復讐鬼と魔王と眠れる美女
――ここで『マーメイドクラッシャー』の概要を簡単に説明しておこう。
どこにマーメイドの要素があるかはお花畑に置いておくとして、『マーメイドクラッシャー』とは、顔面を掴んだ相手を力任せに吊り上げると同時に、吸血鬼の特性を活かして生命力を奪う。
奪った生命力をそのまま炎に変換、爆発させた後、余剰のエネルギーで相手を強制転移させる――といった技である。
なんともコスパの悪そうな技だが、相手の生命力を利用する分、意外とそうでもなかったりする。
もっとも、無駄が多いことに違いはないのだが……。
だが、ポイントはその無駄部分であり、強制転移により奇跡的に四男ジェイムスの元へ転移したオッサンは、今際の際に、“どこで” “誰に” “どんな技を喰らったのか”――を伝えることができたのだ。
こうして、父達の醜悪な一面を知らず、盲目的に敬愛していたジェイムスは、大いに憤慨し家族の仇討ちを決意することとなる。
因みに、ジェイムスが所属するロバーン帝国と、隣国のムテ王国との国境には、広大な樹海が広がっており、そこを突っ切る形で街道が通っているのだが、ドラクロワの館は街道から視認することが可能な、比較的目立つところに存在している。
その上で無人の廃墟とされているにも関わらず、冒険者や旅人の中継地点、或いは野盗の根城になったりしないのは、ちょうど国境線上という微妙な立地のため、おいそれと手出しができない不可侵地帯――というのは名目であり、実際のところは、踏み入って生きて帰った者がいない『帰らずの館』と呼ばれる、超危険ないわく付きスポットとして悪名高いからだ。
だが、そのような理由で怯むジェイムスではなく、寧ろ、誰かの助けを借りる――といった、甘えの選択肢が端から無いことが、一段と彼を奮い立たせる要因となっていた。
また、剣士としての腕前には、たしかな自信があったし、自分より実力が上の父と兄が敗れたとはいえ、技のネタが割れている相手に、遅れを取るつもりなどなかった。
どのような技名かまで、聞き出すことはできなかったが、その技を相手から引き出すことさえできれば、技を見切った隙に、必殺の剣技がヤツの首を獲る。
「首を洗って待っていろ、ドラクロワ。決して生かしてはおかんぞ!」
必勝の戦略を得たと言わんばかりに、意気揚々と『帰らずの館』へと歩を進めるジェイムスだったが、見たこともない技を、聞いただけでどう見切るのか甚だ疑問であり、そもそもが『帰らずの館』と呼ばれる程の難所である。
強力な死霊や魔物の軍勢、トラップ等の障害が待ち受けている可能性は充分に考えられ、ドラクロワの元まで無事に辿り着ける保証など一切ないにも関わらず、そういった不確定要素を考慮しないばかりか、周りの制止の声にさえ耳を傾けないあたり、彼もまた、些か頭がおめでたい人物――と言わざるを得ないだろう。
だがしかし、館に足を踏み入れるや否や、ドラクロワの配下の魔物達がジェイムスに襲いかかるところまでは、地の文さんの指摘の通りであったが、それを鼻で嗤うかのように、危なげなく敵を打ち倒していくジェイムス。
いったい何がどうなっているというのか?
剣士としての実力に自信がある――と言うだけあって、シンプルにジェイムスが強いのか?
はたまた、物語のご都合によるものだろうか?
……まあ……たしかにそれもあるだろうが、ドラクロワの配下達は、吸血鬼の配下というだけあって、人狼、人虎、人獅子、人豚頭(ワーオーク?)、羊駝男――といった、精強な“種族”ばかりだ。
いかにジェイムスが、ちょっとばかり強いからといって、果たして一人の人間が彼等を相手に無双できるものだろうか?
――もろちん(もろちん?)それには理由があり、今でこそ不可侵地帯と呼ばれるこの館も、数百年前までは、人間による侵攻が度々あり、その都度その全てを単独で殲滅していたドラクロワは、次第にこんなことを考えるようになる。
降りかかる火の粉を払うこと自体、特に嫌いではないが、それにも少々飽きてきたことだし、ドラマ性が足りないのではないだろうか? ……と。
――ならばこういうのはどうか?
侵攻してくる人間共と戦わせる手勢を用意し、その戦いの様子を酒の肴に、悠々と敵を待ち受ける。
そして、見事 己の元まで辿り着いた勇者と雌雄を決する――といった魔王遊戯。
「クハハ、実に良いではないか!」
そう思い立ったが吉日。
ドラクロワはさっそく、そこら辺から魔物達を取っ捕まえてきては、力ずくで隷属させ、屋敷への侵入者があれば、排除するようにと命じたのである。
当初は、頻繁に開催されていた楽しくも刺激的な魔王遊戯。
しかし悲しいかな……。
人間の侵攻がなければ、成立するはずもなく、時の流れと共にその頻度は減少していくこととなる。
そして、魔王遊戯が開催されなくなってから数百年――今に至るまで魔物達は、ローテーションによる完全週休2日制、社宅提供、三食昼寝つき――といった、思いの外、福利厚生が充実した快適な雇用環境にどっぷりつかり、野生としての誇りを失っていったのである。
――要するにだ……いかに種族として精強であろうと、飼い慣らされて弱体化した魔物など、毎日訓練を欠かさないジェイムスにとっては、物の数ではなかった――というのが真相である。
ジェイムスが「俺TUEEEEEEE!!」と、気持ち良くなっている頃、自室にて、何やら部屋の外が騒がしいと察知したラキュアは、「もしかしたら王子様の到来かも!?」 と、ワクテカしながら、『遠見の術』で、その様子を盗み見る。
「ふーん、顔はちょっと好みだけど、所詮は弱っちい人間だしなー。あたしってば、守ってくれるような強い男が好きなんだよねー」
誰に向けての強がりかは謎だが、発言とは裏腹に、内心「キタコレー!!」と、歓喜していたラキュアは、ベッドに横たえてある、王子抱き枕に飛び付き、噛み噛みしながらゴロゴロと転がる。
「……ふう……いけない、いけないっと♡」
暫く悶えた後、ある程度落ち着いてきた彼女は、自ら考えた“眠れる美女”の設定通り、王子様がキスで目覚めさせてくれることを信じ、狸寝入りを決め込むのだった……。
地の文を含め、頭おかしいやつしか出てこないことに気づきました(白目)