聖竜と薬草1
ファンティムとシャーリエを家に連れてきてから、三日が経った。
ファンティムは金を稼ぎたい! と言っていたが、年齢が足りていないことを伝えると、しゅんと落ち込んでいた。
俺の目の前にはファンティムがいた。
彼は剣をもって俺へと仕掛けてくる。汗が宙にまった。すでに彼の息はあがっている。
山育ちで体力はあったようだが、それでももうずっと稽古をつけていた。
時々、よろめいたり転んだりして、すでにファンティムの外皮は削り切られた生身の状態だ。
「いくぜ!」
それでも、ファンティムは叫びながら片手をあげた。
ファンティムそっくりの偽物が現れ、同じように迫ってきた。スキルを発動したのだろう。
俺の目に干渉する系統のものであれば、『健康体』が無効化するだろうが、これは俺には干渉していない。
二人のファンティムの攻撃を、俺は後退しながらかわしていく。
「ほら、体が左右にぶれているぞ。そんな剣じゃ俺に当てることもできないからな」
彼の動きはまだまだ無駄が多い。
ファンティムはむっとしたように眉を寄せ、力強く地面を踏みつけた。
二人のファンティム、どちらかが幻影だ。
俺はじっとそれを観察していると、片方の幻影が……ぶれた。
もしかしたら、スキルへの集中を忘れたのかもしれない。
おかげで、片方は完全に無視したまま、迫りくるファンティムに剣を振りぬいた。
彼の剣をはじきあげると、ファンティムは衝撃に耐えきれなかったのか、尻もちをついた。
ファンティムは悔しそうに拳を地面にたたきつけ、「いてぇ!」と悲鳴とともにごろごろ転がった。
「ファンティム、まだまだ幻影と近接攻撃を同時に扱うとぼろが出るな」
「うぅ……くっそぉ! あいだ!」
その、シナニスの真似はやめたほうがいいぞ。
シナニスは悔しがるときに決まって地面を殴る。だが、彼の場合全力で殴っていることはなく、地面にあたる直前にすっと力を弱めているのだ。
しかし、非常に上手なため傍目にはわからないだろう。
あと、シナニスは外皮がある状態でしか絶対やらない。わかっているのだ、痛いことを。
俺も額の汗をぬぐいながら、こちらをうかがっていたマニシアとシャーリエのほうに行く。
ファンティムは勢いつけて立ち上がり、シャーリエたちのほうに向かう。
シャーリエは動けないので、フィーの背中に乗っている。
……いつのまにかフィーの奴、人間の大人ほど大きくなっていた。
なんというか、魔物というのは一気に成長するようで、フィーも俺たちが知らぬ間に進化していたらしい。
あともう一度進化すれば、大人のフィルドザウルスとそう変わらないだろう。
「ファンティム、かっこよかったよー」
「う、うるせぇ。オレ、ルードさんに勝てなかったし……」
「当たり前だろ。俺はこれでも、もう五年近く冒険者やっているんだ。ここで負けたら恥だ」
「けど、兄さんも少しは手加減してあげたらどうですか? はい、タオルです」
そ、そうかな……。
マニシアからタオルを受け取り、汗をぬぐう。
水筒も受け取って喉を潤しながら、ちらと彼らを見る。
シャーリエはその日にもよるようだが、少しだけなら体を動かすことはできる。
日常生活も、人の助けがあればなんとかこなせるようだ。
それでも、不自由であることは変わりない。一刻も早く、治してあげたいのだが、まだ依頼に関しては続報は来ていなかった。
向こうで情報をまとめているらしく、正式な受領ができていない状況だった。
まあ、あちこちのギルドで募集をかけていて、かといってたくさんの冒険者が集まってもそれらに報酬を支払いきれるわけでもない。
必要以上に多くの冒険者を派遣しないためにも、ギルド間でのやり取りが必要らしい。
「ああ、くそ……っ! オレも早く冒険者として依頼受けたいっ!」
「受けたからって実力がないと危ないだけだぞ。ファンティムはシャーリエを悲しませたいわけじゃないだろ?」
「そ、そうだけど……」
「それに……今回の薬草採取に関しても、おまえには見習いとして同行はしてもらうんだ。途中、戦闘もあるだろうし、期待しているからな」
「あ、あぁ……わかってるっ。オレがんばるからなっ!」
冒険者として依頼を受けることはできない。
だが、別に冒険者見習いであれば問題ない。
俺たちの依頼に同行、という形で報酬は発生しないが、訓練を積むことは可能だ。
報酬だって、俺たちがわけて渡せばいい。というか、しばらくファンティムとシャーリエは俺たちクランで面倒を見る。金銭に関しては、俺が用意すればいいだけだしな。
まあ、そもそも冒険者登録では年齢を詐称する場合もある。
例えば、スラム出身者が金を早く稼ぎたいがために、年齢を偽ることがある。
基本的に、ばれることはない。年齢を正確に判断する手段はスキルしかない。
そこそこに珍しいスキルであり、ギルドに必ず一人いるというものでもない。
だから、ばれないのだが……別に無理してそんな手段を使う必要もない。
ばれたら問題なんだしな。
俺たちが依頼を受け、可能な範囲で手伝わせる。
そういうのはグレーゾーンで認定されている。
一度、問題があった。
依頼を受けられないスラムの人間を使って、高価な素材を取りに行かせるというものだ。
高価な素材というのは、つまりそれだけ危険を伴うものでもある。
持ってくれば、精算は冒険者がやってくれ、スラムの人間にはゴミカスのような分け前が支払われる。
そういうのは禁止されている。……まあ、だからといって判断がつく問題でもないのだが。
もちろん、俺たちもそんなことをさせるつもりはない。
時々ゴブリン退治に同行させるくらいか。
依頼を受けられない。それだけだ。
それ以下の年齢で、魔物狩りをするというのは貴族が自分の子供を育てさせるときにはよくある手段でもある。
俺たちの外皮は魔物を狩ることで成長するからな。
「ルードさん、クランにギルドの人が来ていましたよ」
ふぁぁ、とあくびをしながらやってきたのはティメオだ。寝ぐせが治っていないのを見ると、今日はずいぶんと怠惰な一日を送っているようだ。
ティメオたちのパーティーは今日休みだったな。
「そうか……それじゃあティメオ。ファンティムの相手、頼んでいいか?」
「……まあ、いいでしょうか」
ティメオは寝起きということもあって、少し迷った様子だった。
「ティメオの兄ちゃん、大丈夫か? オレかなり、強くなってるぜ?」
「ふっ、ま、期待していますよ」
それから二人はやりあっていた。
ティメオのファンティムを見る目はどこか優しい。
とはいえ、加減は一切なく、ファンティムが弾かれた。
「怪我だけはしないようになっ!」
「兄さん、私も行きましょうか?」
「いや、大丈夫だ。マニシアは、シャーリエを見ていてくれ」
「はい、頑張ってください」
マニシアはまたシャーリエと一緒に戦いを見ていた。
マニシアはシャーリエを自分の妹のように可愛がっている。もともと、体調が悪かったこともあって、わかる部分があるのだろう。
マニシアは最近、ずいぶんと元気だ。
マリウスから回収したのはあくまで切れ端のようなものだったはずだが、効果抜群だった、ということなのだろう。
マニシアが元気に笑っていてくれるなら、何も心配することはない。
クランハウスに戻ると、リリィがいた。その傍らにはルナの姿もあった。
二人は静かだ。
二人の間に会話はなく、お互い黙ったままこちらを見てきた。
……確かに、二人は自分から話をするというのは少ないだろう。
二人とも、親しい相手には積極的に話をするんだけどな。
「や、やっと来ましたか」
リリィがかすれたような声をあげた。
いやそんな今にも泣きだしそうな顔になるほどか? と思いながら、俺は席についた。