黒い魔物5
次々に浄化を発動し、俺はすべての魔物の性質の浄化に成功した。
全身に痛みのようなものがあった。
……黒い魔力を体内に入れすぎた、からなのだろうか。
それでも、周りの人たちに気を遣わせたくはない。
冒険者たちは、無事魔物の討伐も終わり喜んでいるのだ。
今はそれだけで、十分だろう。
連絡をとっていたリリアが、疲れた様子で地面に座っていた。
「殺さないように倒してとか、無茶を言う」
「おまえならそのくらいできるだろ」
「疲れた」
「……悪かったよ」
片手をあげるとリリアはすっと立ち上がる。
離れた場所にいたリリィがリリアに抱きついている。
リリアも嬉しそうにそんな妹を抱きしめ返して、頭をなでていた。
「全員、無事か!」
俺は残っていた冒険者たちに声をかける。
冒険者たちに死人は出ていないようだ。
……よかった。
外皮がある以上、俺たちが戦いで命を落とすということは少ない。
……そういうときは、だいたい全滅、だからな。
ただ、ぎりぎりのところであったことは確かだ。
外皮をすべて削られてしまい、怪我を負った人間もいた。
ほっと息を吐きながら、俺は痛みのある胸元に手を当てる。
体から魔神の力は抜けているはずだ。
はずなのだが、魔神の力を体内に取り込んだときの痛みが残っていた。
悟られないよう、俺は小さく息を吐くだけに留めた。
「まったく、ルード。おまえはまたいつもみたいにいいところを持っていきやがるぜ」
シナニスだ。
ラーファンやリリフェルの姿もあった。
「し、師匠!」
ぴょんと抱きついてきたリリフェルを受け止める。
「無事か?」
「はい! シナニスさんとティメオのおかげですっ」
「そうか。シナニス、ありがとな」
「別に。あのくらいできなきゃ、てめぇのライバルは名乗れねぇからな」
そう力強く言って見せたが、ずいぶんと疲労しているようだ。
「ティメオも、ありがとな」
「僕も……失いたくはありませんでしたから」
むすっとした様子で、少し頬を赤らめて彼はそういった。
……そんなことを考えてくれていたなんて、嬉しい限りだ。
俺は思わず自分の頬が緩んだのがわかった。
「……ありがとな」
俺がお礼をもう一度言うと、ティメオはぶすっとした顔で離れてしまった。
「冒険者たちは……全員無事なのか?」
俺は近くに来ていたリリアに声をかける。
「ええ、問題ない。死人は出てないみたいよ」
「そうか。よかった……」
「それより、詳しい話を聞かせてくれない? 私も報告書をまとめる必要があるから」
「それはまた、あとで本人たちから聞いてからにする」
「そっ。ま、急がなくてもいいから。ゆっくり休むといいわ」
一応、ホムンクルスが魔物化していて、スキルを組み合わせて浄化した、ということだけは伝えておいた。
詳しい話は……俺もまだホムンクルスたちから聞いていないからな。
リリアたちは町へと戻っていく。
話題になったホムンクルスたちには、とりあえず町から持ってきた布をまとって裸を隠してもらう。
……あまり、はじらいというものは感じないようで、彼女たちは裸でも問題なさそうではあったが、こっちは問題あるからな。
布を運んできてくれたのは自警団だ。
そのときには、町の門付近はすっかり静かになっていた。
「ルードのおかげで、助かったぜ。ありがとな!」
町へと戻って行く最後の冒険者が、俺にそんな声をかけてきた。
……これまでも、ほとんど全員が感謝を俺に言ってきた。
そのたびに、俺一人じゃなくてみんなが……というのだが、みんな感謝は代表者である俺に伝えてくる。
感謝の連続攻撃をぶつけられ、少し慣れないものがあったが、仕方ないか。
「まったく……ルード、大変だったぞ」
フィールが最後の一人――。一番最初に助けた女性型ホムンクルスに布を渡す。
「ありがとねー」と気さくに微笑んで受け取った彼女は、それを体に巻いた。
「フィール……どうだった?」
「それがっすね、ルードの兄貴!」
「珍しく、フィールさんみんなに指示を飛ばしていたんですよ! 一人で、リリアさんたちと並んで戦えるくらいに強かったんです!」
仲良し二人組が楽しそうに語る。
フィールが頬まで真っ赤にして、兜の面をつけなおした。
「そうか……戦えて、よかったな」
「……いや、な。……わ、私以上に怯えている人がたくさんいて、むしろ私が冷静になれただけなんだ」
……まあ、そういうときに落ち着けるというのは才能、なんじゃないだろうか。
フィールはそのまま去っていった。
「ホムンクルス……えーと」
「フェアだよ。明るい性格をしているから、フェアなんだって」
「……そうか。名前が、あるんだな」
「うん、まあね。つけてもらったんだ」
名前をつけられたホムンクルスもいるのか。
「詳しい話はあとで聞く。……ホムンクルスたちは、皆ひとまずは町にある宿で休んでくれ」
「……うん。みんなのこと、助けてくれてありがとうございます」
ぺこり、と彼女は頭を下げてきた。
フェアたちの案内は自警団の人に任せる。
……とりあえず、後処理はこのくらいか。
「今日は……みんなありがとう。おまえたちがいなかったら、たぶん町は守り切れなかった。……これからも協力してくれるとうれしい」
クランメンバーたちにそういうと、彼らも楽しそうに笑う。
……みんな笑顔で、それだけはよかった。
みんなとともに町へと入ったあと、
「ああ、そうだ。みんな、町の人たちにも伝えておいてくれ。今回は、何の被害もなかったこと。……たぶん、みんな不安だと思うからさ」
俺のクランに所属している彼らから聞ければ、安心できるだろう。
全員が町のほうへと歩き出し、残ったのはルナとニン、マリウスだけになる。
……できれば、三人にもこんな姿は見せたくなかったんだがな。
三人はどうやら、気づいているようだ。
「ルード、もういいでしょ。周りには誰もいないわよ」
「……マスター。気を張り続けなくても大丈夫です」
俺はその場で倒れそうになったが、マリウスが肩を貸してくれる。
「魔の力を体内に取り込みすぎだ。おまえが魔物化してしまうぞ」
「……マニシアを助けるまではそんなことにはならねぇよ」
「まっ、なったときはオレが使い方を教えてやるさ」
強がるようにそんな風に返して、マリウスとともになるべく人通りの少ない場所を歩いていく。
道中も、ニンとルナが治癒魔法を使ってくれる。
ルナはニンから浄化の魔法の使い方を聞き、早速実践している。
家に着くころには、それで少しは体調も回復した。
さすがに、マニシアに情けない姿を見せるわけにはいかない。
家の近くまで来たところで、俺は自分の足で歩く。
と、何やら駆け足のようなものが聞こえた。
自宅近くの家の間からひょいと出ると、そこにマニシアがいた。
「兄さん、無事でしたか!?」
「……あ、ああ無事だ」
抱きついてきた彼女を受け止める。
俺の胸のあたりに耳を当てたマニシアだったが、表情が険しくなる。
「いつもよりも、鼓動が早いです。やっぱり、大変だったんじゃないですか?」
「……そう、だな。いつもよりも大変な戦闘だった。けど、俺は無事だ」
「多少、疲れてはいるみたいだけどね」
ニンが付け足すように言う。
妹の前でかっこいい姿を見せたいというのに。
「……そうですか。それじゃあ、すぐに家に入ってください。みなさんも、食事の準備をしておきましたっ。たくさん食べてくださいね!」
「おお、ルード妹の食事か。そいつは楽しみだな」
嬉しそうな様子でマリウスが笑みを浮かべる。
「そういえば、俺がこっちに来ているのわかったのか?」
「妹をなめないでください。兄さんの居場所なら、なんとなくわかりますからっ」
そうか。
お兄ちゃんのこと、気にかけているということだろう。
嬉しい限りだ。