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歪んだ箱庭  作者: パステル
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第二十二話 言うは易し、行うは難し

 僅かな光すら届かぬ、暗闇に支配された記憶の水泡が浮かぶ意識の奥底で、静寂に包まれて揺蕩っていた。


「周囲の者達が少女に与えた数多の幸福は、あまりにも甘美で依存性の高い、毒だった」


 静寂を突き破って聞こえた声は、耳元で囁かれた訳でもないのに鼓膜を震わせて…鈍痛をもたらした。


「その毒の脅威は受け取るモノの寿命の密度によって左右されるが、不運にも彼女は()()()長命種に生まれる運命を辿っており、未来に降り掛かるだけの苦痛は積もっていくが…彼女は後にソレ等が自身を襲う苦痛に変換される事を、知っていた」


 鈍痛はやがて全身の感覚が麻痺するまでに広がり、走馬灯かのように幾つもの景色が暗闇を背景にして重なって視え始める。


「現在の幸福がいずれ、過去に生きたモノから与えられる(おもり)に変わることを彼女は知っていながらも存続を求め…失い忘れ去られることを、恐れている…」


 その景色には必ず私が立っていて……見つめる視線の先には名前が刻まれた様々な形状や材質で作られた墓があり、豪華な装飾が施されたものもあれば、まともに弔う事も叶わぬ空っぽの形だけの墓もあって、私は墓やその周囲の手入れをしたり、花を手向けた墓の名の人物に語り掛けていたりしていて……稀に後ろで控えている誰かしらはいれども、私の隣で同じように振る舞ってくれる相手は…誰一人として居なかった。


「守り切れずに壊れてしまうことを恐れるが故に、遠ざけた。こうして、今の生では永遠の名を贈られた少女は独りになるのです」


 …いいや、違うだろう。

 確かに、この手で救い切れなかった尊き命を送り出す度に、私は争い憎み合うもとの発端である感情を生み出す心を憎んで、感情など消し去ってやろうと狂ったように研究に没頭していったが…それでも側にはキミがいてくれた。


「幾千幾万と花を手向けてきた私の愛し子なら、何を欲し追い求めるべきなのか…いい加減分かっているんでしょ?」

『それでも私は、メイ達に諭されてから…救えるならば救いたいと、願ってしまう』


 此の世にある死後の世界の管理者でもあることから、安直にメイと名付けた闇の精霊王の声は一言一句クリアに聞こえる一方で、自嘲気味に発した声は水中で聞いているようにくぐもって聞こえた。


「…きっと、これから先も。その傲慢な思いのまま私の愛し子(トワ)は欲張り続けるんだって、私は知っているよ」


 何も見えなかった暗闇に、一筋の光が差してくる。


「だって私は、そんな馬鹿げた思いに救われているからっ…!」


 やがて、暗闇を照らす光は眩く輝き近付いてきてーー



 ***




「ーー邪魔だッ!!」


 近付いてくる目障りな光源を手で払い除け、必死に辺りを見渡すが……其処は既に私の記憶域から放り出された、現実世界の試合場だった。

 やけに騒がしい周囲の言葉や視線の先を追って見ると、先程の光源…もとい、カルミアの必殺技を払い除けた右腕が焼け爛れて抉れており、指先に至っては骨が曲がったのかあちこちを向いて折れて、かろうじて繋がっている状態で、新鮮な血が止まることなく滴り落ちていた。


「白魔道士を呼べッ!!」


 今は公平な役割であると言うのに、深い皺ができているその顔はすっかり、普段から厳しくも最善な指南をしてくださる教官の顔に戻った審判殿がいた。


「治癒魔法をッ!!」

「先にひとつ、確認させてください」


 控室の方角からやって来た白魔道士の治癒魔法の発動を左手に展開した【解除(ディスペル)】で全て妨害しながら、審判殿の顔を見上げる。


「第三者による魔法で私の怪我が完治した場合、この試合の勝敗結果はカルミア殿の勝利となりますか?」

「当たり前だろうッ!こんな重症で戦わせる訳があるか!!」


 つまり、今までのショボい試合結果が私の実力だとされて、お父様やお母様からは推薦状を書くに値しない者として私への判断が降る可能性が高い、という事か。


 …後で色々な教官方から叱られ、厳しい御指導が入る未来が容易に想像できる…だが、私にも私なりの事情があるのだから仕方がないし、厳罰が降ろうとも甘んじて受け入れよう。


「でしたら、他所様の治癒魔法はお断りします」

「トワイライトッ!!」


 試合場の隅っこまでバックステップで下がり離れると、教官の怒鳴り声が飛んでくるが、今に限り無視する。


「口にするのは、具体的なイメージだけでいい…」


 ユウガオの頃ですら実現できなかった、光魔法()()()()回復魔法を初実演しよう。


「痛覚遮断、骨格再形成、自然治癒力増加…固定、接合。筋肉組織再修復、血管修復」


 全ての属性魔法に属さない、無属性と分類される【言霊】の力により、ここまでの結果は上々。

 それに何故だかはわからないのだが、メイによりユウガオだった頃の細かな魔力操作の感覚を、眠っている魂の記憶の奥底から引き出されているのだと、確信していた。


 ただ感知できていないだけで、きっとメイは今も何処かで私を見てくれている。


「私は、ひとりではない」


 自分を鼓舞している間にも、元と大差無いほどまでに再度形成された骨の上を肉芽や細い管が走っていき、更にその上をまた新たな肉芽が覆って、数秒と掛からず皮膚ができていた。


「痛覚遮断を痛覚鈍化へと転換」


 そう言ってからその場で飛び跳ねたり、右手だけでバランスを取り逆立ちをしてみる。

 若干の痛みと僅かな違和感は残るが…細かい回復魔法やズレた体幹の微調整は、試合の後でヴィオに治してもらおう。


「大変お待たせ致しました。試合続行の合図をお願いします」

「……ぁあ…」

「あの…?クロッカス教官…?」

「…こんなにもお前が考えなしだとは、思ってもいなかった…!」

「えっと、申し訳ありません…?」



 その後、教官二名上官五名による協議が設けられた結果、私は『事前申告の無かった未知の魔法による不正行為にて失格』とされ、二位どころか最下位にすらなれなかった。

 結果的にお母様から、もう一度だけ機会を与えて頂くという名目で、半年ほど当初の予定よりも長く在学する事となった。



 ***



 枯れ葉が雪の下で腐葉土となり、雪解けや新芽の芽吹きも終わり、すぐそこまで初夏の匂いが近づいてきた頃。

 あの半ば無謀だった決勝試合から時は流れ、凡そ半年の歳月が経った。


「ねぇ〜、本当にお別れなの〜…?」

「ヴィオも待たせているし、何も今生の別れでもないだろう?」

「トワちゃんがいなくなっちゃったら寂しいしぃ…またひとりぼっちに逆戻りだよぉ…」

「カルミアが卒業したらお互い同じ職種なんだし、毎日とはいかずともそれなりに顔を合わせる仲間じゃないか」

「分かったぁ……これからもお友達だからねぇ〜!」


 私を含めてたった数名の為に開かれた卒業祝いの打ち上げに参加した後、紆余曲折があった結果、良き戦友となってくれたカルミアに馬場まで見送られ、目立つ位置に停めてあったほぼ私専用となっている別邸用の馬車の扉を開けた。


「トワちゃん、お帰りなさ〜いっ!」

「お疲れ様、トワ」


 予想通り、喜びの感情が漏れていたお母様とヴィオに顔目掛けてクラッカーを鳴らされ、感動しているらしいお父様はお母様の陰で涙していたが……予想と異なる点が一つあった。


「あの…お母様?」

「何かしらぁ〜?」


「お父様とお母様がお忍びで領地から離れ馬車に乗っている事は、まだ辛うじて理解は出来るんです……然し何故、クロッカス教官が我が家の家紋の刻まれた馬車に乗っているのでしょうか…?」

「なんだ、儂は邪魔者扱いか?」


 無精髭を撫でながら、決勝の審判役と日頃から私のお目付け役を三年以上して下さった教官のクロッカス様が、気配もマナも感情すらも察知させないまま、馬車の中で大袈裟に泣き真似をする。


「クロッカス教官、やめて下さい。見ているこっちが恥ずかしいです」

「ガハハ!実は以前より辺境伯様御本人より、トワイライトの体術の師範にならないかと打診を受けていてな!トワイライトが卒業となった事だし、残りの余生を謳歌しようと慎んでお受けした!」

「…はぁ」

「これからはトワがあの日のような無茶をしないよう、出来得る限りの範疇でご指導をお願い致します」

「えぇ、勿論ですぞ!」


 結局、屋敷に戻って間もなくお父様に翌日の予定を空けておくように言われたが…その件とはまた異なる事態に頭を悩ませる事となる。



 ***



 翌朝。

 鏡台の前に座って、うっすらと化粧をする。


「なんというか…子どもらしくない?」


 自画自賛のようではあるが、トワイライトは幼いにも関わらず可愛らしいタイプではなく、美しさの方が際立っているタイプの美形だと思う。

 その為か、化粧をすると全体的に大人びて見えてしまい、精巧に作られたビスクドールのような温度を感じさせない神秘的な美貌へと変わる。


「本当に、あの頃と変わらないな」


 お父様は白金の髪を後ろへ撫でつけてオールバックにしており、目尻の下がり気味な碧眼や普段の立ち振る舞いから、見る者に優しい印象を与える。

 お母様は私と同じ薄桃色の髪ではあるが、私の髪質とは異なりふわふわとした天然の巻き毛であり、大きなキャッツアイは濃い紅色をしているが、これもまたお母様の人柄からなのか深窓の御令嬢というイメージにピッタリに見える。


 流石に髪の色素はお母様とも似て見える淡い桃色だが、先祖返りの瞳の深紫の透明度も含め、私の容姿はユウガオの頃から何一つとして変わっていない。

 頭の後ろの方で髪を二つに分かれた三つ編みにして、伸びてやや目に掛かっている前髪を鋏で切って調整する。


「我ながら、幼な子らしからぬ出来栄えだな」


 もう少し拙い化粧や髪型にした方が元教官ーークロッカス様に怪しまれないだろうか…などと考えていると、控えめなノックが聞こえてから、扉越しに侍女がヴィオからの言伝を伝えるだけ伝えて、足早に去って行った。


「…はぁ」


 まだ私も相手側も成人の儀を迎えていない子どもだからと言って、使用人が上級貴族の雇用主に対して取る言動や態度では無いし、身の回りの世話を率先して行うべき者が、あのような不躾な態度を取って許される訳がない。


「殆どが甘やかされた下級貴族の子女で構成されている使用人達とは言え、行儀見習いだという自覚が足りていない」


 言伝を伝える為にヴィオに声を掛けられなかったら、関わりのある者でこの時間帯に真面目に働いているのは、本邸との間の中庭の管理をしていてくれる、別邸の方はサービス残業の老夫婦ぐらいなものだろう。


「…屋敷を空けている期間が長かったとはいえ、完全に舐められているな」


 事の発端はそれこそ、私が産まれるよりも前まであり、言い出すとキリがない。

 トワイライトからトワに変わった直後、微かな違和感を感じていたのだが、あの頃は自由な身分を確立する為に奔放し、時代が変わり常識にも違いがあると思い知らされては痛い目を見ていた所為で、対応が遅くなってしまった。


 そして、使用人達から明確な悪意を感じたのは、凡そ半年以上前。

 時系列で言えば、専属侍女の話を蹴って跡継ぎ問題で周囲が養子縁組をお父様達へ提案し始めた頃だ。



 〜〜〜〜〜



 朝は鍛錬を行う為、基本的に一人で食べる朝食は栄養素を重視してくれと頼んだとは言え、黒パンと薄切りのベーコン二枚に火を通した野菜のサラダを小さなボウルに一杯分。

 貴族階級ではない者からすれば豪勢だろうが、仮にも私は上級貴族である事をすっかり忘れていた。


 そして軍事学校の寮に入寮し、初めて見た朝食を食べる生徒達の様子は、私だけでなくトワイライトの人生の常識も含めてひっくり返す景色だった。


 まず驚いたのは、主食の黒パンと主菜の他にも副菜が何種類も用意されていることだった。

 その上、必ず温かいスープにデザートまで付けられると言うのだから、軍事学校では意外と食べる量が多いのだなと口に出した瞬間、隣にいたカルミアに朝食を摂る意義と一汁三菜の大切さをしっかりと指導されてしまった。


 それを聞いてから振り返ってみると、屋敷で食べていた私の朝食のなんと侘しいものか。

 焼き立てとは程遠く、香りも柔らかさも栄養素も足りていないあの簡素な朝食。

 久し振りに帰省し朝食を頼んで、こっそりと【鑑定】して見たところ…結果は酷かった。


 ・黒パン

 品質:劣

 街のパン屋から引き取った売れ残りの遠征用のパン。

 焼き上げてから三日が経過しており、風味も損なわれている。

 パン粉にして使う事を推奨。


 ・オーク肉のベーコン

 品質:劣

 市場の精肉店で購入した際におまけで引き取っている廃棄部位のオーク肉を、塩漬けにしてから燻製した薄切りのベーコン。

 魔物肉の中でも一際クセが強く味も落ちるオーク肉の味を大量の塩で誤魔化している。

 塩分と脂質と糖質の取りすぎに注意。


 ・クズ野菜の炒めサラダ

 品質:劣

 収穫してから日が経ち鮮度も落ちたクズ野菜の余り物を炒める事で食感を誤魔化し、大量のドレッシングでエグ味を誤魔化したサラダ。

 餓死寸前でなければ雑食の魔物ですら見向きもしない。

 食べるならば相応の覚悟と腐食耐性が必須。



 これは、酷い…酷いとしか言いようがない。



 〜〜〜〜〜



 本当に【鑑定】で見えた言葉通りの味がした朝食を食べ終えた後、朝の鍛錬で剣の素振りをしながら、私は周囲の者達の感情を読み取ることを決意した。


 常日頃より、せめて屋敷の中では意識しないようにしていた負の感情へ、今は敢えて耳を傾けてみる。



「……鍛錬場では、負の感情が聞こえない。でも」


 朝の鍛錬を早めに終えて、屋敷の中でも滅多に立ち入る事のない使用人や行儀見習い専用の建物内へ、認識阻害を自分に纏わせて潜入する。

 別に雇用主は私なのだからこそこそとする必要はないのだが、何となくこの方法の方が本音がより一層聞こえると思ったのだ。


 そして、朝食の件だけでも十分に料理人と毒味係、配膳の者の雇用を打ち切りにする事は可能だったのだが、だからと言って大それた理由もなく行儀見習いをクビにして、我が家の敵を増やすのは嫌だし…などと悩んだ結果が、この潜入調査だったが…予想よりも酷い負の感情の渦巻いた使用人棟の中で意識を失い発見される事となった。


 屋敷の主人が使用人棟の中で倒れて発見されるなんて事があれば、当然その内容は当主のお父様に報告もいく訳で…



 〜〜〜〜〜



 お父様とお母様のお二人が住む本邸の執事長から、当主様より召集令が出ていると言われ、意識を取り戻して間も無いうちにドレスに着替え、ヴィオと本邸へと招き入れられた。


「あの、何故この場にマラカイトまでいるのでしょうか…?」

「トワは私の質問に正直に答えるように。使用人達を変に庇い立ててはいけないからね?」

「…はい、お父様」


 お父様の目を見れば、大体の事情は知られているのだと分かった。


「誤魔化した場合、僕がトワに変わって報告した内容を綿毛にも聞かせるからね?」

「ヴィオ?」

「悪いけど、この件に関してはルークス様の味方だから」


 お父様とヴィオは間違いなく、今回は本気で怒っているのだという事も伝わった。


「で、では…私の朝食を【鑑定】した結果の話から…」



 ***



 洗いざらい吐いた私の言葉により、別邸の使用人達は全滅。

 当人達へ降された厳罰は当たり前だが、その当人達を使用人として推薦した家の者との関わりは殆ど絶たれ、一番マシな処置でもその貴族家の治める領地を通る場合の関税を二割り増しとなり、早々に引っ越した領民は我が家の領土へ居着いたりといった結末になった。


 別邸にて仕える新たな人材の確保と育成に時間が掛かる為、それまでは本邸の方で一緒に暮らすという案もでたのだが、それではトワになってから今までで作り上げてきた私のイメージが壊れるので、断固拒否した。

 そして粘り駄々を捏ねる事、数時間。

 ヴィオ以外の身の回りの世話をしてくれる専属侍女を側に付け、お父様が信頼出来る相手の監視下でならば、使用人が揃うまでの間は外泊の許可が出た。


 専属侍女の心当たりはあるが…勝機は五分五分といったところなので、まずは専属侍女の件から取り掛かるとしよう。



 〜〜〜〜〜



 両親にも許可を得た上で、オーロラの思考誘導を完全に解いてから、私の専属侍女になってくれないかと聞いてみた。

 だが…


「申し訳ありません…トワイライト、様……少しだけ、気持ちの整理をさせて頂けませんか」


 戸惑いを露わにした声で返事をしたオーロラの瞳は、此処ではない遠くを見ている。


「私が…こんな不躾な態度を……奪われたのは、絶望……?」


 これ以上混乱させたいとは思わなかったので、そのまま静かに部屋を後にした。


 と、まあ…専属侍女の件は後回しにするとして、今度は外泊先の家主にアタックする事にした。



「という訳で、ここで働かせて下さい!」

「どういう訳なんだ…」


 やって来たのは王都の表通りに面する、飾りっ気のない外観の冒険者ギルド【刻印】の奥にある、ギルドマスターの部屋。


「でも、お父様には外泊しますって言っちゃいましたよ?」

「…トワイライトだけか?」

「正確にいうと、一時的な住み込みを三名分でお願いしまーす!」

「そんな好待遇は有り得んわ」


 まぁ、お茶目もここまでにしておいて。


「道中で聞いたよ?王族から無理難題を名指しで、冒険者協会を通さずに依頼されたって噂」

「あの場に居た最高権力者は第一王子殿下だったんだ。そりゃあ受けざる終えないだろ」


 道中でわざとらしい程に囀る数名の噂雀に銀貨を握らせて聞いた限り、冒険者協会は本格的に設立したばかりのクロッカス様のギルドを潰しに掛かっている。


「そんな横暴な依頼なんて蹴っちゃうか、所属する派閥が違うって言ってれば、受けなくて済んだのにぃ〜」


 憶測に過ぎないが、あの冒険者協会のトップは人族至上主義の差別的なクソ野郎だし、冒険者協会を通さなかった事で出た損失は全部、純粋な人族じゃないクロッカス様の所為って事にして、他の冒険者ギルドへの釘打ちにでもと考えているんだろう。


「儂はただの老いたジジイだ。断れるわけがないだろう」

「普通のおじいちゃんは国営の軍事学校で、最高司令官兼教官になんてなれませ〜ん!」

「それも元を辿れば、トワイライトが特待生として編入したからだがな?」

「うぐっ…!」

「…すまんな、トワイライト。弟子の申し出として気持ちだけは受け取っておく」


 このままじゃ言い包められてしまうが、今日の私には心強い味方がいる。


「ヴィオ!さぁ、頼んだよ!」

「あいあいさー」


 ヴィオの【収納】から出てきたのは、映写機とスクリーン。

 そして設置されたスクリーンに投影されているのは、此処に来る前に探してきた、私の住む辺境伯領の端に位置する森林の先に広がっている、妖精族の隠れ里内部の村の様子。

 しかし重要なのは、その映像の左上に表示されている座標が第一王子の指定した目標地点であり、襲撃予定地と同じこと。


「受けた依頼の内容とは、略奪者になれということなの?」

「いいや、違う。だが、巻き込む訳には…」

「巻き込むもなにも、この座標に位置する地域は我が辺境伯領の中に位置してる。なら、私だって無関係じゃない」


 息を吸い、吐いて。

 真剣な眼差しでクロッカス様の黒曜石色の瞳と視線を交える。


「クロッカス様がどのような依頼を押し付けられているのか、真実を教えてはくれませんか?」

「…儂に告げられたのは、スタンピードの恐れがある魔の森を制圧しろという事だけだ。誓って、トワイライトや辺境伯様と敵対する意思はなかった」


 あっ、そうか。

 第一王子の命令に近い依頼だったとしても、申告をした上で領主の許諾書が無ければクロッカス様がしようとしていたのは、その土地の領主の許可無き領土侵攻と一時的な占領、侵略行為だ。


「大丈夫です。お父様やお母様もクロッカス様を理不尽に罰したりなんてしません。特にお父様とは()()()なんですよね?」

「…あぁ。身分不相応な話だがな」


 寧ろその距離感の近さから、第一王子に嵌められたと言っても過言ではない。


「もう一度確認しますが、今回の依頼はクロッカス様ではなく冒険者ギルド【刻印】に、依頼されたものなんですよね?」

「そうだが…まさか」

「そのまさかです」


 まだ未遂で済んだとは言え、相手が此方に向かって拳を振り上げたのは明らかだ。

 ならば此方だって拳を振り上げ殴ろうとも、明確な敵意を先に見せた相手に容赦など無用。


「私を【刻印】の正規メンバーに入れて下さいませんか?」


 だから私がクロッカス様の代打で殴ろうとも、誰にも文句は言わせない。



 ***



 そんな事情があり、日程の都合上クロッカス様やヴィオは来れなかった為、乗り合い馬車に揺られて妖精族の里へと向かったのだが…全てが都合良くいく訳も無く。


 妖精族や聖なる存在しか通り抜けられない妖精族の結界をうっかり素通りして妖精族の門兵に侵入者として騒ぎ立てられたり、偶然隠れ里の転移門(ゲート)の一つがある土地の領主の娘だろうが妖精族の王には謁見させられないと猛抗議されたり、挙げ句の果てには『この位置にある転移門(ゲート)だけでも壊したら?』という私の助言を人族と妖精族間での抗争問題にまで発展させようとする者まで現れたりで、とてもじゃないが今すぐに解決できる問題では無いから人族の使者として捕虜になれと言われて、苛立ったメイが兄の光の精霊王のルーメンまで連れて現れたりで。

 とにかく、疲れた…


 そして現在。

 妖精族の幹部と今後の打ち合わせをなんとか終え、帰路の乗り合い馬車の中でうつらうつらと船を漕いでいると、御者が往路の途中で手綱を引いて止まらせる。

 そして間も無く、よく知っている気配を感知して外へ飛び出した。


「トワちゃんッ!」

「カルミア?一体どうして此処に…」

「城内に火が放たれたっ!なのに第二王子殿下がまだ中にッ…!」



 ***



 城の奥に隔離されるようにして建てられた離宮が、轟々と音を立てる炎に飲まれ、焼け崩れ落ちていく。


「義兄様の手の者か、はたまた日頃の行いによる天罰か…どちらとも言えないな」


 気がついた時には、僕や第二王子の僕に仕えている多くの者達が魔封じが付与された縄で縛り上げられた状態で、離宮の中庭の噴水の中へ放り出されていた。

 前も後ろも右も左も見渡す限り火の手が迫っており、空を見上げればブラッドムーンが憎々しい程に輝きを放っていた。


「救援の見込みは…」


 城に燃え広がらないように鎮火作業が終わり、燃え尽きた残骸の中を歩兵が安否確認をする様が目に浮かんだ。


「もしもの時の第二王子(スペア)に命を掛ける者などいる訳が無い、か…」


 多く煙を吸い込んだ殆どの者達は既に意識がなく、かく言う僕も意識は朦朧としてきた。

 人生の終幕は近くとも、走馬灯なんてものは見れそうにないな…


「本当に惨めで、僕におあつらえ向きな終わりだ…」

「なんとも自分に酔った詩的な言い回しじゃないか」


 声が聞こえ僕の影が大きく伸びると、増えた影が僕から離れると立体的な人の形に変わっていく。


「我が主君は死の瀬戸際でもロマンチストだね?」

「なっ…トワイライト!?」

「話は後回しだ。ヴィオは縄を切って、オーロラは目眩しを」

「あいあいさー」

「ポーション噴霧器、稼働!」

「【浄化】」


 サッと冷たい風が吹き、魔封じの縄が断たれたかと思ったのも束の間、忽ちのうちに霧が立ち込めた瞬間、ふっと足元の感覚が狂ったかと思うと、其処はトワイライトの屋敷のエントランスだった。


「鎮火作業が終わるまで半日以上は掛かるだろう。お客人方の部屋は幸いにも使い切れない程余っているから、暫くは私の屋敷に身を隠しておくといいだろう」


 幾ら古代魔法が使える優秀なトワイライトが居ようとも、目紛しく変わる非現実的な展開に混乱してしまっていると、トワイライトが近づいて来てーー頬を平手打ちされていた。


「トワイライト…一体、どうして…」

「悲観して助かろうともしない馬鹿を叩いてはいけなかった?」

「そうじゃない!なんであの場にいたのかと言う意味だッ!」

「主君の為に命を捧げるのは影としての本望だし、そんな結末には決してさせない。結果として誰一人と失わなかったのだから、これで良いでしょう」

「そうだったとしても!」

「まだ、私には覚悟が足りていないと、よくわかったから…私の事よりも自分を大切にしてくれッ…!」


 珍しく苛立ちを隠そうともせず、その場から立ち去ろうとしたトワイライトの進行路へ行手を阻むようにヴァイオレットが手を広げて通せんぼをして、迂回しようとしたところへ小さな少女が抱きついた。

 少女はトワイライトと同じか、それより少し上ぐらいの未成年に見える。


「だからって、燃え盛る崩落しかけた離宮に単独で突貫しようとするのはあり得ないから」

「カルミア様が教えてくださって、本当に良かった…!!」

「お叱りなら時間が空いてからにしてくれないか?今は時間が惜しいんだ」


 心配する二名の声すらも邪険に扱い、刃物のように鋭利な目付きでヴァイオレット達を怯ませ、結局トワイライトは行ってしまった…



 ***



 あの場に残留していたマナの匂いは、間違えようがない。

 人間が扱う拙い魔法により発現する炎なら、足止めを喰らっている間に発動させた私の魔法で完封する事が可能な筈だ。


 何より、ユウガオだった頃に強請られて組み込んだ歪な威力増幅の術式も修正される事なく発動していた。


「着火剤には瘴気の元となる負の感情が必要で、その条件ならば離宮には腐り余る程には大気に充満していた」


 妖精族ばかりが使える【妖気の業火】は、精々が瘴気を視る事の出来るだけの人間の手に負える代物ではない。


「私にもっと力があれば…」


 ああ、そうか。

 私もまた、チカラを渇望するしかないんだ。


「他者の思い出を踏み躙るだなんて、何をして返されてもいいという覚悟の上なんだろうね…」


 弱者は搾取されるだけのクソッタレな世界が、貴女のことも私の元から全て奪い去った。

 コレだけは私が絶対に忘れてはやらないから。



 ***



 マラカイトを後継者候補から次期辺境伯へと押し上げた。

 周囲の者には口出しなどさせなかった。


 これは家族の問題なのだから。


「姉上のご期待に応えられるよう、僕も頑張りますからっ!」


 用件を済ませ本邸の廊下ですれ違った際に背中へ向けて言われた言葉は、私の中で渦巻く穢れた感情の存在を信じてもいなかった。


 別邸へとオーロラを呼び出し、専属侍女になって欲しいとオーロラに望んだ。


「色々と振り回されましたが…トワイライトお嬢様には恩を返したいんです!」


 微笑みの内側に隠した仄暗い感情に、誰も気付きはしない。


「きっと私は…狂っている」


 私の本質は、やはりユウガオの頃となんら変わらない。


 皆平等に大切な私のモノ。

 一つでも欠けることは許さない。


 もしも害されたのならば、私の全てを持ってして叩き潰す。



 ***



「キミ達の族長殿に確認すべき問題がある。勿論、通してくれるだろう?」


 前回も敵意を向けてきた門兵を軽く【威圧】しながらお願いすれば、前回の出来事が嘘かのように謁見の間へと通してもらえた。


「つまり、キミ達の勝手な思い込みを聞いて暴徒化した一部の妖精族が、何の裏付けも無しに国宝の魔道具を用いて、人族の離宮に火を放ったと?」

「そっ、そうなるにゃあ……」


 王城とは言っても、帝国の人間が住んでいる方ではなく、妖精族の隠れ里内に聳え立つ妖精城の方だが。


「その、ユウガオ様がお怒りになるのもわかるのだが…」

「キミが何を理解していると言うのかな?」


 知ったような口を聞く今代の国王にして妖精族の族長に苛立ち、玉座に座っていた二足歩行の猫のようなその身体を持ち上げる。


「私がユウガオだった頃に対等な友人へと贈った、思い出の魔法が使える者が居なくなったことはまぁ想像はしていた。そしてそれを魔法のスクロールにして国宝として代々祀っているなんていう、プライバシーに欠けた行為も好ましくはないが、許してあげよう」

「それでは…!」

「だが、今回の件は別だ。そのくらいの事は()()()のだろう?」



 〜〜〜〜〜



 二名の妖精族の騎士に監視を兼ねた案内と護衛をされ、神獣様とやらが臥せっているという森の中を歩き出し、少し開けた場所に出た。


「トワ様、彼方の精霊樹の中にて眠りについておられる御方こそ、神獣様であります」

「ふーん」


 因みにだが、この騎士達も含め私がユウガオが転生した姿だと言うことは簡潔に説明し、私のことはトワと呼ぶように教えてある。


「神獣様は此の世に生まれ落ちた精霊獣様の、謂わば母なる存在にあらせられます。どうか、眠りを妨げる事は無いようにお願い致します」

「それはフリ?」

「「違いますっ!」」


 道中に話した会話の内容から、この二名の騎士はユーモアを覚えてくれたようで、非常に揶揄い甲斐がある。


「さて。この精霊樹はどのくらいの魂を内包しているのかな?」


 取り敢えずはジーっと見つめて視えないか試してみるが、何かが日光を反射してよく見えない。

 なので、薄っすらと見えた結界の中へと足を踏み入れた。


 案の定、騎士の二名は大慌てで此方へ向かって来るが、精霊樹を覆う結界がそれを良しとしない。


「結界を通り抜けられないというのも、割と不便なものだね」


 外界との空間を遮断している所為か、私には騎士達の声が聞こえず、騎士達には私の声が聞こえていないようだ。


「精霊獣を生み落とすとは、この木はなんともマジカルな大木だな」


 まぁ、光の御加護ばかりを乞う人間の習性とは違って、脈動する全属性の気配を均等に感じ取れるから、神獣様にはほんの少しだけ好感が持てる。


「でも、若干光属性の魔力が多く感じるのは結界の所為でもないし…神獣様の属性が光属性に偏っているのかな?」


 光属性に次いで多いのは地属性で、火と水と風と闇は同程度に感じる。

 感じ取れるのだが…


「この大木って、あまり元気が無い?」


 神獣様が休眠しているにしても、そんな大層な聖なる大木が纏うマナが、通常よりも僅かに多い程度なのは、考えてみればおかしい事だ。

 こういった場合は、栄養剤でもあげるのが植物への正しい対処法なのだろうが…


「この大木を植物の括りにしていいのかなぁ…?」


 明らかに葉や枝で隠れた大木の中心に近い場所からは脈を打つ音が聞こえるし、神獣様も一緒に寝ているなら他にもっといい対処法があるのかもしれない。

 なのでじっくりと熟考した結果、ユウガオ時代に貰ったものの深淵(アビス)に隠したり【収納】に仕舞い込んだまま開封していないお薬を使うことにした。


「テレテレッテレー、無限万能秘薬(エリクサー)水筒〜!」


 セルフ効果音で自分の気持ちを盛り上げながら水筒の蓋を開けると、不思議な事に無色透明で匂いもしない液体が並々と入っていた。


「元気になれ〜」


 水筒を傾けて精霊樹の根元に注ぎ始めると、当時メイが言っていた説明通り水筒の中のエリクサー(仮定)は空っぽになる事なく一定の量でジャボジャボと精霊樹の根の周りの土を湿らせていく。


「このくらいで大丈夫かな。栄養過多になってもよくないだろうし」


 結局私は結界から出て転移魔法でお泊まり中のクロッカス様のギルドへと帰宅した。

 後日談になるが、精霊樹が若返り神獣様から直接会って特別な権限を貰うのだが…それはまた別のお話だ。



 ***



 闇の精霊王にして、此の世界の冥界の()管理者である私は、穏やかな表情で眠る愛し子を見ながら考える。


 此処には愛し子等の外敵も無く、荒ぶる感情や痛む魂の器からも解放されている。

 ならば、波風の立たないこの穏やかな闇こそが、全てのモノにとっての()()となるのではないのかと。


 それに彼女は、抑揚のない平坦な声で言っていた。


『平等に与えられるモノは誰一人として何もない。だと言うのに感情に振り回される私達は、標的を見定めては自らが標的にならないように手を繋いでいる』


 手順を間違えたが故にユウガオの記憶持ちとして魔法の存在しない異世界にて生を授かった白髪赤眼の少女は、無感情のまま涙を溢して言った。


『大多数は思考を放棄して獲物を囲んだ。普通ならば獲物を態々助けたりはしない。輪の中に自ら入ることで裏切られれば、次は己が身が獲物となるのだから』


 少女の魂は、最期にユウガオの頃に見た状態よりも、激しく損傷していた。


『明日はあっても意志はない。生きていながら死んでいる私は何者なんだろうか?』


 初めに問い掛けられた時は、躊躇なく『貴方は魂だけの死者だ』と答えた。

 でも、もしまた同じように問われていたとしても、今の私には答えられないのだろう。



「すぐに答えを出さなくてもいいんだよ」


 心が温かくなる鈴の音のような声がする。


「…トワ」


 私の愛し子は闇の精霊王の魔術を、自らの魂に刻みつけられたチカラだけで打ち消し、一人起きていた。


「もう目覚めてもいい頃合いだし、寝坊助さん達を起こすのを手伝ってくれるね?」

「でも私は…きっと恨まれている」


 闇は…暗くて、冷たくて、何もない。

 だから大抵の生き物は闇を忌み嫌う。


「そんなの、直接聞いても分かり難い事なんだよ?だったら誠心誠意謝ってから、ゆっくりと理解を深めていけばいいんだ」


 それでも私の愛し子は、その魂も器も幼き頃から、闇にも魅力があると私に伝え続けてくれている。


「トワは、これからも私の愛し子でいてくれる…?」

「当たり前じゃないか!メイが別に愛し子を見つけても、私を大切に思ってくれるのは知っているからね」

「そんなことしないもん…」


 深い暗闇は断絶を生み、支配する。


【プレイヤーの皆様へ。現時刻より15分後に緊急メンテナンスを行います。メンテナンス中はサーバーとの繋がりが途切れます為、ご理解とご協力をよろしくお願いいたします】


 だからこそ私は、この出会いを無かった事にしたくない。


「お願い、トワ。侵略者(インベーダー)から世界を守らないで」


 でもそれ以上に、失うなんてことは考えたくもない。


「早く…逃げてっ…!」



 *****



「メイは相変わらず一人で抱え込んで、頑張ってばかりだ…なのに、私はいつも気が付くのが遅くなってしまう」

「いいから、逃げてよ…!」


 腕の中で精一杯メイが暴れるが、そんな形だけの抵抗ならスルーしてしまう方がいい。


「嫌だね。それにどうして、私が逃げ去らなきゃいけないんだい?大切なみんなが此処に居るというのに」

「もう、来るッ!」


 メイが叫んだ瞬間、光の届く筈のない深淵(アビス)の底の此の場所に、目に痛い程の白い輝きが辺りを照らす。


「アハハっ!やっとバグを見つけたよぉ〜!」

「ちょっとユリ、騒がないで!もうちょっと声量を抑えなさい!」

「ユリもシャクヤクも、不恰好な真似をしないで下さい」


 いつだったかに聞いた、騒がしくも聞き惚れてしまうような声の持ち主達が三名、ひび割れた景色の中から飛び出して来る。


「お帰り頂くのは、あの偽神の三柱だけで十分だ」

良ければまた読みに来てください!

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