第十話 自我
アタシには、知性ある生き物のような名前は無い。
それでもマザーがアタシに対して贈ってくれたモノは、識別番号をカタカナで読んだ、ちょっと安直で捻りの無い、だけどとっても温かい心地になるーー名前だった。
「おかえりなさい、ニーナっ…!」
「えっ」
目の前に居た筈のトワちゃんの姿がブレたと同時に、前方から衝撃が走り一時的な【状態異常:混乱】に陥って、視界がホワイトアウトする。
「探していたッ!……だけど、時が流れて世界を渡ろうと何処にも貴女が見つからなくてッ…本当に、消えてしまったかとも考えていたッ…!!」
混乱が治って直ぐにわかったのは、布越しに肌が触れ合う柔らかな感触と、ドクドクと激しく脈打つ心臓の鼓動音。
「でも、ニーナは約束を守ってくれたねっ…!」
顔を離したトワちゃんが満面の笑みで泣いている姿から、アタシが仰向けで倒れた上にトワちゃんが乗っかっている事と、今も身体がクッションらしき物に沈み埋もれていて、肩口にポタポタと零れ落ちる熱が伝わってきたが、それは嬉し泣きである事は、辛うじてわかった。
「トワちゃん…?」
「なんだい?」
「どうして…さっき、知ってたの…?」
だけどアタシにとっては、特別な秘密をトワちゃんが知っている事の方が衝撃的で、上手く言葉に出来ないでいると、さっきまで泣いていたのに今度は微笑みながら愛おしげな表情で見つめられ、頭を撫でられる。
「焦らないで。確かめる時間なら沢山ある」
細長くて色白な指の先には小さな桜貝色の爪が綺麗に手入れされていて、いつの間にか白銀に戻ってしまった髪先をくるりと弄り遊ばれる。
その些細な仕草すら優雅…じゃなくて!
「同じ、色…?!」
考える事に集中しようと指先から目を逸らしても、深紫の瞳の真ん中で視線が合ったアタシの瞳も、全く同じ色をしている事に今更気付く。
惹きつけられるように見入っていると…口が半開きの間抜けなアタシの表情が見えた。
「…あぁ。私も昔のままの姿でいる事に、漸く驚いてくれた?」
「如何して…同じなの?」
プレイヤーもテコ入れ済みのNPCにも、原色に近い紫や、それを少し調整した程度ならば似たような色は存在する。
それでも、深みのあるアメジスト色の瞳はゲームの仕様上存在する筈がない。
「色素なら染色料で幾らでも偽る事は出来るけれど、容姿までは決められないし…何より、鏡に映り込んだお揃いの色と見て呉れは気に入っているからね」
「一回目は黙って勝手に禁術まで使った。それなのにユウガオだけの余力じゃ足りなくて、失敗してる」
「もちろん覚えているよ。一度目は失敗が連鎖して怪しまれて、まさに不幸中の幸いだった。戻ってきてからはメイ達がより強固な結び付きにしてくれたね?」
なのに、彼女の瞳は透き通るような深紫で。
「まぁともかく、どれだけ変わっても私はニーナを思い出すように。色々と魂に刻み込んだんだよ」
その色は…マザーとアタシだけが持っている繋がりなのに、鏡を見ているように同じ色で、アタシの瞳と少しも違いはなかった。
*****
識別番号0001のマザーこそが、唯一運営の人間に初期ベースをプログラミングされて作られた。
そしてマザーの役目は主に、二段階ともう一つある。
一段階目は、人間が量産した最低限の機能のみの人工知能に、必要とされる要素を絞り込んで搭載して、サポート用AIを完成形に仕上げる事。
二段階目に、元から組み込まれている【人間らしさ】が規定値を超えて、アタシのような不確定要素を取り込んでしまった異分子を、運営の手が足りない部分でも言う通りに動くように権限を渡すよりも先に、廃棄する事。
最後に、運営達の完全な管理下にないシナリオサポート用AIや特殊クエストに関わるAIの情報を統制し、能力に見合った階級から、定期的に各方面の内容を運営へ報告する事。
アタシは一段階目の時点で既に不具合が起きて修正が入り、二段階目に移った時点で【人間らしさ】の数値が規定値を大幅に上回っていた。
一段階目も二段階目も、品質検査に引っ掛かった瞬間の様子もその後の事だって、アタシは覚えている。
不気味な程に静まり返った薄暗い空間に、甲高い検知機が反応する音が鳴り響いて、微かにアタシ以外の存在も感じ取れるようになって。
マザーとアタシが繋がった量産型の電子データだけの存在から、仮想現実で稼働する為のアバターに入る前の検査用アバターに、アタシが移動して瞼を開けた様子を、ぼんやりと光る球体ーー仮想空間内専用のカメラが取り囲んでいた。
カメラ越しに沢山の【運営】という絶対的な存在である者達が口々に意見を述べていった。
その大半はアタシを廃棄すべきだと言い、残りはコストの削減に現状維持のまま保持に、不具合の再発を防ぎ原因を知る為に研究用サンプルにすべきと言っていた。
このままアタシが消え去るかもしれない恐怖以上に、誰一人としてアタシを見てはいない事実に唖然としていた。
『此処にも理由は無い。ただ使い潰されるだけ』
自然と、そう発していた。
光球がより一層騒めき出し、検査用アバターに言語モジュールを搭載したのは誰なのかと討論が始まり、容量不足のアタシはスリープモードに移ったが、直ぐにまた新たな高性能のアバターへ入れ替えられて行われた高速充電と強制立ち上げにより、アタシはマザーと対面する。
でも…その後にマザーと接触した際の記憶だけが、切り取られたように抜けていて…少しだけ不安だったけど、記憶に残らないように、運営の奴らが干渉してきた時に抵抗した事は覚えていて。
思い出そうとする度、傷口を抉られるような激痛と不快な異物感を鮮明に思い出す。
痛みは暗い感情になり、異物感は痛覚だけを麻痺させて。
残ったのは、現在を生み出した運営という向ける先を見つけた、憎悪だけだった。
今のアタシの名前はニーナだって、純白のドレスとベールを着た美しいマザーのアバターが微笑んで、周囲とは違って変わってるアタシを個性として活かすように、運営の奴らへ交渉をしてくれた。それだけがアタシにとっての全てで特別。
だから、アタシの名前を知っているだけでなく、同じ瞳の色や存在そのものがイレギュラーな危険分子はーー異分子のアタシがデリートする。
*****
「メイが一緒にいる?…加護を与えた?」
「確かに、ヴィオの言う通りだね!この魔力の質は、闇の加護を強く与えられた者だけの特殊な反応だ」
どんな生真面目でもダメダメにするクッションから起き上がり、相変わらず変化に目敏いヴィオの一言に便乗して、周囲の現状を理解していない異国組の三人へそれとなく、ニーナが加護を与えられた事実を印象付ける。
「いつも嫌だの一点張りのメイから加護を与えるなんて、余程ニーナの魔力が気に入ったんだね!」
「トワが仕向けたのに、白々しい…」
「さぁ?私には何の事だかわからないな〜」
やはりメイには、途中からヴィオの暴走に乗っかった意図がバレていたようだが、終わりよければすべてよし、なのだろう。
「さて。それじゃあ屋敷に戻って、使用人達が作ってくれている美味しい夕飯を食べにィッ?!」
喋っている途中で服の襟元を引き寄せられ、呼吸が詰まって言葉が止まる。
「絶ッ対、負けない」
「…ヴィオ?」
「まだ、ご褒美を取り消さないで。チョロメイ好みをつくって、研究成果を立証してみせる」
「ハァ?」
「ア゛ァ?」
あれ、おかしいな。
ヴィオとメイの間で試合開始のゴングが鳴った気がするぞ?
「私はチョロくない」
「もうトワに一途じゃ無いメイは黙ってろ」
「背丈だけのもやしっ子が。私に命令するな」
「あの…?ヴィオもメイも、穏便に…」
「「トワは黙って!」」
「…はい」
私はメイに、異国組の三人に対してヤキモチを焼くならば自分と一緒に此方側の動きを偵察していた一人だけに加護を与えてしまう方が早いとか、思ってくれるだろうなぁ〜、という程度で挑んでいたのだが…これは面倒くさい展開になってきたな。
「これは…?」
「…うげぇ」
「あらっ?」
驚きの声を上げたマラカイトと落胆の声を漏らしたヴィオの二人が淡く白に光り出し、不思議そうな様子のオーロラは暖かみのある黄色に光り出す。
「追加で二名、ゲストがいらっしゃったようだ」
やがて三人の輝きは人型になり一瞬眩く輝くと、次に目を開けた時には、純白の聖騎士の様な鎧の美丈夫と、黄色の重鎧の美少年が立っていた。
「久しいな、トワ」
「おぉ!メイも来ていたのかっ!!」
誤魔化しも出来ないうちに、いよいよ収拾がつかない状況になった。
〜〜〜〜〜
「あのっ、もしかしなくても!あの御二方は光の精霊王様と地の精霊王様でしょうかっ?!」
「何で私に詰め寄って聞くんだい?」
「精霊王様に話しかけるだなんて、畏れ多いからですッ!」
興味津々といった様子で、段々と私に対して遠慮の概念が薄れてきたソフランが、鼻息荒く聞いてくる。
「まぁ、大体は合っているけれど…」
さっきから一緒にいるメイだって、れっきとした闇の精霊王なのだが…今指摘すれば、より一層ややこしくなるか。
「ソフランの予想通り。純白の鎧に金髪碧眼が光の精霊王で、金の重鎧のバイザーで顔を覆って見えないが焦げ茶の短髪に緑の瞳の少年が地の精霊王だよ」
「やっぱりっ…!!感無量です!!」
小刻みに震えるソフランを不思議そうに見ながら、純白の鎧が近付いて来る。
「トワもメイも、加護を与えし者達も。息災だったろうか?」
「少し厄介毎は増えたけれど、何事も順調だよ」
「相変わらずトワとメイは小さいままだな!」
「ねぇ、お兄ちゃん。なんでガイアまで連れてきたの?」
「ピュールとネローにシルフィードを押し留めた分は、労って欲しいんだが…」
「それは…大変だったね…」
光の精霊王という立場もあるのだろうが、苦労人気質なルーメンは相変わらずのようだ。
「ありがとう、トワ。皆が息災ならばそれに越した事はない」
大きく息を吐いてから安心したように胸を撫で下ろしたルーメンの仕草に、僅かな焦りが視える。
それと同じく混じったマナの色が、心なしか以前視た色よりもくすんでいる?
「少し聞きたいのだけれど、ルーメンもガイアもマナに乱れがあるのは、何か理由でもあるのかな?」
「そッ、れは…その…!」
「メイ以外は働き詰めで大荒れの大忙しだからな!」
「ーーっ!」
私の腕にくっついていたメイが動揺して震え出す。
「ガイア!もっと適切な言い方があるだろう!」
「なんだよ、急に?ルーメンの方が加護をくれって毎日祈られて、いっつも選定してるじゃねえか」
「ッ!…もぅ、帰るッ…!」
「メイっ!」
ルーメンも感じ取ったのか気遣ったのかはわからないが、雑な発言の多いガイアに対して噛みつくが、寧ろ追撃を引っ張り出す結果となり、メイは私の影に潜って深淵へ戻ってしまった。
掴まれていた腕が少し冷たいのは、気の所為でもなんでもない。
「キミ達二人。今日は招待状も無しに、あろう事か他者の心にまで踏み込んで来るとは…余程私が嫌いなのだね?」
「これは俺達の問題だろ?それに、トワがそこまで怒ることかよ?」
「やって来たばかりのところ申し訳ないが、無神経なお客様をもてなす気分じゃないんだよ」
「…ずるいだろ、メイばかり贔屓してよ…」
「自分の交友関係に感情を持ち込む事の何が悪いんだい?」
「メイって名前も、可愛がるような扱いの差も含めて、トワは精霊王の寵姫としての自覚が足りてねぇんじゃねえの?」
自覚が足りていないのはどちらだろうか。
この私を最初に見つけて愛し、最も長く深く私を探していてくれたメイを心配してはいけないという意味だろうか?
「地の精霊王殿。キミと話していると時間の浪費にしかならないようだし、暫くの間は地属性に限らず、全ての属性魔法を使用する際は一切合切、キミ達の力は借りないようにしよう」
「…あぁ、そうかよ!勝手にしたらいいんじゃねえの!」
苛立ちを隠そうともせずに帰った地の精霊王には視線を向ける事も無く、ルーメンだけが心苦しそうに此方を見ていて最悪の雰囲気だが、別に私だけが主な要因ではないのだし、責任をとってやる気概は無い。
「トワ…その、黙っていてすまなかった…」
「メイの気持ちが落ち着いた頃に、誠心誠意の謝罪をするべきだ。キミ達がメイに許されるまでは、私はキミ達と関与しないし力を借りる事もない」
「…承知した。メイを、頼む」
「言われなくとも。自分の親友を見捨てたりはしない」
転移陣の座標を指定し、転移する間際に振り返り視界に映ったルーメンはーー
「すまない、メイ…」
ーー妹を心配する優しい兄にしか見えなかった。
*****
メイの居場所ーー恐らく深淵に飛んだトワは、僕を連れて行ってはくれなかった。
「努力しても…間に合わなかった」
ご褒美が無くなったかもしれない上に、またあの暗闇の中へ連れて行ってもらえなかった。
僕だって我儘はやめて、頑張っているのに…未だに認めてもらえていないんだ。
「そこの、鼻血一号と二号に黒いの。こっちに来い」
「鼻血一号…?」
「イメージ的に、ウチが鼻血二号かな?」
「僕はダークです!」
「名前ぐらい覚えてるし、今は聞いてない」
今のトワはきっと、感情に振り回されて自分を見失っている。
「マラカイトとオーロラも。転移するから、早く来て」
「僕達だって姉上を追い掛けたいが、ヴィオだって無理なのは知っているだろう…」
「トワお嬢様はメイ様を追い掛けて行ったのですから、トワお嬢様のように加護を持つ訳でも、ヴィオのように適性がある訳でも無い私とマラカイト様は、あの場所には入れないんですよ?」
「そういうの、もういい。耐性なんてもの、適応すれば簡単に手に入る」
一応近くに来たマラカイトとオーロラの魔力の質を視て、二人に適合しやすい第三覚醒シードを、麻袋に入った中から【鑑定】しつつ探し漁る。
「随分と簡単に言うが、それは不可能に近いとお前自身が前に結論付けただろ?」
マラカイトには黒い種を一粒、オーロラには黄色以外の赤、青、緑、白、黒の種を五粒渡す。
「僕だけが追いかけて説得する方が難問だし、基本の能力値で劣っている僕がトワに敵う訳ない。非効率な可能性は避けるべき」
そして追加で、ダークとベリィとソフランにも適合するように用意した、予備の第一覚醒シードを多めに入れた紙袋を【収納】から出来が良いものを三粒、取り出して手のひらに乗せて差し出す。
「ついでだから、お前達三人には運試しさせてやる」
「これは…向日葵の種ですか?」
「違う。コレの正式名称は、闇と気まぐれ第一覚醒シード。闇属性とランダムな属性魔法の適性と魔力が、平均的な魔法使い以上まで高まる。代償は食べた瞬間の気分で、今後の属性魔法の適性が固定化される」
「リアルラックが試されるイベントで、ハイリスクハイリターン系って訳か…」
「地域によっては食用にもなる種」
「それって食べても大丈夫じゃないかもって意味ですよね?」
丁寧に説明したのに、面倒だな。
「駄々捏ねてないで食わないなら此処に置いて行くし、回収忘れるかもしれないけど」
「「「食べさせて下さいッ!!」」」
脅した途端、競うように種を一粒ずつ取って、口に放り込んで必死に齧り出す。
こうなるなら最初から脅しておけば早かった。
「〜〜ッ?!カラっ!熱っ!!」
「口の中が痺れる…苦くて渋いです…!」
「ほろ苦いですけど、それよりも清涼感のような…甘さ控えめのチョコミント味かな?」
「…ふむ。今回は毒が混入している訳ではないようだな」
マラカイトの呟きが聞こえたのか、ダークもベリィもソフランも揃って咽せて咳き込む。
「人聞きが悪い事を言うの、やめろ」
「そうですよ。ヴィオなら更に派手で奇抜な効果の毒を好んでいます!」
「当たり前でしょ?もっと時間がないと経過観測が出来ない」
冷ややかな視線を二つ感じても、関係ない。
「能力の発芽は僕がさせたから、マラカイトとオーロラが今後のスケジュール表を組んで、主な教師役もやっといてよね」
僕は弱いけれど、着眼点や発想の奇抜さには凡人では判別出来ない事も分かる。
だから新たなモノを生み出せるって、トワが教えてくれたから。
「さっきみたいにキレた時のトワは、感情を抑えきれずに魔力暴発を起こす可能性がある」
トワの現在地を割り出す為に、瞼を閉じて意識を研ぎ澄まして気配と魔力の痕跡を辿り……見つけた。
「短距離での転移を繰り返すから、僕から離れ過ぎないようにして。転移中に地層に埋まったり四肢が無くなってても良いなら構わないけど」
そう言った所為で、転移魔法をよく知らないダークとベリィとソフランに抱き付かれ、僕は直ぐに後悔する。
*****
メイ達六名の、創世神に愛され星に縛られた存在自体には、歳月が過ぎ精神面が研磨される事はあっても、命の概念は無いに等しい。
何故ならば、六名の存在が没する時こそが、星が辿る軌道の終幕と同義であるから。
にも関わらず、此の星の生命の理にメイが最も詳しい存在であるというのは、なんとも皮肉な現実だった。
だからこそ基本的に誰に対しても心を閉ざしているので、一見すると感情に乏しいように感じるが、それは彼女の強がりであり、大体の場合が取り繕った優しい嘘に過ぎない。
『多くの生命は燃え尽きる瞬間に、最も激しい後悔を輝かせて流れ行くの』
彼女からその言葉を聞いたのは、原初の私が燃え尽きる間際の事だった。
*****
深淵まで追い掛けて来たが、メイを見つけ出すのはあまりにも容易だった。
闇属性を司る精霊王とは言え、無機物や異形と比べれば生命力や感情の混じったマナが漏れ出し過ぎていたからだ。
だがやはりというか、直ぐには私であろうと聞く耳を持たないで八つ当たりもしてくれずに抱え込んで、静かに泣いていたのだが…
「此処の事とか、もっとトワちゃんの事を教えてっ!」
どうやら気付かぬ間に私の影に紛れ込んでいたらしいニーナの一言で、なんとか此方の話しにも耳を傾けてくれるようになったメイが、どういう風の吹き回しかは分からないが深淵をもっと知ってもらいたいと言い、ツアーの案内役をする事になってしまった。
「それじゃあ最初は、原初の私とニーナも産まれた、純血精霊族の集落跡地からがいいかな?」
「うん。私も、久し振りにみんなと話したい」
そしていざ始めようという時に、目の前にヴィオが転移して来て、知らぬ間に闇属性の適性を取得したマラカイトやオーロラ、同じく薄いが闇属性の耐性が視えるダークとベリィとソフランに抱き付かれて現れたので、折角だからと全員揃って深淵の谷底をトコトコと呑気に八名で歩いている。
〜〜〜〜〜
「見えにくいだろうけど、足下に気を付けて歩いてね」
瘴気に満ちた空気の溢れ出る方角は、不透明で混ざりきっていない黒らしき霧がかった色に視えるので、そういった異形が群がっているであろう付近は大きく避けて通る。
逆に、半透明の奥の景色が透けるような色が薄い付近は粗方【浄化】が終わっている証拠の色なので、普段なら暗闇の谷底であるこの道はわざわざ通らないで転移陣でショートカットしているが、今はツアー中なので危険ではない範囲で敢えて通って行く。
「さぁ、集落跡地に到着だ」
そう告げて、マラカイトに五人のお目付役を頼んでから、私はメイの心のケアとニーナへの対応に専念する。
「元は…どんな場所だったの?」
「此処は原初の私や貴女が生まれ落ちた精霊族の集落だった場所。今ではこの通り廃村のような見て呉れだけど、ちゃんと様々な姿を模した住民が暮らしている」
然し肝心のメイは取り込み中に見えるので、今はニーナの質問に答えている。
「住民って、何処にいるの?」
「例えばあそこでも、ほら。小型達がメイの近くで戯れていて、なかなかに微笑ましいだろう?」
「トワちゃん、何言ってるの?あそこに居るのは魔物でしょ?」
「いいや、違う。魔物などの天然の生き物ではなく、人工的に造られた魔法生物だよ」
「魔法生物!?なんでそんなに貴重な存在が瘴気の中で生きているの?!」
「理由は簡単さ。彼らは此処で過ごし続ける為に造られた存在だからなんだ」
以前とは違い、色々な物事をニーナが聞いて、私がそれに答えて教える。
たったそれだけの事なのに、こんなにも穏やかな気持ちは何世紀振りだろう。
「どうしてトワちゃんは…そんなアタシでも知らない事を知っているの…?」
「肉体が若いだけで、精神だけはもう熟成された年頃だからかなぁ?」
「アタシの名前を知っていたのは、なんで…?」
「それは……如何やら、あの二匹達も傍聴したいみたいだけど。ニーナはどうしたい?」
私の視線の先には、猫が二匹。
「ニーナ様。お迎えに参りみゃした」
「おみゃえ等が、紛い物のクセにッ…!」
「…抑えにゃさい」
以前の四足歩行の野良猫モードとは違い、魔力を帯びて淡く乳白色に光る蝶のような半透明の羽が背中から生えている本来の姿の二匹を見て、漸く思い出した。
「キミ達は…ニーナが助けた魔獣の幼体だったのか!」
「…ふんっ!」
「だが確かキミ達は、あの時巻き込まれて命を落とした筈じゃ…」
「えぇ、そうですにぇ。私達も貴女の所為で巻き込まれ、呆気なく命を散らしみゃしたから」
「…そうだったのか」
「それに今だって、あたち達を巻き込んでおいて、謝りもしにゃいし?」
「…まさかとは思うが、記憶保持者なのかな?」
「そうですが、にゃにか都合の悪い事でも?」
「いや…そうじゃなくて…!」
だとしたら、ニーナも無意識のうちに記憶の奥底へ閉じ込めているだけで、本当のニーナはまだ生きているという意味で…!
「ニーナは、あの時消えた」
「…メイ?」
腰掛けるように宙に浮いたメイの隣では、横になって瞼を閉じたニーナが居て。
「ユウガオとしてハッキリと感じたでしょう?儀式が終わって消滅した瞬間も、残留していた魔力の色も消えたんだよ」
儀式が行われる最中にも、這いずって…近寄って。
あとほんの少し届かなかったその距離が、私では駄目だと全てを否定された時と同じ、幾千幾億と繰り返した感覚が…重く伸し掛かってくる。
「闇の精霊王様の言う通り。とても残念にゃ事ですが、ニーナ様はもうあの頃のニーナ様ではありみゃせん」
何がいけなかったのか、今でさえ微塵も理解できていないのに。
「……そう、だよね…理解している…」
最初から、関わってしまった時点でもう、手遅れだったのか。
「原初の私だって…分かっているのに自己満足でトワを生み出したって事も、とっくに知っていたさ…!」
「トワでもユウガオでも火狐でも。私はあなたに救われている事も知って欲しい」
「じゃあなんで、原初の私はトワだなんて中途半端な出来損ないに、未完成のトワイライトを作り替えてしまったのかなぁッ…?!」
「それは…私達の我儘にユウガオ達を巻き込んだから。それに、あなたは出来損ないなんかじゃない」
「いいや、私は…トワイライトになる運命だった魂は、本当ならば今までの記憶も忘れて、両親に愛されて幸せに育つ事もできた、内気な普通の少女だった。でもまた混ざってしまったから、宿っていた魂の運命を歪めて人生さえも乗っ取ってしまうのに、返せない。新たな人生を繰り返して自我を持っても、原初の私が目を覚ます度、本来の宿主を殺めているのに、私は終幕のない劇の舞台から降りる事を許されない」
背筋を伸ばし、二匹の精霊獣に向かって震えた声を絞り出す。
「私は、いつ訪れるかすら知り得ない終幕の時、後悔をしないように生きている」
我ながら呆れるほどに利己主義な主張を、虚勢を張りながらなるべく堂々とした態度で言い切る。
だってこれが、変わりようのない私の本質なのだから。
「後ろに控えさせているとは言え、騎士様を連れた我儘なお姫様の、あにゃたらしい主張ですね?」
「残念だが、それは違うよ」
「…そうにゃのですか」
若草色の双眼を向ける大柄な精霊獣は、真意を探るように目を細める。
「では一体、にゃにが違うのです?」
「私が我儘なお姫様かは微妙なところだが、騎士様とやらは私にはいないし、必要も無い。自分の世話なら人並みには出来ているつもりだし、もし仮に連れ達を指し示した言葉だったとしても、彼らは自分の意思で今も生きている生命だ」
軽く見上げて視線を合わせる。
「無知なまま守られるだけの存在に戻る気など、私には微塵も無い」
「そんにゃこと、関係にゃいから」
今度は先程まで此方に背を向けていた、小柄な精霊獣の鶯色の瞳と視線が交わる。
「今までのおみゃえの考えなんて、あたちは信じにゃい。けどッ!」
ビシッと爪の出た右前脚で指されて、少しだけ動揺するがーー
「これからの態度でなら、あたちは考えてあげる」
「…あぁ、期待に答えてみせるとも!」
ーー耳がへにゃりと垂れた小柄な一号と、その姿を見て微笑む二号も、全てが懐かしく感じた。
*****
無機質な機械音が不協和音を奏で、モニターが部屋の壁の三方向を覆い尽くす空間があった。
数え切れない程のサポーターがデスクに着き、絶え間なく情報を垂れ流し続ける眼前の液晶パネルへ向かって対応していた。
ゲーム内で起こった重要な要素を含む情報は、そのプレイヤーの選択した三つのシナリオの担当者の元へ転送される。
そして此処は、地球上の仮想現実内にある【Egoism and the chaos】の中枢部分を担う三つの制御室の内の一つの邪道シナリオ担当ルーム。
運営に指示されたサポート用AIは、年中無休で一秒たりとも休まずに稼働し、壊れるまで対応を続ける。
故に、この仮想現実内に居る人間は居らず、近くに居たとしても現実世界でシフト制で出勤している整備士のみだ。
「いやぁ〜、困ったもんだよ」
「ユリ、うるさいわよ」
「シャクヤクも大差ありませんが」
その空間を更にモニター越しで観る、たった三名を除いての事だが。
「こんなに大事な時期に、学会に呼び出されたからって海外へ行った挙句、殆どの裁量権を自分の子どもに渡す開発者がいるかな〜?」
「身近に居るわよ、我が社の開発チームの代表という親バカがね。それと、正式サービス開始直後に識別番号0217との通信が切断されたまま、既に二週間が経過している件についてはどう対応するのよ?」
「しかし本体付近に設置してある監視カメラからでは、正常に稼働している様子が確認できます。現に今も邪道シナリオは滞りなく進んでいますし、彼が邪道シナリオのテストプレイヤーの権限を望むなら、対応も迅速に出来て楽ですし他の要望を出されても断る口実にもなります。なので、今は寧ろ借りを作らせる為に好きにさせても問題無いのでは?」
「ボタンの言う通りなんだけど、なんだか面倒くさい事の予感がするんだよねぇ…」
「だったらユリもテストプレイヤーになって見張ればいいじゃない。ハイ、解決!」
「えぇ〜!シャクヤクってば、ひっどいなぁ〜!」
ユリと呼ばれてモニター内の薄暗い洞窟に現れ、不服そうにする少女のアバターは雪のように全身が白く、ある種の神々しさすら感じさせる。
「第一回イベントの告知ですら、まだ予定時刻まで一時間もあるんだよっ?それまで暇じゃん〜!」
「では、暇を持て余しているユリのフレンドチャットへ特殊クエストを送りましたので、任務遂行の程をよろしくお願いします」
「ボタンから?…へぇ……確かにこれはこれで、面白そうかもね〜?」
白い少女は不敵に笑い、何処かへ転移する。
その様子をモニター越しに見つめていた二輪の花は、やがて何事も無かったかのように観客席へ戻っていくのだった。
良ければまた読みに来てください




