彼の決断と彼女の真実
ジェイムスは困惑していた。
家族の仇を討つために、決死の覚悟で臨んだ戦い……
ようやく仇の元へ辿り着き、いざ勝負と相成る筈だった。
だが、今のこの状況はなんだ?
ドラクロワの挑発が、あまりにも度し難かったとはいえ、その挑発に乗り、激昂したことがいけなかったのか?
知らないうちに幻でも見せられていたのだろうか?
この世の物とは思えない、美少女が出てきた時には、その姿で獲物を欺く、妖魔や淫魔の類かとも思ったが、どうやらドラクロワの娘のようだ。
なにやら、ドラクロワの戯事にあった、語尾にマーメイドをつける挨拶について、自分は違うのだと釈明したいらしい。
だが正直今は、そんなことはどうでも良い……。
出来ればお近づきになりたい……。
(……って、いやいや、何を考えているんだ私は!? まんまと敵の術中に嵌まってどうする?
おのれ! ちょこざいな!!)
――危なかった……。
敵地で気を緩めることとは、それ即ち、次の瞬間には死んでいてもおかしくない、非常に危険な行為。
ジェイムスは、そんな致命的な隙を晒してしまった己を戒めると同時に、まだ生きている幸運に感謝する。
――だが、どういうことだ?
隙を見せてしまったにも関わらず、敵の攻撃が始まる気配がないと思えば、逆に敵側であるはずの娘が、父親を攻撃するという、摩訶不思議な光景。
それになにやら、ボロクソに文句まで言っているではないか……。
一通り言い終えると、今度はこちらにウィンクをしてくるし、本当に意味が分からない。
……可愛い結婚したい。
仇を討ちに来たはいいが、ワケが分からないうちに、その相手が倒されてしまうという、釈然としない状況に鬱念とするも、家族の無念を晴らすことに比べれば、己の矜持など安いもの――とジェイムスは考える。
ドラクロワを殺すという、点で考えれば、寧ろ好機とすら言える状況なのだ。
そう……目的を見失うな。自分は何をしに来たのか――という話だ。
だが問題は、娘の目の前でその父親を殺すという、非道な行いに手を染めなくてはならないことだ。
自分だって、家族を殺されたからこそ、ここへ来たというのに、同じ想いをこの娘にさせると言うのか……。
しばし悩んだ末、ジェイムスが出した答えとは――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
“彼”は逡巡していたようだが、仇討ちを続行することに決めたようだ。
「こいつは君の父さんかもしれない、でも私の家族の命を奪った憎き仇なんだ。
だから、君には悪いけど仇は取らせて貰う」
そう告げ、踞るドラクロワに近づこうとする。
普通であれば、父親が殺されそうになるといった、身を裂かれるような悲惨な光景。
しかしラキュアは、そんな一大事において、なんともお気楽なことを考えていた。
――正確には、彼が自分に対してどう思っているかは分からない。
ただ時折見せた、蕩けた顔付きから考えて、少なくとも容姿については良く思ってくれているのだと思いたい……
いいや違う!
「あの顔は、絶対に付き合いたいと思っている顔だわ!」
――などと、不安を己に都合の良い妄想で塗り潰すことにより、心の安寧を守っていたのだ。
そして次第に、無意識下でそれが真実だと思い込んでゆく。
……やはりメンヘラって怖い。
ラキュアの中での現状の認識はこうだ。
彼が自分に好意を向けてくれているのは、とても嬉しいのだけれど、そんな心惹かれる相手に批難されることも厭わずに、仇討ちを強行しようとするだなんて、やはり彼の家族に対する愛は相当に深いのだ――そう考えていた。
家族を想うなりふり構わない姿勢に、再び胸が高鳴り、牙がキュンッと締め付けられる。
だがしかし、ラキュアとて大切な家族を奪われるわけにはいかないのだ。
こちらが先に彼の家族を殺しておいて、虫の良い話だとは理解しつつも。
「こんなやつでも、一応大切な家族なの。
殺したいならまずあたしを“倒す”ことね。
言っとくけど、あたし、パパより強いから」
なんとか平静を装い彼の前に立ちはだかると、抵抗の意思を告げる言葉を紡ぐ。
彼に復讐を諦めさせつつ、和解する方法を必死で考えながら……。
声が震えてないだろうか?
「やりたくはないが、邪魔をするならまず君から“倒す”までだ!」
そう返す表情が苦渋に歪んでいることから、彼も葛藤と戦っていることが窺える。
(~っ! ……本当に彼はいい男……
もうあたし、我慢できるか分からないよ……)
そんな彼の健気さに、「押し倒されるのは大歓迎!……ってアホか!!」――などと、馬鹿なことを考える自分にツッコミを入れつつ、ラキュアは胸のときめきが加速していくのを押えられなかった。
今すぐにでも彼に飛びかかって、首筋に牙を突き立てたい衝動に駆られる。
だが吸血鬼にとってその行為は、彼の家族が自分にしようとしたこと――同意を得ない相手を無理矢理犯すこと――と同義であるため、なんとか思い止まる。
……いいや、ちょっと待って。
ひょっとして、彼は自分の家族が自分にしようとしたことを、知らないのかもしれない。
ならば、それを分かってもらえれば、或いは……。
それどころか、いくら愛する家族とはいえ、自分の好きな女の子を襲おうとしたと知れば、彼は大きく動揺するだろう。
そして、その心の隙を突けば……ムフフ♡ ではないのだろうか!?
どうしてそのような発想になるのか、甚だ疑問ではあるが、ラキュアはそう方針を固め、次の句を告げる。
観念したかのように見せかけて、上せた頭を静めるため、頭を掻きながら。
彼に気があることを悟られないために、気怠い素振りを見せる狙いもあったのかもしれない。
いい加減、素直になればいいのに……。
「あたしとしても、あなたを殺したくはないのよね。 だからこれからする話――あなたの親父と兄貴の最期――を聞いて、それでも気持ちが変わらないというのなら、相手になってあげる」
「どういうことだ?」
話を聞いてもらえなければ、せめて血ぃを味わって隷属させよう。
我慢できずに全て吸い付くして、部屋に飾るハメになるかもしれないけれど……。
そんな打算的なことを考えもしたが、やはり彼は乗って来た。
それはそうだ。敬愛する家族のことなのだから。
「聞く耳はあるみたいで良かった……
なら言わせてもらうけど、あなたの親父と兄貴はとんだ好色でね、どう警備の目を掻い潜ったか知らないけど、アタシの部屋に夜這いをかけにきたのよ。
うさぎ小僧よろしく、ほっかむりまでしてね!」
「そんな馬鹿な!」
「まあ聞いて……
そこをパパに見つかって『マーメイドクラッシャー』を喰らったってわけ。
特にサードマンとかいうアンタの兄貴は酷かったわ。
ルパソみたいに服を脱ぎながら空中で平泳ぎして、アタシに飛び掛かってきたところを、ダイレクトに『マーメイドクラッシャー』だもんね。プププ……
あっ、ごめん、笑っちゃ悪かったかな?
でも、一方的にパパが悪いわけじゃないってことを分かって欲しくて……」
“正当性”とまでは言えなくても、こちらの言い分も訴える必要があったとはいえ、愛する家族を奪ったのみならず、その家族を貶すことは、彼に悪印象を与える悪手と言えるだろう。
そればかりか、出鱈目を言っていると、捉えられてもおかしくはない。
だが、ラキュアには策があった。
もしそれが真実だと知れば、彼の衝撃は計り知れないだろう。
そして復讐どころではなくなり、落ち込んでいるところに、優しくしてあげれば……
恩も売れるし、“ミステリアスで思わせぶりな、大人の女性”も演出できるかもしれない。
(我ながら完璧な作戦! フフン……吸血鬼の秘術を嘗めるなってね)
……この期に及んで、自らは直接アプローチせずに相手からさせる――という形に拘るラキュアであった……。




