運命を信じて20年
どこか古めかしい意匠の、真鍮作りの三連蝋台に灯された光。
最低限の淡い照明ではあるものの、ときおり揺れる炎は、仲睦まじく同衾する母娘を優しく見守っている。
「――こうして、王子様とお姫様は末永く幸せに過ごしました。
……おしまい。
さあ、ラキュアちゃん、そろそろお眠の時間よ?」
「えー? やだー。 ラキュアまだ眠くないもん。次は人魚姫のお話がいい」
就寝前の娘に母親がおとぎ話を聞かせているようだが、娘はまだ眠れないようだ。
「ほんと、ラキュアちゃんは人魚姫のお話が好きね。
でも、今お話した白馬の王子様のお話も好きなんでしょう?」
「うん、どっちも好きー。でもママはもっと好きー」
「……もう、ラキュアちゃんたら欲ばりさんね。
じゃあ約束……。
人魚姫のお話が終わったら、ちゃんと寝ること」
「やったー」
そう約束を取り付け、愛おしそうに愛娘の髪をなでると、母親は枕元に設置された簡素な本棚から、件の人魚姫の童話を取り出すのだった――
「それでは始まり始まり。
色とりどりのお魚さん達が自由に泳ぎ回る、綺麗な珊瑚礁に囲まれた人魚の国がありました。
その国の中央には立派なお城が聳え立っていて、人間界に興味津々な好奇心旺盛な人魚のお姫様が住んでいました――」
娘は、わくわくした面持ちで、ピョコンと出した指で布団の裾を掴みながら、話に聞き入っている。
人魚姫の物語の続きの概要はこうだ。
――人間に化け、護衛もつけずにお忍びで港町に遊びに来ていた人魚姫は、その美しさ故、ならず者の格好の的であった。
案の定、襲われそうになる憂き目に合うも、通りすがりの旅人に助けられる。
姫を守るも負傷を負った旅人を看病するうちに、彼女には種族間を超えた恋心が芽生えるのだったが、人魚が人間に化けていられるのには限界があり、国にも戻らなければならなかった。
傷がすっかり癒え、旅を再開する男と泣く泣く別れる姫であったが、城に戻っても日々考えるのは、自分を助けた男のことばかり。
募る想いを抑えきれなくなった姫は、男を追うために深海の神と、ある契約を交わす。
しかし地上で旅をするということは、人魚にとって生命を削ることに他ならない。
やっと男と再会できた頃には、姫は心身共にボロボロになっており、おまけに男には心に決めた女性がいて、旅の理由はその女性にプロポーズするのに相応しい贈り物を探すためだったと伝えられる。
姫の正体にも気付いていたようだ。
男に海に帰るよう促される姫であったが、せめて男の愛の結末を見届けて祝福したいと伝える。
姫の後押しもあり、男は贈り物を携えて、その女性の待つ故郷に帰郷するも、あろうことか女性は既に他の男と結婚していたのだった。
嘆き悲しむ男を慰め支えたいと考える姫であったが、一人にして欲しいと告げられ、目を離した隙に、男は海に身を投げてしまう。
ついぞ、男の心に触れられなかったと悟った姫は、失意の中、彼の亡骸に泣きすがりながら、海の泡となって消えていった。
姫の健気さに心を打たれ、哀れんだ深海の神は、彼女の魂を拾い上げ、夜空に輝く星に変えたのだった――
――人魚姫の物語――
幼子に聞かせるには、少々救いのない悲恋の物語であると言えよう。
だが、娘はこの物語が大好きであった。
「ここで問題です」
「……ううん? な~に~?」
人魚姫が男を探すため、国を出奔するところまで、物語を読み進めた母親は、一旦話を切り、出題をする。
娘は良い感じに微睡んでいるようだ。
「人魚姫は可愛いから、野蛮な男共が放っておかないし、現に物語の中でも襲われていたでしょう?」
「……うん」
「だけど、姫が男の元に辿り着けたのは、深海の神との契約で、ある加護を授かっていたからなの」
「…………うん」
「その加護とは、姫が見つめた相手に、深海の神の力を纏わりつかせて、身動きを封じるものなの」
「………………う……ん」
「姫はその加護を使って、ならず者から逃げるのに役立てていたのだけれど、後にその加護は何と呼ばれたでしょうか?」
「……すぅ、すぅ」
「あら、寝ちゃったみたいね。じゃあ、物語と問題の続きはまた明日」
そう囁き、母親はそっと愛娘の額に口付けをした。
どこにでもある、幸せな家庭の一幕。
だが、この母娘に関しては、その幸せは長くは続かない。
なぜならば、彼女らは吸血鬼だからだ。
吸血鬼と聞くと、人間の血ぃを啜り、生命の糧にしているという認識だろう。
だがそれは、半分正解で半分間違いだったりする。
種族名の由来にもある通り、吸血鬼は人間の血ぃを吸うが、それは古代の吸血鬼であり、近代の吸血鬼は血ぃを吸うことはできても、積極的にそうしないことは、あまり知られてはいない。
というよりは、絶滅したと認識されている。
永い年月を経て、生物が環境に適応、進化するように、それは吸血鬼とて同様。
永い迫害の歴史から駆逐、淘汰されていく中で彼らは、血ぃを吸わずに、生物、或いは大地から、経口接種を介さずに生命力を得る術を学んだ。
要は、人間を殺さなければ良いのだ。
殺ったら殺られる、殺らなければ殺られない。そういうことだ。
だが、一度植え付けられた恐怖と脅威は、同種族ですら、肌の色や出自が違うだけで差別、迫害する種族から払拭されないことは、歴史から鑑みて当然と言えるであろう。
したがって、この母娘の幸せが続かないというのは、外敵による蹂躙かというと、実はそうではない。
元より、種族として人間より強靱な吸血鬼ではあるが、それはあくまで個体レベルとしての話。
種族全体としての強さ――繁殖力――で考えるのであれば、圧倒的に人間に軍配が上がるだろう。
では、繁殖力で劣る彼らが淘汰されないために選んだ進化とは、同じく繁殖力を高めることだったのであろうか?
否、答えは全くの真逆であり、個としての強さと寿命を更に高める方向性であった。
吸血鬼は子を産む時、代々受け継ぎ、長い寿命で培い練り上げてきた力を子に宿すため、その割合にもよるが、出産した母親は長く生きられないケースが多いのだ。
娘が産声を上げた瞬間、絶大な魔力を感じ取った母親は、種族の集大成と言われる程の隔絶した力を持つ父親をも、我が子が上回ることを確信し、大いに喜んだ。
だが同時に、それは逃れられない死が訪れる――我が子の成長を見届けられない――ことを意味し、本能的にそれを察知した彼女は、隠れてさめざめと泣いたのだった。
地の文さんの前置きが長くなってしまったが、つまりはそういうことだ。
――そういった歴史があるからこそか、本能的に吸血鬼の愛は深くて重たい。
成長したラキュアが、未だに人魚姫の物語が好きなのも、愛に命をかける姫の姿にシンパシーを感じたから――かもしれない。
実の父親が、最愛の妻を失ったショックから重度のドタコンと化し、娘の好きな人魚姫の物語に因んで、敵の頭を掴み宙吊りにする力技に『マーメイドクラッシャー』などとミスマッチな命名をしたり、挨拶の語尾に「いただきマーメイド」「行ってきマーメイド」などと、無理矢理マーメイドを被せる壊滅的親父センスで、美しくも儚い人魚姫物語の雰囲気をぶち壊しにしたり、
剣どころか武器すら使いもしないのに『呪いの魔剣士』を自称し、重度の厨二病を拗らせようと、突き放すことができないのも、親愛という種族の呪いに縛られているから――かもしれない。
身のほどを知らないゴミのような人間が、絶対に敵わない厨二親父に勝負を挑んだ時、その動機が家族の仇討ちだと知った瞬間、ドキがムネムネしてキュンがキバキバするくらい心惹かれてしまったのも、彼の家族を想う姿にあてられてしまったから――かもしれない。
その後、彼の頬に口付けまでして、思わせ振りに好意をアピールしてしまったのも、他種族を愛した人魚姫と自分を重ねたくなったから――かもしれない。
要するにラキュアはチョロかった。
――少々話は遡るが――
ラキュアは解せないでいた。
引き籠る前は、ならず者に襲われ運命の人に助けられる――というイベントを信じて、アクティブに人間の街に繰り出していたものだが、襲われはするものの、運命の人は一向に現れず、ならず者達を半殺しにする日々が続いていた。
めげずに10年程、粘りはするものの、やはり運命の人は現れない。
それもそのはず、いくら見た目が良くても、出会って5秒でナンパ野郎を半殺しにするような化物を、誰がどう助けるというのか?
そもそもラキュアにとって襲われるとは、声をかけられ半径1メートル半の制空圏に侵入されることを指す。
哀れにも彼女に興味を持って近付いた男達はもれなく、田んぼに植えられた稲穂のごとく、頭から地面に突き刺さることになるのだ。
何この無理ゲー!?
こんなことでは、10年どころか、100年続けようと、運命の人が現れる可能性は皆無!
しかし、ラキュアはなぜ上手くいかないのか分からない、ポンコツ仕様であった。
自分で言うのもなんだが、美貌は人魚姫に負けない自信があったし、彼女のように地上で活動できる時間制限もないし、おまけに強い。
いったい何がいけないというのか?
いやいや、答えは明白。
脳内お花畑のくせに、物騒過ぎるのがいけないのだ。
例えるのならば、いくら花が美しかろうが、殺人蜂が飛び交う花園に、「私は一向にかまわんッッ」などと言って近づく物好きがいるだろうか?
否、お花畑に強さは不要!!
だが、それが分からないラキュアは、「もしかしたら、か弱いアピールが足りなのかも?」と、微妙に惜しい結論に辿り着き、男達の好奇の視線に辟易していたこともあって、自宅に引き籠もる――という本末転倒な作戦に出るのであった。
名付けて「窓際のか弱い令嬢に王子様が会いに来る~~アナタの庇護欲を刺激しちゃうぞ♡ 作戦~~」とかなんとか。
……言っちゃなんだが、上手く行くわけがねー!
そして、また10年が経過するも、当然王子様は現れなかった。
その代わりに頻繁に現れたのは、愛娘にかまってほしくて仕方のない、呪いの魔剣士(笑)のみである。
腹いせに魔剣(士)を地面に突き立てたラキュアは、今度は広報力が足りない――ということに思い至り、マーメイド親父の配下を使い、国境を跨ぐように分布する樹海に佇む屋敷に、眠れる美女が囚われている――という眉唾な噂を、近隣の街に流す作戦に出るのであった。
名付けて「王子よ急げ!!~~森の先で花が震え、君を待っている♡ 作戦~~」とかなんとか。
広報の甲斐があってか、今度は1年と経たないうちに、来訪者が現れることとなる。
しかしそれは、決して王子様と言える代物ではなく、レディの寝室に忍び込み凌辱しようとする、下賤の輩共であった。
「ヒュー、噂と違い美女ではなくとも美少女とは、なかなか乙なおもてなしじゃねえか!
若干詐欺だが寧ろ俺の好みど真ん中に炸裂っていうかぁ?
悪いが親父ぃ、これは俺が先に味見をせざるを得ないなぁ!」
「……うむ、それもまた良し」
どうやら親子らしいその二人組。息子は、感嘆の声を上げ、父親は鷹揚に頷く。
親子愛というものに絆されやすいラキュアではあったが、このような爛れた親子関係を見せられては、反動で、より嫌悪感を覚えるしかない。
「……親子でシェアとか、キショすぎ最低なんだけど?
どうして生きていられるの? 神様の失敗作なの?」
「ハッ、ほざけ! すぐに忘れられない名にしてやるぜ。
このサードマンの名をなぁ!」
蔑んだ目でラキュアに罵られたことが、寧ろご褒美で興奮を覚えたのか、サードマンと名乗った男は
「フオオオオオオオオッ!!クロスアゥッ!!」
と、謎の掛け声を発したかと思うと、瞬時に甲冑と服を脱ぎ捨て、宙を平泳ぎするようにパンツ一丁で彼女に飛びかかっていく。
衣類をワンタッチで脱ぐというキモすぎる妙技に少々肝を冷したが、ラキュアは余裕を持ってそれを迎え撃つ。
(パパと比べたら、こいつらの動きって遅すぎるのよね。ほら、まだあんなところを泳いでる)
射程距離に入った瞬間、ど頭かち割ってやろうとも思ったが、その前にそのど頭を鷲掴みにする影が、彼女の前に立ちはだかった。
愛娘の寝室に忍び込んだ賊に、怒り心頭のドラクロワだ。
「我が至高の秘技に自ら飛び込んでくるとは、なかなか殊勝な心がけではないか」
「だからなによ、その技名」
ドラクロワの掌に掴まれたまま、ジタバタともがくサードマンをよそに、ラキュアは嘆息する。
「フッ、我が愛娘よ。
ラキュアの大好きなマーメイドの名を冠した必殺技なのだが?
どうだ? 格好いいだろう?
徹夜で考え――」
「馬鹿なの? 死ぬの?」
何気なく会話をしている吸血鬼親子ではあるが、そのダサい技名がかえって残酷と思えるほどに、『マーメイドクラッシャー』は着実にサードマンの命を蝕んでいく。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
変態仮面に成敗される下着泥棒のごとき悲鳴を上げ、炎に包まれたサードマンはそのまま爆散する。
――その後はもはや流れ作業であった――
まず、腰を抜かし床を濡らすオッサン(リオンと言うらしい)を無理矢理立たせ詰問する。
氏名、住所、家族構成、職場の所在地、役職、を聞き出し、騎士の家系だと分かるや否や、騎士の立ち振る舞いとはなんたるか――を説教し始めるドラクロワ。
呪いの魔剣士(笑)に説教を垂れられる騎士とはいったいなんなのか?
その後、汚れた寝室をきっちり掃除させ、闘技場に連行した後、騎士の立ち振舞いとやらに則って、名乗りからやり直させる。
オッサンは酷く怯えていて、なんとか逃げる隙を窺っていたようだが、それは叶わない。
並の吸血鬼ならいざ知らず、ドラクロワとラキュアは吸血鬼の中でも特別中の特別。
二人からすれば、それなりに鍛えた上位クラスの実力を持った人間程度では、いくら奮闘したところで、ナメクジが這っている程度にしか感じないだろう。
成すすべなくオッサンは、『マーメイドクラッシャー』の餌食となるのである。
要するに、普通に蹴ったり殴ったり、直に触れて生命力を吸い取るだけで勝てるのに、ドラクロワは
「至高の“秘技” キリッ」
とか言って、同じ技しか使わない恥ずかしいおじさんなのだ。
……だが、その厨二脳が役に立つ時もある。
オッサンに『マーメイドクラッシャー』で止めを刺したことにより、後にラキュアは運命の人(かもしれない)と、出会うこととなる……。
白状します!
一年前くらいから
「ただいマーメイド」
を帰宅時の挨拶にしています。
でも、娘達はちゃんと
「お帰りマーメイド」
と返してくれるんです!
更新は時間がかかると思いますが、ゆっくりでも進めていこうと思います。




