第二十一話 狂宴
今回はそこそこ長いかもです。
芝生の上を転がって茂みに突っ込んだ所為か、髪の毛には落ち葉が絡まってくっつき、全身が少し土っぽく汚れてしまったマラカイトに【浄化】を掛けて汚れを分解する。
すると、亜麻色のふわふわとした髪にも天使の輪ができていて、後で櫛で梳く必要はあるだろうが手触りの良い綿毛のようになっていた。
「トワ、お兄ちゃん…?」
「…ん?」
モフモフとした手触りに夢中になっていると、マラカイトが困惑したように顔の横へ手を伸ばしてくる。
「どうかしたかい?」
「髪の毛の色が、変わっちゃったよ…?」
「えっ…」
そう言われて後ろで一つに束ねた髪の毛先を持って確かめると、元の髪色を誤魔化す為に黒の染色料に使った煤まで汚れと判定されたらしく、見事に分解されて元の薄桃色に戻っていた。
「黒じゃなくて、優しいピンクの髪…?」
「これは!決してマラカイトを騙すつもりではなくって…!」
「すごく、綺麗な色…僕はトワお兄ちゃんの色、好きだなぁ」
柔らかい笑みで私の髪の毛先を触っているマラカイトの心には、嘘偽りなど微塵も感じ取れなくて。
本当に心から称賛の言葉を贈ってくれているのだと、生粋の貴族ばかりのお茶会に参加して荒んでいた心に純粋さが染み入った。
「マラカイト…!ありがとう!」
「むきゅっ?!く、苦しいよぉ…!」
「ふふっ。あまりにもマラカイトが純粋な心のままに褒めてくれるから、つい…」
刹那、夕陽を浴びて伸びた二つの影が私達に重なり、薄暗くなる。
「随分と楽しそうだね、トワイライト?」
「つい、で…抱きつくんだ」
私よりも小柄なマラカイトは膝の上に座らせて、自分の身体を相手の方へ回転させると、凍てつくような笑顔のシキサイ殿下と酷く苛立った様子で腕を組んでいるヴィオが、私とマラカイトを見下ろしていた。
「別にこの子はまだ純真無垢なのだから、問題はないだろう?」
「…以前はすまなかった」
「トワぁ…ごめんなさい…」
さり気なく、シキサイ殿下とヴィオには以前、合同遠征練習の後の水浴び中に遭遇した事を仄めかすと、二人は思い出したのか視線を逸らしたり頬を染めたりして謝罪してくる。
私としては別に、八歳のチンチクリンな身体を同じ年頃の子どもに見られても、お互いに恥じ入る理由はないと思うのだが…ここは敢えて黙っておこう。
「それにしても…シキサイ殿下とヴィオが一緒にいるだなんて、珍しい組み合わせだね?」
マラカイトの肩口に顔をくっつけたまま、ずっと思っていた疑問を投げ掛ける。
「今回は利害関係が一致して、互いが互いを利用し合っているだけだ」
「そーゆうこと。じゃ、手続きとかありがとーございました。って訳で、第二王子殿下は帰ってどうぞー」
「なっ!?待て、ヴァイーー」
最後まで言い切れないうちに、ヴィオによってシキサイ殿下はどこかへ転移させられていた。
「それで。トワ…なんなの、ソイツは?」
「この子はマラカイトだ。今日から…」
「別に、名前とか聞いてない」
険悪な雰囲気に呑まれつつある場を和ませようとするが、ヴィオは受け入れるつもりが殆どないらしい。
「だけど、知らない事はお互いに多いだろう?」
「だからこそ、なんでトワがコイツの事を話すのか意味分かんない」
不機嫌なオーラを全面的に出しているヴィオは、私に抱きしめられるがままの体勢で怯えているマラカイトの方へ回り込んで、長いマラカイトの前髪を払いのけて顔を覗き込む。
「黙ってないで、お前自身が喋れよ」
「ーーッ?!」
「なんだか手荒じゃないかい?やましい感情がない事はヴィオも感じ取れるだろう?」
「黙ってトワに守られてるだけなら、コイツが悪い」
「…僕、はっ……」
小刻みに震えるマラカイトの緊張と恐怖心が高まっていく様子をひしひしと感じる。
しかし、ヴィオの普段よりも刺々しい対応の理由も、先程までシキサイ殿下が居た理由も、紐解くように考えてみれば簡単に理解ができた。
「ねぇ、マラカイト。自らが望んだ行く先が無いのなら、暫くの間は私の屋敷に住まないかい?」
「…トワお兄ちゃんのお家?」
「は?」
「私とマラカイトの目の前にいる私の悪友のヴィオには、友達と呼べる対等な相手がお互いしかまだいないんだ。だから気が向いたら、私達と友達になって欲しいと思ってね」
「…僕で、いいの?」
「勿論さ!ね、ヴィオ?」
「トワも綿毛も一旦ストップ!いつ、誰が!僕がこの綿毛の友達になりたいなんて言ったの?!」
「たった今、私が、ヴィオの願望も汲み取って代弁したよ?」
「はぁ…言うのは二回目だけど、僕にはトワと僕の大切な人達を守れれば、それ以上は望まないんだってば!」
現在のヴィオは怒っているように見えなくもないが、親しい間柄の私からすれば大声を出して顔を背けているのは恥ずかしい時の癖だと知っているから、照れ隠しに過ぎないのだと理解できる。
それに。
「僕も、お友達になりたい!…駄目、ですか…?」
「ぐぅっ……別に、駄目とかは言ってないし…」
ヴィオの反応を見るからに、マラカイトは無意識に効果抜群な聞き方をしているから、落ちるのもあっという間だろう。
「私よりもヴィオの方が、難儀な性格をしているよねぇ」
「もうっ!ニヤけるのやめてよね!」
マラカイトを膝の上から下ろし、ヴィオと戯れ合っていると。
「トワお兄ちゃん達は仲良しで…羨ましいな」
「ぐはぁ!」
心臓の辺りを押さえ、ヴィオが芝生の上で悶え転がる。
「お兄ちゃんっ!?」
「大丈夫だよ、マラカイト。あのお兄ちゃんーーヴィオは、純粋な優しさに弱いだけなんだ」
「…別に、これくらいなんとも…」
「お兄ちゃん、痛いの…?」
萌えから復活してヴィオはよろよろと立ち上がるが、マラカイトがまたしても動く。
「痛いの痛いのっ、飛んでけっ〜!」
ぎゅっとヴィオに抱きついたと思ったら、空に向かって両手を振り上げて可愛らしい事を叫び、そのセットを繰り返し始めた。
「…トワ?コイツって、天使だった…?」
「いや…さっき【鑑定】した限りでは精霊族とのハーフなんだが…この愛おしさはおかしいな?」
「魅了系統の魔法は覚えていない筈だし、宮廷仕えの鑑定士が書いた鑑定書にも、光と闇の魔力適正以外は特に秀でた能力や才能はないって…」
「ヴィオ、ちょっとこっちへ来て?あぁ、マラカイトは少し待っていてね」
私はヴィオの腕を引いてマラカイトから遮蔽物がない程度の距離まで離れ、小さな範囲に防音結界を張る。
「さっきシキサイ殿下に礼を言った手続きとは、マラカイトについての鑑定書の発行だったのか…」
「まぁね。親しげにしてる姿が廊下から見えてたし、トワがお客様として別邸に招くって言い出すと思ったから。ついでに素行調査もしておいた」
手渡された二枚の紙には【隠蔽】が掛かっていたが、ヴィオが紙に手を添えると文字が滲むように浮き出てくる。
「…普通の落としだねなら母子ともに城下へ放り出されたり孤児院に預けられるだろうけど…この城でわざわざ育てられているにしては…身なりは貧相に映るし、どうも不自然だね」
「それと、母親については誰も喋らないし知らなかったっぽいけど、先代王の父方の家系の現当主とは…瞳の色素や魔力適性まで似ているらしい」
つまりマラカイトは人族か精霊族の末裔の、高貴なる血族の落としだねという訳か…
「口の軽い奴らから聞いた感じだと、先代王に縁のある没落した貴族の落としだねだって噂で、子どもらしくなくて不気味だから普段から腫れ物扱いにされてるらしいけど…今の姿を見る限り、僕は納得がいかない」
「この手の話は噂雀が誇張している可能性はあるだろうけど…城の者の意見には、私も納得できないね」
しかし、だ。
此処にマラカイトの確固たる居場所が無いというのならば、正々堂々と連れ出すことも可能だという意味でもある。
「確かまだ、お父様とお母様は跡継ぎ候補を選定していなかったよね?」
「そうだけど…?トワ、まさか」
「今の人族の王にはまだたんまりと貸しがあるし、折角家族になるならば仲良くしたいだろう?それに、あまりにも横暴な子どもが次の当主になるのも解せないんだ」
「トワ、やめて」
「やめないよ。話に戻るけど、マラカイトを私よりも優先度の高い跡継ぎ候補にしてしまおうじゃないか!」
「…僕は反対」
「わかった。じゃあ、私の義弟にしよう?」
「さっきと大差ないじゃん」
「そこをなんとかっ!頼むよ、ヴィオ〜!」
私だけでもお父様なら絆せるかもしれないが、お母様はどうにもヴィオには甘い節がある。
だから、私達二人でお願いすれば罷り通るかもしれない。
「ヴィオも弟分が欲しくなっているんじゃないかい?」
「…それとこれとは、別の話でしょ」
「でも私は、変わりたいと願ったマラカイトの手を、今更になって振り解くつもりはない」
ハッキリと意思表示をしてからヴィオの菫青石のような瞳を見つめ、引くつもりがない事を示す。
「…だあッ〜!!もうッ!」
結果、先に折れたのはヴィオだった。
「僕に決定権はないけど。トワにベタ甘なルークス様に直談判してから、上手くマラカイト自身がハイライト様に取り入れられたら、いけるかも…」
「ヴィオ…ありがとうっ!流石、私の最高の悪友だね!」
***
結局トワの強い押し売りのような口車に乗せられて、行きは僕とトワの二人だけだった馬車の中には小さな綿毛が乗り込む事になった。
こうなる事は王城に出入りしていた頃、綿毛を見つけた時からなんとなく予感はしていたけど…
「まさかこの綿毛が、トワの義弟かぁ…」
「くぅ…くぅ…」
「ふふっ。ヴィオの膝枕は居心地がいいのだろうね」
馬車の中で僕の膝に頭を乗せて寝る綿毛と、その様子を愛おしそうに眺めるトワ。
しかし、トワの目の下には大きな濃い隈ができていた。
「トワも寝てた方がいい。特に最近は夜通し研究に没頭して、寝てないんだろうし」
「そうだけど…どうしてヴィオにはバレるんだ?」
心底不思議そうにして僕の感情を読み取ろうとしてくるトワは、自分に関する事に関してはかなり…いや、途轍もなくズボラだ。
「照明用魔石の消費者一覧を見れば分かる」
「あぁ!それは盲点だったよ」
当人は楽観的にケラケラと笑っているけど、睡眠不足でなければ魔石管理の帳簿を僕に任せていると先に気付いていただろうに…放って置いたら栄養失調で倒れる様子が簡単に想像出来るぐらい、自分に対しての扱いが雑で無関心に近い。
「更に、夜は食べないで抜いてるっていう情報も、料理長から聞いてる」
「それは、その…恥ずべき事に最近は肉付きが良くなってしまって…でも、朝や昼には充分な量をしっかりと食べているから、ね?」
「成長期なんだから少しの体重の増加は当たり前。特に鍛錬をしている僕らぐらいの年頃なら寧ろ今のうちに食べておかないと将来身長が伸びなくなるって、前にトワ自身から聞いた」
「分かってはいるんだけど、最近ではドレスを着る機会が増えたからさ。着る度にコルセットが苦しくなってきていて…」
まぁ確かに、最近のトワは成長期に入ったと思う。
朝の鍛錬では誰よりも早く来て訓練場の整備を始めているし、夕方の警備隊に混ざっての走り込みにも出ている。
にも関わらず、体付きは出会った頃よりもだいぶ女性らしい丸みを帯びてきて、尚且つ色は白いままで細腕の先の白魚のような手先は深窓の令嬢のようで…少なくともトワ本人が思っている倍以上は注目を集めている。
「新しいドレスの一着や二着、仕立てて貰ってもバチは当たらないのに。小さくなったならなんで頼まないの?」
「私はおそらくずっとお茶会に興味は無いし、無駄な出費は無いに越した事はないだろう?」
「いや、思いっきり弊害が出てるから……皺寄せは全部コッチに来てるけどね…」
「えっ?ごめん、弊害って?それに、最後に何か言ったかい?」
「…別に、なんでもない」
その所為で、夕方の走り込みに若い新入りが加入した数日間は特に、トワの後ろ姿に惹かれて群がる者達がいて露払いの手間が掛かっているが…その事を言ったらトワの世界を狭める事に繋がるから…言えない。
「それよりもさ、いつまでその格好してるの?なんか声も低くなってるし」
声はまだトワから教わっていない魔法での結果だとして。
たったいま目の前に座っているトワの体型のシルエットは、普段は余分に撒き散らしている女性らしさが減っていて、軍事学校での制服の中に詰め物でも入れたのか少し肩幅が変わっていて、特徴的な髪色を除けばやや細身の少年に見える。
「最初は騒ぎ立てる周囲の目を誤魔化す為の変装だったんだが…マラカイトがいるから」
「綿毛がどうかしたの?」
「同性同士の方が、落ち着くのかもと思って」
「もにゃ…むぅ…」
僕の膝に頭を乗せた状態で言葉にならない寝言を言い、気遣われているとは思いもしていないであろう綿毛の頬をつつく。
「…何も考えていないんじゃない?」
「隠し通せる気はしないし、早く打ち明けたい気持ちは山々なんだがね…」
「じゃあ、綿毛がルークス様とハイライト様に会うより前に種明かししないとね?」
***
「綿毛、起きてる?そろそろ降りる準備して」
「ふわぁい…?」
目を開けてすぐに見えたのは、キラキラと光って色が違って見える薄青紫だった。
でも、まだ眠っている頭が起きた頃に、ようやくそれがヴィオお兄ちゃんの目の色だって気付く。
「おはようございましゅ…ぅわッ?!」
「っと…危なかったね?」
眠い目を擦りながら馬車から降りようとして、躓いて傾いた身体を支えられると同時に、ふわふわの優しいピンクで視界が埋め尽くされる。
お礼を言おうと立ち上がろうとして、寝ぼけていた思考回路が固まった。
僕は女の子に抱き締められていた。
「ぼんやりとしているようだけど…うん、怪我はないようだね」
「だっ、誰…!?」
「…まだ寝ぼけているのかな?でも、ちゃんと起きてくれてマラカイトは偉いね」
「ふぇ…?僕の名前?なんで知ってるの…?!」
驚きながらも、警戒するようにヴィオお兄ちゃんのいる馬車の中に戻る。
「ヴィオお兄ちゃん、あの子誰?!」
「ぷっ、くくくッ…!」
「あぁっ!トワお兄ちゃんは!?」
「マラカイト?!何か嫌な事をしてしまったなら謝るから!」
叫ぶ女の子を無視して、ずっと姿の見えないトワお兄ちゃんをキョロキョロと見渡して探していると、唐突に女の子が膝から崩れ落ちる。
「流石に…ここまで気が付かれないとは…」
「綿毛ってば、最高かよっ…!」
あまりにも落ち込んでいるから同情しそうになるが、僕は女の子を警戒したまま馬車から出ると、距離を取りながら辺りの様子を確認する。
だが周囲に、あの優しいピンクの髪の毛の持ち主は…女の子の他にいない…という事は。
「もしかして…トワお姉ちゃんだったの…?」
女の子は喧しく叫び、ヴィオお兄ちゃんは楽しそうに騒いでいたのに…僕の一言を境目に静かになって僕へ視線を向ける。
「もしかして…当たっちゃった?本当に、タチの悪い冗談じゃ、ないの…?」
「ねぇ、マラカイトが傷口に塩を塗ってくるんだが…」
「お姉ちゃんなんだって、予想以上にバレてなかったねぇ?」
「…これ以上、塩の上塗りはやめてくれ…」
トワお兄ちゃんが女の子だったなんて、いまひとつピンとこない。
だからヴィオお兄ちゃんの影からジッーと観察していると、落ち葉を踏み締める足音が一つ近付いて来た。
「おかえりなさいませ、トワイライトお嬢様。お客人をお連れでしょうか?」
「うげっ…!面倒なのがきた…」
「…やぁ、インディゴ…」
「予定よりもかなり遅いご帰宅のようですが、何か不測の事態に見舞われたのでしょうか?」
「うん…まぁ、ちょっとね…」
「それはーー此処で棒立ちになったままの、愚弟絡みでしょうか?」
このお兄ちゃんは…あの女の子に対しての物腰は柔らかいけど、僕やヴィオお兄ちゃんに向ける笑顔は対照的に冷え切っている。
「ヴィオ。お前はトワイライトお嬢様に仕えさせて頂いているという自覚はあるのか?」
「次期当主様には関係ない事なんじゃないの〜?」
「全く…そうやってお前がトワイライトお嬢様の補佐をしっかりと務めないから、私もトワイライトお嬢様の補佐に回るように父上に託されたんだぞ」
「兄上はトワに関わらないで!言うほど不服ならサボればいいじゃん!」
「屁理屈や揚げ足取りしか出来ないならば、ヴィオはトワイライトお嬢様の側近には不適合だとルークス様に提言する事も視野に入れているからな」
「はぁっ?!…いつもいつも、勝手に兄上が僕のことを決めないでよッ!!」
まさに一触即発のピリピリとした空気が怖くて、気配を消して馬車の中へ逃げ込んで息を吐いた瞬間、馬車の扉が勝手に閉まって、正面には女の子のトワが歪んだ空間から滲み出るようにして現れた。
「おっと!今は出ない方がいいよ?」
「…なんで?」
「ちょっと過激な兄弟喧嘩が起きているからだよ。憶測だが、マラカイトは血を見るのに慣れていないだろう?」
「血は…怖い」
「まぁ、それが普通の感覚だよね…でも万が一ヴィオ達が怪我をしても治せるから大丈夫だよ」
そう言ったトワは軽く僕の髪を手で梳くが、それ以上は近付いて来ないし、誘惑もしてこない…?
「あのね…もしかしてトワは、襲って来ないの…?」
「襲う…?私が、マラカイトをかい?」
「だって、僕には利用価値があるかもしれないから…」
「…ふむ。その話を詳しく聞いてもいいかな?」
「う、うん……」
***
マラカイトは言葉につっかえながらも喋り出してくれる。
流氷がゆっくりと溶けていくように、トラウマらしき事柄も分かり易いように、自身の体験した恐怖と絶望、そしてその心が無償の愛を強く渇望するようになった発端までもを。
自我が芽生えた頃から腫れ物扱いのマラカイトへ近付いてくるのは、若い侍女見習い等の玉の輿を狙う者や、腹黒い計略を笑顔で隠した一部の貴族ばかりだったらしく、段々と人間不信になっていき、押し込められていた離宮から逃げ出した庭園の中で迷子になっていたところで、私というその瞬間は女性でも大人でも貴族でもない安全な部類の相手に出会えて、その場の勢いが混じりつつも変わりたいと願ってこの手を取ってくれたようだ。
***
「今までよく、頑張ったねっ…!」
心の中で燻っていた思いの丈をぶちまけると、トワにまたしても抱き締められる。
だけれど、先程は感じた嫌悪感は無くて、それどころか落ち着いて久し振りに安心するような感覚になった。
「私は決して、マラカイトに襲いかかったりはしないから…私の義弟になってはくれないか?」
「義弟…?僕の、家族になってくれるの?」
「あぁ、そうだよ。もちろん、マラカイトが望めばの話だけどね?」
トワを信じたい。
信じたいのに…今までの恐怖が突然戻ってきては、頭の中で点滅して現実の残酷さを思い出させる。
「…僕は……」
答えようとして、言い淀んでを繰り返して、自分の事がまた嫌いになっていく。
「いいかい、マラカイト。何も今すぐに返事をしろだなんて思ってはいないし、断ったって何も問題はないんだ」
「でも、僕っ…!」
それ以上の言葉が出て来なくて、情けなくて惨めで、泣きたくないのに涙が勝手に流れ落ちる。
「僕はッ…こんな僕なんて、大っ嫌いだっ…!!」
「マラカイトが自分自身を嫌う気持ちは、少しだけ共感できる…私も自分がいなければと願うから…」
「何も出来ない、僕の価値は…身体に流れる血の半分だけでっ…穢れてるからっ…!」
「…そうか」
それ以上トワは何も言わずに、ただ僕の口から溢れ出る言葉を聞いて、寄り添うように隣に座っていてくれた。
***
感情に振り回され泣き疲れて寝てしまったマラカイトは、私の肩に寄りかかって寝息を立て始めた。
「…ヴィオ、インディゴ。もう大丈夫だ」
呼び掛けに答えるようにして、そっとなるべく音を立てないようにして馬車の扉を開けて、衣服が少々乱れて擦り傷のできたヴィオとインディゴが馬車の中を覗いてくる。
「嫌な役目をさせてしまってすまない…」
「いえ。小さなお客様の肩の荷が少しでも軽くなったならば、私も本望です」
「兄上の言う通り。綿毛は…また寝たの?」
「それだけ疲れが溜まっていたんだろうね。私は用意が整うまで寝室に待機しているから、ヴィオは執事長にゲストルームの用意と食事の追加を知らせてくれるかな?」
「でしたら私は、門兵へ鑑定書の提出を済ませてから、ルークス様に別邸へのお客様の宿泊手続きを済ませて参りますね」
「あぁ。インディゴも、いつも助けてくれてありがとう」
「それでは失礼致します」
「今日は夜も一緒に食べようね〜?」
「あぁ、わかった。それじゃあまた後でね」
私は自分とマラカイトのみを対象にして、寝室へ【転移】した。
***
「このお屋敷が、トワ達のお家…?」
「あぁ、この別邸は私の屋敷だよ。そしてマラカイトは私の大切なお客様だから、特別なゲストルームを用意させてもらうね?」
「うん、ありがとう…」
それからマラカイトのいる生活は、私の日常へと溶け込んでいった。
「トワ…僕も一緒に、走りたい」
「そうか。くれぐれも無理はしないようにね?」
「うん、頑張る…!」
軍事学校から帰ってきた私が夕方の走り込みに参加しようとすると、何故か運動着姿のマラカイトも付いて来たり。
「ヴィオのバカぁ〜!」
「マラカイト!?目元が赤いけれど、どうしたんだい?」
「仕上げを、ヴィオが、トワの為に焼いてたのにぃ…!」
「えぇっと…?」
「ヴィオが!トワのパン食べちゃったぁ〜!」
「僕の分もあるって思うじゃん!」
「…その、なんというか…ごめん」
焦げ臭い調理場へ駆け付けたら、駆け寄って来たマラカイトに私へ贈ろうと焼いてくれたパンーーヴィオの食べかけーーを大量に貰ったり。
「さて、どうしたものか…」
確実にマラカイトは私の大切な宝物になっていった頃、お父様とお母様から以前に跡継ぎ候補として話題に出していたマラカイトの紹介の催促の手紙が届いて、私室で返事の手紙をどう書こうか悩んでいた。
「トワ〜!…あれ、悩んでるの?」
「あぁ、ちょっとだけ…そろそろ跡継ぎ候補を紹介して欲しいって言われてしまって」
「…まだ、間に合う?それとも、もう無理かな…」
翳った表情を見せたと思ったら、次の瞬間には意を決したように私の腕を掴むマラカイトがいた。
「トワには自由が必要で、跡継ぎになりたくないって、ヴィオが言ってたから…」
「…全くもう」
「あのね、今度は僕がトワを助けたいんだ」
孔雀石の輝きを放つ双眼が、私を真剣に見つめていた。
「でも跡継ぎ問題は、なりたいと望んだからと言ってなれる訳でもないし、単純な話じゃないんだよ?」
「貴族の責務はヴィオから教わったよ。魔法も少しなら上達したし、これからは鍛錬にも付いていけるように頑張るからっ!」
「いや、そう言う意味でも無くって…」
一生懸命にマラカイトはアピールしてくるが、辺境伯の跡継ぎという重荷を安易に背負わせる訳にはいかない。
「あららぁ〜?トワちゃんはどうして悩んでいるのかしら〜?」
「お母様?!」
***
本邸の応接間で少し待った後の事。
「ルークス様。トワイライトお嬢様をお連れしました」
「入室していいよ」
私以外も居るのに、珍しくお父様の書斎に呼ばれていた。
「ご苦労様さま。警備の者も下がるように」
「承知致しました」
「…失礼します」
執事や侍女、そして給仕も全員下がると、お父様は表情を和らげる。
「おかえり、トワ」
「トワちゃん、お帰りなさ〜い!ヴァイオレットくんと綿毛ちゃんも好きに座っていいわよ〜」
「では、失礼します」
「失礼しましゅっ!」
お母様の許可を得てからソファに私とヴィオは腰掛け、マラカイトも私達に倣って端っこに座った。
「手紙で話していた跡継ぎ候補のマラカイトくんとは、その子で合っているね?」
「はい。私はお父様とお母様に願い申し上げたく、本日はお時間を割いて頂きました」
「そうか。では、言ってみなさい」
「十日後に行われる跡継ぎ候補の選定試験にマラカイトを参加させて頂きたく、私に推薦状を贈るだけの資格があるか、確かめて頂きたいのです」
不意打ちで私に耳打ちをしたお母様の代案にわざと乗っかっている為、非常に居心地が悪い…だが、やると決めた以上、仕方が無い。
「推薦するのではなく、先ずはトワの資格を確かめればいいのかい?」
「お父様の仰る通りです」
「そう言い出すからには、理由は勿論あるんだろうね?」
「えぇ。お母様は既にご存知でしたが、五日後に私の通わせて頂いている軍事学校にて、在学生として初めて迎える昇級試験が行われます。そして私の場合は、予定通りならば最大で四回、勝ち残り形式のトーナメント戦に参加します」
「ハイライト?!」
お父様の仕事モードの化けの皮が剥がれ、悲鳴にも近いその叫びにマラカイトが驚いている。
私とヴィオ?もうこれは慣れだよ、慣れ。
「私はトワの晴れ舞台があるだなんて聞いてないんだが…」
「ルークス。まだトワちゃんのお話の途中でしょう?」
いじけるお父様の恨みがましい視線を一切気にせず、お母様はお父様を見つめ返している。
私も将来、お母様のような貴婦人に…なれる気が全くしないな。
「…わかった。トワ、続けなさい」
うわ、チョロい……じゃなくて。
「つい先程、最高司令官殿…もとい、国王陛下より一部の貸しを返してもらいまして、王族用の観客席の一部を貸切にして借りる事になりました。なので是非、お時間がありましたら私の昇級試合の合否で、推薦状を贈れるかどうかを決めて下さればというお願いです」
「いいぞ、もっとやってやりなさい」
「あらあらぁ。国王陛下を困らせちゃうなんて、トワちゃんは相変わらず可愛いわねぇ〜」
…この部分の発案者は、お母様なんだけどなぁ。
「ですが…」
だけど、やられてばかりはやはり性に合わない。
「もし仮に、私が一度も倒れずに勝ち抜いた場合には、もう一つ追加でお願いをさせて頂きたいのです」
これは完全にいま思いついた事なので、お母様は勿論の事、本邸まで一緒に来たマラカイトも驚いたように表情を変えた。
そんな中でもヴィオは何となく察していたのか、肩を竦めて小さな溜め息を吐いていた。
***
吸水率が高い布地で仕立てられたインナーを着てから伸縮性の悪いズボンに足を通し、黒い軍服にも似た上着を羽織り一番上までボタンを閉める。
待機室の簡素なベンチに座って革靴の靴紐を解けないようキツく結んだ。
「うわぁ…姐さんの初戦の相手、可哀想だな…」
「じゃあお前が変わってやれよ…」
「はぁ?!それだったら飢えた猛獣の檻の中に入った方がマシだろ!」
…嗚呼、今日も今日とて雑音が五月蝿い。
私に対する扱いも、当初は最年少での編入生だからと明らかに舐めた言い草の者達しかいなかったし、呼び名もピンク頭とかお嬢サマだったのに、いつの間にか教官以外のすれ違う奴らには姐さんとか呼ばれ出したし…本当に適当な生き方の奴が多い。
「トワイライト、出番だ」
「はい。今行きます」
普段は訓練場として使われている試合場には、一回戦の相手が表情には出ていないものの、酷く怯えた感情を放出しながら、槍を構えて立っていた。
怯えながらも戦場に出てきた事、そして武器選びで槍を選んだセンスは高く評価するが…目の前の対戦相手は、私が精霊族の末裔であり感情を読み取れるという事を忘れてはいやしないだろうか?
…まぁ別に、大した問題では無いからいいか。
「この試合では武器と防具は不使用で、代わりにレベル2までの魔法の使用許可をお願いします」
「許可する」
私と審判の上官のやり取りに、観客席は僅かにざわめき立つ。
今回のトーナメント戦での基本ルールでは、自分が最も得意とする攻撃の使用許可が一部の者を除き事前に許可が降りている。
だが、私は試合前だというのに、審判の許可を得ていた。
その一部の者というのは、全力を出してはいけないとお上から判断された黒い制服と戦闘着の者に限られる。
私がそんな危険人物の仲間入りをしている理由は割と単純で、最年少とは言え現在の私が本気で倒しに掛かった場合、上官相手でも命を奪いかねない事があったからで…ちょっとした私の黒歴史でもある。
因みに、その時の上官は力不足という事で教官の地位は剥奪されたらしいが、後遺症は残らなかったというので、問題はないだろう。
「双方、準備はいいか?」
「はい」
「構わない」
「では第一回戦、第四試合…始めッ!」
心の中で、自分より上の者に対してその返答はあり得ないだろうとツッコんでいると、槍の穂先が何の捻りもなく真っ直ぐに突進してきていた。
「巨漢が突っ込んで来る様は、猪のようだな」
幸いにもスタート位置はそれなりに離れているので、冗談を言う余裕は十分にある。
だが、悩むのは如何にして勝ち抜くかではなく、両親やヴィオ、そしてマラカイトの前でどこまで格好をつけるかが問題なのだ。
例えば、この試合でなら相手の足元の地面を隆起させて転ばせてもいいし、何なら土の壁を私を囲うようにして全方位に創り上げてもいい。
だがそうした場合、相手も私自身も真の実力が試されないままの勝利になり、観客席からはブーイングが飛び交うこと間違いなしだ。
「まぁ別に、私が非難される分には構わないけれど」
折角の機会だし、お父様とお母様に娘の勇姿でも見せようかな。
「キミ、少し止まってくれるかい?」
「ーーッ?!」
私と衝突する直前だった名も知らぬ巨漢の彼は、私の【言霊】に従って、その場で急ブレーキを掛けて立ち止まり、突風が吹き荒れ砂塵が舞う。
「あぁ、そうだ…【聖炎】と【影縫い】」
私と巨漢の彼の間に光魔法により生まれた燃え移らない炎を発生させ、長く伸びた彼の影を闇魔法で生み出した大きな針で固定する。
「ぐぅッ…!」
「念の為に保険は掛けさせてもらったから、暫くキミは動けない。それに…無理に動けば薄皮一枚が破けるくらいは、覚悟しておいておくれよ?」
「やっ、やめてくれっ!」
「ならば大人しくしている事だ」
それにしても……お腹が空いた。
朝は時間が無くて抜いてしまったから、思考が上手く纏まらないし…オーロラが前にレシピを教えてくれたあの、柔らかくてもちもちとした食感で乾物を煮た後のスープに入った不思議なパスタもどきを食べたくなってきた。
「叩いて伸ばしてトントントン…」
「やめろッ…!来るなッ!」
「茹でて冷水に潜らせて……喰らい尽くしたいなぁ…!」
「審判っ!降参だッ!!」
「…えっ?」
「降参を確認!勝者、トワイライトっ!」
ワッと盛り上がる観客の声と、畏怖の混じった巨漢の相手選手の視線。
「…えっ?」
何が何だか理解するのに数秒を要した。
〜〜〜〜〜
昼食に支給された固すぎる黒パンを水で流し込み、気を持ち直す。
「第二回戦、第二試合…始めッ!」
そうして試合が開始されたのだが…
「あの小心者が降参したからとはいえ、餓鬼風情が調子に乗っているのは見過ごせない」
其処には馬鹿がいた。
「その上女の身でありながら、この私に楯突こうなどとはなァ!」
「私はキミの事など存じ上げないけれど」
「黙れッ!貴様のように生意気で顔が整っているだけの人間は、私とは身体の中に流れる血の色が違うのだ!」
目の前の馬鹿の言葉に恐怖の感情を抱いたのか、特別な観客席の方からマラカイトのマナが乱れた感覚を感じ取る。
「…へぇ〜?」
「ハッ!今更になって怖気付いたか!」
「キミの血は、赤くないんだ?」
「ならばその目で確かめるがいい!」
トンっと地面を蹴って駆け出して身体の側面に回し蹴りを入れると、くの字になって馬鹿が場外に吹き飛んだ。
「勝者、トワイライト!」
砂埃を被った全身に【浄化】を掛けてから振り返って、損をした気持ちになる。
「なんだ…やっぱりキミだって赤いじゃないか」
***
「トワ、やっぱり強い…!」
「あまり身を乗り出したらソファから落ちるよ」
そう言いながら、マラカイトを元の席に座らせる。
「ごめんなさい…でも、もっとトワのかっこいいとこ見たいから…!」
「それなら大丈夫だ、マラカイトくん。トワの勇姿は全て撮影しているから、後日トワも含めて鑑賞会を開こう」
「うわぁっ…!僕も一緒に見たいです!」
「あぁ、勿論マラカイトくんも参加しておくれ」
ルークス様がキメ顔で親バカ発言かましてるのも、録音されているんだよなぁ…絶対に後でトワに怒られるだろうに、学ばない親バカだなぁ…
「でもね、次の対戦相手は強いらしいのよ〜」
不意にハイライト様が、出入り口付近の背後の席へと声を投げ掛ける。
「ーーえぇ、あの子は強いですよ」
ゆらり、と蜃気楼が掻き消えるようにして、何もなかった空間からひとつの気配が突如として現れる。
だがしかし、その気配を感じ取った瞬間に襲い掛かってきたのは、圧倒的なまでの強者の余裕で、防衛本能が働き攻撃を仕掛けようと身体が動き出してーー
「…ヴィオ、暗器は仕舞って席に戻れ。私の悪友に対して無礼だ」
ルークス様が得意とする【言霊】によって、身体の自由が奪われていて、僕は命令に素直に従う。
「おや?ルークスには私が誰だか、分かるのですか?」
「旧友の貴方を忘れる訳がないでしょう…ニゲラ猊下」
その名前は僕でも聞いた事はある。
若くして徳を積み教皇の座についた光の守護者にして、国内では最も光魔法の加護と治癒の扱いに長けているという。
「ヴィオとマラカイトくんの前では、姿を現さないとの約束の筈でしたが?」
「それについては申し訳ありません。ですが…ルークスだけが社交界の華とその蕾であるお姫様を独占するとは、少々焼けてしまうでしょう?」
「妻も娘も、猊下方の手には余るでしょう?」
「あぁ、確かにそうかもしれませんね…」
長い白髪を下の方でひとつに結え金の瞳を持つ聖職者の礼装を纏った青年は、柔らかな笑みを浮かべる。
それから、トワも休憩しているであろう控室の向かいを見た。
「悪友であるルークスの姫と、私の隠し玉が魅せる勝負を見られない事が、本当に残念です」
「私達のトワは強いですよ?」
金色の双眼が見定めるように細められたが、それも一瞬のことだった。
「それでも、あの子はただの風雲児ではない」
またしても、ニゲラと呼ばれた青年の姿が揺らいだ刹那。
「あの子にとって勝利だけが救済なのですから」
既にその姿はなく、涼しげな声だけが反響するようにこの空間に木霊していた。
***
順番的には五回目の試合で、私達の階級では決勝となる試合の開始ちょっと前。
「午後の部、最終試合。双方前へ!」
「はい」
「はぁ〜い!」
審判の声に対し、なんとも気の抜ける返事が返ってきて、観客席の視線が私と対戦相手の半分に別れた。
僅かに騒めく観客達の声につられて、真向かいにいる声の主を見てみると…なんとも奇遇な事に、相手の戦闘着も黒だった。
「ねぇねぇ、ネエサンさん〜!」
「なんだい?対戦相手くん」
攻撃の段階をどの程度まで上げようかと悩んでいると、意識しなければ脱力したまま戦意を喪失してしまいそうになる声で、対戦相手の少年が私に話し掛けてくる。
「って、ちょっと待った。私の名前はネエサンじゃない」
「あれぇ、そうだったの?同じ寮の奴らはネエサンって呼んでたんだけどなぁ…?」
おかしいなぁ、と首を傾げる少年を見て、私はつい最近に聞いたがどうでもいい事として流していたある事柄を思い出す。
「キミ、ひょっとして後輩の編入生かな?」
「えぇ〜?確かに僕は編入したてだけど…後輩?僕ときみは同じ階級に見えるけど、もしかして年上だったの?」
「そうではなくて、入学時にキミも推薦状を持っていたんだろう?そういう意味では、キミは私の後輩だからね」
「あぁっ〜!もしかして、きみがトワイライトさん?!」
「そうだと言ったら?」
その瞬間、少年の瞳からは光が消えて、纏っているマナと感情は対照的に輝きを放ちだす。
「光の導きに従って、全力で潰すよっ〜!」
「はぁ…?何を意味の分からない事を…」
「トワイライトとカルミア、間も無く試合開始時刻だ。直ちに攻撃方法の申請を行うように」
言い終える前にいつの間にか審判になっていた、普段は実技の演習を担当してくれている教官殿に会話を遮られる。
どうやら少年の名前はカルミアというらしい。
「アハハっ!そんなの、全レベル解放申請に決まってるッ!」
狂気すら感じさせる彼の笑い声に続いた言葉は、更に観客席を騒めかせる。
私達のように攻撃方法を申請する黒い戦闘着の者達は、試合のルールに倣うならば下手な八百長が出来ないように、申請したレベルに達する数値以上の火力を叩き出さなくてはいけない。
そしてその数値を測る魔道具は審判の胸ポケットに入っている上に、観客席にはリアルタイムで攻撃の火力数値が更新されて見えるよう、此方側からは見えない防御結界に投影されているのだ。
つまり、彼は私との闘いの後の決勝戦まで隠し玉は残さず、全ての力を発揮して全力で闘うと宣言したようなものだからだ。
「…ふふっ…ふはははッ!!」
何より、彼の真っ直ぐな殺意が、私の命を奪うことも厭わないと雄弁に語っている。
「それじゃあ私も遠慮なく、全レベル解放を申請します」
「双方の申請を受理。両者ともに許可する」
「お互いに、楽しもうね?」
久方振りに私を昂らせてくれた少年をギラつく眼光で見つめ返すと、ポカンとした表情を見せた後…彼も嬉しそうに獰猛な捕食者の笑みを浮かべた。
「それでは双方、構えろ」
審判の声に従い初期位置へ並ぶ。
「それでは、始めッ!」
審判の声を皮切りに、お互いが纏うマナの色が急激に濃くなっていく。
「聖なる加護を我に与え、邪に連なる悪を払わん…」
先手を打ったのはカルミアだった。
「【神聖なる循環域】!」
彼が発動キーを口にした途端、辺り一帯に甘ったるい香りが漂い始め、思考能力が格段に低下したと脳内詠唱の効率が低下した事で実感する。
そしてその事はカルミアにも伝わったのか、辛うじて目で追える速度の蹴りが飛んできた。
「ーーッ!【魔法障壁】ッ!」
瞬時に判断した結果、最も簡単に最高硬度を瞬間的に出せる【魔法障壁】を張って衝撃を和らげるが、堪えたにも関わらず、数センチ程後退させられた。
だが、私だってタダでは転ばない。
「【スプラッシュ】」
「うひゃっ!?」
跳ね返り皮膚に触れた痺れを鮮烈に感じながら、カルミアには大量の毒を浴びせられた結果に満足して口角を上げる。
「トワイライト…やっぱりきみが蝕みなんだねっ!!」
「他者に対する言葉選びのセンスはともかく。古語を知っているだなんて、随分と博識だね?」
一瞬、彼が私に繰り出して視線をやった拳には今頃、即効性の麻痺毒が回った事だろう。
「それほどでもあるよっ!」
「謙遜しないその態度はいかがなものかと思うけどっ!」
「使い所は結構限られちゃうけど、基本を理解してなかったら旧世界の魔法はちゃんと使えないからね〜!」
「なるほど…キミは大変興味深い!観察対象のようだよ!」
お互いが言葉と拳をぶつけ合い、一進一退の攻防戦が続く。
まだ出会ったばかりだというのに、カルミアは私の戦闘スタイルをなぜ見てから躱せるのか。
内心では焦り始めていた頃だった。
「もうっ!トワイライトじゃない方が強いんじゃないのっ?」
「ーーッ!」
唐突な暴露に動きを止めかけるが、顔面に向かって握り締めた拳が飛んでくる前動作は見えていたので、姿勢を低くして腕を掴み、その勢いに乗った力を利用し投げ飛ばした。
だが、やはりカルミアもこの程度では場外までは飛ばずに、当たり前のように無詠唱で風魔法を使い空中で一回転してから着地する。
「聞いてた話と違うんだけどなぁ〜…」
「キミ達の勘違いじゃないのかい?噂には尾鰭がよくつくものだろう」
「まどろっこしいなぁ!ねぇ、蝕みもいい加減終わりにしたくない〜?」
「その意見には激しく同意するが、八百長のお誘いなら結構だよ」
「違うんだけどぉ…まぁ、見てから判断してねぇ〜」
嫌な予感がして、後ろへ飛び退いて距離を取る。
次の瞬間、先程まで私の立っていた場所の地面は、カルミアの放った光線のような熱波を放つ高度な光魔法によって抉られていた。
「僕の本気と蝕みの本気をぶつけたら、どっちが勝つと思う?」
カルミアの纏うマナは輝いて視えるまでの濃度まで高まっており、今もなお集約し続けている。
だがそれは威力が高まる魔法陣を使用している事は明らかで、避けるだけならば速度を重視していない魔法程度、見てからでも避けられる。
それに、おそらくマナの色を視た限り、今も詠唱を続けている魔法を撃ち終われば、倒れるのは魔力切れになるであろう彼の方だろう。
「でも、それでは不公平だよね」
相手が愚直で単純な一撃必殺を放つ事は明らか。
であるならば、私の取る行動はただ一つ。
「私も全力で相手をしようじゃないかッ…!!」
この一撃を跳ね除け彼を穿つだけの全力を出せばいい。
とは言っても、私から繰り出すのではもう間に合わないだろうし、最速で私が使用できる魔法は【魔法障壁】と【神鳴り】と、カウンター技だけ。
結局、悩んでいても時間はないし仕方がない。
「光の導きに抗う悪を穿てッ!!」
こうして考えている間にも、カルミアの放った巨大な白銀の矢が、私目掛けて降ってきている。
「光と闇は表裏一体であり、私は紅き月の化身ーー」
この身になってから初めて使うが、正常に発動するのだろうか?
そんなくだらない事を考えながら。
「ーー【反射能】」
私の世界は砕け散った。
良ければまた読みにきてください!




