朝の憂鬱
電車が口を重たげに開き、人間が大量に吐き出される。彼らは皆階段に向かって歩く。押し合うこともなく、ゆっくりと行進してゆく。おれもその隊列の一員だ。朝の眠たい駅を、何も考えずに同じテンポで進む。
いや、何も考えずに、というのは嘘だ。漠然と、ぼんやりと、人間が多すぎるとぼやいている。改札を出て、マスク越しでも幾分か息がしやすくなった道を、朝から疲れた目をしているサラリーマンたちに混ざって歩く。ふと見慣れた通学路を見回した。
アスファルトで舗装された道路、無数の高層ビル、我が物顔で走り回る車たち。あまりにも自己中心的な世界だ。人間が、世界を乗っ取ったエイリアンにも思えてくる。
目に入った駅のロータリーのスクリーンでは、緊急事態宣言の何度目かの発出が、緊迫した様子で伝えられている。別に感染症が蔓延したっていいじゃないか、とおれは鼻で笑った。無駄に多い人間が減るなら、それこそ地球のためかもしれない。
大人たちは、こんな考え方をするおれを指差して、夢のない若者だと、不健全だと、叫ぶのだろうか。高校生ならもっと生き生きとしていなさい、なんて言われたことは数えきれないほどある。おれ自身、つまらない人間だとは思っている。やりたいことも特になく、恋や部活に青春を燃やすこともせず、ただ漫然と生きているのだから。だが、それでも別に構わない。
生き生きと、夢を持って生きている結果が、地球に悪影響を及ぼすなら、その夢こそ不健全じゃないのか。
火星に生命の痕跡を探して、居住計画まで考え始めている国もあるというけれど、そういうのを夢だというのだろうか。人間の繁栄とか、新たな世界とか、そんなものを夢見ることを、大人はおれたちに求めてくる。おれは馬鹿馬鹿しいとしか思えない。
これ以上環境を荒らしてどうするんだよ。火星に住めるとわかったら、きっと人間は地球を捨てていく。今まで地球を荒らした責任もとらず、自然を保護する努力なんて無駄だと、さっさと放棄して。
あ、でも、とおれは考える。
そうなったらそうなったで、もしかすると地球は勝手に回復していくのかもしれない。人間がごっそり火星に移ったら、地球を汚す者はいなくなるのだから、ゆっくりと再生していくのかもしれない。
もしそうなるなら、全部取り壊して、自然だけが残る地球になって欲しい。人間がいたことなんて信じられないくらいになって欲しい。そんなことをぼんやりと思う。もちろん、取り壊した残骸たちをどうするのかは問題になるのだろうけど。
そうしてとりとめのないことを考えながら、おれは学校の正門をくぐった。
いつかおれの考え方が正統になったりするんだろうか。それともいつまでもおれは異端なのか。もしくはおれもいずれ、多数派の考えに迎合してゆくのか。
多数派に迎合だけはしたくないな。
そう口の中で呟きながら。