真実の想い 中
どうして捨てられたのか、理由は予想できるがそんなもの話しても仕方ないよな。
今聞きたいのは、そういう話ではないはずだ。
「俺が十歳の頃か。俺たちは捨てられた。目が覚めたら見知らぬ場所にいたんだ。それからは必死に生きた。スラムで妹と二人、毎日生きていたんだ」
「……そうなんですね。マニシア様からは、そこまでは聞いていませんでした。貴族の家に拾っていただいたとおっしゃっていましたね」
スラムでの生活は決していいものではない。
それに、スラム出身の人間は嫌われることがある。
だから、ルナに話したくなかったのかもしれない。
「俺はスラムの人から物を奪って生きてきた。それで、マニシアの薬代と食費を稼いできた」
「それでは、どうやって貴族の方に拾っていただいたのですか?」
「……どうしても、金が用意できなくなって、貴族相手に仕掛けたんだ。その護衛に捕まりかけて、顔を覚えられた」
「……それで、どうしたのですか?」
「その護衛からはなんとか逃げた。けど、すぐに追手が来てな。俺たちは捕まった。……うまく撒いたとおもったが、あのときだけは……な」
「……そうでしたか。それで、お二人は?」
「拾ってもらったんだ」
「な、なんでそうなったんですか!?」
予想通りの反応に苦笑する。
俺も、たぶん聞き手側ならそうなっていたな。
「なんでも俺の実力をほめてくれたんだよ」
「……なるほど」
「それで、それからは色々世話になって――15になったとき、騎士になるか、冒険者になるか問われたんだ」
「騎士、ですか」
「そうだ。貴族と裕福な家の子供くらいしかなれない立派な職業だ。ただ俺は、マニシアを治すために冒険者になったんだ。俺を拾ってくれた男は、決めたのなら、絶対にやりきれよ、って背中をおしてくれたけどさ」
俺のできる限りで、その家には今も世話になったときの恩を返している。
彼の領内で魔物が出現したときなどは、討伐の手伝いに行く、程度なんだけどさ。
「……それで」
ルナが唇をぎゅっと結んだ。
話していて、ふと思い出した。
マニシアに聞かれたんだ。『本当に騎士にならないのですか?』と。
俺はもちろん、騎士にはならないといった。マニシアを助けられるなら、冒険者の方が可能性があるって。
そういえば……そのときくらいからだったかもしれない。
「マニシアと仲が悪くなったのは、俺が冒険者になったときくらいだったかもしれない。魔本を探すために、あちこち飛び回っていて……もしかして寂しくなって、反抗期を迎えてしまったとかか?」
「……」
「マニシアは俺を嫌いかもしれないが、それでもいい。俺はマニシアを治す、それだけだ」
今回の休養を終えたらまたパーティーを見つける。
「そこまでわかっていて、どうしてマスターはマニシア様の気持ちに気づいていないのですかっ」
ルナが声を張り上げた。
な、なんだ。
何か、彼女を怒らせるようなことを言ってしまっただろうか。
「どういうことだ?」
「マニシア様は、マスターのことを嫌ってなどいません。……マスターのことを好いていましたよ」
ほ、本当か? 思わずにやけそうになる口元を隠した。
「けど、それじゃあどうして……あんなにいつも怒っているんだ?」
「……マスターに自由に生きてほしいと言っていました」
「自由に?」
「はい。……マニシア様は、『あたしのせいで兄さんの人生は滅茶苦茶になってしまっている』と言っていました」
そんなことない。
マニシアがいるから、毎日楽しく生活できている。
ただ、そうか。
そういう、捉え方もできるのか。
「一度、マニシア様と話してください。……私には家族がいません。ですから……お二人の気持ちは察することしかできません。ですが……家族というものは、仲良く過ごすのではないのですか?」
「……けど、な。マニシアとは昔話したんだよ」
それと似た話をしたことがある。
夜、マニシアは寝る時間になると不安になることが多かった。
彼女が寝付くまで一緒にいて、いつも聞かれていたんだ。
『お兄ちゃん、あたし迷惑になってない?』、と。
もちろん、「迷惑なんかじゃない」と答えてぎゅっと抱きしめて、頭をなでていた。
「あいつには何度も話している。俺にとっての幸せは、マニシアが元気に外を走り回れるようになることだ」
「……それなら、もう一度話してください。私も、マニシア様に話しますから」
「……」
……昔と違って、そう素直な言葉を正面からぶつけるのは照れ臭い。
それも、相手はずっと一緒の家族だ。
ルナのように、正直にすべてを話すのは、なかなか難しいんだ。
そろそろ、昼の時間だ。
「……その話はまたあとにしよう。そろそろ、昼になるし戻るぞ」
「……」
ルナはむすっとした様子で頬を膨らませる。
彼女の優しさが今は痛い。
自宅に併設された魔冷庫に、購入した食材を入れてから、玄関へと戻る。
ルナは自宅の扉を開けて、待っていた。
「……どうしたんだ?」
「なんでもありません。静かについてきてください」
いやそれなんでもあるじゃないか。
ただ、彼女は真剣な様子で何かをしようとしている。
気配を消すのは慣れている。
ルナも慣れた様子だ。
俺たちはコソ泥のように歩いていく。
リビングに入ると、話し声が聞こえてきた。
マニシアの部屋からだな。ニンと一緒か。
わずかに開いた扉の隙間から、彼女らの声が漏れている。
ルナはそこへと近づいた。
「それじゃあ、昔からずっと一緒だったんだ」
「はい。兄さんはいつもいつも、私のことを気にかけてくれますよ」
その声はマニシアのものだった。
嫌そうではなく、嬉しそうな声。
……マニシアがそんな言い方をするなんて思えなかった。
もしかしたら、笑みも浮かべているかもしれない。
先ほど、ルナが話していたことは本当なのかもしれない。
まだ、昔のように好きでいてくれるのなら、お兄ちゃんとしては嬉しい限りだ。
それでいいじゃないか。
その気持ちがわかっただけで十分だ。
マニシアが必死に隠している気持ちを、ここで盗み聞きするのはいけない。
そう言い訳をして、俺は逃げるように背中を向ける。
だが、がしりと腕を掴まれた。ルナだ。その両目がきっと俺を見据えている。
「けど、今は仲良くないんだ? というか、マニシアが一方的に嫌っている感じ?」
「それは……ニンさんは、兄さんのこと好きですか?」
何を言っているんだあの妹は!
「な、なんでいきなりそんなこと言うの!? 今の話のどこにそんな要素があったのよ!?」
ニンの慌てたような声。
その話も、俺が聞いていいものじゃない。
逃げ出したい。けれど、ルナの手から逃れられない。
「……少し、気になっていたんです。わざわざ、この町まで追ってくるなんて、それなりに親しくなければありえないと思いましたから」
「そ、それは……まあ、親しくはあるけどね……。それが何よ?」
「それなら。兄さんをもらってくれないですか?」
ぶぅ! とニンが何かを吹き出したあとに思い切りむせた。
俺も水でも飲んでいたら絶対、噴き出していた。
「だ、だからどうしてそういう話になってるのよ!?」
「……兄さんをあたしのもとに連れてきてほしくないんです」
「……なんでよ。ルードはあんたのために、頑張っているのよ?」
「それが、嫌なんです!」
マニシアが声を荒らげた。
「……兄さんは、自分の人生をかけて、あたしを助けようとしています。そんなのって、おかしいです。兄さんには、兄さんの幸せがあります。……あたしなんかのために、兄さんの人生を無駄にはさせたくないんです。……兄さん、騎士になることだってできたのに、冒険者を選んだんですよ。私の、ために……私なんかのために」
「だから、あんな態度をとってたの?」
冷静に、落ち着かせるように、ニンが言う。
「そう……ですよ。兄さんはきっともうあたしにはうんざりですよ」
どこか悲しげな声だった。
ルナが言っていた通りだった。
ルナを見る。彼女は目を伏せてから、視線を逸らす。
……ここまで、ルナの計画通りというわけか。
「……ふたりきりの家族です。私は二人が表面上仲が悪いのを見ていられません。特に、マニシア様が苦しんでいるのが、私は嫌でした。どうにか、したかったです」
「けど……それは」
「今なら、このタイミングならできるはずです」
返答に困っていると、ニンが声を荒らげた。
「そんなことないと思うわよ。あいつは、そういうの、絶対気にしてないわよ」
……いや、気にはしてたぞ。
自分の体臭とか、なんかそういうのが原因で距離を置かれているのではと体をよく洗うようになったし、洗濯物とかも臭いが残らないようハーブと一緒に洗ってみたりな。
パーティーを組んだ女性に、いろいろ聞いてみたりもしていた。
つーか、ニンにもそれとなく訊ねていた。
「そんなことないですよ。兄さんは……もうきっとあたしのことなんか大嫌いです」
「あいつ、いつもあんたのこと楽しそうに話していたわよ。可愛い妹がいる、絶対に助けたいって。正直、そこまで言ってもらえるあんたが羨ましかったわ」
「……そ、そうですか。そ、そこまで兄さんはあたしのこと、思ってくれていたんですね」
当たり前だ。
小さい頃からずっと一緒に過ごしてきた妹だ。
……俺自身の幸せ、か。
そんなもの、考えたこともなかった。
マニシアの体を治してやりたい。これは紛れもない本心だ。それが叶った時、俺は幸せだろう。
けれど、それだけではマニシアは満足しない。難しいものだ。
「マスター、行きますよ」
え、本気?
さすがに、これまで何度も修羅場をくぐり抜けてきたとはいえ、この状況を攻略する方法は思い浮かばない。
嫌だ、嫌だと駄々をこねるように腕を引く。
が、そんな俺をルナが引っ張る。
そして、ルナが不意に力を抜くものだから――。
「うぉ!?」
「あえ!?」
転んだ。ルナの体を傷つけないように抱きかかえるようにして、俺は背中から落ちた。
外皮が少し減ったな。
ルナの頭がみぞおちにクリーンヒット。外皮があって助かった。
さすがの音に、二人も気づいてこちらへとやってくる。
「に、兄さん……それにルナさんも。いつ、帰ってきたのですか」
マニシアはすぐに表情を鋭くした。
ちょっと焦っているようだ。それがまた可愛い。
「いや、今ちょうど、な」
「最初からです。お二人の話を聞いていました」
ルナ、命令だ、黙ってくれ。
そうは思っても、口には出せない。
マニシアの顔が赤くなる。
初めは羞恥、それからすぐに怒りへと変化する。
ニンはどこかあっけらかんとした様子だ。
なんなら、マニシアに見えないように笑ってさえいる。
……ニンとルナはグルだったんだな。
俺がすぐにその状況に気づいたのだが、マニシアが俺の頬をがっと掴んできた。
「兄さん」
「……なんだ」
「聞きましたか?」
「……そう、だな」
迷った末にうなずくと、彼女の顔は真っ赤になった。
「わ、忘れてください!」
彼女が思い切り、頭突きをしてきた。
頭に衝撃が伝わってきたが、この程度へっちゃらだ。
後ろにぶっ倒れたのは、マニシアのほうだ。
目を回してしまった彼女を、急いで運んだ。