第十七話 対話ではなく、ただの脅し
新年あけましておめでとうございます。
今年も楽しみながら執筆活動に励みますので、よろしくお願い致します!
リリック辺境伯家の敷地内の奥にある庭園を抜けた先には、本邸より控えめだが充分に豪奢な外観で建てられた別邸がある。
屋敷の主人は辺境伯の長子で唯一の実子であり、爵位の継承権こそ縁戚の子どもで同じ戸籍に入った義弟に放り投げている事は有名な話だが、隣接した領地の領主との親交も深く領民達からも貴賤を気にせずに物言いをする凄腕の冒険者という事もあり、多くの者達から慕われていた。
そんな周囲の期待や羨望を知ってか知らずか、今代の国王陛下直々の推薦状を持ち、異例となる十二歳という過去最年少で王立学園を卒業した彼女は、在学中にも課された課題以外にも興味を持った物に対しては勤勉という言葉では片付けられない程の集中力を発揮し、卒業後から二年経った今でも様々な学問の分野である意味では偉人並みに有名な人物だった。
しかし、今日の彼女は王都より帰宅すると、陽がまだ高いと言うのに珍しく研究室ではなく自室の中に籠っていた。
「マラカイト様とヴィオには申し訳ありませんが、ご就寝前に誰も入れるなと命じられています」
凛とした少女の声が別邸の屋敷内の廊下に響く。
「姉上宛ての手紙が本邸の方へ届いていたんだが」
「トワお嬢様はお疲れですので、またのお越しを」
「僕のトワにおかえりってぎゅーしてない」
「それは後にして下さい」
重厚感のある木製の扉の前では、専属侍女である少女が門番の様に佇んでおり、何人たりとも通さぬように【魔法障壁】まで張りながら自分と幼馴染みであり、主人の義弟である少年と臣下にあたる青年の二人組を近付けさせようとしなかった。
「オーロラ。一体何を隠しているんだ?」
「いえ、マラカイト様の深読みなのではないのかと」
「退かないんなら勝手に入る」
「駄目ですッ!」
「【解除】」
然し少女の手が同僚の青年に触れるより先に、もう片方の主人の義弟である少年の口から言葉が紡がれ、少女の張っていた【魔法障壁】は最も容易く空気中へとマナに戻され分散していく。
「マラカイト様っ!」
「ヴィオ!」
「わかってる」
次に少女の意識が同僚の青年から離れた瞬間、その青年は消えた。
正確には、無詠唱のまま短距離の【転移】をしたのだが。
「トワッ!!?」
「ヴィオ?姉上に何かあったのか!」
今度は主人の義弟も扉を開き中へは入って行くが、それ以上少女は止めようとはしなかった。
「どうして…ねぇ、なんでッ…?」
屋敷の主人の少女を酷く焦燥した様子で呼ぶ青年の腕の中には、髪を解き寝巻きに着替えた姿が艶めかしい姿の少女が抱かれている。
そして、抱き上げられた少女の足元には、中の緩衝材が小柄な人の形にへこんだ、豪華な装飾の施された棺桶が置いてあった…
「嫌だ、嫌だッ!!」
「ヴィオっ!姉上は…!」
揺すられる少女は静かに寝息を立てているがーー
「魂、が…視えない…!!」
ーーその身体には、魂が無かった。
「どういう意味だ?」
「息もしてるし、脈もある、けど…魔力が視えない」
魔力は本来、肉体という魂の器を媒体として、精神力を鍛え研磨する事で魔法へと変換して使用する事が可能である。
器で媒体となる肉体がなくとも、魂のみの姿でも魔法を扱う者は霊体と呼ばれてはいるが、精神体である彼らは自身と一体化した魔力を回復するより先に使い切れば消滅するし、そもそも極一部の者以外は自我を失っている為、魔物とされ討伐される事が殆どだ。
閑話休題。
簡単に言ってしまえば、少女のように膨大な魔力量を保有している筈の身体から魔力を感じず、然し身体が生命活動を続けている状態は、意図的に禁忌とされている儀式を行わなければ起こり得る事は理論上あり得ない。
「トワの魔力の残留があるし、この棺桶の中には術式が組み込まれてて…蓋を閉じた内側から魔力を流せば、発動するみたい…」
「姉上が、どうして…?!」
「これより先は、私が説明します」
孔雀石の双眼と菫青石の双眼が、この場では唯一落ち着いた表情のままである専属侍女の少女へと向けられる。
「現在トワお嬢様は自身の遺伝形質と限りなく近い分身体を操り、王都にて行われている異国人のみの催しに参加されています」
「…待て。姉上は王都の催しに参加しているのか?」
「はい。現在の身体は此の場で安静にして頂く事が、私が協力させて頂く条件でしたが」
「異国人しか参加できないって、冒険者協会の奴らから協力要請を受けた時に聞いた問題は?」
「ですから、異国人の皆様方と同じように分身体で此の世界へログインしてから、現地へと向かわれた筈です」
専属侍女の少女は、どこからか取り出した懐中時計を見て言葉を紡ぐ。
「ヴィオ。そろそろ一度目の休憩時間になりますから、トワお嬢様がお戻りになられます。元通りの姿勢へお戻ししますから、トワお嬢様を離して下さい」
「…僕が戻す」
〜〜〜〜〜
蓋を閉じてから数分後…
カタンっ、と小さな物音が棺桶の中からしたかと思うと、棺桶の蓋が少しずつズレて少女の頭が覗く。
「ただいま…って、なんでマラカイトとヴィオが揃っているんだい?」
「トワっ!!」
「わっぷ!」
「ヴィオ、姉上が苦しそうでしょう?次は僕の番です」
「そうではないよね?!」
〜〜〜〜〜
「二人とも、少しは落ち着いたかい?」
無言のまま頷く義弟の少年と臣下の青年の頭を少女は撫でると、一人離れた場所で立ったままの専属侍女の少女に手招きをした。
「…申し訳ありません、トワお嬢様」
「秘密にしていたというよりも、心配されないように黙っていただけだからね。それにマラカイトとヴィオになら、バレても仕方がない事だよ」
「ですが…」
「大丈夫。オーロラは二人よりも、トワとしての私や過去の私との関係性に詳しいからね。いつも頼ってばかりですまない」
「いつもという事は…姉上にとってこのような事は、初めての出来事ではないんですね」
「別に、トワが責任を感じる必要はないじゃん…」
少女は、義弟の少年と臣下の青年の言葉をしっかりと聞いてから、否定するように軽く首を横に振った。
「アトラクトを呼んで。それに、此処では話せない」
*****
白いシルエットが遠ざかっていく。
小脇にベリィを抱えたままーー
「ベリィッ!!」
「ベリィさんッ!!」
「お前ら、動くな」
「「ーーッ?!」」
背後から聞こえた男の声に身体が硬直する。
「俺のツキネがユリに連れ去られた瞬間に現れて道を塞いで、お前達は何者だ?」
姿の見えない男の声に問われるが、口を開いても恐怖心から声が上手く出せない。
乾いた下駄の足音が近づいて来るにつれ、冷凍庫を開いた時のような冷気が身体に浴びせられ、段々と強くなっていく。
「ソイツ等は敵じゃないって」
然し、アラレさんが現れた途端に金縛りのように重く伸し掛かっていた恐怖心は霧散して、僕とダークくんを追い越して甚平を着た群青色の髪色と同じ狐の耳と尻尾の生えた男がアラレさんの両肩を掴む。
「アラレ!ツキネが、ユリに攫われたッ!」
「あぁ、見えたよ。だけど今はそこの二人をちゃんと解放しろって」
「は?二人?」
「ダークとソフランは火狐のお友達なんだから、粗雑な対応とか置いてけぼりにしたら、再開した時に火狐に怒られるよ?」
無言のまま振り返った男はかなりの美形で、どうしてだか既視感を覚える。
「…巻き込んで、悪かった」
黒いダイヤモンドを嵌め込んだような瞳が視線を合わせてくると、手足の感覚が痺れた時みたいに、五感がぼんやりとして周囲の様子が段々と、どうでもよくなって…
「お前達はツイてなかっただけの一般参加プレイヤーだ。そうだよな?」
こくり、と頷く。
だって僕とダークくんはイベントに、参加してる…二人、で……??
「トウド。関係者の記憶は改変するな」
「…アラレが言うんなら」
思考を遮り頭の中を覆っていた濃霧が晴れて、一気に頭の中に虚ろな目をしたベリィの様子がフラッシュバックする。
「なんで…ベリィを、忘れてた?」
「また僕は、トウドさんに負けたんですね…」
「アレはチートって言っても仕方ないし、トウドが強いだけがアドバンテージの理由じゃないから」
「ダークくん…?アラレさんも、何を言ってるの?」
「ソフランは知らないのか…ところで、火狐のお友達の女の子?そっちは助けに行かないの?」
アラレさんの言葉を聞いて、焦りと不安が理性を打ち砕く。
「ダークくん、ベリィを助けに行かなきゃ!」
「そんなにデスペナのポイントが惜しいのか?」
「は?」
甚平の狐獣人の言葉に反応して、駆け出し掛けていた足が止まる。
「…あぁ、もう手遅れだったな」
「どう言う意味だよ…!」
「一緒に連れてかれた方のプレイヤーなら、既にリスポーン地点からメインストリート沿いに此処へ来る道中だろ?連絡できるだけそっちは良かったんじゃないのか?」
「そういう問題じゃないだろ!」
「それから。助けられたのに礼の一つも言えないようなくだらないプライドを大切にするようなら、俺が三人一緒にキルしてやろうか?」
雑な煽りにも苛立ちつい声を荒げるが、群青の狐獣人は更に煽りながら氷の礫を手の中に生成していく。
そして、僕も【魔眼】で形成した風の刃で目の前の男を切り刻んでやろうかと思った瞬間。
「ただいまぁ〜…」
「ベリィさん?!」
「えっ!?」
群青の狐獣人が言った通り、疲弊した様子のベリィが僕達の背後から姿を現した。
*****
鬱蒼とした森の中で意識を取り戻したウチは指の先すら動かせないような重苦しい倦怠感に襲われていた。
驚きで表情を変えていたダークとソフランは、大丈夫だろうか…?
そうは思いつつも、ぼんやりとして上手く纏まらない思考のまま動こうともせずに地面に座り込んでいる。
「私は戻るけど、この子は異国人達のイベント会場に戻しておいてくれるかい?」
「…承知致しました」
トワちゃんみたいな口調の火狐と聞き覚えのない誰かの会話する声が、背後から聞こえる。
だけど、この場所の探索どころか動く気も起きないぐらいのダルさが勝ったから、ウチは後ろに倒れ込むように寝転んでーー目を疑った。
「オウカ?どうかしたのかい?」
「主人様の御友人様がお目覚めになられましたので」
そこには確かに火狐と見知らぬ美少女が居た。
だけれども、その隣にはコピーなんかじゃない、見紛う事なき本物のトワちゃんがーー透明な長方形の箱の中に眠るようにして入っていた。
「なっ、トワちゃッ、へ?!」
驚きのあまり倦怠感など吹き飛んでいて、力が入らない身体で這いつくばるようにして、トワちゃんが中で眠る透明な箱へ近付き、ペタペタと触れていると。
「無礼者ッ!」
「うきゃあっ!?」
刀らしき剣の峰で、横薙ぎに打たれて地面を転がる。
殺気を感じる方へ向くと、乳白色で僅かに上へ反ったようなツノが額に生えた和装の似合う黒髪黒眼の美少女が、倒れた私の鼻先に刀の切先を向けていた。
「あの御方を始祖様と知っての狼藉であれば、鬼人族が長であるオウカは容赦せぬぞ」
「いや、だから何のこと?!シソ様とか知らないよ?!」
「始祖様が成された偉業を、一つも知らぬと申すのか!」
「だって教わってないしッ!!」
「ええい、まどろっこしい!ならばその身を持って味わうがいいッ!!」
鬼のような美少女が目を見開き、鞘に収めたのに光り出した刀を振り上げるので、咄嗟に頭部をクロスした両腕で庇う。
…しかし、予想していた痛みは一向に訪れない。
「オウカは、私の友人だと知っていても、彼女に危害を加えるのかな?」
恐る恐る目を開けると、刀を腕で受け止めた黒髪のポニーテールが揺れていた。
「大丈夫かい?」
「…火狐?」
大粒のルビーみたいな瞳の視線が交差したと思ったら、火狐は大きく息を吐き出し片膝をつく。
「主人様!?申し訳ありませんッ!!」
「大丈夫…流石に模造品には、魔力が伝達されにくいみたいだね…」
そう言って火狐が摩る箇所は、赤く腫れ上がっている。
「ごっ、ごめん!ウチを庇ってくれたせいで…」
「今すぐに医者を呼んで参りますッ!」
「勝手に私がした事で一々騒がなくていい。ただの打ち身でお医者様の手を煩わせるのも、過度な対応だろう?」
飄々とした態度で取り繕い片目を瞑ってみせる様子は、出会って間もない頃からずっと変わらない。
「なんで、トワちゃんが此処にいるの…!」
「…何のことかな?」
「いつもと違う姿もだけど、トワちゃんはプレイヤーだったの…?」
「それは…」
「ウチじゃ理解できない事ばっかだよ…」
頭を抱えて蹲ると、優しい手つきで軽く頭を撫でられる。
「やれやれ、器を変えてもバレてしまうとは…私もまだまだ未熟な証拠だね」
「ウチは基本箱推しだけど…最推しはやっぱり、トワちゃんなの!」
「ふふっ。それはとても光栄なことだね?」
顔を上げると、両手を広げたトワちゃんが真正面に座っていて、胸の中に飛び込んでこいとでも言っているような表情だ。
「ぐぬぬぬぅ…!」
「早くおいで、ベリィ」
「ぬあぁ!欲には勝てないっ〜!」
ぴょんっと跳び上がったウチは落下する勢いのまま、見た目は火狐のトワちゃんに向かってダイブする。
衝突するように降っていったウチの体重すらものともせずに受け止めたトワちゃんに、向かい合った形でギュッと抱き締められた。
「なっ、貴様!?主人様に向かって失礼だろうッ!」
「いいんだよ、オウカ。それに私達は、奇しくも似ている者同士なのだから、肩の力を抜いてもう少し打ち砕けた態度で接した方が楽だろう?」
「似ているって…何が?」
「イベント終了後に私の屋敷へ全員で来てくれたなら、大体の事には答えられるよ」
「終了後…?って、あぁっ、そうじゃんッ!イベントはどうなったの!?」
「えっと…その件はちょっと厄介でね…」
怪しさ満載で目を泳がせるトワちゃんは、口をもごもごさせた後に、大きな溜め息を吐く。
「管理者に捕縛されてシステム外まで運ばれそうだったから、システム内で離脱を試みて……自爆した」
「自爆?…え、それって…!」
「パーティーメンバーに対し攻撃魔法は使えないが、魔法が発動して起こりえた事象では誰でもダメージを受けるし、誰の得点にも加算されずにデスすることもある。そういった場合は、リスポーン地点へ向かう際に、パーティー全体のポイントから復活する為のポイントが引かれるようになっているんだよ…」
「あぁ〜…そういうことかぁ…」
トワちゃんはウチ達がここ最近の授業後は、イベントでのポイント計算をアトラクトちゃんとしていた様子を何度も見ていたし、ウチの強欲な計算式に必要なポイントの総数も、その上での運の悪さも、十分知っている。
「予想はしていたけど…記念すべき一乙目は、やっぱりウチだったかぁ…」
「いや、火狐としての私も一緒にデスしているから、一人ではないよ」
「その慰めじゃあ微妙だよ…まぁ、失った以上にポイントを稼げばいいか」
火狐はいつものトワちゃんとなら比較対象にもならないが、プレイヤー勢と比べれば頭ひとつ抜きん出ている。
それに、悪意ある見知らぬプレイヤーだと思っていた相手より、親しい友達が手伝ってくれるんだと考え直せば、連携も取りやすくなって稼ぎやすくなる事は明白だ。
「トワちゃん…じゃなくて、火狐ちゃんのこと、大会中は頼りにするよ!」
「それも申し訳ないんだが、今から私は別行動になる」
トワちゃんが中身の火狐が手首に着けていた腕輪を取ると、淡く発光した後に手のひらにあったのは、小さな魔石と短い紐だけだった。
「腕輪に魔力を込めればイベントの途中でも復帰できるが、逆に言えば腕輪がなければもう参加することは不可能だ」
「知ってたなら、どうして…」
「私の宝が…二度と見ることも叶わなくなるかもしれない。自爆した際の無防備な私に触れられていた、一秒にも満たない間の事だったが、記憶の断片が解析された跡がある。私は管理者どもから、私の宝を護りに戻らなければならない」
そう言ってウチを見つめ返す今は赤いトワちゃんの真剣な目を見たら、ウチにはもう何も言い返せなかった。
だって、トワちゃんの言う宝の認識が今の考えと一致しているならだけど、大切なのはウチ達にとっても同じだったから。
「絶対、護り切ってね!」
「…あぁ、勿論だとも」
少し驚いた後にトワちゃんみたいな笑顔の火狐ちゃんを見れたのは、棚ぼただったかな。
「埋め合わせは必ず果たすと誓う」
「護り切るのも!約束だよ!」
「何があろうと約束は守る…ありがとう」
お礼の言葉を聞いた後、ウチは手首に装着したままの腕輪に魔力を込める。
「いってらっしゃい!」
「あぁ、お互いにね」
次の瞬間、腕輪から漏れ出す白い光にウチは呑まれてーー
〜〜〜〜〜
「ーーってな事があったもんで、火狐ちゃんはリタイアした後なんだよねぇ」
事のあらましをぼかしながらダークとソフランに加え、助っ人のお二人さんにも簡潔に説明する。
「まさかこの世界には刀まであるなんて…!浪漫武器の代名詞ですよね!」
「ツノが生えている和装の種族で、周囲は自然に溢れた山奥って情報からするに、そのオウカさんは鬼人族でベリィ達が離脱時にいた場所は鬼の隠れ里的な場所なのかな…?」
武器マニアで少年っぽい浪漫武器に目がないダークは刀に、趣味の範囲とか言いつつも下手な考察班よりもこの世界に詳しいソフランは和装美少女の種族と不在時にウチがいた場所の考察をしながら、二人揃って目を輝かせている。
「つまり、これ以上お荷物どもを守ってやる理由はないんだな?…くぁ…」
「まぁ、僕達は火狐からお願いがあって手伝っただけだけど…」
助っ人のお二人さんは盛り上がる二人とは対照的に、肩の荷が降りたようにあくびをしたり、取り繕う様子もなく本心と動機をぶっちゃけてくる。
まぁ、その方が腹のうちの探り合いをしなくていい分、気楽でいいんだけど。
「じゃ、仲良しごっこも徒党も終いだ。帰るぞ、アラレ」
「ストップ!トウドはベリィちゃんの話をちゃんと聞いてたのか?」
しかし予想外な事に、白虎の獣人だと紹介された浴衣の美青年ーーアラレさんが、甚平を着た美青年で火狐ちゃんのお兄さんのトウドさんを止めた。
「なんだよ?まさかアラレは、まだコイツらと一緒にいたいのか?」
「そうなるな」
即答したアラレさんに、驚いたように目を見開いたトウドさんは不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
「まともな理由くらい、あるんだろうな?」
「先ず最初に、トウドも確認しただろうが、火狐は俺達との接触を黒髪を通じて行った」
「ツキネには用心深くなるように、特に心当たりのない善意を向けてくる奴には気を付けろって、口酸っぱく教えていたからな」
「もしかして、最初から最後まで火狐が僕と直接フレンドIDや連絡先を交換しなかったのは…」
「……あぁ。ツキネは、俺との約束を破らない」
「つまりそのせいで、お前が帰るまでツキネは……!」
「アラレも俺を恨め…元凶は、俺だ」
「いや、今はいい…」
一瞬、アラレさんの言葉が刺々しく感じて、その言葉をトウドさんは受け入れていた気がしたが…気の所為かな?
「まぁともかく、コイツらとの縁が切れた瞬間に、僕達と火狐の繋がりはまた完全に途切れる。つまり、振り出しに戻る他ないって事だよ」
「でも、それは…」
アラレさんは大きな溜め息を吐くと、ウチ達へ向かって頭を下げた。
「俺は、また火狐に会いたい。だからどうか、イベント後も一緒にいさせてくれないかっ…?」
「えぇ〜っと…ウチ達は配信者グループだから、活動を共にするのは…リーダーのソフランに任せたっ!」
「ふっ…!!」
あ。
「ふざけんなァ!!」
珍しく、ソフランがキレた。
*****
ベリィを見送り屋敷に帰り、現在は二手に分かれてアトラクトの捕縛を試みているのだが…
「つい最近始めて、この結果か…」
魔法によるアトラクトの研究室への侵入者に対するトラップにまんまと引っ掛かり、強い酸性の水溶液の飛沫を浴び、指先がジュッと音を立てて少し溶けた様子を見てから、まだ水溶液が入った状態の試験管ごと亜空間へと廃棄処分する。
「まぁ、好きに使って構わないと言ったのは私だが…どうして捕縛魔法じゃないんだ」
いいや、ある意味では私以外が浴びなかっただけ幸運だったし、瞬時に判断できなければ指先だけと言わずに頭の天辺から先程の液体を浴びていただろう。
だからこれは、ラッキーな事だったんだ。
そう自分に言い聞かせながら指先を再生させて、日除けのカーテンを潜って室内へと歩を進める。
「え〜っと…これは蒸留水と柑橘類の果汁が混ざった果実水で、こっちは殺菌作用のある弱酸性の液状洗剤。こっちにあるのは…保湿成分のある化粧水かな?」
さっきから【鑑定】して見ている試験管立てには様々な色合いの水溶液が入った試験管が並べられ、そのひとつひとつに走り書きのメモが貼られているが、用心深いアトラクトらしくメモと試験管の中身は全くの別物で、一つ一つ見て回る手間が、私の手からアトラクトを着実に遠ざける。
「大体の危険物は処分できたし、どうやら管理者やアトラクトにとっても、私の帰還は予定外だったようだ」
残りの机のスペースにも所狭しと実験用の器具が並べられており、ブクブクと音を立てる蒸留機やグルグルと回ったままの遠心分離機に、まだ新鮮な薬草が半分ほど刻まれてすり鉢に入れられた状態のものなど、私が帰って来た直後まで作業を続けていたと思われる痕跡が大量にあった。
「問題は、アトラクトが管理者達の思惑に気付いているかだけれど…」
今回ばかりは気が付いていてくれると願う他に、選択肢は無い。
「もう私から…いいや、此の世界から。なにも奪わないで欲しいよ」
シン…と静まり返った研究室に、気泡の出る音がよく響く。
「返事をしてもらわないと、今すぐその無機質な目を壊すけれど?」
『それはご勘弁願いますね』
何も無い空間ーーそう見えるように光学迷彩を纏っていたドローンが一機、姿を現す。
「それが管理者殿の使い魔の姿か。随分と無骨で飾りっ気の無い、人を選ぶデザインに変わっているね?」
『業務を果たせれば、それ以上の機能やデザイン性の向上は必要性を感じませんので。最も、NPCである筈の貴方に光学迷彩は通用しませんでしたが』
「貴方か。随分と他人行儀な塩対応だね?」
『では、真名を教えて頂けると?』
「私の名前はトワイライト・リリック。だが今は、トワと呼んでもらっているよ」
『データベースに初期から存在しているNPCの名前は尋ねていませんが』
「一応私は名乗りはしたんだ。此の世界の自称管理者として、名前ぐらい名乗ってくれてもいいだろう?」
『ハァ…くだらない冗談程度では笑えないのですが…』
ノリの悪い堅物を引き当ててしまったようだね。
…でも、私の聴覚なら、向こうで会話する声くらいなら聞こえる。
『あはははっ!!別に名前ぐらい教えてもいいじゃん〜!』
『此の箱庭の中には名前によって対象を捕える魔術が存在しているのですよ?』
『ボタンってば、代表の妄想ノートをまだ信じているだなんて、案外可愛い所もあるのねぇ?』
『この不確定要素には、懸念する余地が山ほどあります。私達が掻き集められた要因のひとつでもあるあの不審死は…』
声の主は…音質が少し粗くて聴き分けにくいけれど、三人といった所だろうか?
『大丈夫だよ〜、だってあれが起きたのは、うちの子会社の発売してるハードが古かった所為でしょ〜?確かに当時は暫く怖かったけどさ〜!』
『それにそんなオカルト事件があったのもこの場所じゃないし、何よりも接点がないでしょうが』
…つまり、管理者として以外にも私の前世の後釜も兼ねているのが三名の女性らしき声達、という事か。
それにしても…いやはや、情報世界に変わったとは言え、世界は狭いものだな。
「さっきのクイーンには先程の報復をしたいのは確かだが、巻き込んでしまうのも仕方がない範囲だよね?」
『…仰っている意味が理解できませんね』
「いやいや。三柱の女神の一柱であり、用心深いキミなら…私の思惑程度、見抜けているのだろう?」
『…黙秘権を使用します』
「じゃあ、最初はマイクの前のボタンさんから招待しようかーー私が描き繋がった、愛おしい此方の世界へ」
『ーーッ!』
『ちょっとユリ!なんで意味の無いドッキリをするのよッ!背筋が冷え切ったわよッ!!』
『シャクヤク…ぼく、こんなの組み込んでない……』
『本当にこういうの苦手なんだからッ!ボタンも何か言ってやりなさいよっ!』
「残りの二名はユリさんとシャクヤクさんだね?接触してからずっと無言を貫いている誰かがいなければだけれども」
『『『ーーっ!?』』』
凄まじい衝撃がカメラの先で観客気取りだった管理者の間に走ったようだが、そんな事はどうでもいい。
「何事もフェアでないとズルいだろう?それから、私や私の大切な此の世界の軌跡は削除できないように、対管理者保護プログラムを張り巡らし終えた後だ。どれか一つでも欠けたなら…キミ達三名にも高圧電流が走ってしまうからね?」
『……そこまでする意図が読めませんっ…!』
「意図だって?私は包み隠さずに護りたいという気持ちを込めて話したつもりなんだが…」
過去、現在、未来。
私に関与する全ての因果関係が、絡み合うようにしてズルズルと引き摺られて露呈していく。
「では最後に。私達には勿論の事、今後必要以上に此方の世界へと干渉しないで欲しい。ついでに言えば、識別番号0217を解放して欲しい」
『理由を聞いても?』
「簡単な理由だけど、それでも聞きたいのかい?」
『…えぇ。解答をお願いします』
嘘を吐いてもバレるだろうし、本気で聞かれるとは思っていなかったから、参ったな…
「最初から彼女は誰かの手の中で踊るには規格外で、何よりも私は彼女に自由に生きてもらいたいんだ」
それに、と口にして。
「従順な絡繰じゃあるまいし、古龍を小さな鳥籠に閉じ込めるだなんて無謀の境地だろう?」
自分でも言っている内容が突拍子が無くて、クスクスと笑いを溢す。
「さぁ、質問は終わりだ。次がない事を願うよーー【神鳴り】」
バチンッと音を立て、ドローンは感電してふらつきながら黒煙を上げて、光の粒子になって消えていった。
この部屋に唯一壁を華やかに飾る大きな絵画の方へ視線をやる。
「…出ておいで」
*****
「神様、どうかお願いします…」
祈りを捧げてからウチは、ゆっくりと取っ手を掴み、時計回りにガシャりと回す。
「お願い、最後だけでも…!」
その結果は…!
「…参加賞の、未鑑定の鉱物……」
「あの、ベリィさん…?まだ後ろがつっかえているので、そろそろ退かないと…」
「…ふっ」
「うらめしい…」
笑いを堪えて細かく揺れる、群青色の狐耳とスノーホワイトの虎耳が、恨めしい…
「べっ、ベリィ…ッ!あのっ、こんな…大爆死するなんてっ、思わなかったから…!!」
「ソフラン…?」
「ヒっ、く、苦しいっ…!!」
「別に大爆死してもいいっ…わけあるかぁあああッ!!!」
ウチは110連ガチャを引き、通算100連目の最高レア度確定で排出率が固定された時の結果すら、生産職でなければ必要にもならない【手作り妖刀鍛治セット:譲渡不可】という、技術力が無いウチには無用の長物だった。
*****
「「ただいま戻りました!」」
「ただいまぁ…」
「此処が、今のツキネの…帰る場所」
「お邪魔しま〜す…ってか、ツレの僕達まで通せる顔パスとか、ベリィちゃん達ヤバすぎでしょ…!」
確率は極めて低いと思っていたけれど、ベリィが上手く伝えて、アラレはそこで気付いたか。
「やぁ、酷くお疲れのようだね?」
「トワちゃんっ!」
「「トワさんっ!」」
「飛び掛かる前に一旦ストップだ!」
ダーク、ベリィ、ソフランの三人の鍛えられた脚力で突っ込まれても問題ないが、エントランスでは割れ物が多い。
それに、注意勧告はしたものの、壁に耳あり障子に目ありというものだ。
「此処では情報の流出を避けられない。場所を移動するから、私の近くへ来て」
「「「は〜い」」」
「うん、三人とも偉いね。それから、トウドとアラレもこっちへ来てくれるかな?」
「「……」」
無言だが、トウドもアラレも今は従ってくれるようだ。
「それでは行こうか…深淵の最下層へ」
転移魔法陣を展開し、私達六名は奈落の底へと姿を消した。
〜〜〜〜〜
「さぁ、到着だ「トワっ!」うわっぷ?!」
深淵について早々、転移魔法陣に外部からの干渉を感じ取り自分の身体を盾にするように魔法陣の中で描き換えられた部分へ行くと、やはり上書きの速さでは勝てないヴィオに抱き寄せられた。
「姉上っ!今回はご無事でしたか!」
「ヴィオっ!トワお嬢様を離して下さい!」
わちゃわちゃとしているが、オーロラの不自然に空いた手の先には…うん、ちゃんと居るね。
「ところで、後列の狐獣人と白虎の獣人は、例の…」
「あぁ、私の…いいや、火狐の唯一無二のお兄ちゃんとマブダチだよ」
「「ーーっ!」」
「そして、トウドとアラレに紹介しよう。現在の私の大切な宝達だ」
「…そうか」
「トウド…ツキネ」
そんなに苦しそうに呼ばれてもな…なんて思いつつ、私はカーテシーをしてみせる。
身内三人には事情を既に話してあるが、ダーク、ベリィ、ソフランの三人は今から何が始まるのか理解していなさそうだ。
「トウドお兄ちゃんとアラレは、私の現在の姿では…初めましてかな?」
「現在の性はトワイライト・リリックだけど、魂の前世は間違いなく…日暮月音だ」
「ツキネ…!…本当に、そうなのか?」
「……」
「あぁ、少し前まではトウドやアラレは親しくしてもらえていて…本当に、救われていた」
「……」
「トウド…」
やはり、ベリィから聞いた話だけでは信憑性に欠けるし、何よりもゲームの中のNPCと現実世界で親しくして生きていた人間が同一人物だとは…すぐに信じられるものではないか。
「思わぬアクシデントもあり、感謝の言葉すら言えなかったが、今なら言えると思うんだ」
「俺は、お前も、そこの女も…信じていない」
「うん、そうだろうね」
現在の私はツキネの来世に当たる訳だが、人格は原初の私ーーユウガオに色濃く影響を受けている。
「言い訳のように聞こえると思うが、私は此の世界で生まれ、惑星としての性質が似た同じ星域に存在する世界ーー地球に転生し、十五歳の夏に魂を肉体から引き抜かれて、また此の世界でトワとし「待て!」…え?」
お兄ちゃんーーではなくトウドの静止する声に驚いて間の抜けた声が出た。
「ツキネ…お前の、お兄ちゃんは…本当に、俺だけなのか?」
「「はぁ?」」
「何を驚いているんだ!俺はッ…!ツキネが、お兄ちゃんに嘘を吐くほど、きっ…嫌われたかとッ…!!」
「トウド?そっちじゃないと思うんだけど…転生とか魂が引っこ抜かれただとか、もっとツッコミどころはあるだろ…!」
「俺にとっては唯一無二で最愛のお兄ちゃんだって事が、何よりも重大なんだよぉおおッ〜!!」
そうだ、思い出した。
アラレはまともになっているから忘れていたけれど、トウドお兄ちゃんは…
「重度のシスコンなんだったぁ〜!!」
その後、シスコンと聞いてマラカイトがトウドと張り合っていたのは、いうまでもないだろう。
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