何この独りよがりなツンデレループ
――何かおかしい……。
姿勢を正してベッドに横たわり、ドキドキしながら、王子様の到来を心待ちにするラキュアであったが、周りの喧騒が収まってなお、一向に部屋のドアノブが動く気配がしないことに、焦燥を覚える。
焦らしプレイか? 或いは方向音痴か?
……って、そんなわけがあるはずもなく、当然の結果としか言いようがないのだが、ドラクロワとラキュアとでは、今現在の事態への認識に、大きな隔たりがあった。
ドラクロワにとって、今しがたの人間と配下達との戦いは、さしずめ勇者が魔王と相対する前の前哨戦――といったところだが、あくまで魔王遊戯という、“ごっこ遊び”と認識しているのに対し、ラキュアの中では、囚われの美女を救い出すために、王子様が奮闘している――という設定のはずが、己の願望が先走りしすぎて、真実へと認識がすり替わっていたのだ。……メンヘラって怖い……。
待ちきれなくなったラキュアが、再び『遠見の術』で、先程のイケメンの様子を窺ってみると、なんと大広間で、ドラクロワと対峙しているではないか。
とてもじゃないが、信じられなかった。
人魚姫顔負けの、自分の魅力が、あの厨二親父に劣ることなど、有ってはならないことだ。
それなのに――
「どうして……どうして、パパなのよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
激情に任せて、傍らの王子抱き枕を、力任せに引き裂くラキュアであったが、同時に、急速に気持ちが冷めていくのを感じる。
(あたしったら、一人で盛り上がっちゃって馬鹿じゃないの? どうせ今までと一緒で、アイツも運命の人じゃなかった――というだけの話でしょう? だから、あんな見る目のないヤツなんて、パパに殺されちゃえばいいんだ)
――などと、心の中でついた悪態とは裏腹に、ささっと身なりを整えて、現場に急行してしまうのは、落胆の中に、未練がましい期待が燻っているから――だろうか?
誰が見ているわけでもないのに、なんだか、凄い辱しめを受けているような気になる。
「あんなヤツ、血ぃ吸い尽くして部屋に飾ってやるんだから!」
自分では制御できない、不安定な情動に抗うように、再び強がって見せるも、だんだんと、そんな自分が情けなく思えてくる。……だけど気になる。
そんな収拾のつかない思考が、頭の中をグルグルと、堂々巡りしているうちに、気付けば、なにやら話し声が聞こえてくる。
知らないうちに、大広間のすぐ外まで、到着していたようだ。
(よかった……まだパパに殺されていない)
――って、なんでアイツの無事に、安堵しているのか?――と、頭を振りつつ、中の様子を窺おうと、入り口の大扉へと忍び寄る。
激しい風雨の音と、時おり響く雷鳴から、屋敷の外は嵐だと分かってはいたが、普段は大して気しない騒音が、今はなんとも煩わしい。
――突然だが、ここで『遠見の術』について説明させてもらうことにしよう……。
『遠見の術』とは、その名称の通り、離れた場所の映像を、術者の眼前に投影し、視ることができる――といった便利な術ではあるが、万能なわけではない。
音声まで拾うことはできないし、効果範囲も、術者を中心とした半径5キロメートルまでと、限られているのだ。
……話をぶった斬ってしまって、申し訳なかったが、つまりは、ラキュアがジェイムス達の会話内容を知りたいのであれば、自分の耳で聴くしかない――ということだ。
(五月蝿いわね! こんな時に何なのよもう!)
悪天候に、そんな身勝手な苛つきを覚えながら、ラキュアは大扉に寄りかかるようにして、中の様子に聞き耳を立てる。
――すると――
「たしかに父上は亡くなったさ。今際の際に、貴様のことを語った後でな!」
「なんだと!?」
「“父上”が言っていたよ。貴様の秘技とやらは、掌で相手の顔面を掴み、持ち上げると同時に生命力を抜き取る技だと。
そのまま奪った生命力を炎に変換し爆発させた後、余剰のエネルギーで強制転移させるものらしいな。
秘技というだけあって、恐ろしい技だ……
だが、転移先は指定できるわけではなく無作為のようだな。
運命の悪戯か父上は、空の彼方、海底、石の中、ましてや異世界――などでもなく、私の元に転移してきたというわけだ」
「ククク……クハハハ! そうか、そういうことか。合点がいったぞ!
だがしかし、我が秘技を受けて数刻とはいえ生き永らえるとは、“リオン”のやつも大したものではないか!
ククク……クハハハ……クアーハッハッハ!」
――といった、会話を聞き取ることができた。
ドラクロワの高笑いが喧しくてウザいし、話の流れも良く分からないが、“リオン”という名前には聞き覚えがある。
この間、夜這いをかけてきた、下衆親子のオッサンの方だ。
会話の中から『マーメイドクラッシャー』を喰らったことが読み取れるので、本人で間違いないだろう。
加えて、“アイツ”がリオンのことを父上と呼んだことから、彼はリオンの息子――同時にサードマンとかいうクズ野郎の兄弟であることが、予想される。
(え? アイツってあの下衆親子の家族だったの?
じゃあ、アイツも似たようなクズってこと?)
――などと、戸惑いながらも、ラキュアは先程『遠見の術』で垣間見た、彼の戦いぶりを思い出す。
リオン達が姑息にも、コソ泥のように忍び込んできたことに比べ、彼からは、何かの情念に突き動かされるように、堂々と挑んで来るような――そんな覇気を感じた。
そこまで考えたところで、あることに気付きハッとなる。
アイツがこの館を訪れた理由――
それは“眠れる美女”を救い出すためなどではなく、家族の仇を討つためだったのだ……。
ラキュアは思う。
ママは、衰弱して早くに亡くなってしまったけれど、もし誰かに殺されたのだとしたら……絶対何が何でも、その相手に復讐するだろう。
殺されたのが、厨二病を拗らせたような、寒い親父だったとしても、きっと答えは同じだろう。
……言っては何だが、アイツの実力では、パパには到底敵わないだろうが、それがどうしたというのだろう?
大切なのは、愛する人を想う心であって、勝てるだとか勝てないだとか――ではないのだと。
家族を想う気持ちはきっと、自分もアイツも同じ……。
それなのに勘違いして、王子だのなんだのと、舞い上がってた自分が、堪らなく恥ずかしくなり、ラキュアは自分の顔が、カーッと熱くなるのを感じた。
同時に胸が高鳴って、牙がキュンッと締め付けられる感覚を覚える。
(もしかしてアイツって……
いいえ……、彼っていい男かも……)
人魚姫や眠れる美女とは、ストーリーは違えど、こんな出会いも有り寄りの有りなのでは?
――などと性懲りもなく、ラキュアは、会ったこともない相手に、そんなことを思い始めるのであった。
……先程まで「あたしったら、一人で盛り上がって馬鹿じゃないの?」
などと、仰っていたお嬢様は、いったいどこへ行ってしまわれたのだろうか……。
なんの気なしに、『遠見の術』などという、危険な術を出してしまったがために、作中でガバを修正する説明を、入れるハメになってしまいました。
そして、全然進まないストーリー(笑)




