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陸場 一

「平幹篤殿はおられるか?」


北面武士団詰め所に吉右衛門と靜華が長官を訪ねてやって来た。


吉右衛門は数度、訪れて長官と話をしているので別段、長官を呼び出しても違和感を持たれるようなことはないが、今日はその後ろに驚くような美人がいるために吉右衛門の呼び出しに応じた検非違使は明らかに靜華に驚いて奥に戻って行った。吉右衛門には想定していた事だったので、それも楽しみの一つでもある。


「おぉ。いかがされた。大滝殿。今日は奥方まで、ご一緒で」


「近くまで用事があったものですからご挨拶をと思いまして。妻もいつもお世話になっている幹篤様にお礼をと申しておりますので」


「おぉ、そうでしたか。さぁ、上がってください。詰め所の中が大騒ぎですぞ。天女様が参られたと」


幹篤は気分よく二人を出迎えて玄関の二間ほど先の座敷に通してくれた。


暫くよもやま話で盛り上がっていたところに吉右衛門が


「長官殿、先日の屋敷でのお化け退治以降いかがですか? またしても奴らは性懲りもなく出ている様ですか?」


「あ? あぁ。あそこの屋敷のな。そう言えば、とんと噂は聞かなくなったな。あれもお二人のご活躍のおかげでしょうな」


答える幹篤は吉右衛門の問いかけに最初はピンとこない様子であった。


「いやぁ、あの仕事では過分な報酬をいただいてしまって我々も申し訳ないやらで……」


「そんな事は無いでしょう。ご立派なお仕事ぶりでした」


「いやいや、あのような大金をいただいては申し訳ないと二人でいつも話しております。ご依頼くださった行徳様にもよろしくお伝えください」


「……何の事かな? この件は行徳様は委細を知りませんぞ。お忙しい方ですからな。我ら如きの範疇で決済できる事迄見ていたら行徳様が何人いても足りますまい。ははは」


一瞬の間、そして幹篤の眉尻が上がり目線を逸らせたことを吉右衛門は見逃さずにいた。それは、わざわざここまで来た目的を果たしたことを意味した。


「そうですか。それもそうですな。これは失礼しました」


一通りに礼を言って早々に詰め所を出た二人は建物が見えなくなったあたりまで足早に通りを抜け、角を曲がったところで吉右衛門が痺れを切らしたように靜華に聞いた。


「どうだった?」


「爺っちが絡んでるわ。口止めされてはった。なんで口止めする必要があったんやろな?」


「やっぱりそうか……」


通りの先を焦点が定まらない目で歩く吉右衛門。こんな時は何か深く考えている事が多い事を知っている靜華はそれを横目で見ながら一緒に歩いている。

詰め所からでて三条通りにさしかかった頃、ふと吉右衛門が口を開いた。


「靜華? あの屋敷の状況覚えてるか?」


「屋敷って。あの仏さんいっぱいの、あんとこ?」


「そう。あれって戦った跡が無かったよな?」


「ほうやな。」


「あれ、もしかして。お前がやった?」


「……なんでわかったん?……」

驚愕の事実に目を吊り上げる吉右衛門がスッと靜華と間合いを取り、


「うそ?」


確認する。


「うそや。乗っかっただけや。はははは」


「おい! 

もう一回な。あれ、もしかして。お前がやった?」


「……なんでわかったん?……」


「お前ふざけんなよ」


「ふざけんなってなんや? ボケ殺しか? そこは、“うそ?”やろ! 三回重ねなあかんねん」


吉右衛門が驚いている。靜華はそれを見て、使えん奴だ。と、ため息交じりに


「そやさかい、ウチはやってへんって。どや? これでええんやろ?」


「何で威張ってんだよ。だとしたら、あれってお前と同じ事が出来る奴がいるって事にならないか?」


「まぁ。状況だけ見るとそやな……でも、ウチ以外でか? ウチ以外であんなことが出来る奴なぁ……ウチ以上のベッピンやったら、どないする?」


「そいつと組む」


「はぁ? 何言うてんの? あんた。顔か? 顔だけか? あ、ん、た、は顔だけか? ふっ、しょうもな」


「お前なぁ。お前が言うから、それに乗っただけだろ? 先に行かないんだけど……」


「うるさいわ、ボケ。お前言うなや」


何故か怒りだした靜華だ。

月~金 10時過ぎ更新です。

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