第十二話 変化
今日はマラカイト達はあの権力を振り翳す外道の王命により冒険者協会へ出向いている。
なので、アトラクト達が受ける授業の教師役は私だけで全てカバーする必要がある日なのだが…
「…確率は低いけど……」
「あと三日半も無いのに…!」
「二人とも、授業中ですよ…!」
「秘密基地〜でっ、極秘任務ぅ〜!」
今日のスケジュールは朝の鍛錬を無しにして午後の授業だけにしたせいか、ベリィとソフランだけでなく、比較的まともなダークやアトラクトまで、どうにも落ち着きがなくソワソワとしていた。
というか、そもそも授業を聞いているのだろうか?
「では、ベリィ。先程まで私が口頭で説明していた話の内容の要点を、一つ述べてみて?」
「……」
一番真剣な態度で授業に専念せずに何らかの計算を解いているベリィを名指しするが、他三名は気づいたものの、ベリィは顔を上げることすらしていない。
「ベリィ?聞いているのかな?」
「……」
再び問い掛けても、ベリィは何かの計算をノートの余白に書き続けている。
唇の動きから見るに「三日後」「準トップ勢」「敵わない」「百位以内」とだけ読み取れたので、以前アトラクトとも話していた確率論の計算をしながら、現状での自分達の実力を考えては嘆いて再計算を繰り返しているようだ。
だが今は座学の時間であり、勉学に励む事が滞在を許可した交換条件で、最も重要な対価に値する時間だ。
「仕方がない。代わりにソフランが答えてくれるかな?」
「うぇえ?!えっと、先祖返りについてです!」
「聞いているのは授業の内容では無く、書き写すように話したこの授業の要点だよ?」
「あの〜、それは……聞いて、なかったデス…」
「次からは、授業前には教科書に軽く目を通しておくように。それと、ベリィ単体に対し一時的に【手加減】と【峰打ち】」
ベリィの左右と真後ろに座っていた三人には、念の為に【魔法障壁】を張った事を確認し、長い物差しの平べったい面を向けて、やや速く振り下ろす。
「【斬風】!」
「〜〜ッ!!?」
顔面を押さえて椅子から転げ落ち、床でのたうち回るベリィに近付く。
「授業を真面目に聞かない生徒には、明日の朝のランニングを追加してあげよう」
「はひ…!」
今私がすべき事は歴史学の教師役であり、友達を心配するトワではない。
「みんな、元の席に戻ってくれるね?」
「「「はいッ!」」」
「では、授業を続けよう。まずは先祖返りとはどういった存在を示すのかについてだが、血の繋がった親には現れていない祖先の特徴が子に現れる事を指す。例で言うのなら、人族の血が流れていない場合は現代では魔族とも呼ばれる我が一族の能力である、常時五感強化のチカラの遺伝や、祖先様とは同じ色素での誕生があると言える。ここまでの流れは今後も度々出てくるから、覚えておくと今後も効率良く学べるから、頭の中に入れておくように」
そう言ってから、授業の進行に合わせて書き込んでいた授業用のプリントを魔道具で複製し、威力を微調整したそよ風を吹かせて四人の手元へプリントを配る。
「今から少し、ノートかプリントに書き写しや書き込みに線引きをする時間を設けるが、何かわからない事や質問があれば答えられる範囲で答えるよ」
見渡すようにそれぞれへ視線を向けながら言うと、勢い良くソフランが最初に手を挙げ、遠慮がちにダークも続いて手を挙げた。
「順番に答えるから、ソフランから教えてくれるかい?」
「はい。さっきトワさんの一族の特徴で出てきた能力の常時五感強化は、魔法やスキルの【身体強化】の中に含まれるものとは、どんな違いがあるんですか?」
「いい質問だね。先ず、魔法やスキルによって【身体強化】を対象者に掛けた場合だが、魔法ならば術者が込めた魔力量に依存し、スキルの場合はそのスキルの熟練度によって効果が左右される。ここまでは知っているかな?」
四人の首がこくこくと頷く。
「だが、私達のような精霊族の末裔には極稀に、相対した生き物や無機物に込められ溢れた魔力から、感情を感じ取れる子どもが産まれる。私の一族ではこの様な能力を持つ者を先祖返りと呼ぶ習慣がある。再度私を例に上げるとすると、視覚と聴覚と触覚からの情報からが最も感じ取りやすく、次いで嗅覚となり、最後が味覚という順で粗方の感情や込められた想いが判別がつくといった感じで、これは先天的な生まれ持った肉体の性質だから、魔法の様に魔力の消費は一切無く、スキルの様に幾度も鍛錬をして熟練度を上げて感覚を掴む工程も必要としないんだ。その代わり、言葉の通り常時発動型の第六感のようなモノだから、意識して電源を落とすように遮断しなければ色々と面倒な感情がわかってしまうし、歳月を重ね鍛錬に励もうともその能力が強くなる事は無い事が、代償のようなモノかな?勿論これも個性の一つであり、個人差もまちまちだけれどね」
「なるほど、だからトワちゃんは味音痴なんだねぇ」
「…アトラクト?私語の許可はしていな…ぁ」
突然の暴言に眉を顰め注意をしようとして、アトラクトとベリィからの冷たい視線が刺さっている事に気付く。
「…味覚は…私の場合はイマイチだけれど、自分が用意する食事を他に誰かと食べるとなれば、栄養面以外の…味付けや彩りに見栄えだって、多分問題はない筈だし…無害か有害かの区別くらいなら…出来ると、思う」
言い逃れをする子どものように訴えるが、特にあの時目覚めの一杯として出した液体ーー激甘スープカレーを口に含んだアトラクトと、それを上半身に噴き出され浴びたベリィの視線が、少し怖く見える…
「いやでもっ!断じて私は味音痴ではないし、自分だけならその時に必要な栄養素さえ手早く摂取するのが目的だから、足りてさえいれば……食事自体を忘れているか、別件で忙しくて手早く済ませる為に…栄養素の面だけは完璧に近い自家製の丸薬を噛み砕いて、水で流し込んでいるだけだし…あと、五感に含まれない野生の勘もその括りに入れても良いなら、絶対的な確証を提示しない案件に関しては、大体の場合は野生の勘が正しい事が多くて、要するに私も形容し難い先天的な感覚を用いて相手の魔力や感情を感じる事が、可能だから…」
「「だから?」」
「作っていても悪意は込めてなかったから、味見はしたけれど気付けなくて…すまなかった…」
「あぁ〜、そういう事かぁ…」
「涙目トワちゃんをパシャリしていいなら、ウチはもういいよ?」
「アタシもトワちゃん程ではないけど、味覚に自信は無いし…ベリィちゃんが良いなら許してあげる!」
「二人とも…ありがとう!」
閑話休題。
「…その、見苦しいところを見せてすまなかったね…では、ダークの質問も教えてくれるかな?」
「あ、はい!確か人類種は、人間と獣人とエルフとドワーフ以外が魔族と呼ばれているって、マラカイトさんから教わったんですが、昔は人類だった他の種族も魔族にいたんでしょうか?」
「時代変動の激しいここ数世紀で見ても、人類種以外とされた種族は表向きには竜人族だけだが、特に王都やそこに近い領土の街などの人族の人口密度が高い地域では、人族至上主義者の領土である事が多く、特に身体的な特徴が人族と判別がつきやすい獣人族やエルフ系統の血が濃い者も、迫害を受ける事例は今でも絶えないよ」
「そうなんですね…」
「もしかして、トワちゃんはーー」
夕刻の鐘が鳴り響き、呟きのようなアトラクトの言葉は遮られた。
「区切りもいい事だし、本日の授業は終了とする。私に用がある場合は、申し訳ないが明日まで待っていてくれると助かる。明日はいつも通りのスケジュールで、鍛錬場に集合するように」
「待って!」
印刷用の魔道具も教材も全てを【収納】へ放り込んで、広間に隣接した元空き部屋の教室から足早に、止める声の主も背後も確認せずに立ち去った。
「まさか、そんな訳…無いよね?」
〜〜〜〜〜
自室に戻り自分を中心に防音結界を張り鍵を掛けてから、扉を背にして肺の中の空気を入れ替えるように深呼吸を繰り返し、激しく脈打つ心臓に近い胸部に手を当てる。
「現状の全てを自ら招き入れた過去の私の選択の結果なら、運命が与えた然るべき未来に等しい」
指先に当たって硬い感触がしたロケットペンダントを服の中から手繰り寄せ、蓋を開けて色褪せた古い家族写真を眺める。
「きっと、とても幸せだったんだ」
まだ三人家族だった頃に撮られた写真の中央で椅子に座った少女は、私とはまだ混ざりきる前に撮られたもので、お父様とお母様の手に遠慮がちに抱きついていて、その表情は明るく微笑みを浮かべていた。
「この笑顔を、二度と見る事を叶わなくしたのは、私だ」
瞼を下ろすと、暗いどろりとした感情が渦巻いてーー灯りに照らされた影が伸びる。
「辛くて悲しい時のトワはいつも決まって、自分を追い詰め責め立てる」
私の影から切り離されるようにして動く闇は、やがて人の形となる。
「…いい加減に直すべき、トワの悪癖だよ」
ふわふわとしたダークグレーの髪を一つに結ってポニーテールにした碧眼の美少年が、厳しいお叱言とともに姿を表したタイミングで、ほんの少しだけ防音結界の範囲を狭める。
これで多少ではあるが、私の声は聞き取りづらくなった。
「まだ私の影を移動先に選ぶなんて、キミは本当に物好きだよね?」
「滞在中とはいえ、お客人の事は名前で呼ぶのに…」
「私如きの身分で貴方様の真名をお呼びするなど、とても畏れ多くて出来ません」
「ふざけないで」
「それよりも、あの愚者が動き出したのだから権力争いで宮中は慌ただしいだろうに、派閥の顔である殿下が肝心な時に抜け出して来るなんて。今頃は側付きの召使いや後ろ盾になりたい者達は大騒ぎだよ?」
扉越しに聞こえる鼓動音が四つあり、そのうちの一つが大きく跳ねた。
「出入口の近衛には少し出ると伝えた」
「どうせ付いて来られない者に、一方的に伝えて転移したんでしょう?」
「別に、神に見放された不遇の第二王子の居場所なんて、今更誰も嗅ぎ回らないから関係ない」
四つ、ドクドクと激しく脈打つ心臓は、今にも破裂しそうな程にうるさく聞こえるし…そろそろ仕上げの頃合いかな。
「私が目覚めたが故に、トワイライトは身を投げ打った。そしてシキは、以前のトワイライトも知っていた」
「…そうだね」
「シキから見て、トワイライトはどんな少女に見えていた?」
「世間知らずで幸薄そうな、儚い少女」
トワイライトが私ーートワに呑まれる間際までの、僅かな間の記憶を思い出そうとする。
されど心に浮かぶのは、周囲からの重圧に恐怖だけを感じてただひたすらに謝り続けていた、出来損ないの自分自身への憎しみに呑まれかける幼な子の、赤く泣き腫れた顔が映った…雨上がりの水溜まりばかり。
「少し、違うかな」
「…何が?」
「本来のトワイライトは、繊細な心の持ち主で感受性が高く、他者の為に涙を流す損切りも出来ない子どもで。知らぬ筈の記憶に身体を差し出すだなんて、禁術に指定されているような馬鹿な真似をする、最期まで治しようのないお人好しだった」
一人が駆け出したのを皮切りに、折角息を潜めていた四人は、踵部分が硬い材質のブーツを履いている事を忘れているのか、大理石の床を全力疾走で駆けて逃げ出してしまった。
「……ハァ。隠密行動も碌に出来ない冒険者なんて、先に獲物に気付かれて食われるだけの餌なのに…」
「トワがわざと聞かせていたようだから便乗したけど、僕の身分はまだしも…本当に聞かせてよかったの?」
「勿論だとも。そうでなければ侵入の容易い防音結界の中で、こんな芝居を打つ必要性が無い。それに今回は私からは避けずに目立たず行動しても、不審に思われない必要があるんだよ」
「残りの受付日数から考えても、明日の夕刻には発つんだろう?」
「まぁ、両親にも言えない私用の為に本邸の転移陣を使用するなんて、まず許可が降りる筈もないから。それでは、辻褄合わせと四人の警護は任せるよ?」
防音結界の端で待機してもらっていた、二番と一番に視線を向ける。
「お任せ下さいみゃせ」
「あたち達はプロにゃんだから!」
二匹の精霊獣は窓を開け、夜の闇に紛れた。
開け放たれた窓へ近づいて、その縁に腰掛ける。
「大丈夫、なのかなぁ…」
「精霊獣様御本人方が言うのならば、何か策を練っていらっしゃったんじゃないのかな?」
「あの子達は、今までの私を引っ括めても、中々予想の付かない動きをする。謂わば【変数】の様な存在だからなぁ」
「……現れたばかりの欲深き者達が独占だなんて、確かに狡いね」
「ん?何か言ったかい?」
振り返って聞き返すが、口を噤んだままシキは首を横に振った。
*****
「結果的に助かったけれど、シキはなんでこんな時間に来訪したんだい?」
「妖精騎士達から、自分達の居ない間の特に夜は、トワの側で警護をしろって伝えてきたんだよ」
「一国の王子相手に随分と横暴だな?!」
「しかも国賓として滞在中の使節との会食中に、僕の頬を掠めて椅子の背凭れに矢文の結ばれた矢の鏃が深々と刺さった」
「国際問題に発展しても、おかしくない状況じゃないか…」
項垂れながらも、慣れた手つきで僕の右頬に流している横髪を払いのけ、隠していた少し血の滲んだガーゼを止める医療用テープを剥がす。
「…うん。もう理解した」
ジッとガーゼの下を見てからトワはそう言って、無詠唱で顔付近にだけ霧状のポーションを纏わせる。
「この傷痕にはヴィオの風魔法のマナの残留が視えるし、インクやアルコール消毒液の匂いに微かに混じるラベンダーの香水は明らかにマラカイトのもの。この時代に矢文を結んだ不安定な矢を相手の顔の横ギリギリに射ることが可能な射手は、オーロラだろうなぁ…」
大きな独り言を漏らしながら傷痕があった箇所を、柔らかく温かい小さな両手で、優しく揉みほぐすようにしてポーションを塗り込まれる。
「浸透したら、軟膏を塗ってガーゼを貼り直すから、少し顔を左へ向けて」
「あぁ、頼むよ」
「それとだ。こういった掠り傷でも、適切な処置をできる者がその場に居なければ魔法医を呼び出してでも治療して貰うようにと、いつも言っているだろう?」
「それは僕が、未来の国王候補に何かあった時のスペアだから?」
僕の言葉を聞いたトワは、少しだけ悲しみを表情に浮かべて俯いてから、人族の僕には聞き取れない声量で呟いた。
「その声じゃ、僕には聞こえないよ?」
「…分かっているさ。私が先に言い出した皮肉な言い逃れだから…でも、シキは違うだろう…?」
「何の事かな?」
いつもの仕返しではないが、トワを真似て意地悪な聞き方で尋ねる。
すると、彼女は雫の乗った淡い桃色の睫毛に縁取られた、アメジストのような深い紫の瞳で真っ直ぐと僕を見て、片膝をつき騎士のような姿勢になるが……それは子ども真似事ではなく、事実だった。
「今世の我が命は、主君で在られるシキサイ様に捧げたもの。私を救って下さったシキサイ様の為であるならば、この命が散ろうとも悔いはありません」
真剣な、嘘偽りの見えない瞳が、僕を見つめている。
疎まれ忌み嫌われた王族の紛い物の僕だけを映す瞳が、何より美しい彼女の応えと真実である事が、僕を独占欲へと溺れさせていく…
仮にもしも、僕以外に最初から彼女に味方がいなければ。
そして彼女が護るに値しないモノで構成された世界で、僕達だけが出会えたなら…
「あっ!」
刹那、冷たい霧が顔に吹き掛かる。
「つめたっ?!」
「私としたことが、もうとっくに浸透して軟膏を塗ったのに、ガーゼを貼っていないじゃないか!」
「トワ、君は…!」
そう言われたと思った瞬間、前髪をかき上げられると同時にトワが額に額をくっつけてきた。
「…少し、熱いね?」
トワの額は夜風に当たっていた所為なのか冷たく、そしてお互いの鼻先すら触れ合っていて、どんどん顔面に熱が集まっていくのを感じる。
「夜風に当たり過ぎたのかな?念の為に、私のベッドで寝ていくといい。皆を導く者が安易に風邪を引いては、示しがつかないでしょう?」
「〜〜っ!これだから、無自覚で天然ものの人たらしはタチが悪いんだっ!!」
「え、なんでそんなに怒って…」
「トワが悪い!」
「えぇ〜…」
*****
ミスティックレガリア王国の正妃の唯一の実子にして、神と実母に見放された御手汚しの忌子。
その者の名は、シキサイ・ミスティックレガリア。
つまり、僕のことだ。
自我が芽生えた頃には、父親の国王は僕を疎ましげに睨みつけては気分で甚振り、実母からは育児放棄をされていた。
僕は理不尽を感じていても、何も抵抗はしなかった。
だって、僕が元凶で全て悪いのだから。
少なくともあの頃は、それが全てだと思い信じ込んでいた。
そんな都合の良い駒の僕とトワイライトとの出会いは、奇跡でもなんでもなく、用意されていた台本通りの展開だった。
指定されていた通りに、第一王子の派閥の高位貴族の子女達に意思悪なちょっかいをされた少女がバラ園の奥に逃げ込んだ様子を見て、予定通り僕だけがその後ろ姿を離れて追いかけてから声を掛ける。
そして恩義を感じた少女を手籠にして、スペアである僕の妾にできるように交友関係を築いておく。
「なん、で…なんでッ!」
「お嬢さん、どうして泣いているの?」
「だめだ、だめだ…だめなんだッ…!」
「お嬢さん?」
耳は聞こえている筈だし…おかしいな。
僕の仕事は、役に立つかもしれない予備の確保をするだけだったのに。
「変わらなくちゃ、変えなくちゃいけないのに、どうしてできないの…?!」
…この少女は今、変わらないといけないと言ったが、出来損ないは最初から最後まで足りていないのだから、変わる事なんて不可能だ。
なのにこの現実を知らない哀れな少女ーートワイライト・リリックは、自分がまだ今以上に利用価値のある人間になれると思い上がっているのか。
此の世に深紫の瞳を持って産まれた者の殆どが、視力は弱っていく傾向にあり、また大昔に様々な種族の間で崇められて『いつかまた、何かの拍子に戻って来る』と伝わっている始祖様と呼ばれる、存在していたかも疑わしい人物に反比例するように、虚弱体質になってしまい長くは生きられない。
確かにこの少女は、伝承にある深紫の瞳で産まれたが最初の数年は他の乳児のように虚弱体質だった。
それは五歳の誕生日まで変わる事がなく、今代の父親にあたる欲深い先代も目を付けていたが、貴族の子息子女の魔力適性を測る際の天武の儀式にて『闇属性の適性と、平均以下ではあるが光属性の適性が有り』と判断された途端、一名の監視役を除き、別の始祖様の生まれ変わり候補を囲いにいった。
その監視役が僕だったのは、どうやら適材適所だった。
気弱な口下手だが容姿だけは上物で、国に唯一根付いている辺境伯家の実子で愛娘。
親からの愛を取り除けば、僕を鏡で見ているような境遇だった。
でも、いずれは彼女も夢から目が覚めるだろう。
自分には大それた価値などない、消耗品に過ぎないと。
「私が変わったら、変われたら…」
尻すぼみになっていく言葉には自信は微塵も感じられない。
嗚呼、本当にこの少女は愚かしい。
「それで、己も私も馬鹿らしいと思いながら、利用し利用される気かな?」
「…は?」
目の前から少女の姿は消え、振り向くと僕につけられている監視役兼護衛役の元傭兵達が、次々と倒れていくところだった。
伝えられた情報が間違っていなければ、少女は擦り傷を治すことしかできないような役立たずで愚鈍な同い年の子どもの筈だ。
つまり、目の前の少女は本物のトワイライト・リリックではない…?!
「貴様、一体何者だ!」
自衛の為、そしていざという時は自身の命を断ち自らを口封じする為に渡されていた短剣を取り出し構える。
「王子サマの方が、私やトワイライトよりも過酷な運命の選択を突き付けられていると言うのに、今に至っても悠長な構えだねぇ」
しかし、少女は手ぶらであるにも関わらず、刃物を突き付けられた相手の言葉ではない事を語り出した。
「気付いていないだろうから教えてあげるけれど、王子サマの未来は篩に掛けられているんだよ?」
「…どういう事だ」
「全く、少しは自分で考える事も必要なんだがなぁ」
「貴様は誰に対してそのような無礼を働いているのか、理解しているのか?」
口に出してからしまったと後悔したが、短剣を持っている分僕の方が優位に立ち回ることが可能な筈だ。
だから、そのまま勢いと好奇心に任せて問い詰めていた。
「理解していなければわざわざ私が代わりに出て来る事も無かったよ。別に、トワイライトの命が絶対な訳でも無いし、今世ではあまりにもしがらみに捕らわれていて、少しの情報収集も出来ないお嬢様の身分だからね?」
明らかな命知らずなのに、どうにも掴みどころのない口調で少女はまた一歩、近付いて来る。
「だけれども、目の前で子どもを二人も殺されては、非常に寝覚めが悪いからね。まぁ、今回は初回特典のリップサービスだとでも思ってくれ」
傲慢な態度での演説を終え、少女は此方を睨み付けた。
「武器を捨て速やかに投降するならば、後で後遺症は残らないように治癒してあげるけど?」
「寝ぼけた戯言に従うつもりなどない」
「王子サマには…あぁー、そうか。王子サマは人族の幼児なんだったな…」
幼児。
自分と数日しか出生した日に差が無く、自分よりも余程幼児らしい体型の五歳児に言われた。
日常的に罵詈雑言や恨み言を言われても我慢できたのは、相手が自分よりも位が高かったり自分よりも格上だったからだ。
「きっ、貴様ッ…!」
周囲から不遇の第二王子と言われるのは、実力不足な自分自身の所為なので、まだいい。
庶子にまで噂が広がり、憐れまれているのも、自分の力ではどうしようもないので諦めがついた。
だが幾ら何でも、自分より格下の幼児一人に見下された上で、投降勧告を受ける事は、腹に据えかねた。
「王子サマ…まぁ、もういいか。キミってさ、偉そうに振る舞うのが随分と下手だね?」
「黙れッ!」
…今のは図星だったから叫んだだけだった。
然しそこで、漸く僕は異変に気付く。
少し距離は離れているが、金属の擦れる音と品の無い笑い声を潜める気配がある事に。
「…【索敵】」
小声にして敵や魔物の位置を把握するスキルを唱えると、目の前にうっすらと僕を中心とした地図が浮かび上がる。
そしてその透けて見える地図上には、赤や黒の点がポツポツと散らばっており、その数は役二十名前後。
「こっちに来い!」
「はぁ?」
様子の分かっていない少女の手首を掴んで、少なくとも現時点では友好的である事を示す緑の点が集まっている方向へ早足で歩き出す。
そして、僕達の移動に合わせて適度に距離を保ちながら動く赤や黒の点を見て、確信する。
「第一王子の派閥か…」
赤い点はスキルを発動した者に対して敵意や害意を持つ者を示し、黒い点は殺意を抱く者の証拠となる。
つまり、僕は殺される予定で、同時に現場に居た少女も口封じとして殺される可能性があるという事になる。
僕に手を引かれる少女は、仮にもこの国の第二王子である僕に対して十分に無礼を働いた。
だが、それだけの理由で殺されるには惜しいほど、両親から愛されている。
少女が亡くなれば、悲しむ者は少なからずいるのだろう。
理由なら、それだけで十分だった。
「もうすぐ見える突き当たりの道を右に曲がったら、その後はずっと左に曲がってバラ園を抜けて宮内へ戻れ。僕は別の道を行って合流する」
そう言ってから少女の手首を離そうとして、背中から地面に倒れた。
今度は僕が少女に手首を掴まれて、前に進めず倒れたのだとは、この時は気付きもしなかった。
「ただの人助け、そして新たな情報源の獲得を目論んでいたのに…キミまでお人好しだったのでは、なおいっそう夢見が悪くなるじゃないか」
「何を言っているんだ!早く此処から…」
「死に急ぐなら、少しは相手の話を聞きなさい。小僧の浅知恵と傍迷惑な虚言など、この老婆に通用する訳がなかろうて」
そう言われ、少女が自分の手から奪い取った短剣の柄の部分で、持ち上げた頭を突かれて、軽い眩暈を起こす。
立ち上がれない僕を見もせずに、少女は短剣を大きく振り被った。
「ーーッ!貴様も」
最初から、第一王子の手先だったのか。
発しようとした言葉の信用性は、瞬く間に消え去った。
ーーガキンッ!!
目の前で、自分に背後から振り落とされていた大剣が、少女が僕の手から奪った短剣の振り被りだけで大剣を落とさせた。
それだけでは留まらず、四方八方から最初の大剣の賊と似たような見た目の大剣に、片手剣と盾を持つ者達が、示し合わせたように、先に倒れた賊さえ避ける隙間さえ無く突貫して来る。
確実にトドメを刺すつもりの、完璧な布陣に見えたーー
「お前達、剣技が苦手なのか?」
ーー少女が音も立てずに、全ての剣士の鳩尾へ拳を入れるまでは。
「もしも剣技の指導料を取られたなら、その指導者は見せかけだけでボッタクリだぞ?」
全ての剣士が地に倒れ伏していく中で、少女の心配する声が聞こえた。
しかしながら少女は、自身や僕を庇い賊を無力化する為だけに、長い紅水晶のような美しい髪を断たれていた。
切り落とされた髪の一部が、僕の上にも落ちる。
「水の矢よ、我が前に立ち塞がる障害を「解除っと、あぁ〜あ…」
響き渡る魔法使いの声に被せられ、残念そうな少女の声が響いた。
そして、詠唱を終えていた筈の魔法は何故か、発動しない。
「トワイライトの両親が見たら、お前達は一族郎党皆半殺しにあうぞ?」
「ヒィッ!?」
今度は呆れた様子でただ一人立っている魔法使いらしき者に近付く少女と、顔面蒼白で後退る大人。
「乙女の命は髪だと言うが、傭兵崩れの命は何だったか?」
「そッ、それはあいつ等がやった事で…」
「だが貴様は、この身体を標的にして、殺傷能力の高い魔法を当てようとした」
比喩を通り越し顔面の色が青白い死者の様に変わった男は、腰が抜けて立てないながらに後退している。
「貴様等は、統一帝国では唯一存在する辺境伯の跡取り娘に刃を向けた。何も間違ってはいないな?」
惨劇になる筈だった運命をたった一人の少女が捻じ曲げた事は、油断や慢心からの偶然でない。
この場に居る誰の目から見ても、一目瞭然の事実だった。
後日、王宮に衝撃的な報告が上がる。
あの第二王子が偶然居合わせた辺境伯家の御令嬢を守る為に、短剣と己の魔法の実力だけで二十六名の賊を無力化させた、と。
ナイフと魔法だけでどうやってと、皆が衛兵に報告した救われたという令嬢の報告を疑ったが、現場に駆け付けたところ、賊は第二王子が最も得意とする闇魔法の上級に当たる【影縫い】にて賊を拘束しており、第二王子が魔法を解いた瞬間に賊は意識を刈り取られていたのか、地面に倒れ伏したと言う。
その現場には急ぎ集められた一兵卒もいた為、箝口令を敷く間もなく庶民の耳に入り、そこから商売人にも知れ渡り、その商売人達を贔屓にする貴族の間にも知れ渡っていた。
現場証拠からも事実確認が出来た事や、その後日に愛娘を救われた辺境伯自らが王に謁見を望んだ事により、ただの噂は事実として皆の間に知れ渡っていった。
たった四名を除き。
〜〜〜〜〜
傷痕が残らないように特殊な魔法で拷問にも近い方法で全て吐くように鞭打ちにもあった僕は、辺境伯家当主とその子女ーー髪が短く切り揃えられたトワイライト・リリックと同じ目線で、国王代理の王太子に向かい、頭を垂れていた。
「其方の娘がこれを救ったという真の事実は聞いておる。早く要件を申し立てよ」
苛ついた様子で、父親にあたる王太子が謁見の間で話し出した。
だが、すぐ足元で膝を付く孫をこれ呼ばわりとは、腹違いの万能と謳われる未来の第一王子がお気に入りの父親らしかった。
「本日は、虚偽の申告をした娘への情状酌量の余地を願い申し上げに参りました」
そんな父ーー国王代理の王太子にご機嫌取りすらせずに、貴族としては中々図太い神経の発言を、辺境伯当主が重々しい口調で言う。
「申し上げを許可する。言ってみよ」
「私の、娘を………」
「早く言わぬか。それともまさか、これの妻に召し上げろとでも申すか?」
下衆のようないやらしい視線を、トワイライトへ王太子が向ける。
「違います、が…やはり何方も認めたくない…!」
それに対し、辺境伯は……泣いていた。
頬を伝うという次元ではなく、トワイライトを抱き締めて縋るように声を上げて泣いていた。
「発言の許可を頂いてもよろしいでしょうか?」
「トワぁ、もっと話し合って考え直さないか?お父様泣きそうなんだよ?」
「もう既に泣いていますし、判断は国王代理で在られる王太子殿下の采配次第でしょう?」
「あ、あぁ。その通りだ…」
フリーズしていた王太子はトワイライトの言葉を聞いて、漸く我に返った。
…少し引き気味ではあるが。
「王太子殿下に判決を降して頂きたい特例は、二つあります」
「…成る程。申し立てて良いぞ」
王太子の不気味な底知れぬ笑顔に、声を出して止めようとするが、魔封じの首輪が邪魔をして声を発せられない。
「一つ目は、御子息の一人で在られるシキサイ殿下専属の影とならせて頂きたい事。二つ目は「「待て待て待て待てッ!!」」…御意に」
枯れたはずの声が驚きの余り、声に出ていた。
あの悪どいが今代ーー祖父よりはマシな程度と言われる王太子ですら、自分と声がハモっていた。
「なぜっ!?なぜ其方のような見目の良い娘が影を志願する?!」
そうだ。先ず影になる者は、敗戦国の優秀な人員を引き抜いた場合であったり、元から人権などない犯罪奴隷達の中でも模範囚の唯一の生き残りの道であり、誰もが望んで立候補するような役職ではないのだ。
「そうですよね!幼児期の娘がそんな志願をする訳が「私的な情報収集の為です」トワぁ…!!」
「「素直かッ!!」」
「ねぇ、トワぁ…!」
「お父様、しっかりして下さい。まだ序の口ですよ?」
「「まだ、序の口…!!」」
「それで二つ目の申し上げですが、ご存知の通り年齢的に軍事試験を受けられる最年少まであと五年待ち、どれだけ優秀な者でも、軍事学校での試験まで更に十年は掛かります。なので、特例として裏口入学させて頂きたいのです」
「「堂々とし過ぎだろ…」」
「はい。ですから私を後押しした場合、王太子殿下に発生するメリットを提示させて頂きます」
トワイライトは、何処からともなく刃物の破片を取り出す。
「これは、殿下が王太子殿下から賜った短剣の折れた一部です。鍛治工房と王家の紋章もこの通り、綺麗に残っていますから、私は王族から窃盗行為を行い自首した死刑囚です」
「「なんでだぁああ!!!」」
「今から私を『奈落行き』にしては頂けませんか?」
「「だから、なんでだよッ!!?」」
結局、本人の強い希望と現場証拠が無くなっていた事実から、トワイライトは秘密裏に『奈落行き』を受けた。
無事に帰還した場合のみ、王太子が才能を見出した者として推薦をして特例として試験を受けられる約束を、王太子と魔術を用いた契約を使って。
そしてその数日後、少し煤けたワンピースを纏い、トワイライトは完全にトワになって帰ってきた挙げ句、有言実行と言って僕の影兼冒険者となる、破茶滅茶な台風のような人物として変わっていくのだった……
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天上教の総本山にて祈りを捧げていた教祖の前に、全てが真っ白な少女がふわりと舞い降りた。
人族至上主義の天上教の教祖は、長年に渡り教祖と大司教にだけ伝えられてきた教えを思い出す。
『立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。舞い降りる純白の御使い様は神々しき穢れなき存在』
これは暗号などではなく、事実だった。
「ーーと、まぁそんな訳だから、今度の異国人達の事は手厚く歓迎してやって欲しいんだよねぇ〜」
「神の御使い様の仰せとあらば」
「はいはい、御使い様の事は普通に優しく歓迎してねぇ〜」
教祖には倫理的価値観ーー所謂、モラル的なものが欠如していた。
そして特に、自分達の教えを聞こうとしない原始人(この場合は異国人を指し示す)を一掃できる大チャンスとあり、少女の言葉に疑問すら抱かず浮かれていた。
『アイツらは死なないから、適当に間引きしておいて〜』
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システム起動。
プレイヤーネーム【九尾】の脳波を感知。
テストプレイヤー権限を確認。
特殊称号【創造神の異能力】を付与。
良ければまた読みに来て下さい。




