少年と亜人の少女4
「どういうことですかな」
「そのままの意味ですよ。子ども一人を見捨てるなんて、あまりにも馬鹿げています。何より、薄汚い血という言い方は、今はしません」
俺の言葉に、村長は眉間に皺を寄せる。
「子どもではない。あれは薄汚い血を持つ女だ。……ああ、そういうことか。おまえたちも、そっち側の人間か」
村長は呆れた様子で、ラーファンをみた。
ラーファンが苛立った様子でしっぽを地面に叩きつける。
「彼女は俺たちの大事な仲間で、俺の一番弟子です。……侮辱するのだけはやめてくれませんか」
……ほうっておくとラーファンが暴れだしそうだった。
俺が強く言うと、彼女もとりあえずは治まってくれた。
「シャーリエの病は、この時期に流行る病です。汚れているとか、そんなものは一切関係ありません。適正に治療を行えば、十分に治療できます」
「それがどうした? そんな病にかかるのは、彼女の血が汚れているからに他なりませぬぞ」
「……その病に血は関係していません。……俺が確認したいのは一つです」
彼らの常識と俺たちの常識は根本的にずれている。
ここで言い合っていても仕方がないだろう。
平行線なのだから、交わることなどありえない。
だから、最後に一つだけ聞く。
「シャーリエの治療が終わった後、また彼らをこの村に住ませるつもりはありますか?」
いつの間にか集まっていた村人たちは顔を見合わせる。
そうして、彼らは首を振った。
「あるわけがないだろう」
「そうだそうだっ。あんな化物みたいな姿をしたやつ。これまで一緒の村にいたのだって気味悪いんだ!」
「そうだそうだ! あいつの両親には恩があっても、あれには何もないんだ! さっさと、あんなヤツ、いなくなればいいんだよ!」
全員が揃って叫んだ。
……異常なのは、一部の人達だけではないようだ。
もう、村ごと染まっている。これは恐ろしいものだ。
……俺も自分のクランが偏った思考にならないように気をつけないとだな。
村長は勝ち誇るように笑った。
「さて、どうしますか?」
「……別に。どうもしませんよ。揃いも揃って、子どもをいじめて……何が楽しいんだか。ファンティムと彼の恋人はうちで預からせてもらいますよ」
つぶやくようにいうと、村長は眉根を寄せる。
スキルを使わない挑発なんて、久しぶりだ。
それくらい、俺は頭に来ていた。
「村長……あいつは」
「ええ、そうですな。言っておきますが、村の中に入れるとは言っていませんよ」
そういって、二人の男が槍を俺の前に向けてきた。
「……それなら、シャーリエを連れてきてくれませんか?」
「彼女がいることで、村に迷惑がいくつもあった。この村で祀る精霊もさぞ、お怒りですぞ。その怒りをしずめるために、命を捧げてもらおうと思っています。」
「頭おかしいんじゃないのか?」
そういった瞬間だった。
「村長を馬鹿にするなよそ者がっ!」
振り抜いてきた男の槍は十分に見きれるほどだった。
だが、その槍が俺に届くことはなかった。
両手に剣を持ったシナニスが、それをあっさりと受け止めていた。
大人の男に負けない筋力で、彼は押さえつけていた。
それが、男からしたら驚愕らしい。ていうか、俺も。
俺は片手で受け止めるつもりだった。
「別に、助けてくれなくても大丈夫だったぞ?」
「リーダーが出る幕でもねぇだろ。それに、ムカついてんだよ。オレも仲間を馬鹿にされてな」
ラーファンのことか。
シナニスがにらみつけると、男たちはひぃっと短く悲鳴をあげた。
槍使いは、村一番の腕なのだろう。彼らはおびえるように下がった。
「ファンティムはうちで預からせてもらう。彼の恋人もな」
「こ、恋人じゃないっ!」
「ファンティム、シャーリエを連れてくるといい」
俺もシナニス同様に睨みつける。
少しばかり、本気の怒りを込めて。
周囲を囲むようにいた村長を含めた全員が、震え上がった。
その隙間を縫うようにファンティムが走る。
……先程仕掛けてきた男たちだって、冒険者ランクでいえばCあるかないか程度だ。
「……そんな顔もできるんですね」
ティメオが驚いた様子でそんなことを言っていた。
「る、ルード様が怒っているのって……実は初めてじゃない……?」
「……初めて。前のホムンクルスのときは……ここまでじゃなかった」
冒険者の街でのことだろうか。
……当たり前だ。
あれは、ただの小さな喧嘩だ。
だが、これは……親が子を捨てる瞬間だ。
大人たちが子どもをいじめている。
それだけは俺が一番認めたくはないものだった。
子どもは大人が守るものだと思っている。だから、俺はファンティムたちを助ける。
ファンティムがシャーリエを連れて戻ってきた。
シャーリエは少し汚れた服を来ていたが、外傷は特に無い。
彼女の背中には翼が生えていた。見慣れない翼だ。コウモリに、少し似ているだろうか。
亜人というのは、かなり細かい。それに、子どもごとに様々な特徴をもって生まれる。
「……」
村長たちは黙ってシャーリエとファンティムを見ていた。
シャーリエは村人たちに笑顔を向ける。
「ごめんね。みんな。なんだか私のせいで、色々と……ごめんね」
シャーリエがそういうと、村長は大声をあげる。
「さ、さっさと出て行け貴様ら! その汚い血を持つ女と、男を連れてな!」
「……」
俺は思い切り殴りたい気持ちをぐっとこらえた。
ただ、力でどうにかするのは、ダメだ。
自分も同じレベルにまで落ちる。
そう教えられた俺は、できる限りこちらから手を出すことはしない。
シナニスがいらだったように一歩を踏み出したところで、彼の肩をつかんだ。
「殴ってどうにかなるわけじゃない。俺はクランリーダーで……みんなの見本になる。おまえも、みんなの見本になって……こらえてくれ」
「……わーったよ。リーダーがそういうなら、我慢するよ」
シナニスは剣をしまい、さっさとあるき出す。
シャーリエとファンティムが、そそくさと歩いていく。
シャーリエが軽く手を振ると、彼女と親しかったのだろうか。小さな子たちが何人か、手をふって返していた。
子どもたちが、まっすぐに育っていってくれたら――。
ファンティムだって村長の下にいてもきちんと育っているんだ。
きっとだいじょうぶだろう。
村長が何か馬鹿にするような言葉をはいている。
俺はシャーリエとファンティムを見る。
「……大丈夫? 私、重くない……?」
「だ、大丈夫だっ! 鍛えているんだからな!」
ファンティムの体はかなり細い。
よく見ると、シャーリエを持つ腕がぷるぷると震えていた。
「そう? それじゃあ翼動かさなくていっかな?」
よくみると、シャーリエの翼は何度か飛ぶように動いていた。
「え、あ、いや……」
「あはは、冗談だよー」
シャーリエがばさばさと翼を動かす。
と、俺と目があって彼女ははにかんだ。
「えーと、初めまして。シャーリエっていうよ」
「ああ、初めまして。俺はルードだ。……それと、すまないな。村で暮らせなくなってしまって」
「……お墓とかあったから、ちょっとだけ残念だけど……ファンティムと一緒なのも悪くないかなって」
シャーリエがにこーと笑いながら、ファンティムの頬をつつく。
ファンティムが煩わしそうに肩を動かしているので、聞いてみることにした。
「そうか。やっぱり二人は付き合っているのか?」
「さて、どうでしょうか?」
シャーリエが嬉しそうに微笑む。
ファンティムは耳まで真っ赤にしていて、その耳をシャーリエは愉快そうにつついている。
「実はな。ファンティムが『恋人じゃねぇ!』って否定していたんだ」
「え……ファンティム……私のこと嫌い、なの……?」
「う、え……あっ……そ、そういうわけじゃ、ね、ねぇけど……さ」
ファンティムは困ったようにしどろもどろになっていた。
シャーリエが楽しそうにファンティムに腕を回す。
ファンティムは頬を真っ赤にして、少しばかり体を動かしたあと、息を吐いてそれを受け入れた。
「青春って感じねぇ……」
「アリカ。年寄りくさい」
「あたしたちも、あれよね。そろそろ出会いの一つ二つはないとね……」
「……それも年寄りくさい」
アリカとラーファンはそんな話をしていた。
ラーファンはちらとこちらを見てから、また歩き出した。
「ファンティム。道中は俺たちで護衛する。速度は、気にするな。もともと、野宿する予定だったんだ」
「えっ、それってなんだか楽しそう!」
シャーリエが目を輝かせる。
……それだけ元気なら、大丈夫そうだな。