聖竜と薬草5
オーガは、本来であれば森の奥に生息しているランクCからB程度の魔物だ。
そんなオーガは無骨な鎧をまとい、今も威嚇するように吠えていた。
魔物たちがよく持っているスキルだろう。魔力で装備品を補うというものだ。
ということはランクB程か。
先程俺に声をかけてきた冒険者たちは、顔面を蒼白にしている。
俺たちの助太刀を、どこか他人事のように見ている。
そんな彼らを叱咤するように、声を張り上げる。
「くるぞ! いつまでも、座ったままでいるな! 死にたくなかったら、協力しろっ!」
死にたくなかったら。
そう分かりやすい結果を伝えると、彼らはびくんと背筋を跳ね上げるようにして起き上がる。
オーガ相手にここまで怯えているのを見るに、彼らのパーティーはランクCからD程度なのではないだろうか。
彼の仲間たちも、絶望的な表情は変わらない。
しかし、死にたくないという感情に突き動かされるかのように、それぞれの得物を握りしめている。
たとえ、その切っ先が震えていようが、戦う意思を見せるだけで違う。
オーガも、先ほどまでの一方的な状況とは変化していることに気づき、少々面倒そうに鳴いた。
しかし、彼はそれほど賢い魔物ではない。すべてを叩き潰せばそれでいい、といった様子で腰を落とし、両腕を構えて大きく吠えた。
体を殴りつけるような咆哮に、冒険者たちは驚いた様子だった。
それに対して、俺は声を張りかえした。
「あいつの攻撃は俺が受け止めるっ。おまえたちは、範囲攻撃に巻き込まれないように注意しながら攻撃してくれ!」
「こ、このオーガは通常の個体とは違うっ! なんか……はっきりと表現はできねぇんだが、ほかのやつよりも強いんだよ!」
「そうなんだよっ! オレたちだって、オーガは何体か討伐したことあんだよ! けど、こいつはそいつらよりも数段強いんだよ!」
冒険者たちは涙を浮かべんばかりの迫力で、オーガの強さを語ってくる。
どちらにせよ、ここで対面してしまった以上、戦うか逃げるしかない。
逃げるのであれば、結局犠牲が必要になる。
ならば、倒すしかないだろう。
そこで、冷静にオーガを見つめなおす。
オーガに『挑発』を発動しつつ、正面から突っこむ。
魔物なだけあり、俺よりも一回り体は大きい。
そんなオーガの突進に、俺も全力の力を持ってぶつかる。
盾とオーガの右肩がぶつかる。押し返すと、オーガの体がのけぞり、地面をえぐり取りながら後退する。
……確かに、強い。
力はもちろん、戦闘に対する姿勢そのものが、他のオーガ種の魔物とは一線を画する。
迷宮などでもユニークモンスターと呼ばれる種類の魔物がいるが、恐らくこのオーガもそれだろう。
掴みかかってきたオーガの攻撃を、盾と右手で受け止める。
そのまま、肉体の有利を使って押しつぶしてこようとするオーガに、俺は力でもって対抗する。
外皮によって生まれた力強さ。
神が与えてくれたこの力と、これまでに鍛え上げた肉体の両方を使い、オーガの体を押しかえす。
オーガとあったはずの身長を、俺が押さえ込むように力を入れれば、俺のほうが上になる。
「がぁぁ!」
オーガが吠えて蹴りを放ってきたが、俺も同じように蹴りつける。
お互いに一度後退する。オーガにダメージが通った様子はない。
それでも、オーガが俺に対して警戒心を強めてくれたようだ。
「す、すげぇ……オーガをまるで子どものように扱いやがった」
「一体、何者なんだ……どこかで見た気がするんだが……」
どうやら、俺たちに気づいていないようだ。
それは今は関係ない。俺は高らかに叫ぶ。
「所詮、このオーガもこんなもんだ。恐れる必要はない。おまえたちの攻撃を信じているからな!」
確かに、普通の個体よりは強い。
だが、それをわざわざいって士気を下げる必要もなかった。
俺が押さえてくれるとわかったからか、冒険者たちの目に力が戻った。
ふぅ、と近くで呆れたような息が聞こえ、俺の体を治癒魔法が包む。
あたたかな、慣れた感覚で、視線を向けるとニンがいた。
「どっちが、オーガかわからないわね」
「やかましい。ニンも、みんなの様子を確認しつつ、回復に集中してくれ」
「わかってるわよ」
ちらと、俺は旅に同行しているティメオたちを見やる。
ティメオたちにも少なからず焦りや不安はあったようだが、彼らも俺を見て調子を取り戻している。
まあ、ファンティムはオーガの強さをいまいち把握していないためか、ただただ楽しそうに戦場を見ている。
……ある意味で大物だな。
「ニンとティメオで周囲の警戒をしつつ、危険があれば指示を出してくれ」
「了解しました」
特にティメオは視界が広いからな。
オーガと戦っているときで一番怖いのは、周囲から別の魔物が参戦してくることだ。
リリフェルも盾を構えてこそいたが、攻撃に集中してもらう。
一番予想外だったのは、ドリンキンの刀だ。
俺が想像しているよりもずっと威力が増していた。日々の訓練でもっとも努力し続けている成果が、まさにここに表れた。
「ガァァ!?」
オーガの左足が沈んだ。その緑に近い肌色に、赤い血が混ざっている。
太く、岩のように堅い筋肉を破った攻撃は、ティメオやニンの魔法でもなく、ドリンキンの居合だった。
ドリンキンはどこか興奮した様子であったが、すぐにまた集中に戻る。
後輩冒険者がそんな姿を見せたのだ、先輩冒険者たちも負けてはいられないと、攻撃を増していく。
それでも、オーガはまだ動けていた。片手を地面に向けると、瞬間強烈な魔力が吹き荒れた。
突っ込んだ冒険者たちの首根っこを掴み、急いで引っ張った。
ぐぇぇ! という悲鳴がもれたが、それに謝罪を返す暇もない。
「下がれ、全員!」
「ウォール!」
ニンが叫ぶと同時、俺の周囲に蜂の巣のような壁が出現する。
同時に、オーガの片手から風の塊が地面へと放たれた。
地面と激突した魔法は、足場にあった自然物を巻き込み、周囲へと飛び散らせる。
石が激しく打ち出され、木々も敵意を持ったかのように放出される。
俺の体を打ち据えるはずだったそれらは、しかしニンの生み出した薄い青の防壁によって封じられた。
「……」
魔法の効果が切れたとき、オーガは困惑した様子で固まっていた。
初めて、オーガが俺たちに怯えを抱いた瞬間であろう。
「ガアァァ!」
オーガが再び吠えた。それは威嚇ではなく、自分自身を奮い立たせるための咆哮だろう。
俺たちへと向けられなかったその咆哮に、冒険者たちも気付いたようだ。
全員にじわじわと削られながらも、オーガは俺へと向かってくる。
もはや、『挑発』など必要ないとばかりに、俺への怒りを強めていた。
俺だけでも、仕留めたい。そういうオーガの意思が感じられるからこそ、俺は回避や防御を重視し、オーガに攻め込ませない。
注目を集めきったところで、片手を後ろに向ける。
ティメオが気づいたようだ。
連携していた前衛の冒険者たちが、離れていく。
魔力の塊が背後でうなる。
ティメオの魔法だろう。俺はそれを理解しながらも、動かない。
オーガもわかっているのだろう。俺がいれば、魔法が放たれることはないと判断したのか、オーガは俺に密着するように迫ってくる。
だが、関係なしに魔法は放たれた。
ティメオを軸として、ニンが併せたのだろう。
吹き荒れる火の竜巻が俺たちの足元に出現し、俺たちの体を焼いていく。
外皮を見て、おおよそ4000ほどくらったところで、後退する。
外皮のおかげで、俺に対しての痛みはそれほどない。
すぐに治癒魔法が飛んできて、それさえもなくなる。
オーガは全身を熱に焼かれながらも、いまだ両の足で立っていた。
やがて、魔力を失った魔法が消滅すると、そこには不敵に笑うオーガがいた。
俺たちの最終奥義を耐えきってみせた、とでも言いたげだ。
「あ、ありえない……あれほどの魔法を!」
「あ、あのオーガ……やっぱり普通じゃねぇ!」
冒険者たちが絶望したような声をあげる。
すでに、オーガが虫の息であることは観察しなくてもわかるほどなのだが、冒険者たちに再び怯えが生まれていた。
……まあ、もう大丈夫だ。
俺へと突っ込んできたオーガを盾で殴りつけ、よろめいたその顎へと剣を振り抜いた。
『生命変換』。
スキルを発動する。変換するダメージはオーガから受けた少量のダメージと、先ほどくらった4000ほどのダメージ。
振り抜いた一撃がオーガの顎を捉えた瞬間。まるで火魔法でも炸裂したような爆発に近い衝撃が周囲を突き抜け、オーガの体がぐるんと回転し、近くの木々を薙ぎ払いながら吹き飛んだ。
ようやく、静かになったところで、俺は装備を肩に担ぎなおした。