すトワちゃんに威圧されたのか、ヴィオくんは少しアタシとトワちゃんの間で視線を彷徨わせた後、控えめに確認をするように呟く。


「いいや。今日はもう遅いようだし、明日の朝の…また朝食の時間に会おう」


 しかしトワちゃんはヴィオくんの様子を見た上でも、貼り付けたようなアタシでもわかる作り笑いで退室を促す。


「…わかった。トワ、アトラクト様、おやすみなさい」


 最後まで沈痛な面持ちのままヴィオくんは部屋から出て行き、アタシはトワちゃんと二人きりで寝室に取り残された。



 *****



「…あのね」


 足音が聞こえない程に遠ざかり、広間や他の客室からは離れたこの特別な客室からは、私とアトラクト以外の気配が殆ど感知できなくなってから、アトラクトが口を開いた。


「トワちゃんに聞きたいことっていうか、聞いて欲しい事があるんだけど…いいかな?」

「話を聞くだけなら、幾らでも聞こうじゃないか」

「それじゃあ…なんだか変な話なんだけど、どんどんアタシが別の誰かに変わってくの」

「…いつ頃から変わり始めたと感じたかっ…わかる、かな?」


 動揺を隠せずに思わず、声が震えていた。


「多分だけど…アタシが女神だよって名乗って、トワちゃんと直接的な関わりを持った頃ぐらいからかな」

「…予測よりも早い段階だが、肉体とマナの共鳴が始まったようだね」

「共鳴…?」


 歓喜のあまり口が滑ってしまったが、今はこの幸福感に身を委ねたい。


「おかえりなさい、アトラクト…!」


 今度こそ、誰にもアトラクトの幸せを奪わせないと決意して、壊さないようにそっと抱擁した。



 *****



 私の魂に刻まれた最古の記憶の持ち主が生きていた時代の考え方では、双子は本来与えられる神の寵愛を二つに割った不吉の象徴として考えられていたのだが、幸か不幸か私は部族長の娘で双子の姉が居た。


 生まれて間も無くマナを操りなんでもそつなくこなす、神の寵愛を一身に受けた、光の精霊のような双子の姉。

 片や、何をやらせても人並み程度で物覚えが良いこと以外は平凡の一言に尽きる、闇の精霊のような双子の妹。


 当然のように自我も芽生えぬ頃から待遇の差は歴然であり、誰もまともに私を同じ種族の子どもとして扱ってはくれなかった。

 それだけの差ならばまだ覆せていたかもしれなかったが、問題の要因は他にもあった。


 父は出産後間も無く命を落とした母の事を溺愛しており、その母の生き写しのようだと言われる艶やかな褐色の肌に星を砕いたように輝く白銀の髪と彩度の高い深紫の瞳の双子の姉を愛し、双子の妹に対しては瞳の色は母や姉よりも若干色味が暗く生気を感じない硝子玉のように見える深紫の瞳は気味悪がられ、色の白い肌も淡い桃色の髪の色素も先祖返りだったが故に、両親の何方にも似る事のなかった双子の妹を異質な存在だと忌み嫌った。


 言葉を覚え始めた頃に双子の私達へ漸く与えられた名前は、母の願った名前が一つだけ。

 部族長の父に物申す者などいる筈もなく、ハズレは双子の妹の方となり、三歳の誕生日に姉から贈られた()()()()という名前が、命の次に私へ贈られた贈り物だった。



 〜〜〜〜〜



 五歳を過ぎたある日、私と唯一対等に接してくれる双子の姉に、集落から少し離れた場所にあるらしい花畑へ行こうと誘われた。

 知識としてしか花畑のことを知らなかった理由は、その時には既に私は小間使いとして姉の視界に映らぬ場所で当たり前のように働いていた為、娯楽は勿論のこと遠出へ出掛ける時間すら与えられていない状態だったからだった。


『きっとユウガオにとっても、お気に入りの場所になると思うんだ!』


 その時も雇い主の命令に従って買い出しに行こうとしていたところであり、時間を短縮しようと大通りを通った瞬間に姉に捕まった訳だが。


『…えっと、わたしは』


 戸籍上は親ではある部族長の蛇蝎を見るような視線も、少し外に出るだけで周囲から飛んでくる好奇や見下す視線も、姉のニーナと共にいる間だけは普段が嘘のように消えて、笑顔に溢れた優しい世界に変わるのだと、幼いながらに私も覚えていた。


『うん…行きたい、です』

『やったぁ〜!それじゃあ行こっか!【転移】!』

『きゃーー』


 ニーナの【転移】で遠出をしたあの日は、春先の日差しが強い日で。

 山の中腹にあった花畑の一部は雪溶け水が染み入っていて、転移先の崖沿いの道は地盤が緩んでいた。

 そして私達が着地した瞬間、足元の道は崩壊して私とニーナを呑み込み、土砂となって崖下の川まで落ちていった。

 幸いにも、その様子を見掛けた集落の者が部族長の父に伝えたらしく、夜間までに及んだ捜索の結果として私達は無事にそれぞれの部屋へと運ばれた。


 私の初めての覚醒は、その日の晩に起きた。

 闇属性以外は平均的な適性値にすら届かない特異な魔力持ちの私が、光属性の治癒魔法が扱えるようになっていたのだ。

 正確には、鎮痛作用のある薬草をひと束と止血剤になる薬草数枚だけしか用意されず、打撲や切り傷だらけで痛む身体のあちこちを摩っていただけなのに、気が付いたら摩っていた箇所の痛みが引いて怪我の痕も消えていた事に驚く私の様子を、座敷牢の入り口にいた見張りが父に知らせ、意識の戻らない姉のニーナの治療に当たらせて気が付いたのだが。


『天は我が最愛の娘を見放さなかった!』


 その数日後。

 部族長や白魔道士の見たというニーナの身に起きた、自然と怪我が癒えていく奇跡を騙る言葉を皮切りに、部族の者達は神を今まで以上に信仰するようになった。


 私は当然の如く地下の座敷牢へと押し込まれ、父に剣の柄で目立つ箇所を打たれると、勝手に治癒魔法を使えないように魔封じの手枷を嵌められた。

 翌日には青あざだらけに戻った私に告げた部族長の男が言うには、奇跡は唯一無二であるが故に奇跡なのだとか。



 〜〜〜〜〜



 奇跡が起きてから数年後の、十歳の初夏のこと。

 同じ人類と言うには、あまりにも歪で不自然な人形を集落の側で見た。


 不気味なソレを不用意に集落へと招き入れる事はせずに、生き物ではなく人形なのだと報告したが、魂の視えない周囲の者達は私の言葉を信じようともせずに地下へと閉じ込めると、閉鎖的な種族柄は忘れたようにその人形を客人として手厚くもてなした。


 日没を数えて十五回目のこと。

 次に部族長に連れ出され地上に出た頃には、殆どの部族にとってソレは供物を捧げるべき信仰の対象にまで成り上がっていた。


 そして、その側には巫女として着飾られ、緊張した様子で舞を披露するニーナが舞台の上で輝いていた。


 …羨ましい。


 視線を自分の足元の水溜りに落とし視界に映ったのは、みすぼらしく痩せこけた薄汚い子どもの姿。


『私の…何が、間違いだったのだろう?』


 双子の劣った片割れに生まれているのに生かされているのだから私は幸せ?

 違う。誰かが定めた幸福の定義など知ったことか。


『…欲しいよ』


 今思えばあの姿は、あの不気味な人形への供物の一つにしか見えなかった筈なのに、私は強く羨望を抱き、初めて感じる負の感情に操られるようにして部族長へと進言した。


『私を供物にしてはくださいませんか』


 発言した当初は取り合ってすらくれなかった部族長だが、やはり姉に対しては父性が働いていたのだろう。

 どんなに残酷な面を持つ部族長の男も、結局は『愛する妻の忘形見が供物にされて命を落とす』という悪夢には勝てなかった。

 だから簡単に部族長の男と私は急な坂を転がり落ちる石ころのように、自分自身を止める事ができなかった。


 最高に巫山戯た転落劇だった。


『ユウガオッ!!』


 だから…醜い私なんか、救われずに終わればよかったんだ。


『アタシの妹は絶対に渡さないんだからッ!!』


 貴女は、最後の最後で舞台に乗り込んで来てーー


『……なん、で…』


 ーー私を庇うように、呆気なくその命を散らした。




 *****



 黒衣を纏う中性的な美貌の青年は、蝶の羽を模したイヤーカフを指先でなぞり、目に掛かった長いアップルグリーンの前髪をかき上げた。


「始祖様の愛した世界の調和を乱すのは、一体どんな不届者でしょうか?」


 自身の腰ほどの高さもある岩に触れ、小さく呟きながら青年は愚痴を溢す。


「…この色と口調は……あぁッ!…やっと、見つけたッ…!!」


 青年は痺れるほどの甘美な再会の衝撃に立っていられず、その場で座り込む。


「お師匠様。私がすぐに迎えに行きますからね…!」


 見開かれた深紫の瞳は底の見えない狂気を孕んでいた。

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