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ホムンクルス1



 ひとまず、黒い魔物に関しては一段落がついた。

 直接的な被害が出ていないのが、よかった。


 助けたホムンクルスたちを中傷するような人は、ほとんどいなかったということだ。

 もちろん、一部の冒険者たちは黒い魔物に関して色々と言っているようだが、そこは俺が後処理をすることを告げて、落ち着かせている。


 ……そういうわけで、俺はホムンクルスたちと今後のことを話さなければならない。

 おおよその中身は決まっている。


 ただ、どうにも人間を過剰なまでに恐れてしまっている。

 俺が真っ先に助けた一人称が『ボク』の女性。


 名前はフェアだそうだ。彼女が、ホムンクルスたちの実質のリーダーみたいらしく、代表者である彼女と今後のことについてクランハウスで話す予定だ。


 俺は席について一つ呼吸をする。

 クランハウスの作りは、入ってすぐに受付のような席がある。

 今俺はそこに座っている。

 奥にはキッチンなどがあり、本格的な料理は難しいが、日常で不自由ない程度の料理ができるスペースがある。


 さらに風呂なども、魔法が使えれば利用できるような造りとなっている。

 俺が座っている場所から右手側に階段があがる。

 そちらからあがったさきは、宿屋と同じように部屋がいくつも並んでいる。


 現在五部屋が埋まっている。リリフェルたちが利用していて、アリカとラーファンは一緒の部屋で生活している。


 俺は一つ息を吐いてから、ちらと背後の部屋を見やる。

 物置のような部屋であるが、今そこには三人の女性がおそらく聞き耳を立てているだろう。


 ニン、ルナ、マニシアたちだ。

 相手は代表者一人で来る。緊張させるわけにはいかないので、こちらも俺が一人で話をする予定だった。


 事前に、ニンたちと打ち合わせしていて話す内容は決めているとはいえ、ホムンクルスたちを説得するための話し合いだ。

 緊張がまったくないわけではなかった。


 約束の時間だ。ぴったりにクランハウスの扉がノックされた。

 

「あいている、入ってくれ」


 扉がすぐに開き、室内を照らすほどの笑顔とともに、フェアが入ってきた。

 彼女はくりくりとした瞳を楽しそうに周囲に向けている。

 そうして、俺の前に用意してあった椅子に気付いたようだ。座っていい? といった感じで小首をかしげた。


 首肯とともに片手を向けると、彼女はすぐに腰かけた。


「やほやほー、久しぶりー」

「ああ。久しぶり。体調はどうだ?」

「問題ないよ!」


 にこっと無垢な笑顔を浮かべるものだから、こちらもついつい笑みを返してしまう。

 肩のあたりで切りそろえられた短い髪とその笑顔は抜群に似合っていた。


「ああ。ここまで来てくれてありがとうフェア」

「それはこっちのセリフだよー、ルードさん。わざわざボクたちのことを思って、こんな風に話の場を用意してくれて、ありがとね」

「ああ、それで早速だが――」

「うん。任せて。この身はなんでも好きに使っていいよっ。だから、ボクたちをここに置いてくれないかな! ボクはどんな辱めも受けるから!」

「……何を言っているんだ」


 フェアはあれ? と首をかしげる。


「ほら、捕虜とかってそういう扱い受けるんじゃないの?」


 偏っているな知識が。


「必ずしもそういうわけではないだろう。それに、おまえたちは捕虜じゃない」

「いやぁ、でもですなぁ。似たようなものじゃないかな? ボクたちって」


 ……まあ、そういう考え方もできるかもしれないが。

 だから、ホムンクルスたちはあれほど怯えていたのだろうか。


「……とにかくだ。おまえ主導で話を進めているとおかしなことになりそうだからこちらから色々と話させてもらう」

「はいはーいっ! 黙って聞いているね」


 最初からそうしてくれ。

 ぴたっと静かになったフェアはそれからにこにこと体を左右に揺すっている。

 落ち着きがない奴だな。


「この町は今、人手が足りていないんだ。特に、接客業に関してだな」

「うんうん」

「だから、おまえたちがそれに協力してくれるというのなら、俺たちも居場所を提供しようと思う」


 そういうとフェアは目を見開いた。


「……それって、破格すぎる待遇じゃないかな? ボクたちって、ホムンクルスだよ?」

「ホムンクルスだろうが関係はない。ホムンクルスとして協力してくれるのなら、俺はこのクランをひとまず宿として貸し出すこともできる。ただ、部屋はさすがに全員分はないからな二人、あるいはそれ以上で一つの個室を使ってもらうことになるが」


 俺たちは、ホムンクルスの人手がほしいと思っていた。

 それがタダで手に入るのなら、悪いことはない。

 フェアがちらと俺の顔を見てくる。くりくりとした好奇心に満ち溢れた表情だ。


「もしも、断った場合はどうなるのかな?」


 少しだけ、彼女の目に力がこもる。

 いくらかの情はあるが、俺は彼女らにあくまでリーダーとして話をするしかない。


「……人に、迷惑をかけないのであれば、俺がこれ以上なにかをするつもりはない。この町で、金を稼ぐために働いてくれてもいい。ただ、今回の一件はすべて領主にも報告させてもらう。もしも、俺の話を聞いてくれるのなら、領主には俺にすべてを任せてもらうように話をしておくつもりだ」

「それじゃあ、断ったらあれだね。国に保護という形で監禁でもされる感じかな?」

「そうかもな。ただ、もしも、俺に協力してくれるなら、いいように誤魔化すことはできる」

「誤魔化す?」

「ああ。『持っている情報を引き出すために信頼を獲得するために、面倒を見ている』、と領主から国に報告してもらう。もちろん、おまえたちが『戦力として使えるかどうかも検討している』とかなんとか言っておけば、上だってそう悪いようにはしないだろう」


 そのあたり、ニンとともに話しこんでいた。

 どの程度までなら、国を騙せるか。

 ニンと検討して出したのがこの作戦だ。

 フェアはふっと頬を緩めた。


「……そっか。了解。ボクがみんなに話し合ってみるよ」

「協力してくれて、助かる」


 そういって息を吐く。

 思っていた以上にうまくいきそうだ。

 フェアはさらに頬を緩めた。


「優しいんだね、キミは」

「そうでもない」

「いやいや、優しいよキミは。少なくとも、ボクがよく知っている人間たちとは違うみたいだ」

「よく知っている人間たち?」

「ああ、そうだよ。ボクたちは隣国からきたんだ。あの国で作られたボクたちみんな、戦闘能力を保有しているんだ。普通のホムンクルスとは少し違うでしょ?」

「ああ。ホムンクルスは基本的に戦闘能力はもたない。人間に牙を見せられたら、困るからな」

「そうみたいだね。ボクたちは……みんなを守るためにこうして、ここに来たんだ」

「みんなを守るため?」

「……うん。選ばれたボクたちが魔物化して、この国に侵入する。適当に暴れてくれれば儲けもの、みたいなんだ。……ボクたちはみんな自分の意思で他のホムンクルスを守るために魔物化したんだ」

「……そうか。色々、あるんだな」

「うん。まあね。みんなが知っている情報と一緒に、あとで伝えるね」

「……ああ、頼む」


 フェアがにこっとはにかむ。

 その肩が少し震えていた。


「フェア。これからは仲間だ。何かあったら相談してくれ」

「……うん」

「出来ることなら、力になるから。頼りないかもしれないがな」

「……そんなことないよ。そんな言葉をかけてくれる人間、今までにいなかったよ」


 フェアがにこりとはにかんで、席を立つ。

 俺も彼女の笑みに負けないように笑ってみせる。


「ホムンクルスたちを頼むな」

「うん、任されたっ。それじゃあ、みんなに話してくる! きっといい返事ができるように頑張るね!」


 フェアには頑張ってもらいたい。

 ホムンクルスたちの決断が「町を出て行く」というものであったとき、ルナが悲しむだろう。


 それは嫌だ。ルナが悲しまないように、俺だって何かしてやりたくなる。


 何より、マニシアに嫌われてしまう。交渉に失敗した兄に侮蔑の目を向けてくるかもしれない。

 ああ、それはちょっといいかも。いやダメだバカ。


 一瞬の快楽に身を任せてはいけない。

 俺は、マニシアにどうされたい? 慕われたい。


「マスター、大丈夫ですか? 先程から表情が七変化していますが」


 フェアが去ったことで、奥の部屋に隠れていたニンたちが登場した。


「俺はいつも通りだ。あいつらが町に残ってくれるのか心配で、な」

「そう、でしたか……きっと、大丈夫だと思いますよ」

「あんたの気持ちは伝わったと思うわ。あとはフェアたちの決断次第よ」

「……はい。兄さんはしっかり役目をこなしていました。妹が保証します」


 それならなんとかなる気がした。

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