少年と亜人の少女5
洞窟を抜け、森から外へと出る。
そのあたりで、夕陽もなくなって完全な夜を迎える。
夜通し急いで移動すれば、明日の朝までにはアバンシアに戻れるかもしれないが、あまりみんなそういう旅には慣れていないだろう。
というか。そんなことをすれば、真っ先にファンティムがつぶれる。
彼は今もシャーリエを背負っているんだ。
というか、町までそれでいくつもりだ。
彼の決意と、根性。それを計るという意味でもある。
……あんまりこういうことはしたくないんだけどな。
一つの線引きだ。
「それじゃあ、今日はこの辺りで野宿をしよう」
俺たちが以前川遊びをした川を見つけた。
これに流されていけば、アバンシア近くに移動できるだろう。
「それじゃあ、僕が土魔法で簡単な外壁みたいなものでも作りましょうか?」
「……ティメオ、できるのか?」
「ええ、まあ。冒険者やるならあったほうがいいと聞いていましたので。まあ、一番得意なのは火魔法ですので、あんまり信頼されても困りますが」
「いや、助かる。雨に降られても面倒だからな。雨風しのげるものが欲しいな」
これ以上、シャーリエの病気を悪化させたくはない。
「ま、期待はしないでくださいね」
「ティメオ。私も手伝ってあげるわよ」
アリカがそういってティメオとともに簡単な家造りを始める。
まあ、最初にいったとおり、あくまで雨風がしのげる程度のものではある。
シナニスが肩を回して、森へと視線をむける。
「んじゃ、オレは暗くなる前に、飯でも調達してくるからな。ラーファン、挑発使って魔物を捕まえたいから、ついてきてくれ」
「ん。わかった」
「そんじゃ、ルード。行ってくるな」
「ああ。俺たちは魚でも捕まえてみる」
川をちらと見る。
魚たちが自由に泳いでいる。
「挑発で、魔物を集める、ということもできるのでありますか……」
シナニスの言葉に、意外そうに目を丸くしていたリリフェル。
「それじゃあ、リリフェル。魚の捕まえ方も教えるから一緒に来てくれ」
「わ、わかりました!」
「……」
ラーファンがこちらを羨ましそうに見てきた。
弟子に嫉妬するなって。
「ドリンキンとファンティムは、燃えやすそうな枝とか葉っぱとか集めておいてくれ」
燃やせば匂いにつられて魔物が寄ってくるかもしれないが、返り討ちにするまでだ。
この辺りで潜んでいる魔物はよくてEランク程度だ。
分担を決めたところで、俺はリリフェルとともに川へと向かう。
まずは、近くの地面に向けて風魔法を放つ。
大した魔法ではなく、ちょっとした穴を掘れる程度だ。
それから川岸に立つ。
川に泳いでいる魚たちはこちらに気付くと、逃げようとする。
しかし、強力に込めた『挑発』を放つと、苛立ったようにこちらへと向かってきた。
そんな魚が川岸へとやってくる。苛立ったようにこちらを見ている。
そこへ両手を突っ込んで掴まえる。
俺のほうに集まっていた魚たちはさっと逃げていく。
掘っておいた場所に水魔法で水を入れ、魚を入れていく。
この魚は内臓も一緒に焼いて食べると独特のうまみがでる。
まあ、癖があるので嫌いな人もいるかもしれない。
捌くのは難しくないので、それぞれにきいてからでもいいだろう。
一連の流れを見ていたリリフェルが、手を叩いていた。
「お、おお! こんな使い方もできるのでありますね!」
生活用の魔法程度でも、こんな感じで組み合わせると便利だ。
俺は色々と貴族の家にいたときに勉強したため、簡単な魔法にだけは精通している。
他にも俺は使えないが知識だけはある魔法もいくつかある。
「まあな。リリフェルもやってみるといい」
まだ俺が狙いをつけていない魚たちへと目を向ける。
リリフェルはすっと挑発を発動すると、先ほど俺がやったように手を伸ばす。
魚が苦手という人もいるのだが、彼女はそんなことないようで、楽しそうに腕を伸ばしている。
魚はするりとリリフェルの腕をかいくぐっていくが、彼女はなんとか上にあげた。
さながら、熊が魚をすくいあげるのに似ている。
陸にあがった魚がびちびちとはねていて、リリフェルがそれを掴み、俺が作った水穴に入れた。
「で、できましたぁ!」
「ああ。こんな感じで、一人一匹程度はとっておこうか」
「どんどん、いきますよ!」
「それとリリフェル。魔物一体だけを引き付ける練習も一緒にしよう。魚一体だけに狙いをつけて、挑発を放ってくれ」
「了解であります!」
リリフェルはすっと集中して、魚を見る。
だが、三体ほどが来てしまう。
まあ、さっきよりはうまくできている。
彼女はそれから一体を捕まえ、同じように繰り返していく。
全員分をとったのだが、結局うまくはいかず、彼女はがくりと肩を落とした。
「まあ、すぐにできるものでもない。ただ、『挑発』を放つときに意識してみるといい。例えば、集団の魔物がいるときも、一体ずつに使ってみるとかな」
「……了解しました!」
魚たちはとりあえずそこにおいて、一度みんなのところに向かう。
家というか、洞穴のようなものは完成していた。
結構頑丈そうで、軽くたたいてみても問題ない。火魔法で固めたようだ。
これなら、この辺りの魔物なら壊す前に気付けるな。
「まあ、こんなところですかね」
「十分すぎるな。ありがとな、二人とも」
「そんな! ルード様の寝床なんですから、しっかりと造りますよ!」
「いやいや、みんなが交代で使う場所ですよ、ここは」
ティメオが肩をすくめ、やれやれと首をひねる。
しばらくして、ラーファンが肩に巨大なウサギを担いで帰ってきた。
クルーンラビットだ。滅茶苦茶まっすぐ走るのが速く、時々かくんと地面を掘り進む魔物だ。
走ることが好きで、それに巻き込まれた冒険者がたびたび出ることがあるそうだ。
「よく見つけたな」
「たまたま休んでいるところを見つけた」
ラーファンの尻尾が左右に揺れた。
「ああ、ありがとな二人とも。夕食が楽しみだ」
ファンティムとドリンキンが戻ってきたところで、それぞれで料理をおこなっていく。
そうそうに、戦力外通告をされたのがラーファン、アリカ、ティメオだ。
三人は料理ができないそうだ。
普段はどうしていたのかというと……。
上機嫌な様子で魔物の体をさばいていくシナニス。
その手付きはそこらの奥さん涙目なほどに上手だ。
「……意外だな」
「そうか? オレはもともと料理は得意なほうなんだよ。それで、仲間二人があれだったからな」
担当していたのだから、どんどんうまくなっていくわけか。
「……なるほどな」
「ああ、そういえば。ティメオはどうだ? 最近は掃除できてんのか?」
シナニスが思い出したようにそうきいてきた。
彼は驚いたような顔を作り、口をパクパクと動かす。
「シナニス、ティメオの部屋が汚いことを知っていたのか?」
「き、きたなっ!?」
「まあな。一度遊びに行ったら汚かったもんだからな。掃除してやったんだ」
「そ、それは言わないって話だったでしょうっ!」
ティメオが顔を真っ赤に叫んだが、シナニスはにやりと笑うだけだ。
リリフェルとドリンキンも口元を緩めて声をかけている。
ティメオは腕をくんでそっぽを向くばかりだった。
ラーファンとアリカは近くで魔物の警戒をしていた。
彼女たちができる今の仕事だ。
俺は魚に枝をさしいれ、火の近くに並べていく。
魔物の調理はシナニスに任せればいいだろう。
食べられるキノコや、料理の味付けに使われる野草は、ドリンキン、リリフェル、ファンティムが持ってきてくれていた。
ドリンキンも田舎の出身なだけあり、野宿できるだけの知識を持っていた。
やがて、シナニスが肉の解体を終え、俺達は枝に肉をさして焼いて食べていく。
ドリンキンが持ってきた野草をまいて食べると、いい塩味がついた。
旨味たっぷりの肉汁とともに頂く料理は、最高だった。
ぱちぱちと火の爆ぜる音を耳にしながら、談笑していると、リリフェルがあくびをかいて目を擦っていた。
「全員、寝てていいぞ」
「ルードはどうすんだよ?」
「『健康体』の影響かしらないが、一日くらい寝なくても問題ないんだ。まあ、魔物が来たら起こすが、ゆっくりしていていいぞ」
「……ま、そういう話ならさっさと寝るか」
シナニスとリリフェルたちはすぐに眠りについた。
寝息を耳にしながら、俺は火を見て時間を潰していた。
「二人は、寝ないのか?」
「う、……ああ、そのあんまり眠くねぇんだ」
「私もー」
ファンティムとシャーリエはなかなか寝られないようだ。
俺は彼らの隣へと移動し、腰掛ける。
「大丈夫か? まだ明日も半日くらいは歩くんだ。ゆっくり休んでおいたほうがいい」
「わかってるんだけど……そのー、えーっとね」
ファンティムとシャーリエが顔を見合わせた。
それから、シャーリエが困ったような笑顔を浮かべる。
彼女の闇に溶け込むような翼が、どこか不安げに揺れた。
「……私達、心配なんだ。これから、二人っきりで生きていけるかなーって」
……そうか。
二人とも、村の外で生活するなんて、数えるほどか、下手したら一度もないだろう。
彼女らの不安を取り除くために、俺にできること――。
「二人っきりじゃないさ」
シャーリエの言葉にかぶせるように言い切った。