少年と亜人の少女3
「隣国とつながる山を知っているか? オレらの村は、その麓にある鉱山から入っていった先にあるんだ」
町を出発した俺たちは、ファンティムに案内を任せて歩いていく。
「……ウンディーネの恩恵を受けている観光地のことか?」
てっきり、その村のことだと思った。
しかし、ファンティムは首を振った。
「いや……うちはそれからすこし離れたところにあるぜ。近くに洞窟があるけど、他は何も。地図にも、映ってないような小さな村なんだよ。ケレッド村っていうんだけど……きいたことあるか?」
「いや、ねぇなぁ。おまえらはどうだ!?」
シナニスが仲間たちに顔を向けた。
しかし、ティメオたちは首を振った。
ここにいるのはあの場にいた全員だ。
彼の友人であるシャーリエを連れてくる以上、行きは半日で行けても、帰りまでそうなるとは限らない。
一日、あるいはそれ以上かかることもあるだろう。
シャーリエは体調が悪いため、基本的には背負って歩いていく。馬で来れればよかったが、あいにくうちにはいない。
こうなると、乗れる動物、あるいは魔物が欲しくなるな。
ないものねだりをしても仕方ない。
とにかく、村で一泊するか、野宿をすることになるのだが、ファンティムは村で一泊するのは現実的ではない、と話していた。
家族の心配をしたのだが、シャーリエの両親は早くに病気でなくなってしまったらしい。
……今度はファンティムにも聞いたのだが、彼も別に両親はいないと言っていた。
ただ、そう語るときの彼の表情は少し強張っていた。
両親がいないから、というよりも……何か別の事情があるように思えた。
現在、八人いる。
シナニスたちのパーティーとティメオたちのパーティー。シナニスたちは、留守番って話だったが、ルナ達の調整が出来なかったため、シナニス達にも来て貰っている。
それと、俺、ファンティムだ。
さすがに、これだけの人数だと魔物もそう簡単には近づいてこない。
わざわざ無謀な戦いを挑むほど奴らも馬鹿ではないからな。
俺たちは特に問題もなく、山の麓まで来ていた。
眼前には、森林と傾斜があった。
そこから左に折れて進めば、ウンディーネの加護をうけている町がある。
ファンティムはそこから右へと曲がっていった。
「こっちは、知らなかったな」
「そうなのか? オレたちの村は、この洞窟を進んだ先なんだ。ついてきてくれ!」
「そうか」
……そんな場所に村があるんだな。
あまり大きくはない洞窟の入口があった。
その近くには木々がおいしげっていて、よく見ないと分からない。
……鉱山かなにかとして使われていたのだろうか。
そんな痕跡らしき、古びたピッケルと思われるものが転がっていたりした。
「明かりが欲しいな」
中に入ると、薄暗い。外の明かりが届く入口はまだいいが、これから先を進んでいくと、まず見えないだろう。
それと、心なしか俺の近くにラーファンが来ていた。
彼女の目は不安げに揺れている。……おまえ、暗いのもダメなのか。
ドリンキンもちょっと震えていて、俺のほうに近づいている。
暗がりが苦手なのはそれくらいか。
リリフェルは好奇心の塊のようで、「おおー!」と声をあげては、洞窟の壁に手を当てている。
「魔鉱石ですよこれ!」
壁には魔鉱石が見えていた。
……へぇ、やっぱり魔鉱石の採掘場として使われていたのだろうか。質は、あまりよくないようだが、覚えておいて損はないだろう。
「魔物は別にでないし、オレは道覚えているから大丈夫だけど――」
「それなら僕がやりますよ。火魔法で明かりを確保します」
「あっ、私もいけますよルード様!」
ティメオとアリカがそう名乗りでる。
「それじゃあ、順番に明かりの確保を頼む」
「了解しました。それじゃあ、アリカさん。先に僕からいかせてもらいますよ」
彼は片手に小さな火の球をいくつか作り出す。
それを周囲へと向ける。まるで人魂のように、俺たちの周りをぷかぷかと浮いていた。
凄いな。彼が道の先にもいくつか放ったことで、道は十分に理解できた。
「これで、問題ないですか?」
「さすがだなティメオ」
「ええ、任せてください」
嬉しそうに彼がはにかんだ。それを見ていた、アリカがむぅぅと視線を向けている。
ラーファンもドリンキンも、光で道を照らすようになってから、いつもの調子を取り戻した。
「それじゃあ、オレについてきてくれ。村まで、一気に行くからな!」
「了解だ」
ファンティムが先頭を歩く。
……本当に魔物はいないんだな。
原理はわからないが、近くにウンディーネが暮らしているからだろうか?
それとも、自然的に魔物を寄せ付けない何かがここにあるのだろうか。
そんなことを考えながら、右に左に道を進んでいく。
……これは、案内できる奴がいないと迷子になるな。
こんな場所、あまり人は訪れないだろう。
と、洞窟の先に光が見えた。
夕日が差し込んでいる。もう、そんな時間か。
出口が近づいてくると、魔石の明かりが見えた。これらは、人が埋め込んだものだろう。
「あそこが、オレたちの村なんだ」
ファンティムが険しい顔でそちらを指さした。
遠目でも、石の家がいくつかあるのが見えた。
村へとついた。近くにいた村人が驚いたようにこちらを見てから、奥へと駆けていった。
洞窟の空は吹き抜けのようにくりぬかれていた。そこから、夕日が入っていた。
足元には魔石が転がっていて、それが自然に発光しているからか、暗いとは感じなかった。
草木も生えていて、人々が水やりをした痕跡が残っている。
少し先の空間にいくと、畑があった。……ここで育てられる植物があるのだろうか。
光を必要とせず、魔力と水だけがあれば育つものもあったような気がする。
白い花があちこちにさいていて、時々空から抜けてくる風に揺れている。
建物は基本的に石造りだ。
あまり外に出ている人はいない。
奥から人がやってくる。彼らの目は険しく、こちらを見ていた。
「何しに戻ってきたんだ。おまえは村から追放したと言っただろう」
それはファンティムに向けての言葉のようだ。
明らかに、険悪な雰囲気が漂っていた。
男たちは俺を含めた全員を見て、小馬鹿にしたように笑う。
「ガキ共が。散歩ならもう少し場所を選ぶんだな」
「……シャーリエを預かったら黙って出ていくっての。通せよ!」
声を荒らげるようにして、ファンティムが叫んだ。
男たちは、顔を見合わせ、それからすっとぼけたような笑みを浮かべた。
「シャーリエ……ああ、あの薄汚い血を持った女か」
薄汚い?
その言葉に真っ先に反応したはラーファンだった。
……昔は、他種族との間に生まれた子ども――いわゆる、亜人とよばれる彼らは、その昔、薄汚いと両種族から忌み嫌われていた。
だが、今では様々な種族の血を取り込んだ者は普通よりも強いことが多く受け入れられていることが多い。
多少、魔物に近い容姿を持っていても、「亜人だから」、で通用することが多い。
ミノウだってそんな感じだしな。
この村ではその古い風習が残っているようだ。
俗世から切り離されたような村だしな。
彼らが気分悪そうに眉根を寄せる。
と、向こうからファンティムに似た子が歩いてきた。
「騒がしいと思って来てみたら、なんだ兄さんじゃないか」
兄さんとファンティムを呼んだからには、弟なのだろう。
確かに、顔だちも似ている。
年齢はそれほど彼と変わらない様子だ。……下手をすれば、同い年なのではないだろうか。
一夫多妻制、とかだろうか。
貴族などでよくあることだ。ここの村長あたりが、多くの女性を侍らせている、とかはありえるかもしれない。
「あの薄汚い血を持つ女をどうするつもりなんだ?」
「連れだすんだよ。オレはシャーリエを助けるっ!」
「まったく、馬鹿な兄さんだよ。あんな、汚れた血なんかのために、家を出るなんてさ。まあ、僕は別に構わないけどね。代わりに僕が家を継げるんだから」
くすくすと彼は笑う。
ファンティムは村長の息子だったのか。
……なるほどな。家を飛び出し、俺のもとまで来たというのは相当な覚悟があったのだろう。
そんな男を見せられたら、こっちも助けないわけにはいかない。
俺も、甘ぇところがあるな。
「ファンティム。いい加減馬鹿な真似はよさないか」
奥から、ゆっくりと男が歩いてきた。
恐らくはファンティムの父親であり……この村の村長だろう。
男は非常に太っていて、そのふくよかな腹をさすりながら、笑みを浮かべている。
「……親父っ」
「おまえが家を飛び出し、一人で生きていく? それに、あんな薄汚い血の女も連れて? 無理に決まっているだろう。アレは呪われているんだ。だから、病にかかり、死ぬ運命になったんだ」
ファンティムが怒鳴ろうとしたが、俺は彼を制する。
……子どもの言葉と、ファンティムの父は一蹴するだろう。
だから、俺がかわりにこたえさせてもらう。
「村長、でいいんですか?」
「いかにも。彼をここまで連れてきてくれて感謝する。そのうち頭を冷やすだろう」
「……別にファンティムは何もおかしなことを言ってはいませんが」
「……なに?」
彼が鋭く睨みつけてきた。
家族は大事だ。
ただ、もしも……俺の話を聞いてなお、村長の意見が変わらないのであれば。
俺がファンティムとシャーリエという子の面倒を見よう。




