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少年と亜人の少女1



「頼む! オレをこのクランに入れてくれ!」


 そう駆け込むようにクランハウスにやってきたのは一人の少年だ。

 目立つのは黒髪の一部に入った赤髪だ。

 

 ここまで急いでやってきたのか、呼吸は乱れている。

 そんな彼はきょろきょろとクランハウスを見渡したあと、こちらを見てくる。


「……お前、年齢は?」

「12だ!」

「まだ冒険者として依頼が受けられる年齢でもないじゃないか」

「そ、そうなのか?」


 ギルドカードは身分証として発行する年齢に制限はないが、依頼を受ける場合だと15歳以上の制限がある。

 社会的に、一応の成人ではあるからだ。ただ、最近では昔に比べて寿命が延びたこともあってか、20くらいまでは子どもとして扱う大人も多い。


 少年は絶望したような顔になっていた。


「何か、事情があるのか?」

「い、いや……別にそういうわけじゃ……なくて……冒険者、なれねぇのか?」


 冒険者にはなれない。

 だが、冒険者見習い、みたいなことは可能だ。


 俺は席についたまま、じっと彼を見やる。

 服装はどこかの町から村でよく見るものだ。あまり派手なものではない。

 田舎、で好んで着られるようなものだ。


 慌てた様子でここにやってきたのは何か理由があるのだろうか……。

 一番怖いのは犯罪者である場合だ。


 俺が匿ってしまった、とならないように騎士には連絡する必要があるだろう。

 事前に伝えておけば、騎士が弁解してくれるからな。


「能力証明書はあるのか?」

「な、なんだそれは……?」

「……とりあえず、受け取ってきてくれ。町にある教会で話をすればもらえるはずだ」

「わ、わかったいってくる!」


 ……嵐のような少年だな。

 部屋を飛び出し、それからしばらくして戻ってきた。

 息を切らしながら駆け込んできた少年は満面の笑みを浮かべ、能力証明書をこちらに渡してきた。


 ルナが能力証明書を受け取る。その際に彼女は慣れた様子で握手をかわす。

 これで、条件は満たした。彼女が彼のスキル可能性を知ることができるだろう。

 彼を近くの椅子に座らせると、彼はようやく一息をつけたような顔になる。


「それで、オレをクランに入れてくれるのか?」


 ルナから能力証明書を受け取る。と、同時にルナは紙を用意し、こちらへと追加で渡してくる。


 ファンティム 180 『幻術』


 と、ルナが書いてきたものには、『魂の叫び』と書かれていた。

 『魂の叫び』……確かスキルを強化するものだったな。 

 心の力がそのままスキルに反映されるものだ。


 まあ、簡単にいえば敵に対する心持ちだな。「勝てる、勝つんだ」と前向きにスキルを発動すれば強化され、「負ける、ダメだ」と後ろ向きに使えばスキルが弱体化されてしまう。

 通常、多少なりとも影響するそれが、よりふれ幅が広くなるという感じだ。


 良くも悪くもあるスキルのために、評価はRだ。

 心の強い人間が使えば、常にスキルを強化できるが、そもそもスキルを他に持っていなければ意味がないということもあり、評価はいまいちあがりにくいものとなっている。


「まあ、そう慌てるな。一つだけ聞かせてくれ」

「あ、ああなんでも、聞いてくれ!」

「……どうして冒険者になりたいんだ?」


 力を込めていうと、彼はひくっと頬を引きつらせた。

 何か悪事を隠していれば暴くつもりで。

 しかし、彼の様子を見るに……なんというかチンピラに絡まれた一般人みたいな怯えが見えた。


 ……これだと俺が悪者みたいだな。

 と、クランハウスの入り口が開く。まもなく入ってきたのはドリンキンだ。


「ルードさん。彼は、どうしたのですか?」


 タオルで汗をぬぐっていた彼は、来た時よりも一まわり大きくなっている。ドリンキンに威圧されたのか、ファンティムは後ずさっている。


 今日もマリウスと訓練をしてきたのだろう。

 刀の腕もかなり上がってきたと、マリウスも弟子の成長を喜んでいた。


「新しく入りたいって子だ」

「そ、そうです、か」


 ドリンキンが少し嬉しそうだ。

 彼からすれば、後輩になるからな。


 ……ドリンキンが少しだけうずうずしているようだった。

 彼のやる気をあげるためにも、面倒を見るのは悪くないかもしれない。


「お、オレは冒険者になって、たくさんの金を稼ぎたいんだ!」

「お金、か。まあよくある理由だな。ただ、明確にどんな思いがあって金を集めるのか考えているのか?」

「そ、それは……べ、別になんでもよくねぇかっ!」

「まあ、そうかもしれないがな」


 金を集めて、何に使うか、だ。

 力がある冒険者も、金におぼれて身を滅ぼした、なんてこともある。


 例えば、酒や女が大好きで、そいつらにつぎ込んで、最後には犯罪に手を染めてしまった、なんてこともある。


 ……もちろんこちらでできる限りの指導はする。

 けれど、生まれてから形成されていった人格というものは、なかなか変わりにくい。


 それこそ、身を亡ぼす寸前までいってようやく気付くなんて場合もある。

 ……それでも、気づかない人間だっている。


 俺のクランに入れる以上、そんな理由で問題を起こしてほしくはない。

 無関係ではないからな。一人一人の行動が、そのままクランの評価につながっていく。


 と、まあそんな話を軽く彼にすると、ファンティムは唇をぐっと噛んだ。


「そんなこと、しねぇよっ。わかってっからさ」

「そうか。なら、本当のことを話してくれないか?」

「な、なんだ?」

「いやな。話していておまえが何かを隠してるのはなんとなくわかる。それを教えてくれ。内容によっては、クラン入りも拒否させてもらう」


 ファンティムは視線を落とし、拳をぐっと固めた。

 それから、彼は両手を床につけ、頭をこすりつけた。


「た、頼む! オレの知り合いを助けてほしいんだ!」

「……知り合い?」

「あ、ああっ! そいつ、この前体調を崩してさっ! けど、その……そいつ亜人族だから、それで……村のみんな誰も助けてくれなくて――。ほっとくと命にもかかわるって聞いてさ……どうにかして金を用意しないといけなくなったんだっ! だから、だから……オレが冒険者になって稼ぐしかなくて……けど、オレなんもしらなくてっ! ずっと村で家を引き継ぐもんだとばかりに思って、なんも知らねぇんだ! 頼む、頼むよっ! オレを入れてくれ! オレに、冒険者としての稼ぎ方を教えてくれ!」


 彼は初めこそ叫んでいたが、後半には涙混じりのものとなっていく。

 嘘は、ないだろう。

 というか、これ以上追及していたらルナとドリンキンの俺への評価が下がりそうだ。


「わかった。その子の病気は?」

「……『ファリウス熱』です」

「……そうか。なら、その子もこの町に連れてこれるか? その病気は別に移るものでもないし、きちんと治療しておいたほうがいい」

「ち、治療できるのか?」

「『リアニ草』という薬草が必要になる。だが、これを好む魔物が食い荒らすことがあってな。特に、この夏から秋にかけての時期にその魔物が繁殖するからな。確かに、今の時期は市場に出回る量が減るな」


 そもそも、この病自体珍しいものだ。貴族のもとにいけば、恐らく予備はあるだろうが、金銭的に厳しいものがあるだろう。


「クランリーダーってのは、そんなことも知っているのか……っ」


 ファンティムが声を震えさせる。


「知識があるだけだ。俺の妹も生まれつき体が弱くてな。できる範囲で調べたことがある」

「そ、そうなのか……」

「それから、きちんと悩みがあれば相談してくれ。自分一人で解決しようとしないでくれ。できることはなんでもする。……仲間なんだからな。できることなら力になるし、他にも協力できることはあるかもしれない」

「な、仲間……」

「ああ。ひとまず、冒険者見習いとして、面倒をみてやる。だから、相談してくれ」


 そういうと、彼は目をごしごしとこすった。


「……ご、ごめん。だ、だって……村の人たちは、オレには無理だって、諦めろって……言われたから。そういうもの、なんだと思って……もう馬鹿にされたくなくて」

「そうか……。村の人たちからすれば確かに難しいことかもしれないが、冒険者にとってはそうじゃないこともある。ま、その逆もあるがな。俺たちに農業をやれといわれてもできない。それぞれ適した世界があるんだ。パーティーと同じだな」

「……は、はい。わかった。一度村に戻って、シャーリエを連れてくる!」

「近いのか?」

「ここから馬で一日もかからないと思うぞ。ケレッド村だ!」

「……そんな村、聞いたことないな?」

「山にある鉱山の迷路を抜けた先にあるんだ」


 ドリンキンとルナを見るが、彼らも首を振った。


「それなら俺たちも行こうか。この町の薬師にもこのことを相談しておきたい。少しだけ出発を待ってもらっていいか?」

「は、はい」


 と、ドリンキンが一歩こちらに出てきた。


「ルードさん、オレも行きますよ。この辺りの魔物相手なら、オレも、戦え、ますから」


 彼がファンティムを見る目は優しい。

 ……そういえば、ドリンキンも村でバカにされたことがあったと言っていたな。


「わかった。ルナ。明日までには戻る予定だ。特に、緊急で対応する事態はなかったよな?」

「はい。問題ありませんね」

「それなら、俺がいない間は、ニンやマリウスと連携してクランをまとめてくれ。何かあったら、いつでも連絡してくれ」


 ヒューがいるおかげで、それなりに安心して出発できる。

 ルナの首肯を見てから、俺たちはクランハウスを出発した。


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