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歪んだ箱庭  作者: パステル
18/24

第十八話 底無しの苦しみと観測者

作者 は ストック を おぼえた!


と言う訳で、次の十九話もだいたい書き終えています。

 神々の時代から存在し現在に至るまで稼働し続けている、大陸最古のダンジョンだと世間一般的には誤解されている深淵(アビス)だが、その実態は此の惑星ーーセレスティアルの世界各地より瘴気を集め、マナと結合した負の感情を異形というシステムが喰らってマナの正常化を保つが為の、巨大な空気清浄機のようなモノだった。


 然し、世界中から集められた瘴気とかそれを貪り喰う異形だとか関係なく、今日の深淵(アビス)はいつも以上にどんよりとした空気に包まれていた。



「どうせ俺なんて…ヤバめの拗らせシスコンだし、友達はアラレ以外は表面上の関わりだし、頭が良い訳じゃないのに天才だとか持て囃されて周囲の反感を買ってばかりで、全然素直じゃない孤高の俺様野郎を気取る事しかできないし…」


 兄としては残念なトウドの一面を見て、居た堪れない気持ちになった所為なのか、前世での…ツキネとしての記憶が蘇ってくる。

 と言っても、自分に関する情報はあまり関心を持てなかった為か思い出したと言える程はなく、その大半が夢だと勘違いしていた此の世界での事で、残りはお兄ちゃんとアラレとの記憶で、他は取るに足らない些細な事だったと感じる。


「こんなのが自分の兄上だったとは、姉上も苦労していたんですね…」

「大差無くない?」

「私もヴィオと同じ意見ですね」

「よしわかった、ヴィオとオーロラはこっちへ来い…!」


 …まぁ今世でも、沢山愛されているけれど。


「トワさん、少し…いいですか?」

「あぁ、構わないけれど?」

「トワさんの前世の話って…全部本当なんですか…?」

「本当の事だけど、ダークは案外疑り深いね?」

「いっ、いえ!ただ、今のトワさんは十五歳で、地球で生きていた?頃はトウドさんと話せている年頃だったんですよね?」

「言われてみれば、時系列がこんがらがってしまうか」


 でも、巻き込んでしまったからには簡潔に報告、連絡、相談の態勢で、信頼関係を築かなければいけないね。


「私の名前は言ったよね?他に出せる情報なら…【Egoism and the chaos】開発元、黄昏コーポレーション代表の養子で、此の世界と混じり出したゲーム部分の原案を書いた、元シナリオライターってことぐら「「えええぇぇッ〜!?」」


 み、耳がっ…!


「ダークもソフランも、鼓膜が痛いんだけど…!」

「同姓同名じゃなくて?!本当にシナリオライターのっ、あのツキネ先生ですか!?」

「そうだけど、先生付けって…」

「だだだ、だってッ!!【Egoism and the chaos】の原作案を書いてくださったのはツキネ先生で、黄昏コーポレーション代表様が加筆したって、公式サイトのスタッフ一覧に書いてあったから!」

「あぁ〜、そういえば…」


 大体の世界観や魔術に生態系以外が書き掛けの状態だった頃に、闇の精霊王であり輪廻転生の管理者のメイと再会した途端、引っこ抜かれてこっちで生まれなおしたから…お父さんが続きを書いてくれたんだ。


「まぁ、ダークとソフランの認識で大体は合っているし、おそらく事実に近いんじゃないかな?」

「それじゃあ、このゲームのリリースよりも前に執筆されて、ツキネ先生のデビュー作となった武器マニアの発祥の地とも言われる【ウェポンマスター】を監修したのって…!!」

「武器の修練度を上げてはダンジョンに挑み、素材を集めて強い武器を製作、装備して闘いに身を投じるっていう、闘いに飢えていた頃に欲望を詰め込んだ、私の処女作だね」

「すごいっ!ツキネ先生、サインを貰ってもいいですか?!」


 金色の瞳がギラギラと飢えた獣のように輝いて、珍しくダークが押せ押せモードになっている。


「いや、サインはいいんだけど…」


 そう言ってから私は興奮状態のソフランに話しかけられる、ベリィへ視線を向ける。


「ベリィ!ジメジメしてきのこ生やしそうな雰囲気になってる場合じゃないよ!」

「メソメソメソ…」

「触れていいかよくわからないんだけれど…さっきから静かなベリィは、何をあんなに落ち込んでいるんだい?」

「あぁ〜…ベリィさんは、ちょっとガチャの結果が…」

「そういえば、イベントにはそんな要素もあったね」


 つまり、これだけ沈み落ち込んでいるということは。


「…うん、大体察した」

「どうせウチなんて…メソメソ…!」

「ベリィ、私は約束を守ると約束した。例えどんなに悲惨な結果だとしても、危険な目に合わせてからリタイアした埋め合わせ分くらいならどうにかしてみせる。だから、結果を見せてもらってもいいかな?」

「グスッ…笑わない…?」

「あぁ、勿論だとも」

「じゃあ、出す…」


 ベリィの手のひらに繋がったインベントリから、ゴロゴロと音を立ててツルンとした卵型の鉱物が勢い良く、数秒間転がり出てきて山のようになる。

 そして最後に出てきたのは、かなりの量の魔鉄の塊と金床と溶鉱炉に石炭、そして刀鍛治の道具一式だった。


「大量の願い石に、刀鍛冶の素材と道具?」

「正確には、109個の未鑑定の鉱物と【手作り妖刀鍛治セット:譲渡不可】だって…すっごいハズレでしょ〜?あはは…はぁ…」

「持ち手を選ぶかもしれないけれど、完全なハズレではないよ?それと、もし良ければだが、ダークとソフランの()()なガチャ結果も分けて見せてくれるかな?」

「ベリィさんが元気になってくださるなら!」

「僕もリュート以外は出せるよ!」


 呼び掛けに応じてくれた二人の手のひらからまたもや卵型の鉱物が出てくる。

 追加で、ダークは普段から使っているモノよりやや見劣りする品質の大剣とピアノの鍵盤型のストラップを一つ、ソフランはアンティーク調な実戦には向かない装飾などに使われる二丁拳銃を出した。


「三人に再度確認するが、ここに出したものは無くても困らない物という認識で構わないね?」


 私の問いかけにこくりと頷いて返す三人の様子を確認して、譲渡不可の印を【鑑定】で見抜く。

 それぞれの得意な戦闘スタイルに相性が良くなるよう掛け合わせるには…かなりの量の希少金属や魔鉄などの合金が必要とされるが、それ以外には…特に問題なさそうだ。


「ところで三人は、譲渡不可の抜け道は知っているかい?」

「抜け道、ですか?」

「僕は知らないや」

「ウチも知らないよ?」

「私が組み込んだテストプレイヤー権限の仕様が変わっていなければの話だけれど、それぞれに良い結果をトレードできるかもしれない」


 分かり易く説明をしたいが、同じ分身体(アバター)の姿でならともかく、本体のままではメニューが適応されないんだよね。

 一時的にでも良いから、私自身もテストプレイヤーになれたらな…


「あぁ!こういう時にこそ、アトラクトの出番じゃないか」

「アトラクト様でしたら、催眠薬の効果がまだ効いているのではないかと思われます。私が起こしましょうか?」

「いいや、私が起こして来るよ」



 〜〜〜〜〜



 みんなのいる場所の灯りが薄暗くなる程度に離れた、大きな岩の影を覗く。


「すぴぃ…すぴぃ…」


 そこには、私が管理者を遠ざけている際にタイミング悪く研究室に転移して来て、息を潜めていたら催眠薬を撒かれて嗅いだアトラクトが、毛布の上で寝息を立てていた。

 愛らしい寝ている姿をもっと堪能していたかったが、戻るのが遅くなればツキネのお兄ちゃんがまた暴走するかもしれないし、仕方がないから早々に起こして戻るか…


「アトラクト、起きてくれるかい?」


 キュポンっと音を立て気つけ剤の蓋を開け、瓶の口をアトラクトの近くに寄せて嗅がせる。


「…んきゅ〜?」

「アトラクト、起きれたかな?」

「うん…?…起きたぁ…」

「起きて早々悪いんだけれど、この身体にテストプレイヤー権限を与えて欲しい」


 瞬きをして周囲の明るさに慣れていたアトラクトは振り向き、小首を傾げる。


「トワちゃんに権限を付与するの?出来なくはないけれど…」

「更に欲を言うなら、私以外にもお願いしたいんだけれどね」

「そっちはダメ〜!」

「ふふっ…アトラクトなら、そう言うと思ってた」


 今直ぐにと焦る必要はそれほどない。

 将来的には必須であるだけだ。


 この時の私はこの事柄を軽く捉え、そこまで重要視はしていなかった。



 *****



 精霊族特有のマナを纏う気配が二つ、此方へと近付いて来る。


「わぁ〜!こっちにいっぱいあるのって願い石じゃん!アタシも割りたい、割りたい〜!」


 先に駆け出して来たのは、現代では珍しくなった褐色肌の精霊族の少女。

 白銀の髪をツインテールにしていて、瞳は紫。


「こらこら。機嫌良く起きたのはいい事だが、これは全てイベントに参加してポイントを稼いだ三人の所有物だよ?」


 そして遅れながらも歩いてきたのは、貴族の血も混じり白磁の肌に生まれた精霊族の少女。

 薄桃色の長い髪を二つに分けて緩い三つ編みにしていて、これまた瞳は紫。


「あれ?もしかして、みんな帰っちゃった?」

「そんな訳ないだろう…それから」


 前者の少女のマナに惹かれない訳ではないが、後者の少女のマナの方が落ち着いた雰囲気で私にはより魅力的に感じる。

 だって私は、孤独とともにある闇の精霊王だから。


「メイはどうして、此処にシキとカルミアを呼んだんだい?」


 だけど、私の愛し子はずっと特別。



 *****



 メイの言い分としては、最近構ってあげれていなかったから寂しくなって、闇属性に強い適性を持ち、尚且つこの近辺に居た相手を召喚しようとしたら、この二人が強力な闇魔法の使い手である所為で釣れたらしいが。


「それで。どういった理由で、此の国の第二王子のシキと、現教皇殿の影を務めるカルミアが、辺境伯領に?」


 シキは言わずもがな私が命を捧げる主君であり、最近は疎かにしているが影としての主人でもある。


「別に、カルミアが勝手について来ただけだ」


 立場の問題はあるが、二人の仲はそこまで悪くなかったというか、寧ろ仲が良い方だったと記憶しているんだが…


「シキサイ様の護衛に僕がつけられたんです。他の者では追い付く事も不可能だからって」

「あぁ…ようやくシキが不機嫌な理由がわかったよ」

「トワちゃん?アタシにはさっきから何を話しているのかチンプカンプンなんだけど…?」


 そう言いながら遠慮がちに服の端をクイっと引っ張るアトラクトの愛狂しい様子に一瞬フリーズするが、すぐに再起動する。


「カルミアは軍事学校時代からの同期でね。私は特例として現国王の推薦状を持って入学したように、彼も現教皇殿の推薦状持ちで入学したから、ズルっこをした影仲間でもあるんだ」

「うん!トワちゃんには入学したばかりの頃からお世話になってるんです!」

「私は躱すだけならできていたが、カルミアも私と同じかそれ以上に期待を押し付けられていたし…色々と目に余る愚行を犯す者が多かったからね」

「いやいや、トワちゃんの方がどちらかというと認識の齟齬があるからね?」

「…ちょっとこれ以上は、話さなくても良いことなんじゃないかい?」

「だって、あそこはーー」


 指摘を気にした様子もなく、へにゃりとした笑顔を浮かべたまま、カルミアは言葉を紡ぐ。


「ーー生きる術を学ぶ、最後の舞台なんだから」


 場の空気が凍った。



「くふっ!くふふふっ!」


 少し間を置いて。

 他者の地雷など知らぬ存ぜぬとばかりに笑みを溢すメイに、野生の感が逃げろと囁く。


「中途半端なガキだって思っていたけれど、引き金にはなれるんだ」

「メイ?カルミアをそんな風に呼んで欲しくないのだけれど」

「トワは…ううん、私だけの特別な愛し子はいつも我慢しているよ…なのにッ!!」


 吼えるように叫んだメイの瞳が、怪しくギラつく。


「どいつもこいつも知らないからって、平気な顔で私の愛し子を甚振り嬲るッ!!」


 不味い、メイが完全に暴走状態に陥る予兆が出ている…!


「少し落ち着くんだ。今のメイは感情的になってしまっているよ?」

「トワから【記憶共有】【痛覚共有】【感情共有】!対象は、私の愛し子の心の中にいる者全てッ!!」


 体内から魔力がゴッソリと抜け落ちる感覚に、ふらついて膝をつく。

 私を中心に広がった共有魔法の魔法陣が三つとも、複雑に絡み合って輝きを強めている様子から【解除(ディスペル)】している猶予は無い。


「トワが動いたら、私は亜空間の中に入れた侵略者(インベーダー)を破棄するよ?」

「メイ…?まさか」

「うん。五つとも亜空間へ【収納】した」


 足元の魔法陣の一番中心の部分にある【記憶共有】はあと数秒もすれば発動する。

 なにより、暴走状態のメイに殺生与奪権を委ねては…!


「メイッ!いい加減にしろッ!!」

「姉上!異国人達は無事です!」

「トワお嬢様ッ!皆様も此方へ、早く!」


 響き渡る三つの声と、広範囲の対象選択式の転移陣が広がる様子に安堵の息を吐いた。


「ずっと探してた…私の愛し子だから、ずっと一緒にいたいだけなのに…!」


 でも、私にそう告げたメイの瞳からはポロポロと涙が絶え間なく溢れ落ちていて。


「追い詰めてしまっていたんだね」

「ト、ワ…?」


 この手が届くのなら、その涙を拭わずにはいられなくて。


「身勝手に…自己満足の為に動く偽善者が、私だ」


 苦しみに底がない事は、嫌というほど味わってきた。


「誰かのヒーローでも英雄でも、なんでもない」

「違う…!」

「仮初の幸せを与えて、奪っているのが私の在り方だった」

「すぐにいなくなっちゃう癖に、また勝手に心の中を満たしていくんだ…!」


 …このままだと確実に、私の秘め事が露わになる。

 けれど、私はみんなを巻き込んで、嫌われるかもしれないとしても、この場から離れる事は間違いだと思うから。


「だけどね、私を選んでくれる物好きな者達に惹かれるのも、本当の事なんだ」


 私の意識は長い歳月の間閉じ込めていた、記憶の奥底へと沈んでいった…



 *****




 瞼を閉じ、息を吐いてから、占い師の水晶玉のような見た目の魔力測定器に手を翳す。

 通常ならばぼんやりと光るだけの魔力測定器は、目が眩むような光を放ち始め、牧師様から言われるより前に壊れかけた魔道具から手を離した。


「汝、トワイライト・リリックはーー」


 もし夢の通りの結果なら、甘んじて過去の贖罪を受け入れよう。


「ーー極めて強い闇の適性があり、僅かではあるが光の適性もある」


 老年の牧師様の言葉に、誰かが、或いはその場にいた過半数の者が、溜め息とともに私へ失望の眼差しを向ける。


 トワイライトは()()()()()()()という、私の中では決定事項だった事に落胆し、当たり前だと思い接してくれていた者達の刃の矛先が変わる、耳障りな負の感情が滲み出る音。


 特別では無い私は、今度は異質。


「ありがとう存じ上げます、牧師様」


 ただ、それだけの事だった。



 〜〜〜〜〜



「トワぁ〜!お父様とお母様を置いて行かないでおくれ…」

「ルークス?そのままではトワちゃんが明日からの用意をできないでしょう?」

「お母様。私の外泊許可を出して頂いてありがとうございます」

「トワぁ〜?!」


 私は明日の朝陽が昇るより前に、自領の中に神々の時代より存在するダンジョンーー深淵(アビス)へと、自らの意思で行く。


「お父様、お母様。おやすみなさい」


 パタンと扉を閉じて寝台へ潜ると、怒涛の一週間分の疲労が溜まっていたのか、瞼が勝手に重たくなってくる。


「…苦しい」



 〜〜〜〜〜



 私の寝室付近に乱れたマナと感情を察し取り、なるべく音を立てないように身支度を済ませる。

 既に準備は王家の紋章が彫られた短剣の一部を回収した時から用意していたので、手櫛で肩上まで短くなってから跳ねるようになった横の髪を梳くだけで、旅支度の用意は終わった。


 ノックをしようか迷う侍女を扉越しに追い払い、エントランスへ向かう。

 エントランスでは、骨と皮ばかりになっても役目を全うする門番様だけがいた。


 …『奈落行き』になった者の親族は、送り出される際に門番様の身に何かがあってはいけない為、付き添いや面会も許されない。

 もしかしたら、昨日がお父様とお母様に本当の事を言う最後の機会だったのかもしれないが…後悔したとて、もう遅い。


「お嬢ちゃんが…」

「情けは無用です。それに、大罪人に対する温情は御法度でしょう?」


 目が合うなり悲痛そうな面持ちで手を伸ばされるが、武術の経験者でもない筈なのにそれを目で追いながら優雅に躱しつつ、私は()()()()かのように毒を吐いていた。


「おぉ、そうじゃった。まだ幼いのにしっかりとしたお嬢ちゃんだ」

「淑女の嗜みですので」


 どんな淑女だと思いながらも、私はつい先日の誕生日に両親から贈ってもらった簡素なドレスの裾を摘みカーテシーをして見せた。



 〜〜〜〜〜



 馬車から降り門番様に案内されるまま、無機質な斜め屋根のない四角形で形成された建物へ入り歩き、数分後にはまた外へ出ていた。


「さて…此処から先は門番の儂達でも通れないようになっている。じゃが、その黒いリンゴを食した者は通れるようになる」

「御説明と御同伴のご恩は忘れません。誠にありがとうございます」


 ガチャンと扉に施錠をした音が聞こえてから、門番様から手渡された小さな私の両手にすら収まってしまう、姫林檎のようなサイズの黒いリンゴを抱え、女神様と始祖様への簡素な祈りと謝罪の言葉を並べる。

 シャクリと齧り付いたリンゴの色は、皮だけでなく瑞々しい果肉も滴り落ちる果汁ですら黒に染まっていて、授業で習った通り禁断の果実と比べられる背徳の果実に相応しい、何ものにも染まらない絶対的な闇の色で…甘美な時間を私に与えた。


「この、感覚は…?」


 背徳の果実に舌鼓を打っていると、普段よりも鈍い味覚以外の五感に違和感を抱き、ステータスを見ると【状態異常:泥酔】と記されていて、過去の大罪人達もこの一時の幸福の中で没していったのだと理解する。


「私という自我が消えるのも、時間次第…ならば」


 まるで、雨上がりの道にできた水溜まりを飛び越えるように、私は跳び上がってーー全てを彼女へ託す。


「後は頼みましたよ、トワっ…!」


 小さな幼な子の身体ひとつ、闇が包んで呑み込んだ。



 *****



 トワイライトが消えていく。

 そんな感覚を()()と名付けられた私は感じ取りながら、彼女の冥福を祈る。


「…先ずは、身体だけでも無事に両親の元へ返さねばいけないな」


 着地と同時に死するだなんて、私を受け入れ全てを委ねてくれたトワイライトに申し訳が立たない。

 そして何よりも、私は貴女(ニーナ)に会う為ならば、全てを利用すると誓ったのだから。


「闇を纏いて光より逃れる【影遊泳】」


 詠唱を終えると手足の末端が影を纏い始め、格段に落下する速度が遅くなる。

 だが、それでも頬を撫でつける風は冷たく痛みを感じる。


「【身体強化】を【重複詠唱】…それから【空歩】」


 足先に透明な足場の感触を感じるが、落下速度が早い事と、まだ闇属性の魔法以外は然程練習できなかった所為なのか、すぐに砕け散ってしまう。


「あ、落ちーー【魔法障壁】っ!!」


 ドスンッと砂煙を巻き上げながら咳き込み、なんとか両手も使って足だけで立ち上がる。


「着地は、成功したかな?」


 試しに魔力を体内で動かして異常が無いか確認するが、どこにも損傷はない。

 意外とトワイライトの身体は【身体強化】の重ね掛けにも耐えられる強度を持っていたようだ。


「さて。向かうは原初の私ーーユウガオの部屋だね」


 とは言え、守られてきた柔らかな幼な子の素足で、整備もされていない地面を歩き回るのは流石に気が引ける。

 なので【収納】の出入り口を出現させ、あらかじめ準備していた薄手の靴下と予備の靴を選び出す。


「前世の私はよくもまぁ、時間停止に優れた亜空間をただの荷物入れ扱いにしたものだな…」


 ヒールが低く比較的動きやすいストラップシューズを、岩に腰掛けしっかりと履いた。


「…ん?」


 不意に、濃霧より見通しの悪い瘴気のモヤ越しに、視線を感じる。


「約束通り、帰ってきたよ」


 それだけ言って、手を振って返した。



 〜〜〜〜〜



 マナの動きをじっくりと観察しながら休み休み歩き回ること、体感的には丸一日程。

 五歳児の体力の限界ギリギリでユウガオの部屋へ向かう転送陣を発見した私は、迷う事なく転送陣に乗った。


「ある程度散らかっているのは知ってたけれど…」


 思い出した記憶の関係上、ユウガオに似た私は部屋に篭っている事が多い割に片付けが嫌いで、それを誰かにお片付けをされると本気で泣き出す、不健康な研究者気質だと二足歩行になる前から悟っていた。


「これじゃあ、何処に何があったかなんて思い出すのも大変そうだ」


 ユウガオの部屋は、地殻変動で荒らされたのか、見るも無惨な瓦礫の山になっていた。

 でも今は、必要最低限の物を回収さえできればいい。


「まずは、鍵の束が入った、金庫のピッキングからだね」


 コツシリンダー錠はユウガオの若かった頃では主流の錠前だったが、その仕組みを知った上で現代の道具を持ってすれば、マイナスドライバーとヘアピンでガチャガチャと弄れば簡単に解錠可能だ。


「よし、空いた。そうしたら確か、二重底を外して出てきた鍵のどれかで、天窓が開くはず…!」


 ーードンガラガッシャンッ!!


 …何度目か分からないが、深淵(アビス)に落ちてから私はまた土に埋まる。


「ぷはっ!まさか開けた途端土砂が流れ込んでくるなんて…!…いや、これは私が考え無しだったか…」


 地中に埋もれた部屋の天窓なのだから、見えるのは空ではなく土以外にあり得ないだろう。

 その天窓に貼り付けるようにして隠した、ユウガオの私物を除けばの話だが。


「あぁもう…羊皮紙がカチコチになって、化石になったんじゃないか?」


 ブツブツと文句を言いながら、ユウガオの記憶で形成された部分の私が愚痴を零す。


「約束した植物性の紙は…最期まで届かなくって、羊皮紙にしたんだったな…」


 取り敢えず、落ちてきた物を土と瓦礫の山の中から回収し、ついでに術式を掛けてあり解錠が面倒な方の隠し金庫は壁から取り外して、周囲の瓦礫や土も纏めて【収納】の中に確保した。

 これで、余程感傷に浸りたくならない限りは此処に戻ってくる予定は無くなった訳だが…


「水は…魔力の自然回復量と吸収力が相殺し合っていても、少量ずつなら出せる。食料は長く見ても十日分程度。衣服の汚れは【浄化】でどうとでもなるし、天候による寒暖差も此処では問題はない」


 だが、食料は備蓄があるとは言え、どれくらいで帰還できるか分からない以上、大いに越した事はない。


「さて、それじゃあ暫くは、アリバイ工作の為に彷徨うとするか」


 闇との親和性が高かろうと、普通の五歳児が極刑扱いの場所から帰ってきたら、刑罰の重さをひっくり返してしまう大問題だからね。

 先ずは外へ出ようかな?


「って、わわッーー」


 瓦礫に躓き、半開きの扉に吸い込まれながら、私は思い出した。


「ーーきゃッ!?」

「うわっ?!」


 部屋の出口は真上の地表への、一方通行にしてあったと。

 下敷きにした誰かの上から瞬時に退き、辺りを見渡すと…なんとも都合の良い気がするが、トワイライトの実家の庭園にいた。


「曲者ッ「私だよ!トワイライトだ!」ぇ……?」


 大声で叫ぼうとした片方の警備隊の隊員を黙らせる事には成功したが、既にもう片方の隊員によって、不審者を発見時に打ち上げる信号弾は打ち上がってしまった。


 探らなくとも分かる程沢山の気配が此方へ集まり始めている。

 …これはもう、腹を括るしかないか……


「迷い子を導く道標となれ【ライト】」

「「ーーッ!?」」


 わざと詠唱を挟み、拙い初級の光魔法で周囲を照らして姿を見せると、相手方は酷く驚いたのか、ヒュッと息を飲んだ。


「やぁ、警備隊のみんな。久し振り、だね?」

「…トワイライト、お嬢様…?」

「そんな、本当にッ…!」

「そうだけど?って、なんで泣き出すんだ?!」


 泣き出した警備隊の若造達に抱え上げられた私は、直後にやって来たお父様をあやし、屋敷内でもお母様にも泣きつかれ、その翌日には王城内にて僅か四日で帰還していたことを知る事になる。



 *****



 食後の鍛錬を終えて湯浴みから出ると、薄桃の髪を揺らしながら駆け寄ってくる可憐で儚げな女性ーーお母様が飛びついてくるので、危なげもなく抱き止める。


「廊下を走るのは危ないですよ?」

「簡単に転んだりしないわよ〜?」


 現段階でも身体能力面ではかなり差がある私とお母様だが、ヒールの高い靴で走るのならばお母様には遠く及ばないだろうから、転倒に関しては心配はしていないけれど… 相変わらず、一児の母とは思えない無邪気さだな。


「トワちゃんは、アスターくんの息子くんをどう思う?」

「はい?」

「意見を聞かせて欲しいのよ〜!」


 …この人は本当に唐突だな。


「ヴァイオレット・オブザーバー。我が家の分家では最も発言力があるとされるオブザーバー伯爵家の子息で、私と同じ先祖返りでもあり能力面では優れていますが、性格に少々難あり。これが、世間一般的な評価ではないのでしょうか?」

「そうじゃなくてね、トワちゃんはその子とどうなりたいかなぁ〜って意味よ?」

「ハイライトっ!トワにその話はまだ早いだろう!」


 お母様の名前を呼んで私が抱き上げていたお母様を受け取ってくださったお父様の反応を見て、何を聞かれていたのか大体の察しがついた。


「将来のパイプ繋ぎも兼ねたお見合いですか?」

「その通りよ〜!」


 やれやれ…またその手のお話か…トワイライトは貴女に似て可愛らしい容姿だし、幼くして才能を開花させられた事実が知られれば当たり前の反応なのかもしれないが…


「どうせ近日中には私の初めての臣下になるのですから、あまり意味が無いと思うのですが…」

「トワぁ〜!」


 半泣きでお母様にあやされるお父様は意識の外へやり、私はオブザーバー伯爵の後ろに隠れてトワイライトを見ていた、ラベンダー色の髪の隙間から覗く、見る角度によって違う色に見える菫青石(キンセイセキ)の瞳を思い出す。


「観測者の後継者候補か…」


 良くも悪くも、トワイライトに期待して失望した一人である事実には変わりない。



 〜〜〜〜〜



「アスター様。此の度は、私の為に御子息様と共に御足労して頂き、誠にありがとうございます」

「いいえ、とんでもございません!私どもにとってはお嬢様が御帰還された事が何よりの喜びにございます!」


 …なるほど、確かにマナの流れは完全に操っているね。


「よろしければなのですが、もう少し砕けた本来の口調でお喋りをさせて頂けたら嬉しいのですが、構わないでしょうか?」

「勿論ですが、本当によろしいのでしょうか?」


 戸惑いと好奇心などの感情はダダ漏れだけど、悪意は一切感じ取れない。

 根本的な所は…善人のようだね。


「えぇ…いいや、私は構わないし、本家の者とは言え小娘相手に機嫌を伺うのも気疲れするでしょう?」

「なんと…トワイライトお嬢様とお会いするのはひと月以来ですが、心構えが変わったようで…生き生きとしていますな!」

「そう言ってくれると助かるよ」


 それから暫くの間、今代の観測者の二つ名を冠するオブザーバー伯爵と話していると、部屋の外が騒がしくなる。

 何があったのか気配を探ろうとした直後、ノックとともに真面目な顔をしたお父様が入室したので、私は空気と一体化を試みる。


「アスター、申し訳ない」

「ルークス様。聞かなくとも息子が勝手に探索へ出掛けた事ぐらいは分かっています。書き置きが一枚あったのでしょう?」

「あぁ…やはり警備隊には念を入れて言っておくべきだった」

「いいえ、その必要はありません。ただ、またなのか…」


 学友時代から対等な仲で、仕事では言葉遣いこそ差はあれど、互いが相手を信頼しているのか、負の感情は微塵も感じ取れない。

 お父様は焦り、伯爵は若干の疲労感がその身の周囲に漂っている。


「迷子の捜索でしたら、私もお手伝いしますよ」

「なっ…トワイライト、何を言い出すんだ。これは遊びではないんだよ?」

「トワイライトお嬢様のお気持ちはありがたいですが、万が一の事があった場合は…」

「お忘れかもしれませんが。私はあの深淵(アビス)から一人で帰還できる程度は自衛できますし、こんな細腕ですが軍事学校でも教官には鍛えられているんですよ?」


 滅茶苦茶にも聞こえる言い分に、お父様と伯爵は黙る。

 私が今語ったことは全て事実なのだと、二人は知っているから。


「何より、遊び盛りの七歳の子どもをこれだけの間、知らない屋敷の部屋へ放置させてしまった。その責任の一端は私にもあります」

「然し…」

「大丈夫ですよ、()()()


 アスター様に対し特に不満は無いが、彼の子どもに対し発した言葉に心がザラついたからかもしれない。


「些か常軌を逸した程度の子どもの行先程度、心当たりはありますから」


 語気が強くなったのは、きっと気の所為では無いだろう。



 ***



 忌子が自分の仕える主人だなんて…最悪だ。


「此処にも結界かよ…!」


 庭園と辺境伯家の私有地の森との境目にも張り巡らされた結界に、つい舌打ちをする。

 こんなに高等な結界じゃ、書き換えて穴を開けた瞬間に術者にバレる。

 そうしたら父上にも、また失望される…


「忌子さえ生きていなきゃ、僕には自由があったのに…!」

「キミは随分と横暴なんだね」

「ーーッ!?」


 慌てて声の聞こえた方へ向くが、姿は見えず気配も察し取れない。

 だけど、僕には少し先を見通す【慧眼】がある。


 あとは、ひたすらに神経を研ぎ澄まして、最も正解に近い予測を修正して…


「…そこだ!」


 自衛用の短剣で、何もないように見える空間を斬り付けると不可視の硬い何かに当たり、その反動で短剣を落としてしまう。

 でも、僕は既に動き始めた相手を捉えた。


「いきなり刃物を振り回すなんて、血の気が多いね?」

「隠れてないで、出てくればいいだけだろ?」

「なんというか…想像よりも捻くれたお子様だったよ」

「二つも下のお前には、理解できないんだろうな」

「…あぁ。そんなドス黒い感情なんて、もう味わいたくもないさ」


 意味の分からない事を呟きながら、さっきの位置よりやや左にズレた位置の景色が歪み、その姿を現した。

 僕の人生を掻き回した忌子が、その紫の瞳に怪しい光を灯していた。


「教えておくれよ、キミの闇をさぁ…」



 〜〜〜〜〜



 幼い頃から、周囲の子ども達が羨ましかった。

 両親とは似ても似つかぬ色素で産まれた僕は、先祖返りだと言われた。

 天からの祝福(ギフト)があって、少しだけなら可能性が視えたから、観測者に相応しいと言われて育った。

 僕は特別な子どもだと教えられ、期待に応えながら周囲の思い描く()()()()()()生きていた。

 期待に添えなかった時は決して少なくなかったけれど、それでも僕は優等生を演じ続けた。


 それでも、僕はまだ足りていなかった。



「単刀直入に言う。後継様が御帰還された」


 視界が一瞬、ホワイトアウトする。


「父上、そんなの、冗談ですよね…?」

「ルークス様より、トワイライトお嬢様との顔合わせの許可が降りた。三日後までに荷物を纏めておくように」

「あんな、出来損ないの大罪人に仕えろって…父上は言うんですか?」

「ヴァイオレット!…口を慎みなさい」

「だって、一族に先祖返りが多く産まれたら、僕は殺されちゃうって…!」

「お前が生き残る、唯一の道だ。理解しろとは言わない」


 つまり、父上が言い放った言葉は、僕が唯一恐れていた将来の自由を永久に剥奪するという事を意味する。

 そして同時に僕は理解する。


 本家の子どもは僕よりも特別で、僕よりも父上やみんなの理想に近い存在になったんだ。


「…いっ、嫌だッ…!!」


 いい子の仮面が、どろりとした醜い感情に変わった。



 〜〜〜〜〜



 鳥の囀る声が鼓膜を震わす。


「…あ、れ?」

「やぁ。漸くお目覚めになったかな?」


 ぼんやりと焦点の合わない目で上を見ると、透き通った深紫の…目と視線が合う。


「…忌子?」


 意識が覚醒していくに連れて、不快感を伴う身体の違和感に気付いていくが…おかしい。


「面と向かってハッキリと言われると悲しいね。とっくに理解していたけれど」

「視え、ない…?」


 大気中に流れるマナも、目の前に立つ少女の纏っていた濃い魔力すら、微塵も感じ取れない…!


「キミが呑気に寝ている間にチョチョイと、悩みの種に思っていたモノを除去してあげたよ」

「勝手に、なにを…」

「まぁまぁ。そんなに怒らないでもいいじゃないか」


 そんな意味の分からない事を言う忌子の手の中には、太陽の光を反射する薄青紫の宝石があってーーまるで僕の瞳や髪の色素を抽出したようだと思い、下を向くと。


「…は?」


 伸ばしたままのサイドの髪の毛先が視界に入って、その毛先はーー煤けた焦茶色に変わっていた。


「なんだ、これ…?!」

「リアクションが薄いと思ったら、自分の外見はまだしもステータスの変化すら確認していなかったのか」

「ステータスっ!!」


 忌子の言葉に従うようにステータスを確認して見ると、そこには見たことがない程小さな桁の数字が並んでいて。

 それどころか、祝福(ギフト)の【慧眼】も努力して習得したスキルまでもが消えていた…


「私の人生経験は長い方だが、対人スキルは自分でも理解できる程度には低くてね。だからキミの心からの感情を聞く前に行動してしまったが、特に不都合は無いだろう?…まぁ、私としてはこんなにも素晴らしいキミの個性を疎む気持ちが理解し得ないんだが」

「…個性を、疎む?」

「キミが見ていたキミにとっての悪夢を、私も共に追体験したからね。要するにキミは一番になれない自分が嫌で、みんなと同じがいいと望むのだろう?だから、今日からキミは無個性くんになったんだよ」


 一瞬だけ前髪の隙間から覗いた、僕の瞳の色よりも濃く暗い夕闇を閉じ込めたような瞳からは、少しの熱も感情の揺れすら読み取れなくて、生きたビスクドールと対面したような底知れない恐怖に陥る。


「それじゃあ私は、この状況下でも自己解決に動こうとしないキミはトワイライトの伴侶は疎か、臣下すらままならないと、アスター伯爵へ伝えて置くよ」


 今度こそ失望されるーーその限りなく正確に思える未来図が、僕の全てを支配していく。


「動くなっ…!」

「説得ではなく口封じときたか…これだから血の気の多い短慮な生き物は嫌いなんだ」

「喋るなッ!!」


 首筋に浅くとはいえ短剣を当てられても余裕そうに喋る目の前の忌子が恐ろしいが、それよりも僕は失望されたくなくって。


「お前がなにも言わない可能性は、極めて低い」

「そりゃあ、私にだって発言の権利があるからね」

「僕は、期待されて失望されるくらいなら……産まれたくなかったッ!!」

「…それ、本気で言っているのかい?」

「あぁ、そうだよ…!」


 瞬く間も無い、ほんの刹那のことだった。


「捨てる程度のモノならば、手加減はいらないね?」

「ーーッ?!」


 短剣で吹っ飛ばされ、眼下に首から上を無くした身体を尻目にーー僕の頭は刎ね飛ばされていた。



 〜〜〜〜〜



「起きなさい、ヴァイオレット」


 父上の声が聞こえて、いつも父上がつけているコロンの香りがする…?


「…ん、あれ…?」


 目が覚めると、そこは我が家の所有する馬車の中だった。

 …よくよく考えれば、あんなに幼い子どもが僕でも知らないような魔法を行使して、首を刎ね飛ばす力を持っている訳がない。


 アレは、悪夢だったんだ…


「寝惚けていては失礼にあたるよ。間も無く目的地に着くから、祭儀用のローブを羽織っておきなさい」

「父上…?何処に向かっているんですか?」

「なにを言っているんだ?先日の非礼のお詫びをしに行きたいと言い出したのは、ヴァイオレットだろう?」

「…え?」


 頭の回転率が急激に早まり、悪夢だと片付けようとしていた()()を、段々と思い出し始める。

 しかし、不思議そうにはするが父上はあの少女の話を楽しそうに語り出す。


「こう言ってはなんだが、トワイライト様の直属の臣下は競争率が高いんだ。今のところ有力候補として名が上がっているのは、専属侍女やお付きの者として同性の年頃が近い者ばかりだが、誰もトワイライト様はお気に召していないからチャンスがあると、ルークス様が教えて下さった」

「父上、僕は…!」

「庭園で助けて頂いたのも何かの縁だと思えばいい。トワイライト様からお声がけして下さったのはヴァイオレットだけなのだと、ハイライト様までお喜びになっていたぞ」


 臣下になど、なりたくない。

 その言葉を吐き出す事が恐ろしくて、失望されたくなくって…


「はい。トワイライト様と再びお会いできるだなんて、光栄に思います」


 上手に取り繕うことしかできなかった。



 〜〜〜〜〜



「アスターとヴァイオレットくん。待たせてしまってすまない」

「いいえ、私どもの事はお気になさらず。ところで、トワイライト様のお姿が見えませんが…?」


 ノックの後に入ってきたのは辺境伯のルークス様だけで、あの忌子の姿は無かった。


「その、トワの方は少し着替え直しに時間が掛かっていて、何も問題は無いんだよ…?!」

「ルークス様…?」

「えっと…実は、トワは学校から帰って来てから少し勉強の続きをしていて…!」


 明らかに怪しい誤魔化しを続けるルークス様の様子をじっと見ていると、廊下の方から迷いなく此方へ向かって来る足音と、静止する使用人らしき声が複数聞こえてくる。


「お父様。見え透いた嘘はおやめ下さい」


 開け放たれた扉の向こうには、軍服にも見える黒い制服を着た忌子が立っていて、何故か土埃に塗れていた。


「おや、アスター様もおいでになっていたんだ?」

「トワ…!」

「少し失礼して…【浄化】」


 そう忌子が唱えるとその全身が淡い光に呑まれ、素肌や衣服に付いていた土埃や汚れはたちまちのうちに見えなくなってしまった。


「また、古代魔法を気軽に…」

「…なるほど、そういう事でしたか」


 落ち込んだようにしてルークス様は忌子が使った汚れ落としの魔法を古代魔法と呼ぶ理由も、また同じように納得した様子の父上の反応も理解が及ばなかった。


「アスター様。質問をしても良いかな?」


 理解しようとしていると、忌子は僕の方へ一瞬視線をやって発言を再開する。


「えぇ、トワイライト様がお望みとあらば」

「では先ず、隣に座る彼は何故、この場に居るんだい?」

「「え?」」

「次にキミ。あれだけ私の事が気に食わないようだったから逃がしてあげたのに、なんで祭儀用のローブまで羽織って此処へ帰って来たんだ?それじゃあまるで、私の臣下になりたいと主張しているようなものじゃないか」

「申し訳ありません、トワイライト様。僕はトワイライト様の仰っている意図がよく分からなくって…」


 感情が荒ぶり煮え滾っても表に出してはいけないから、僕は平静を装って失礼の無いように聞き返す。

 だけれど。


「それじゃあキミは帰っていいよ。本音で自分を曝け出して話さない子どもは嫌いなんだ」


 どろどろがぐつぐつと音を立て始めーー


「何よりも、自分の命を粗末に扱う輩には関わりたくない」

「黙れッ!!」


 ーー突沸した。


「お前に…全てが恵まれたお前なんかに僕のなにが分かるって言うんだッ!!」

「ヴァイオレットっ!!」

「父上にだって、この苦しみは分からないんだッ!!!」


 父上の激昂する声程度では、もう、抑え込む事はできなかった。


「日に日に増していく期待と重圧も、失敗したら殺されるかもしれない恐怖も分からない癖にッ、口出しをするなよッ!!」


 限界点などとっくのとうに超えていた。

 この後にどうなろうと、最早どうでも良くなっていた。


「ふぅん…で、続きは?」

「…は?」


 少女の声が、聞こえるまでは。


「キミの号哭はその程度な訳じゃ無いだろう?さっさと吐き出して、楽になってしまえば良いんじゃないの?」

「ぐっ…うるさいッ!関係ないお前には「分からない。だから聞かせておくれよ」…うっ…ぐぅっ…!」


 時間も忘れてひたすらに泣き喚いた。

 二つも年下の、たった五歳の子どもの前で。


「今は多分、大丈夫じゃないだろう?」


 夕陽を浴びて伸びた少女の影が僕を日陰に隠す。

 全て吐き出し終えた頃には日が暮れかけていて、黄昏時になっていた。


「二人とも、今日は我が家で休みなさい。そして、家に帰った時は家族での時間を取るように」


 ルークス様と…トワイライトの温かな言葉が、敢えて触れないでいてくれる気遣いが、心にできた古傷を溶かすように癒していく。

 今はその感覚に身を委ねていたくて、ゆっくりと流れていくこの屋敷での時間が、いつの間にか愛おしいモノへとなっていた。



 〜〜〜〜〜



「私の…友達に、なってくれないだろうか?」


 ある時は提案を受け。


「ヴァイオレットの愛称を考えたんだ!ヴィオ、なんてどうかなっ?」


 またある時は、年相応の笑顔に胸が高鳴って。


「私の臣下となっても、悪友でいてくれるかな…?」


 不安気に差し出されたその手だけとは言わずに全身で抱き締めて答え、僕はトワを守ると決めた。

良ければまた読みに来てください!

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