畢竟(三十と一夜の短篇第36回)
魂をこめる。いや、魂を捧げる。いま書いている小説が、私の最後の作品となる。
仕事を辞めて七日め、私は一睡もしていない。アパルトマンの一室に籠りきり、食事と排泄のときだけ机を離れる。ネットで買いためた大量のカップ麺、体を動かすための燃料。トイレにもノートとペンを持ちこむ。寸暇をも惜しむ。だから眠らない。覚○剤を打つ数秒で、何十もの時間を獲得する。私はもう、人間であることをやめた。人間のままではとうてい、行きつかない。
まちがいなく、私は死ぬ。この作品を書きあげるまでは、この命が保ってほしい。薬の残量もあと数ミリグラム。原稿枚数は五百枚を越え、終結に向けて突きすすんでいる。
これまで鍛えあげてきたレトリックと文体のすべてを注ぎこんだ、終の新作。薬の効用で得られる、奇想天外のストーリー。会心で快活に筆を滑らせる。もっと早くにこうしておけばよかったと思う。これを書きあげられたならもう、思いのこすことはない。
......私は、私の文学と心中するのだ。