深夜ドライブ
その日は、毎日のように続く深夜の残業で溜まるストレスを発散するため、趣味の深夜ドライブをすることにした。
目的地は特に決めず、街から離れ、田舎の峠道を速度をそこまで出すわけでもなく安全運転で少し長めの距離をゆったり走るといった。他人が聞けば
「それのどこが面白いの?」
と言われても仕方ないような、そんな内容のドライブだ。
だけど街灯もない田舎の峠道を車のライトだけを頼りに走っていると、たまに出くわす猪や狸。
それらが急に道路に飛び出してくるのではないか…と考えるだけで内心ハラハラドキドキとしたスリルを感じる事が、自分なりの変わった肝試しみたいに感じちょっとしたストレス発散になっている。
「しかし…ここまで暗いと、野生動物だけじゃなく本当の幽霊にも出くわすかもしれないな。」
もしくはハンドル操作を誤ってガードレールに追突…なんてこともあり得るかも。
と注意していれば起こりようのない馬鹿らしい事を妄想しながら車内が1人なのもあってか、ついついそれを言葉に出す。
今日は特に、仕事が終わるまで小雨が降り続く日だったせいか、今走っている道は薄く霧がかかり、いつも以上に道路が見えにくくなっていた。
幽霊などを連想しても仕方ないような不気味さを感じてもおかしくないと思う。
ーーー
あれからどのくらい走らせただろう。
最初に峠道に入り出した時の緊張感も慣れてきたのか少しだけ、暇を持て余してきた…。
『さて、曲も終わった所で、次のコーナーに行こうと思います♪今回のコーナーは、夏も近いてきたということで定番の『怪談コーナー』(パフパフパフー)♪』
そのせいもあってか車のスピーカーから流れるラジオの音に自然と耳を傾けている自分がいた。
『このコーナーはですね。リスナーの方が体験した!もしくは友達から聞いたなどの実話ネタを自分が読み上げていこう…と言った内容なんですね。というわけでお便りどしどし受け付けてますのでリスナーの方は積極的に参加してくださいねー♪
……というわけで皆さんのお便りを待っている間に、前もって受け取っていた実話ネタから読み上げていこうと思います。
では…リスナーネーム□□さんからです。ありがとうございます。
こんばんはいつも楽しく視聴させてもらってます。……今からお話しするのは、今働いてる飲食店のマスターから教えてもらったんですが、そのマスターのお店によく食べにくるトラックの運送業の方が話してた実話だそうです。
その方がある日、深夜2時くらいに○○市と○○市を結ぶ峠道を走らせていた時の話…』
(…えっ?)
ラジオパーソナリティが今話した場所は、ちょうど自分が今走っている峠道のことだった…。
たまに利用しているこの道にそんな話があったこと自体知らなかった自分は、思わずラジオに意識が向いていく。
話の内容としてはこうだ…。
深夜2時にこの峠を走っていると、道の途中に子供連れの女性が道の端に佇んでいた。
…何でこの時間のこんな場所で?と不思議に思ったトラックの運転手は、車を停めて、その女性に近づいていくと「何かあったのか?」と話しかけた。
女性は「○○市まで乗せていってください」と返事を返してきた。
その方向は、ちょうど運転手が向かっている方向なのもあってか「良いですよ。」と快く引き受け、その親子を後部座席に乗せると、○○市へと向かうことにした。
ーー
大人しい親子なのだろうか…道中…なんとなく運転手は、親子に話しかけてみたりするが、母親が簡潔な受け答えをするくらいであまり話が続かない。
拾った時間や場所もあってか、念の為運転手はルームミラーでチラホラ後部座席の親子を確認したりする。
子供はあった時から下を向き続けているので、運転手は、顔を見ていないのでなんとも言えないが先程の母親を見た感じ『幽霊』という感じでも無いだろう。まぁ深夜だから眠くて静かなだけだろうと思ったのがその時の運転手の感想だった…。
しかし、その運転手の考えは○○市に着くあたりで裏切られてしまう。
目的地までもうすぐという所で、再度ルームミラーを確認した所…その親子は忽然と姿を消していた。
慌ててトラックを止めて改めて確認し直すもやはり姿が見えない…まだ仕事は途中だ…これ以上親子を探しても仕方ないだろうと運転手はそのままトラックを走らせることにした。
「あれはやはり幽霊だったんだな。」
と運転手はその後、飲食店のマスターに語ったという。
なお、この話はそれだけでは終わらない。
その後も同じ場所と同じ時間で、その親子に○○市まで乗せてもらえないか?と話しかけられる車の運転手が増えていったのだ…。
あまりにもその話が多く広まり、そこはよく使われる道というのもあってか仕方なく市役所が動くことになった、警察、消防団も巻き込む形で…。
結果はすぐに出た。
その親子が出てくる範囲を中心に捜査してみると近くで親子のものだと思しき骨が発見されたのだ…。
これはその当時の地方紙にも掲載されるほどの事件となった。その後の調査はどうなったかは分からないが、発見後。その親子の霊を見る運転手はいなくなったという…。
『へぇー新聞にまで掲載されたというのは凄いですねー!』
読み終わったラジオパーソナリティは驚きながらその感想を述べていく?
自分も、話を聞き終わった後、軽く安堵した。
なにせちょうど今走ってるのがその道なのだから仕方ない…。
(時間帯もちょうど同じ位だから初めは焦ったけど、事件が解決してるなら安心だな。)
少しラジオに意識を向けすぎたかもしれないと、まだ残る怖さを紛らわすつもりで運転に意識を戻すことにした。
「……だけど…何でそんな場所に親子の骨があったんだろうな?」
何となくよぎった疑問が言葉として出る。
…
『…事の始まりは…夫の借金でした……』
…!?
突然、スピーカーから流れる声が男性から女性へと切り替わった事に驚く。
(えっ!?なに!?次の話に移った?手紙を読み上げる人は、いつ変わったんだ?雰囲気作りのために変わったのか?)
『返さないといけない借金の額の多さ…私達の周りには、助けてもらえそうな知人や親戚などはいません…どうすることもできない私達は…夜逃げするしか……いや…』
次のリスナーの手紙を読み始めるタイミングを聞き逃したせいなのか…どうしても、今語られている話の内容が、自分には不気味に感じてくる。
車の運転に集中していた意識は、また自然とスピーカーの,方へと引き戻されていくーー
『一家心中するしかないと思いました…。』
ぶわっ!
全身に鳥肌がたつのがわかる。
『…最初は…まず…子供から殺しました…苦しまないように…睡眠薬を飲ませ寝ている間に首を…「ごめんね…ごめんね…」なんども謝りながら手に力を込めて絞め上げていきました…幸いだったのが、あの子は表情は苦しみに歪むことはなく…ゆっくりと息を引き取っていきました…。』
親子の霊の姿を想像してしまう…いや、あれはさっき解決したと言っていたはずだ…。
『…次は私です…私は夫にロープで首を絞めて貰うようにお願いをしました…なぜなら子供を殺したのは私なんだから…その罪を償うために、少しの時間でも苦しまないといけない……首に巻きつくロープは…ギチギチと絞め上げる音を鳴らします。……私はその音を聞きながら、きつく絞め上げられる苦しさに手足をバタつかせ……息を引き取りました…。』
…そうだ!あの話は、母親と子供の霊が出る話じゃないか!
この話は一家心中の話。それなら最後は
『…最後は、夫です。私は死ぬ前に言いました…「私と貴方の子供が死ぬのは全部貴方のせい…私が死んだ後、貴方はその罪を償うためにもっと苦しんで死んでくださいね」…私は彼にそう伝えると家から持ってきた包丁を手渡しました…。』
そう、これがさっきの話の続きなら、あの時3人の幽霊がでないと…
『……だけど彼は…。』
「…えっ…?」
『…彼は…私が息をひきとると…怖くなったのか…そのまま走って逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃逃逃逃逃げ逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃逃げげげげげげげげげげげげげげげげげげげggggーーーーーーーーーェエー(ブツッッ!)…
ザッ…
ザーーーーーーーーーーー…』
気づけばスピーカーから流れる音は砂嵐の音に変わっていた…。
走りながら聴いていたと思っていたが、車もいつの間にか路肩によせて停めている。
気づけば自分は、何もせず真っ直ぐ前だけを見つめて放心したまま座っていたようだ。
(…砂嵐…ラジオ放送…終わったのだろうか…。)
目は自然とプレーヤーに向かう。
(…えっ?)
ディスプレイに表示されているラジオの周波数がおかしい事に気付く
(そっか…今思い出した…そもそもラジオの周波数設定…初期設定のままじゃないか…だって)
ーー普段、俺が運転中に聴くのは音楽だけで、ラジオとか聞いた事がないのだから…。
車内のルームミラーの位置を変える、今は後部座席を見る気にはどうしてもならない…ウィンカーを出しながらまたゆっくりと車を走らせていく…。
車内にはスピーカーから流れる砂嵐の音が響く。
CDプレーヤーを触る気にも勿論ならない…。
疲れからなのか脱力した身体の重さが全身にかかるのを感じながら、自分はゆっくりと家に車を向けた。