聖竜と薬草2
リリィに席に座ってもらい、ルナには飲み物を用意してもらう。
といっても、うちで用意できるものは水くらいだ。彼女が魔法で用意すると、リリィはそれを受け取ってごくごくと飲み干した。
「……ありがとうございます」
緊張すれば、喉も渇く。
リリィは少しだけ表情を緩めた。
「また、一人なんだな」
「お、お姉ちゃんが、訓練だって……」
そういえば、リリアからそんなことを聞いていたな。
リリィは一人でいるときの仕事効率が露骨に悪くなっているそうだ。
彼女は人気があり、男の冒険者によく声をかけられる。
それらに声をかけられると、緊張して話せなくなってしまい、相手の冒険者はそれを気があると勘違いしてさらにまくしたてるように話をするそうだ。
まあ、わからないでもない。
彼女の容姿が、世の女性と比較しても上位にあるのは見てわかる。
ちなみにリリアが隣にいるときは平然とあしらえるそうだ。面白いものだ。
ちなみに、ギルドの受付嬢は女性の平民が多い。
冒険者というのは金持ちであることもあるからな。それらの人と結婚を狙う人も多くいるのだ。
昔は、男性の方が外皮が優れていることが多く、男は外で稼ぎ、女は家で子育て……というのが当たり前だったようだが、最近ではそれほど外皮の差はない。
けれど、古くからの感覚というのもまだまだ残っている。
俺もマニシアが明日から「冒険者になります!」といったら、待ってください、と声をかけるだろう。
もちろん、彼女が冒険者としてやっていけるだけの実力があったとしても、だ。
お兄ちゃんの稼ぎすくなかった? もっとお金入れるから家にいて……へたしたら泣きついてしまうかもしれない。
少し脱線したが、ギルド職員として男に声をかけられることはもう切り離せないものだ。
リリィはその訓練中なんだろう。……けど、俺のところに来てもな。
俺とリリィは面識があることもあってか、それなりに話せてしまう。訓練にならないのでは?
リリィはとんとんと、手に持っていた資料を俺の机で整えて、差し出してきた。
「こちらが、今回の依頼ですね。すでに受けると返事はしていますので、最終確認だけ、お願いします」
今回の依頼についての概要が書かれた紙だ。
……少し、紙の質が違うな。
これは、複製されたものか。
アイテムの複製を行うスキルがいくつか存在する。
それらのスキルは、持っているだけで重宝されるものだ。便利すぎるからな。
ただ、多くの場合は、本当に小さなものの複製くらいしかできない。
この紙も、複製されたものだ。そういったものは、原本のものよりも触った感触がいいことが多い。
「新しいギルド職員が入ったのか?」
「よく、気づきましたね……はっ、も、もももしかして……ギルドを覗き見ているとか……」
「違う。複製のスキルを持っている人なんて今までいなかっただろ?」
「そうですね。……よく見てますね」
「冒険者としては当然だろ」
よく見ていないと危険を見過ごしてしまうからな。
複製スキルといえば、例えばアックスオークが持つような武器を作り出すスキルもある。
ただ、あれらは所有者以外は扱えないスキルで、複製スキルほど汎用性はないことが多い。
武器を複製できるほどのスキルもあるらしいのだが、今は確認されていない。
かつて、戦争で強かった小国があったらしいが、そこに武器を複製できる人間がいたそうだ。武器がたくさん作れるのだから、そりゃあ戦争では有利に立てるだろう。
「早く、参加メンバーを書いてください……」
「ちょっと待ってくれ。まだ依頼内容の確認中だ」
リリィは、早く返してください、と帰りたそうに目で訴えかけてくる。
そうはいってもな。当初の予定と依頼内容が変わっている可能性だってあるんだからな。
今回の依頼は村を守るという依頼だ。
この時期になると、聖竜と呼ばれる白い竜が、ポッキン村周辺に現れる。
魔物たちの目的は聖竜たちの好物であるリアニ草を食べることだ。
聖竜の出現にあわせ、魔物たちの住処が変化することがある。それによって、村へと魔物が襲ってくることも考えられるため、冒険者が派遣されることになっている。
間違っても、聖竜に攻撃しないように注意する必要がある。
奴らは、Sランク級に強力な魔物だ。一度狙われれば、命はないだろう。……聖竜は強力な癒す力を持っていて、それを狙った馬鹿な冒険者があっさりと壊滅させられたらしい。
その昔、とある国を破壊した邪竜がいた。
その邪竜はとある国から、俺たちの国へと飛んできて、そこで聖竜とぶつかった。
激戦の末、聖竜は邪竜を撃破した――それは、つい六年ほど前の話だった。
まだ、俺が学園に通っていたとき、邪竜討伐部隊が編成されていたのは、覚えている。
それからではあるが、聖竜は神が遣わしてくれた魔物ではないか、といわれるようになった。
……と、そんなことをおもいつつ、俺は改めてポッキン村の依頼書を見やる。
村を守る、と聞くと難易度が高そうであるが、あの周辺に現れる魔物はEランク程度だからな。それほどの難しさはない。
特に、大事になってくるのは『挑発』持ちだそうだ。
確かに、そうだな。
『挑発』があれば、町の近くまで魔物がいても、別の場所に誘導できる。
とはいえ、うちにいる『挑発』持ち全員で行く必要もない。
すでにメンバーは決まっていて、参加の了承は得ている。
俺、ニン、ティメオ、リリフェル、ドリンキンだ。
それと追加で、ファンティムだ。ただ、彼の場合は、まだ冒険者じゃないからな。
あまり大勢でいっても仕方がない。
マリウス、ルナ、マニシアがいるため、クランのほうも問題はないだろう。
アリカとラーファンだっているんだしな。
俺が町にいなくても、マリウスとルナがそれなりに押さえられるし、最近ではフィールだってなれてきた。
住宅街限定ではあるが、昔のようなゆったりとした空気も戻りつつあった。
ただ、前とは違って、仲間がたくさん増えたため、クランハウス周辺は騒がしいことがあるのだが、迷惑をかけるようなうるささではないため、町の人からも文句は出ていない。
「これで、メンバーは全員だ。他にも記入漏れがあったら言ってくれ」
「大丈夫です。はい、これで終わりです。帰ります」
「わざわざ来てもらって悪かったな」
「お姉ちゃんに頼まれたから来たんです……。もう一人でいくのは嫌ですよぉ……」
リリィは、さっさとクランハウスを逃げるように出て行った。
あんまり、訓練にはなってなさそうだな。
と、入れ替わるようにしてファンティムたちが戻ってきた。
ファンティムたちは先ほど出ていった人を見るかのように、そちらに顔を向けていた。
ファンティムはがくっと首をうなだれ、シャーリエが笑みを浮かべる。
ファンティムはかなり疲れているようで、フィーの背中に乗っている。シャーリエと密着するように乗れば、二人でも問題ないようだ。
「フィー!」
フィーが素早く動いた。その衝撃で二人が落ちそうになり、ルナが目を吊り上げる。
「フィー、ダメですよ! 二人を乗せているんですからっ」
「……フィー」
ごめんなさい、とフィーは頭をさげる。
ルナは怒った顔を少し作っていたが、ふっと柔らかく微笑み、フィーをなでていた。
「ここまで二人を運んでくれて、ありがとうございますね」
「フィーっ!」
嬉しそうにフィーはルナに顔をこすりつけている。
それを見ていたシャーリエもよろよろと手を動かして、フィーの首をなでている。
「ティメオとマニシアは?」
「ティメオさんはそこまで一緒に来ていたんだけど、町を見てくるんだって。マニシアさんは、一度家のほうに寄ってくるって!」
答えたのはシャーリエだ。
ファンティムはもうしゃべれそうにない。
「オレ、休む、疲れた……」
片言でそう残し、ファンティムはよろよろと自室へと向かっていった。
「そうか」
ティメオは近くまで見送ってくれたのだろう。
彼に心中で礼を伝えると、彼女は申し訳なさそうに頭を下げて来た。
「さっきの人ってギルドの人、だよね? 私の薬草の依頼とかの話?」
「ああ」
「ごめんね。なんか私のために色々やってもらっちゃってるみたいで」
「大事な仲間なんだ、気にするな」
そういうと、シャーリエは考えるように視線を下げた。
「大事な、仲間、か。町の人たちもそうだけど、みんなってあれだよね。私たちのツノとか全然、驚かないよね」
「普通は、な。……あの洞窟の村が異常なんだ」
「……そうなんだ。優しくて、嬉しいな」
シャーリエはにこっと無邪気に微笑む。
なるほど、この笑顔にファンティムはやられたのだろう。
「私も動けるようになったら、クランのために頑張るね」
彼女は翼と牙を見せつけるように指で示している。
他種族の血が混ざった人は、その種族の特徴が肉体に表れる。
ラーファンだって、単純な力自体は普通の人よりも強いだろう。
「ああ、それなら期待しているよ。ファンティムもきっとお前を守ってくれるだろうしな」
「大丈夫だよ。私のほうがファンティムより強いんだからね」
そうだったのか。
ファンティム、彼女の病気が治る前に強くなるんだぞ。
彼女はあははと笑って頬をかいた。
「気が早いよね。まだ治るって決まったわけじゃないんだしね」
「そういう後ろ向きなことは言ったらダメだ。楽しいこと……色々と考えていた方がいい。俺たちは絶対に薬草を持ち帰ってくるからな。信じて待っててくれ」
俺がそうシャーリエを見つめると、彼女はポンっと手をならした。
弱々しい動きながらも、なんというかからかうような雰囲気は感じられた。
「ルードさんの周りにたくさん女の子がいる理由わかったかも」
「……別に、女だけじゃないだろ」
「危ない危ない。私も心に決めた人がいなかったら、ころっとやられるところだったよ。ふー……。あれだよ、ルードさん。そういう優しい言葉を真剣な表情で誰にでもかけちゃダメだよ?」
彼女は額を拭うような動きを見せたあとにそういった。
……なんで俺が指摘されているのだろうか。
そんな優しい言葉も顔もしたつもりはないぞ……。
事実を伝えているだけだ。
そりゃあ、多少楽観的な言い方をして、冒険者として叱られるというのならわかる。
けど、今の指摘はちょっと予想外だった。
「……まあ、けどな。助けられるのなら助けたいと思う。俺もどうしようもない生活から助けられた側の人間だからな」
「そう、だったね。……うーん、まああれだよ? あんまり誘惑しないようにね?」
してないって。
彼女の翼がふわりと揺れた。
のそのそとクランハウスの中を移動していたヒューがシャーリエを受け取る。
そのまま、シャーリエはぽよんぽよんと跳ねるヒューに運ばれ、部屋へと入っていった。