イントロpart1
見えない霧が彼の周りを覆っていた。
それはただひたすらに苦しみを与え続けた。
…息苦しい…なぜ、なぜだ…
額からにじみ出る脂汗、それは頬を伝い首筋を伝って胸を濡らしていった。
「おい、俺はいったい何をしているんだ。」
無意識に飛び出したこの言葉は一体なんだろうか。
正常な思考はもはや彼にはできなかった。
ある朝のことだった。
彼はただ一人の無職の人間だ。それはそうだ、この世界にはもう彼しかいないのだから。
文明は崩壊し、会社はもちろん政府も何もかもが存在しない世界。
彼は唯一生き残った最後の人類だ。
彼は汗ばんだシミだらけのシャツを脱ぎ、先日衣料品店だったところからせしめた茶色のポロシャツを着た。下のズボンも同じところからせしめたジーンズに履き替えた。
大きな穴がぽっかりと頭上に空いているのをじーと何か思うこともなく見つめていた。
「そろそろ食料調達に行かないとな。」
そんなことを言いながら彼は寝床のそばにあったリュックサックに懐中電灯や乾パンを詰め込んで扉を開けた。その扉から入ってきた光は部屋の中に積もった埃を光らせた。
外の景色は相変わらず崩壊を続けていた。
高層ビルだったものは窓が無く、漆黒の闇へと誘うような面影があった。視線を下に落とすとツタが張り巡らされたり、植木が何メートルにも伸びている何十件もの住宅地があった。
「いずれ、俺もこうして朽ちていくんだろうか。」
…………………
人でごった返した市街地はいつも以上に蒸し暑かった。どうやら中心部にある広場でイベントが行われているようだ。
首筋に冷たいものを感じた。
「ほら、お前の好きなコーラだぞ。」
「あぁ、ありがとうな。」
大岡が首筋にキンキンに冷えたコーラの缶を当ててきたのだ。
「それにしても暑いな。溶けてしまうぞ。」
大岡の言うことはほとんど大げさなことだったが、確かにこの暑さだったら本当に溶けてしまいそうだった。
「どうやら最高気温がまた更新されたらしいな。この暑さなら仕方がないだろう。」
「いつか地球から全人類が溶けて消えたりしてな。」
「意外とあり得るかもしれないな。」
そんな他愛もない話をしながら市街地の中央部を走る幹線道路を一緒に歩いて北上していた。向かっているのは俺の高校だ。今日は土曜日で部活動をするために向かっている。もうすぐ県大会が始まるのでそれに向けた練習を日々励んでいる。大岡もその仲間だ。
「ちなみに例のアレはできたのか?」
不意に大岡が訪ねてきた。
「いや、もうちょっと練ってみたいから待ってて。」
「そっか、じゃあまたできたら教えてくれよ。」
「あぁ、そうする。」
青々とした空の下、二人で学校へと向かった。