聖竜と薬草3
出発の準備も終わり、俺たちはポッキン村を目指すため、馬車の乗り合い所にて待機していた。
ポッキン村の依頼を受けた冒険者はすでに、何名かいて、現地入りしているらしい。
俺たちで募集は締め切られたそうだ。
以前、俺が受けたときは12名程度だったはずだ。
おおよそ、二つのパーティー程度。
まあ、今回もそのぐらいなんじゃないだろうか。
こちらのメンバーは予定通りに、俺、ニン、リリフェル、ティメオ、ドリンキン……と、ファンティムだ。
ファンティムは見習いなので、人数としてはいれていない。
馬車が見えてきた。
俺は自警団から借りたリュックサックを担ぎ直す。
中には旅で使いそうなアイテムをしまってある。
俺たち全員が、緊急時に備え、ヒューの分身も持ってきている。
俺たちの前で馬車が止まり、中の人たちが下りていくのと入れ替わりで、俺たちが中へと入る。
「リリフェル。今回の旅について説明してくれるか?」
馬車は俺たちしかいなかった。
少しくらい派手に話しても問題はなさそうだ。
「はいっ! 私たちは、まずいくつかの町を経由していきます。合計三つですね。三つ目の町の途中で、おろしてもらって、そこから徒歩で移動する予定です。『罪深き森』を抜けて、ポッキン村に向かう予定です」
「『罪深き森』を、突破して行くというのですか?」
ティメオの表情が険しくなった。
魔物は出現するが、それほど強力なものは出てこない。
ティメオたちは以前よりも一ランク……いや二ランク……その中間くらいは強くなっているんだし、余裕で突破できるだろう。
「ああ。そっちのほうが近いからな」
「そ、そうですか……考えたのは誰なんですか……あそこにはたくさんの虫――様々な種類の魔物が出るんですよ? 考えた人はバカですよ……」
元気なくティメオがいったところで、リリフェルがびしっと指をさす。
「師匠! ティメオがバカにしていますよ」
「素晴らしい考えです……。さすが、リーダーです」
ティメオは諦めた様子でそういった。
……虫が苦手なんだな。それは悪いことをしてしまった。
「ポッキン村はその森を通って行く方が早く着くんだ。そうでないと、ぐるっと迂回するようにして、馬車代もバカにならないからな」
そもそも、今回の依頼は報酬的にみてもあまり旨味はない。
だから、少しでも金を稼ぐために、リュックサックも借りてきた。
ここに素材をたんまりつめ、ポッキン村のギルドで売却し、また帰りも同じように稼ぐ。
それが、今回の冒険の日程だ。
「久しぶりに、冒険者らしく旅をしたいというのと、四人の面倒も見ようと思ってな」
「……なるほど」
「師匠、頑張りますよ!」
リリフェルとティメオがやる気にあふれた表情になった。
ドリンキンもこくりと頷き、その隣では勝気な笑みを浮かべるファンティムの姿もあった。
「まあ、俺とニンがいるからな。そのあたりはどうにかなるだろう」
ニンは正体を隠すためか、仮面をつけていた。
そんな彼女が仮面を少しずらして、挨拶をする。
「ま、よろしくねみんな。あんまり話してなかったし、覚えている人はいないかもしれないけど」
「……聖女を忘れる人はいませんよ」
ティメオがそういうと、ニンは口元を緩めた。
「ま、それならいいわね」
「……聖女って、なんだ?」
ぽつりとファンティムが訪ねていた。
ドリンキンが彼に説明する。
……ファンティムはあれだな。常識も少しずつ覚えていってもらわないとだ。
そっちのほうは、シャーリエのほうが詳しくなるかもしれない。
マニシアがつきっきりで教えてあげられるからな。
「あんたは仮面つけなくてよかったの?」
「……必要か?」
「ま、あんたって、迷宮攻略してからアバンシア以外の町にいってないんだっけ?」
「まあ、な」
「あの新聞の一面なのよ? それなりに、影響力あるわよ?」
ニンは何度かアバンシアを離れていた。
そんな彼女がいうのだから、何かあるのかもしれない。
確かに、アバンシアを訪れる冒険者もよく声をかけてきた。
……ま、まあ大丈夫だろう。
馬車は進んでいく。
初めの街で、別の馬車に乗り変えようと待機していたら、様々な人に声をかけられた。
冒険者はもちろん、一般人も、だ。
何やら美人なお姉さんが誘うように声をかけてきて、ニンがかわりに返事をしていたりもした。
誰の鼻の下が伸びているか。そんなことないぞ。
ニンにそんな返事をしつつ、俺は鼻を隠しながら途中で仮面を購入してつけた。
それほど一つの街に滞在することは少ない。
けれど、特徴的な街では、少しだけ時間をとってゆっくり観光のようなものをした。
ファンティムは無邪気な子どもそのもので、すべてのものに驚いていた。
そういえば、シャーリエは、アバンシアについたときにも町の規模に驚いていたな。
最後の馬車に乗ったところで、俺とニンは無愛想な仮面を外す。
「ほらね。仮面つけてないと大変でしょ?」
「……本当にな」
最初の街での出来事を思いだす。
新聞で見た人だ !
めちゃくちゃ強い冒険者だ!
彼女募集中なんだったけ? お姉さんはどう?
……男は嫌かしらん?
みたいな感じで。
となりに座るファンティムの肘をつつく。
「また行きたい街はあったか?」
「ああ、もう全部みてまわりてぇよ! 水がすっげぇ綺麗な街とか! おっきな風車のある町とかさ! 鍛冶の街だっけ!? あそこにはドワーフ……? だったけ! そんなのがうじゃうじゃいてっ、もう全部全部楽しそうだった!」
「そうか。そのときは、シャーリエと一緒に回るといい。おまえが、しっかりエスコートしてやってな」
「……わ、わかってるよ。そのためにも、がんばらねぇとな!」
ファンティムがぐっと拳を固める。
予定通り、馬車を途中で降りる。
眼前にある大きな森の入り口に立ち、俺は一つ前の街で購入した地図を取り出した。
大雑把な森の構造と、ポッキン村の方角が書かれた地図だ。
リリフェルが道には詳しいから、大丈夫だとは思ったが、一応な。
「それじゃあ、リリフェル。先導を頼む」
「了解であります! みんな、私についてきてくださいね!」
リリフェルを先頭にして、俺たちは森へと踏みこんでいった。
〇
魔物はなかなか出てこない。
というのも、ここはそれなりにいい狩場になっているらしく、冒険者が多くみられた。
あまり奥まで行くと、強力な魔物が出現するが、それ以外の魔物ならいい素材となる。
だからか、入り口付近と中ほどまでは、魔物よりも冒険者を多く見かけた。
まったく舗装されていないこの山奥に、これほど人が集まっているのは中々珍しい光景だ。
狩場としてよく利用されるからか、足場は随分と踏みならされていて、移動は苦ではない。
たまに飛んでくる虫が、少し煩わしいくらいだ。
ティメオが頬をひきつらせながら、歩いていた。
彼の歩みが一番遅いから気になっていた。
ニンは飛んで来た虫を鷲掴みにする。それから、みんなへと見せる。
「知ってる? この虫って甘くておいしいのよ」
「えっ、本当ですか! あっいた!」
リリフェルがぴょんと飛びついて捕まえる。
『挑発』を併用したことで、近くに向かって来ていた。
彼女も自然に使えるようになって来ているようだ。
美少女二人がむしゃむしゃと虫を食べていた。
その光景をみて、ティメオが完全にひいていた。
ドリンキンはやや困惑した様子で、ファンティムはいいなぁ、と虫を探している。
「……あの人、聖女……それに公爵家のご息女でもあった……はず。えぇ……」
「あの虫はうまいぞ。特に栄養も豊富だから、見た目と食感さえ気にしないなら最高だ」
「……それが、嫌なんですよね」
と、彼の方に虫が飛んで来た。
ティメオがひっと悲鳴をあげて、俺の後ろに移動した。
それから彼は、ハッとした様子で周囲を見ていた。
ティメオに視線が集まっていた。
彼は珍しく少しばかり頬を染めていた。しかし、それも一瞬だ。
しかし、その一瞬を見逃さないあたり、俺たちは冒険者だ。
「あれれー、もしかしてティメオって、虫苦手なのでありますかー?」
からかうように、リリフェルが口元を緩めて近づいていく。
彼女の口元には虫の足がついている。まだ生きているようでたまに動く。
それを見たティメオは顔面蒼白であった。
「こないでください」
「あれれー、虫がそんなに嫌なんですか?」
「いえ、あなたの顔が間近で見るにはたえないものでしたので」
「なんですかそれは!」
「口から虫の足がはみ出ているんですよ!」
二人がぶーぶー言い合っている中、ティメオの頭に虫が飛んで来た。
そこが居心地よかったのか、すっと乗ったままだ。
「な、なにか、のったと思うのですが……」
ギギギ、と彼の首が俺のほうに向いた。
「……虫、だ」
「ぎゃっ!?」
ドリンキンが答えると、ティメオは慌てた様子で頭を叩いた。
虫が、リリフェルの服にくっついた。
彼女はそれをつかみあげ、にやり、と笑う。
「やっぱり、ダメなんですね」
ティメオはすぐに澄ました態度をとる。
「馬鹿馬鹿しい。今のは演技ですよ、演技。僕のような人間が、虫嫌いなんて現実的に考えてありえないでしょう」
「ああ、そうですか! わーっと! 手が滑りましたぁ!」
そういって彼女はティメオに向かって虫を投げる。
ティメオは顔面蒼白で思い切り仰け反ってかわそうとした。しかし、投げられた虫が途中で羽ばたき、ティメオの顔に乗った。
「ぎゃああっ!」
ティメオが叫んで、顔を叩いている。
リリフェルが楽しそうに笑い、ドリンキンも珍しく口元を緩めていた。
「こ、このチビ女!」
「ふふーん、ビビりに何言われても怖くないですよぉー!」
ティメオはそう叫び、逃げるリリフェルを追いかける。
……飽きない移動になりそうだな。