第十一話 価値観相違はいつまでも
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長いと思ったけど区切るの難しい…
日は沈み夕方も過ぎて夜になり、もう少しで深夜の時間帯に差し掛かりそうだったので、ニーナと一号と二号もお客様として屋敷に迎え入れ、各自がそれぞれの部屋で休んだ翌朝。
「これは…困ったなぁ」
いつも通り鍛錬をしようとした体内時計が働き、日が昇る前に目を覚ましたのはいいのだが…
「にゃむにゃむ…じゅるぅ…」
「ゴロゴロ…クルルっ…」
小柄な猫の姿の一号は仰向けの私のお腹の真上で丸くなっており、腰には大柄な猫の姿の二号が凭れ掛かるように体重を掛けてすぴすぴと寝ていた。
見た目よりやや重めな二匹が私の寝室で寝ているのには一応理由があり、最初は他の者と同じ様に客室を与えたが、ニーナと私を護衛すると言って主張を曲げなかったから。
それで昨夜は、私が普段使っている天蓋付きベッドにニーナを寝かせた後、予備のマットレスを隣に敷いて二匹と寝ようとしたところ、一号が寝ずに見張りをすると張り切って宣言したが、結局は数分も経たないうちに無防備に寝息を立てたので、二号と一緒にニーナと一号を起こさないようにしながらマットレスの端っこで寝たんだった。
「フワフワで生暖かく、柔らかい…アニマルセラピーか…」
二号には起きたら自分だけ起こして欲しいと頼まれていたが…
「想像以上に可愛くて、動けないッ…!」
結局、数時間後に起こしに来たオーロラに見つかり起こされてしまい、目が覚めるまでは交代制で私と叩き起こされたニーナに抱っこされるという事で落ち着いた。
〜〜〜〜〜
いつもより大分遅い時間に向かった食卓では既に全員揃っており、既に食事は終えていたようなので、早足で自分の席へと向かう。
「おはようございます、姉上」
「おはよう、マラカイト。遅れてすまないね」
「屋敷の主人は姉上なのですから、些細な事は気にしないで下さい。それと、腕の中にいるのは…精霊獣様、ですか?」
今は私が二号を抱っこしていて、ニーナの頭には一号が張り付くように乗っかっている。
「うん、まぁね。一晩でかなり警戒は解いてくれたようだよ」
私達が着席するとともに毒味済みだと【鑑定】に出た、冷製スープと菜園で採れた野菜のサラダに、温かなパンには薔薇のジャムとバターが添えられて並べられる。
「おはようございます、トワさん」
「ダークもおはよう。ところで、ヴィオ達は一体何の話をしているのかは知ってる?」
私の視線の先…というか、マラカイトの隣で私の斜め向かいの席。
「他には?どんな魔法薬の伝承が存在してる?」
「フィクションで有名なのは、肉体だけ子どもに戻っちゃう薬とか?」
「あとはやっぱり、中身が入れ替わる薬とかですよ!」
そこではヴィオを中心に、ベリィとソフランも椅子を寄せ合って、何やら盛り上がっているようだ。
「僕にはちょっと難しくて…もしかして、行儀が悪かったですか?」
「いいや、そうじゃないんだ。ただ、ヴィオが珍しく生き生きとした表情でお客様と歓談しているようだからね。人見知りが少しは軽くなったようで、嬉しいんだ」
「ヴィオさんが、人見知り…?」
呆気に取られた様子のダークを見て、自己紹介の時には伏せていた事を思い出す。
「言っていなかったけれど、私達四人は人付き合いが苦手なんだよ」
「四人って、トワさんもですか!?」
「表向きの付き合いを除けば、友人は片手で数えられる」
「トワお嬢様の場合は苦手と言うよりも、周囲に対して殆ど無関心に近いですから」
「えっと、それじゃあ僕達がこのお屋敷に招待して頂いているのも、実は珍しい事態なんでしょうか…?」
「その通りですね。現に、姉上が内面も含め人間に興味を持つ事は滅多にありません。貴方達はある意味、厄介な貧乏くじを引いたと言っても過言ではないですよ」
美味しそうな朝食を前に、なんだか面倒くさい雰囲気の方向へ話題が逸れていっている気がする。
「オーロラ。私とニーナ達は食事を済ましてしまうから、その間はダーク達の質問に答えていてくれる?」
「畏まりました!」
「…マラカイト、オーロラが暴走しないか見ておいてくれると助かるな」
「姉上が望むのでしたら、可能な限りは」
ふぅ、と小さく安堵の息を吐いてから、私は食前の祈りをして食事を始めた。
〜〜〜〜〜
「初歩的なマナーの知識や教養がある事は把握しました。ですが、此処では貴方達の生まれ故郷で通じた常識は無いものとして言動を行うようにして下さい」
「ニーナ様と精霊獣様方は別として。皆様の足腰は折れはせずとも細く、肉付きもそこそこ。魔力保有量も現段階で一番多いベリィ様ですら、私の保有する魔力量の半分にすら届いておりません。なので特に御三方は、これから朝晩は鍛えねばなりませんよっ!」
「早々に体力をつけた後は、座学と魔力操作の実技訓練も必要ですね」
「…ごちそうさまでした」
唐突に始まった知能指数テストと脳筋理論を聞いていては、落ち着いて料理を味わえなかった…
「トワさぁん…!!」
案の定、涙目になったダークが行き場をなくした手を振るわせて此方へ助けを求めてきた。
「マラカイトもオーロラも、お客様を大袈裟に脅してはいけないでしょう」
「お言葉ですが。これからは全てとは言わずとも、その身に降り掛かる火の粉程度は振り払えなければいけないですよ?」
「貴賤問わずにトワお嬢様の御友人になられたからには、多少の攻撃にも対応して自衛するだけの筋肉が必要です!」
「筋肉の件は置いておいて。確かに自衛できる対応力は必要だけれど、それ以前に客人の情報に関して箝口令を敷けばいいんだよ」
「何事にも絶対はありませんし、もう手遅れではないですか?」
「マラカイト様の仰る通り【閃光の妖精姫】ファン倶楽部内では、容姿や詳細な個人情報の特定も進んでおります」
音も気配も無しにやや後ろで控えていたオーロラが差し出した魔道具の通信機の画面は、退席中のマークは付いているものの、絶え間なく流れる文章が映し出していた。
近くの席ということもあり好奇心から覗いてしまったであろうダークは、自分達へと向けられた悪意ある言葉の切先に顔を強張らせた。
「一部の過激派内では、既に冒険者協会にも根回しをした者もおり、登録した身分証明書を剥奪するように訴えているようです」
「へぇ、微塵も笑えない冗談だよ。発言者やそれに同意した者達の会員ナンバーを剥奪してから、ブラックリストに放り込んでくれ」
「心得ております」
オーロラは魔道具を持って下がり、画面を素早く操作していく。
「相応しくないのは、私の方なのに…」
いつもとは違う標的が注目を集めたからか、当人達の努力が漸く認められたのか。
少なくはなってきているが、マラカイトやオーロラに対して向けられた誹謗中傷も、相変わらず稚拙な単語の羅列で尊厳を汚す者は少なくはなかった。
「選ばれし血脈を引いた姫と、星の軌跡の観測者。その二人は先祖返りの生を受けたが、幼くして双方共に偉業を成し遂げた末に、惹かれ合うように主従の関係にまで至った、か……いかにもウケが良く流行りそうな、設定を盛った三流の脚本だよ」
人族の血に流れるという【封魔】のチカラを擦り抜けて、トワイライトやヴィオのような先祖返りの子どもが極稀に産まれるが、一族に同世代で異性が産まれた事例は更に少なく、私達が貴族の子であり忌避の目で見る身内が居たら、今頃何方か一方かもしくは両方が生きていなかっただろう。
それほどまでに、先祖返りは異端とされる世の中になってしまった。
先祖返り特有の色素の見る者を魅了する中性的な容姿と、凄まじく精度の高い予知でもしていたかのような言動で振る舞う異質さから、昔からヴィオも奇異の視線や過度な期待を集めやすかった。
そしてヴィオが努力して出した結果さえも、そこまでの過程は認められずに出来て当たり前のレッテルを貼られる上に、期待と重圧は日毎に増すばかりで、当時は酷く荒れていた。
お互いが初めての友達だと知った時は、常に私が誰かに盗られてしまうと思い込んで、何処へ行くにも着いて来ていた。
「ベリィが言っていたのは大半が作った事があるけど、ソフランの入れ替わりの魔法薬は興味深い」
「マジですか?!って、そういえばトワちゃんと初対面の時、今よりも更に小柄だったような…」
「ファッ!?ベリィはその時の写真、撮ってるよね?!」
「あっ、あぁーッ!?撮るの、忘れてたぁ…」
親鳥を追い掛ける雛鳥みたいであの頃も可愛らしかったけれど、今のヴィオの世界は広がり始めているようだ。
「今なら一つ条件を飲めば、トワの幼少期から現在に至るまでの秘蔵写真の焼き増しをあげても良いけど?」
「「条件飲みますっ!」」
「まだ内容は言ってないだろ…」
「条件によりますが、僕の分も確保はして下さいよ?」
「トワお嬢様の写真コレクションでは負けていますし、私も乗ります!」
「なんで二人も…まぁ、いいけど」
顔を合わせて少しの相手ともノリノリで自分を曝け出して話しているし、マラカイトやオーロラの事も大切な友達だと思っている事だって、案外態度で分かり易い。
「それで、条件っていうのは、その…僕の友達に、なることだっ!」
顔を真っ赤にして、ヴィオは可愛らしい条件を叫ぶ。
「なら、僕達は無償で提供して貰えますよね?」
「既にお友達ですから、私達はクリアしています!」
「ウチはベリィって言います!ヴィオさんよろしくね!」
「僕はソフランです!吟遊詩人を目指してます!仲良くしてくださいっ!」
盛り上がるヴィオ達を見つめて不安げに揺れる金の瞳と、視線が交わる。
「大丈夫。私達も行こう?」
「…はいっ!」
賑やかな護るべきものたちの近くへ寄って、ヴィオのマントの裾とダークの手首を掴む。
「ほら、どっちから言い出せるのかな?」
「あのッ、僕とも友達になってくだひゃいッ!」
「あ、あぁ!僕は別に、構わないけど…?」
淡いラベンダー色の長い睫毛には、喜びから溢れた雫が光っていて、輝いていた。
「さて。非常に微笑ましい雰囲気を壊すようで気が引けるが、写真は没収だ」
「あっ!おはよう、トワ!」
「おはよう、ヴィオ。それじゃあ、事前申告の無い物は全て回収するよ」
「えぇっ〜!?トワちゃんの鬼畜っ!!」
「仲良くなる事は良い事だが、第三者の肖像権を侵害していい理由にはならないからね?」
「なんだか妙にリアルな事情なんですね…」
「ベリィ、ダークくん。諦めたらそこで終わりだよ!」
「トワお嬢様!では、今すぐにヴィオが申請致しますので!」
「ヴィオの手持ちの分は事前に許可を得ているけれど、焼き増しの配布までとなると流石に見過ごせない」
ヴィオの手から配られる前に増やされた分の写真だけを【収納】へ片っ端から放り込んでいく。
「それに写真なら、直接私へ申告していれば撮り放題にしても良いって、前々から言っているでしょう?」
「マジですか!?」
「あぁ、マジだとも」
「ベリィ!ダークくんも!撮影の準備手伝ってっ!」
「周囲への迷惑に繋がらない範囲でだよ?」
無詠唱で【収納】とはまた違った仕草ーー魔力の消費も無しで大気中から溶け出すようにしてその手の中に次々と、撮影用の魔道具を取り出すソフラン達へ、念の為再び注意喚起をしておく。
「それで、マラカイト?微妙に隠し切れていないサイズのアルバムの中身を、拝見しても良いよね?」
「これは少しプライベートな事情が混じった物でっ!姉上でも見られるのは些か恥ずかしいですから…」
「私にも見せられないアルバム?」
赤面して頷き、アルバムを更に私から遠ざける義弟を見て思い出す。
マラカイトも私と同じ歳で成人の儀を終えているが、私とは違い思春期真っ盛りでもある事を察して、生温かい視線で義弟の成長に喜びと一抹の寂しさを感じる。
「プライバシーに関わる物では、ヴィオに見てもらうのも難しいよね…」
「姉上?何かもの凄く誤解してはいませんか?」
「だったら、そうだ!暫くは私の方で預かって置いて、後で本邸の執事長に閲覧して貰い報告を聞くというのは名案じゃないかな?」
「このアルバムは断じて、姉上が考えている様な物ではありません!」
「私はまだ内容には触れていないのだけれど…」
「白状しますから!それ以上変な想像はしないで下さい!!」
「わぁ理不尽」
そうしてサイドテーブルの上に開いて置かれたアルバムから、事前申告の無かった明らかに犯罪者路線まっしぐらな写真を剥がしていく。
「僕のアルバムは…姉上との家族写真用に欲しくって、撮ったんです…」
「いや、どれを見ても私単体が被写体で視線が向いていないし、無断で撮った写真でしょう」
これも【収納】へ放り込む。
「オーロラの提出分は、本当に一枚だけ?」
「はい!何も後ろめたい事などありはしません!」
そう言い切られるが、オーロラの目はあからさまに泳いでいる。
これでは疑って下さいと自ら言っている様なものだ。
「…正直に言わないのなら、今後は全ての撮影行為を禁止にーー」
ズサァ…と、言葉を遮るようにオーロラが足下に平伏して、視線を集める。
「昨晩もですが!マラカイト様やヴィオとも結託し、日夜トワお嬢様の勇姿を録画しておりました!!」
「ヴィオは…まぁ、いつもの事として。マラカイトもなのか…」
「わぁ〜い、許された!」
「これについては…弁明の余地もないです」
「せめてお客様のいる間は、取り繕っていてくれると助かるんだけれど…」
最近はなりを潜めていた部分が隠し切れない程に膨張して、色々な意味でヤバい奴らの集団になっているなぁ。
「みんなでなにしてるのぉ…?」
「にょあぁ…」
寝惚けた褐色肌に白銀の髪に深紫のキャットアイの絶世の美少女ーーニーナが起きて、此方に集まっていた視線が其方へ集中する。
「おはよう、ニーナ。助かったよ」
「一号ちゃんっ、ニーナ様の前髪にヨダレがついちゃうっ!」
頭に一号を乗っけたニーナを席へ再び座らせて、何とは言わないがそこから離れた位置に移動する。
「ニーナと一号は、そろそろ目が覚めたかい?」
「うん、まだ少し…くぁ…眠いけど」
「目覚めの一杯を用意してあげるから、座って待っててくれる?」
「うみゅ…」
「二号、少しの間だけ頼めるかな?」
「ニーナ様と一号ちゃんのお世話はお任せください!」
不安だから、手早く作って戻ろう。
〜〜〜〜〜
マグカップと軽食を乗せた縦長な小皿を持ってダイニングルームへ行くと、先ほどよりも元気なニーナ達の声が聞こえた。
「トワちゃんを撮るなら、もっと徹底的に!隠蔽工作をしてポーカーフェイスを貫かなくちゃ気付かれるよっ!」
危うく、顔面から転びそうになった。
「ニーナに変な発言をさせないでくれない?」
「えぇ〜、トワちゃんが元凶なのにぃ」
「まるで私が悪役かの様な言い方をするね。はい、朝食もまともに食べていなかった様子だったから、ついでに軽食も作ってきたよ」
「ありがとう!で、さっきの話だけど。ユーザーのニーズにできる限り応えるのがアタシの仕事だから、ついつい癖で考えちゃうんだよね〜」
「職業病だとしても、それはあくまでも元だろう?」
「…うん。まぁねぇ」
ニーナは昨晩の話だけでなく、遥か昔にニーナとして原初の私と過ごした時や、儀式の供物にされて尽き果てる瞬間の記憶まで、不完全ではあるが大半の記憶を思い出した。
「いい香り、いただきまーーブフォッ!!?」
「ぎょわぁああッ?!」
「ベリィさんっ!?」
「大丈夫?!…うわ、この臭い苦手かもしれない…!」
「オーロラはベリィを着替えさせろ!誰か、布巾と使い捨ての袋を持って来るんだ!」
「ベリィさん、早く此方へ!」
「逃げろや逃げろ〜!!」
メイ曰く、あの時のニーナは魂に根付くまで植え付けられた偽物の記憶が防衛本能を刺激して、魂にも肉体にも多大なる負荷を掛けていた為、生死には関わらないで済んだが全盛期の半分未満しか生命力は戻っていない。
昔の命も換算して考えるなら、今のニーナは前世の記憶を覚えている魂が、生き物の肉体に似せて作られた器に入っている状態であると、明言していた。
「貴女はもう、何処にも存在しない…」
口に出してみるだけでも、心が壊れそうになって、痛みは激しさを増した。
「トワちゃんっ!!」
瞳に映る貴女はニーナそのもので、その違いが私にはわからない。
「じゃあ貴女は、誰なんだ…?」
分からない。
「何言ってるの?!っていうか、そんなにボロ泣きするなら危険物を飲ませないでっ!!」
解らない。
「危険、物…?」
判らない。
「そう!このめっちゃいい香りなのに少し口に含んだだけで、スパイシーなくどい甘さの暴力が襲ってくる液体のこと!!」
貴女の大好きな目覚めの一杯は、嫌いで不正解なら…正解はなんなの…?
「そんなのわかんないよぉっ…!!」
「泣きたいのはアタシなんだけどッ?!」
*****
プレイヤーの皆様へ。
日頃より【Egoism and the chaos】をプレイしていただき誠にありがとうございます。
弊社では正式サービス開始を記念致しまして、第一回イベントとして、始まりの国の王都を再現した特設フィールドにより、ポイント制のバトルロワイヤル制PvPを企画しております。
更に、参加される全プレイヤーの皆様にお楽しみ頂くべく、イベントエリア内での順位により変動する確率で、各シナリオのシークレットイベントにて登場した最凶キャラのNPCのコピーも参戦するPvEが、上位十名の皆様には一部セーフティーエリアを除き発生致します。
また、上位十一位〜百位の皆様には様々なNPCのコピー達との共闘を体験していただける仕様となっております。
日程は本メール送信日より三週間後のPM8:00からの二時間を予定しております。
イベント中はゲーム内時間を加速させ、二時間のうちに二十四時間を体験できるように調整している為、途中参加は不可能となりますがご了承下さい。
第一回イベントの概要は公式サイトにてお確かめの上ご参加ください。
*****
今の私ーートワの人格の根幹にもなっている原初の私は、記憶を保持したまま幾度も転生している。
だが、普通ならこの様な事態は起こり得ない。
つまり、ニーナが忘れているのではなく、私が別の人生で魂が歩んだ記憶を奇跡的に知っているだけであり、今世にはニーナが最初から存在していない。
どれだけ悲しもうとも覆らない事実なのだから、生まれ変わった今の彼女に対して私がするべき事は決まっているだろう。
「まぁ、そんな訳で。貴女の今世の名前を考えたのだけれど」
「どんな訳で?予備の着替えが無いベリィちゃんの服を仕立てるんじゃなかったの?」
「採寸ならもう済んだからちゃんとした衣服は後日に仕立てるし、その時はダークとソフランの分も合わせ良質な衣服を贈る。今は私の同僚達が届けてくれた冒険者時代の服の中から、好みに合う物をオーロラと決めているよ」
時計を見ると、二人が衣装部屋に入ってから一時間は選び続けている。
やはりベリィも女の子らしいところがあるんだなと、しみじみと実感している。
「それでも手続きをして決める前に、先ずは貴女自身の希望があるかどうか聞こうと思ったんだけれど、何か候補はあるかな?」
「特に無いし、アタシは別にこのままで良いんだけどなぁ」
「いや、それは無理だろう?」
「無理ってなにが?」
本気で意味を理解していなさそうな元ニーナの様子に、常識的な知識も一部欠落しているのかと嘆きかけるが、これはここ数世紀に定められた新たな常識である事を思い出す。
しかし彼女なら、今ここで教えてもすぐに忘れてしまうだろう。
「なにか継続的な学習の機会で、一定以上の集中力を保てる方法…」
「あっ!そういえば前にトワちゃんにお願いした件は、どうなってる感じ?」
「その件は『自由への足掛かり』をダークとベリィに渡せば良いんだよね?」
「できればそこに、ソフランくんも追加してあげてくれないかな?アタシと関わって闇属性の魔法も使えるって事は、こっちのシナリオに変更させちゃったって意味だから」
「そっちは私も含めた四人で教師をして、簡略的ではあるが学園の授業の真似事をするつもりだよ」
勿論、常時生徒枠は多めに用意してある。
そう言い掛けて、やっと簡単なことに気が付いた。
「大差ない…?」
此処での常識に対して無知な生徒がもう一人増えようが増えまいが、此方側は対応可能だという事に。
「よし、今から貴女の名前はアトラクトだ」
私の声に魔力を乗せて言葉を紡げば、目の前の彼女との繋がりを僅かに感じ取れた。
「仮止めの状態だけれど、貴女に捧げた名前はまだ誰のモノでもなかった様で安心したよ」
「それってどういう意味…?」
「わかりやすく言えばリネームに近い行為だよ」
「はっ?!【ステータス】っ!…なんで…?!」
目を見開き暫く空中を見つめていた後、アトラクトは私へ顔を向けて、口の開閉を繰り返す。
「リネームはプレイヤーにも出来ないのに…」
「貴女は全てを惹き付ける強いチカラを持っているから、古語で引力という意味にしてみたんだ」
「とても素敵な由来だね、じゃないよっ!なんでリネームなんて出来るの!?」
「それは、私も権限を持っているからだけど」
「ハイッ?!」
素っ頓狂な声を上げたアトラクトに教えようと思うがーー
「…これ以上はまだ、秘密かな」
ーー手数は多いに越したことはないよね。
「それにしても、ベリィとオーロラは遅いな。悩み過ぎて倒れていやしないか、少し見てくるよ」
「ちょっ、アタシも行くから教えて!待ってよ〜!」
〜〜〜〜〜
「…あっ!トワちゃんが来たよっ!」
「ピュールちゃん、しっー!」
「我らが双子の寵姫達との再会!なんて素晴らしきな日なのだろう!」
「お前ら、静かにしてないとバレるだろ!」
階段を上がり廊下を歩いていくと、衣装部屋の出入り口付近の調度品に、小さな精霊王達四名が身を隠していた。
手乗りサイズになって花瓶の裏に隠れていても、その身から溢れ出る眩いマナの輝きのせいで、花瓶が光って見えて目立っている。
「あそこに居る精霊ちゃん達は、トワちゃんのお知り合い?」
そこそこ距離が近付いたのに立ち止まった私の視線の先を見て、流石にアトラクトも存在には気が付いたようだ。
「私もだけど、アトラクトも一応知り合いだ」
「アタシも?」
「トワちゃ〜んっ!」
立ち止まって話して近くまで行かない私達に痺れを切らしたのか、火の精霊王が勢いよく飛んで来る。
それに続くように保護者役の水の精霊王と大袈裟な風の精霊王も飛んできて、その後ろに地の精霊王ーーガイアも飛んで来る。
「ねぇねぇ、抱っこして〜!」
「ピュールちゃん、今は猫ちゃん達の番でしょう?久し振りね、トワ」
「私達の寵姫のトワ!それにレディも、今世も美しい魂の輝きだ!」
「…どうしてもって言うから、謝りに来た」
「ピュールは抱っこしないし、ネローも挨拶のビズはお断りするし、シルフィードは大袈裟に褒めすぎだし、ガイアは無神経だから近寄らないで」
「「「ガイア…」」」
「あの時は…無神経な事をメイに言って、悪かった…!」
メイからは全くもって気にもしていないと返事は聞いているし、私も精霊達に大きな恨みがある訳ではない。
「…ハァ。次はないからね?」
「分かっだぁ…!」
泣くくらいなら言わなければいいのに、だなんて考えていると、火の精霊王のピュールがアトラクトと私の顔を見比べていた。
「トワちゃんは受け入れてて、アトラクトちゃんは認めたくないで現実逃避してるのね!」
「えっと?アタシの名前は***だよ?…ぇ?」
「あなたは転生を終えているよ。ねぇトワちゃん、この子は元***ちゃんの方が正しいのかなぁ?」
「…ピュール。アトラクトはまだ記憶を…不完全に蘇った前世を知ったばかりで、仮止めの名前しか無いんだ」
「そっか!じゃあ、これからもよろしくね!アトラクトちゃんっ!」
「違っ、だから…っ!…なに、この感覚…?【ステータス】っ!!」
似たような存在はいても、全く同じ性質のモノは存在し得ない。
これは、創世神が決めた常世の理であり、ぽっと出の創造神とやらでも覆せなかったモノ。
「此方側へようこそ。アトラクト」
その常世の理は何故か、人類の個体名にも作用する特性をもっていた。
*****
「今日の座学はここまでだ。各自、予復習を怠らないように」
「やっと終わったぁ〜!」
「こら。アトラクトには補習の時間が待っているよ」
「嫌だぁあ〜ッ!!」
今日で十日連続補習行きになりトワちゃん先生に引き摺られ泣いているアトラクトちゃんには気の毒に思うが、ウチ達三人には補習を受けている時間など無かった。
衣食住を提供してもらっている好待遇ではあるが、もっと我儘を言えば、客人としての待遇を受ける条件の授業の時間がどうしても今はもどかしい。
運営からのイベント告知がきた数時間後、公式サイトに第一回イベントの景品一覧表が載せられた。
その景品の数々はプレイヤー達の間に衝撃と渇望を生み、最初は乗り気ではなかった初心者プレイヤー達や非戦闘員のプレイヤー達までもが熱気に飲まれていった。
「勝機が、ないっ…!」
熱気に飲まれたのはウチ達も例外ではなく、条件の授業が始まる直前まではそれこそ、ダンジョンに潜ってはリスポーン地点に上書きしたこのお屋敷の自室に死に戻りを繰り返していた。
そして授業が始まってからは外出自体が難しくなってきていた為、使用人さんに案内された講堂のような部屋で集まっては、目標の順位とそこに至るには実力不足な現状に打ちひしがれていた。
「うぐむむぅ…!」
どこの掲示板で情報交換を行なっても大半がガセネタで、残った信憑性の高い情報通りの最凶キャラも、今のウチ達三人の実力じゃあ勝てそうな見込みは全く無い。
三人がかりでギリ勝てそうなサポート特化キャラは、順位変動に関わらず撃破対象にはならない仕様にされているし…!
「結局はバトロワらしく戦えって事なのかっ!」
「それだと生産職などのプレイヤー勢までは楽しめないんじゃないでしょうか?」
「やっぱり、イベント本番までこれ以上の情報解禁は無しなのかも」
ダークが鋭い意見を言うけれど、ソフランの言う通り本番にならないと分からなくて、対策の練りようが無いのかもしれない。
「三人とも、夕食の時間にはなるべく遅れないようにね?」
「あ、トワさんとヴィオさん…」
「ダーク?なんで、そんなに弱々しい声してるの?」
ウチとダークのチュートリアルの最凶キャラがトワちゃんだった事は確定だから、ごまんといるプレイヤーに対してNPCのコピーは一人ずつだけ。
つまり仲間になる確率よりも、敵になる確率の方が圧倒的に高い…!?
「そうじゃんっ!トワちゃん達も場合によっては、敵の味方になるかもじゃんっ!」
ヴィオさん達も、いくらワールドシミュレーターが組み込まれたゲームだとしても、世界観構築の為だけのNPCにしては背景設定が細かすぎるから、今回のイベント後にお披露目される特殊シナリオのキーキャラクターなのかもしれない。
「ベリィ、僕達三人以上の手慣れでやり込んでるPS人外勢だとしても、数の暴力であったとしても。トワさんに誰かが勝利する光景なんて想像も出来ないんだけど…」
「それは…もしもの場合があるじゃん!」
「でも、最凶キャラを仲間にする方法が『強さを示す』だけなのは、おかしい気がするんですよね」
「電子コミックでは王道の展開だと思うよ?」
「拳を交わして始まる友情ストーリーとか、今でも見るよね?」
「それはベリィさんとソフランさんの偏見なんじゃ…」
「とにかく!上位入賞者百名限りに配布される引換券一枚は、全員が獲得する前提で計算しよっ!」
ウチが公式サイトの景品一覧表を紙に書き写しを再開すると、ダークとソフランも計算式を解いていく。
「引換券一枚につき100ポイントが必要で、僕達が欲しい景品はレア度表記の星の数と同じですので、一人800ポイント。合計すると…2400ポイント必要になります」
「いやいや、ダークの計算は遠慮し過ぎ。ダークが欲しい武器のガチャは600ポイントで30連のランダムガチャで、ソフランは600ポイントで20連の特殊装飾品ガチャが目標でしょ?残りが1200ポイントじゃ、ウチの狙ってる武器ガチャを80連も引ける計算になるし。お互いの利害が一致した上でパーティを組むからには不平等は嫌だから、ウチも600ポイントまでを目標にしたい」
「僕の狙ってる特殊装飾品ガチャは20連で天井だし、ダークくんはリアルラックもバグってる幸運体質だから心配はいらないよ?だけどベリィは…」
そこまで言って、ソフランは口を閉ざして視線を逸らすし、ダークにも視線を逸らされる。
「ウチが、なに?」
「…せめてベリィも、天井があるガチャを目標に引いた方がいいと思うけど…」
「そっ、そうですよ!ベリィさんも天井まで引きましょう!」
「むぅ…!」
絶対に運が悪いって思われてる…
「確かにウチはステ振りではLUK値は上げてないし、現実でも運ゲーは参加賞止まりの実力だけど!」
「そこまでは言ってないけど…っていうか、今までのソシャゲの引きは?」
「全部課金してたのっ!」
「…なんというか、ご愁傷様」
「書き写しと計算が終わりました!」
まるでタイミングを見計らったかのように、ダークが計算用紙にしたノートのページを見せてくれる。
「プレイヤー撃破につき10ポイントで、デスペナルティはプレイヤーに撃破された場合のみ20ポイント。イベント内限定クエストの達成報酬は難易度により変動して、年間パスをご購入されるとポイントは倍の数値になるらしいです。三人とも上位入賞者の100ポイントを獲得する想定で合計から300ポイントを引いた1500ポイントを三人で稼ぐとすると、特殊イベントは無いものとすると一人あたり500ポイントが必要なので、全員合わせて百五十人撃破したままデスペナルティ無しでイベントを終えるのが、最高率です」
「デスペナ無しで、三人とも上位入賞確定かぁ…」
「最新作のゲームソフト買うだけでもすっからかんなのに、これ以上運営はウチ達からマネーを搾り取る気かぁ〜!」
三人揃って机に突っ伏し、真っ白に燃え尽きかけた…
「ふっふっふ!少年少女よ、お困りかね〜?」
「アトラクトさん?!」
「最近ではアタシが振り回されがちだから、引っ掻き回しにきたよ〜!」
「それはウチ達が困るんだけど…」
「大丈夫!アタシの敵は運営の人間だけだからね!」
「でも、補習が終わるには早過ぎるような…?」
「気にしない、気にしな〜い!てな感じで、救世主、此処に見参!」
*****
「ダークくんとベリィちゃんは持ってるけど、ソフランくんはシナリオを変更させちゃったお詫びをしてなかったよね?」
ついさっき会得したばかりの空間魔法を用いて【収納】を発動させると、一見すると小さなメモ用紙にしか見えない物を取り出して、アトラクトは一枚紙を破ってからインクペンでさらさらと何かを書き込んでいく。
そして全て書き終えると、アトラクトの魔力が僅かに減った瞬間に、破った一枚の紙は光り輝き小さな長方形のプレートに変わる。
「てな訳で、無期限パスとテストプレイヤー権限を、ソフランくんにもプレゼントフォーユー!」
「光る紙、じゃなくて…金属の板?」
「違うんだなぁ、これは。まぁとにかく、インベントリに入れてみてよ!ねっ?」
「……あの、アトラクトさん?有料課金コンテンツのダウンロードを開始します…って、出てきたんですけれど…」
「テストプレイヤーの権限の分も容量空いてる?多分無期限パスの倍以上はあるから、処理落ちしないようにしたほうがいいよ?」
「容量自体はエゴカオ専用に買った機器なので問題な、い……えぇッ!?」
「よっしゃ!驚かせられたっ!」
「これって有料課金コンテンツの上位互換の非売品じゃん!それに、テストプレイヤーの権限まで優遇して貰うのは悪いよ!」
「まぁまぁ、これぐらい奢らせてよ〜!」
わちゃわちゃと戯れて、とても楽しそうなアトラクトを見ていると、心が癒されていく…
「姉上!探しましたよ…って、なんで部屋の隅で小さくなっているんですか?」
「アトラクトが私と一緒にいる時よりも生き生きとして、満面の笑みを浮かべている様子を見ていたら、動悸が激しくなってきたんだ」
「勉強嫌いな子どもなら、厳しい教師との補習時間よりも気軽に接してくれる年下の友達との時間を優先するのでは?」
「うぐっ!それは、まぁね…」
「アトラクト様達には僕が直々に常識は叩き込んだのですから、監視はもう必要ないです。それよりも、下っ端が本邸に居るので、手早く済ませましょう」
なんだか、久し振りに野生の感が騒いでいるような…?
「どうして使者が本邸に?何か新しい指名依頼でも言われた?」
「詳細は分かりませんが、書状一つで新入りが誤って招き入れたそうです」
もう、嫌な予感しかしない…
〜〜〜〜〜
「あぁ〜…」
最近は野生の感が働かないから、この予感も気の所為だと願っていたのに。
「トワイライト様?」
「いや。なんでもないよ」
そう言って、向かいに座った彼の私欲に塗れた顔を見る。
「ですが、先程より顔色が優れない様子ですが。何か此方側に不手際でもありましたでしょうか…?」
「だったら、一つだけ」
不安そうに形式としては聞いてきた彼の心境は、大体察している。
「こんなにも分かり易く視える使者を私達の元に寄越すとは、冒険者協会はいったい何を企んでいるのかな?」
「なっ!?」
驚いた声を出されるが、彼の表情は…
「正直に言うと、キミの性根が欲深い性質の所為なのか、表情すらハッキリと見えないんだよ」
「それは、冒険者協会に対する冒涜と認識しますが」
「揉め事を起こす為に駆り出される様なただの使者に、その様にだいそれた決断を降す権限がお有りでしょうか?」
「お前が昇進の為に立候補して此処の担当をもぎ取ったのも、僕達は知っている」
「…っ!そちらこそ、ただの侍女と従僕の関係の者なのでは?」
あぁ〜あ、言ってはいけないワードが今回も飛び出したよ。
「それでしたら、僕も役不足になってしまいますか?」
「ひっ…リリック辺境伯子息様…!!」
「申し訳ありませんが、姉上は少々体調が優れないのです」
「ど、どうか御慈悲を…!!」
「お引き取りを」
使者の欲深い彼は、今までの前例と同じようにして、マラカイトが空間魔法を応用させ編み出した魔法を受け、領地の敷地外の何処かへ飛ばされた。
「これで暫くはゆっくりと話せますね」
「いつもマラカイトにばかり嫌な役目を押し付けてしまって、すまない…」
「いいえ。姉上のお役に立てる事が、僕にとっての幸せなんです」
屈託のない笑みで言い切られると、やはり少しは照れてしまうな。
「トワってば、またニヤけてる…」
「マラカイト様だけズルいですよ!」
「だったらお前達も使えばいいだろう?僕より先に使えるならば、ですけどね」
この光景を見ていて、ニヤけるなと言う現実の方が悪い。
「そうだ、美形揃いな現実が悪い。私は悪くない」
「開き直ったぁ〜!」
「姉上ですから」
「トワお嬢様の隣は私のモノだなんて、恥ずかしいけど嬉しいです…!」
「あぁ。専属侍女はオーロラだけだよ」
その後、結局は思った通り、冒険者協会とはギルド越しに連絡のやり取りを行い、私以外の三名だけが後日収集命令を受けたのだった。
良ければまた読みにきてください!




