黒い魔物4
アバンシアの町。その北門で冒険者たちは気を張っていた。
ルードたちが森へと調査にでて、もう結構な時間が経っていた。
その一団に混ざるように、シナニスやリリフェルたちの姿もあった。
六人で一つのパーティーとして、今は行動していた。
「リリフェル、ほら、この飴おいしいよ」
そういって、尻尾をぶんぶん嬉しそうに振り回しているのは、ラーファンだ。
リリフェルはラーファンから飴を受け取って、ぱっと目を輝かせる。
ラーファンはさらに二人にも渡そうとしたが、二人は遠慮するように首を振った。
「ほんと、ラーファンはリリフェルにばっかり声をかけるわね」
アリカの言葉に、ラーファンはぽりぽりと頬をかく。
「だって、同じ立場だし」
「まあ、気持ちもわからないでもないかな。そういうわけで、何か聞きたいことがあったら聞いてちょうだいね、みんな」
アリカがそう言うと、ティメオとドリンキンが頷く。
それに嬉しそうにアリカがはにかみながら、びしっと指をさす。
その表情はどこかからかうように緩められていた。
「ちなみに、そっちでむすっとしているのがうちのパーティーのリーダーだから」
「むすっとしてねぇよ! 生まれつきの顔だ!」
外に視線を向けていたシナニスが声を荒らげた。
「生まれつきこんな顔だからよく誤解されるけど、別に悪い奴じゃないからね」
「……ちっ。……ところで、ドリンキンだったか? ドリンキンは刀を使うんだな? マリウスさんに教えてもらってるのか?」
「えと……まあ、そう、ですね」
「お、オレ……怖いか?」
シナニスは少しばかり目つきが悪い。
ドリンキンはあまり人と話すのに慣れていないため、少し震える。
それらが合わさった瞬間、まるでチンピラが気の弱い人間から金を巻き上げようとしているようになってしまった。
それが、アリカの中でツボに入ったようで、ぷっと笑っていた。
「ありがとーございますシナニスさん。ドリンキンは少し引っ込み思案なところがありまして、けど、シナニスさんの気持ちはちゃんと伝わってますよ!」
「そ、そうかぁ? ならいいんだがな」
だが、シナニスは肩を落としていた。
「……シナニスさん。ずっと聞きたかったんですけど、ルードさんと一緒に迷宮更新をしたんですよね」
そんなシナニスに臆せず話しかけたのは、ティメオだ。
「まあな。つっても、オレたちはルードについていっただけにすぎねぇよ。まっ、そういうわけだ。あんまりそういう目で見られても困るってんだ」
シナニスは頬をかいて不器用に笑う。
それでも、ティメオからすればあこがれの一つだった。
なぜ、このクランを選択したか。それは、シナニスも大きく関係していた。
ティメオは新聞の記事を見て、ルードがシナニスを育成したからこそこの結果が生まれたのだと判断していた。
「そう、ですか」
ティメオはそう短く呟いたときだった。
他の冒険者が声を荒らげた。
「魔物が、こっちに向かってきている! ぱっと見ても十は超えていやがる!」
「マジかよっ! ルードさんたちと行き違いになっちまったってことか!?」
慌てた様子で、冒険者たちが叫ぶ。
正体不明の魔物が、確かにそちらに数名いた。
浮足立つ冒険者たちに、ティメオたちの表情も強張った。
と、シナニスが振り返る。
「おまえら、安心しろ。オレたち先輩が、守ってやっから。自分のできることだけ考えてやれ」
「……はいっ!」
シナニスは小さく言って、それから視線を前に戻した。
今にも逃げ出しそうな冒険者たち。
と、その瞬間。地面に剣がつきたてられた。
まるで、足から脳まで衝撃が伝わるかのような衝撃が周囲へとあふれる。
混乱して、情けない声をあげていた冒険者たちは、一瞬で静かになった。
その剣を突き刺したのはリリアだ。
「狼狽えんな」
リリアが目に力を込め、怒鳴りつけるようにいう。
同時に、彼女が剣を上にあげる。
「敵は人型の未知の魔物。だから、何? 冒険者である以上、この程度恐れる必要はない! 全員、自分にあるだけの力を発揮しろっ!」
「り、リリアさん!」
冒険者たちが目を輝かせて声をあげる。
ふっと、リリアが柔らかく微笑み、冒険者たちの羨望を受ける。
それを良しとしないリリィが、ぶすっと呟くようにいう。
「お姉ちゃんの言う通りです。戦わないのであれば、お姉ちゃんに切り伏せられるだけです」
ぶんぶん、とリリアが剣を振る。
羨望を向けていた冒険者の一部が、怯えるように体を震えさせた。
と、そんな人々に混ざるように別の声が響いた。
「わ、我々も怯えることはない! 敵の数は十! 冷静に対処しろっ!」
フィールが叫んだ。しかし、彼女は鎧の中でかたかたと震えている。誰よりも怯えているが、鎧のおかげで誰にも気づかれていない。
それぞれの陣営が動きだし、魔物とぶつかる。
冒険者たちのパーティーは現在6ほどあったし、教会の騎士や自警団も含めれば、一パーティーで一体の魔物と相対できるだけの力があった。
しかし、魔物の圧倒的な速度と力に、一パーティーの冒険者がやられる。
「つ、つぇぇ! なんだこいつは!」
「こ、こんな魔物と戦ったのは初めてだぞ!? A、いやSランクはあるんじゃないか!?」
外皮を削られてしまったメンバーを戦いに参加させるわけにもいかず、生身の体が傷つけられる前に後退していく。
数が減り、一気に崩れそうになったそこへ、リリアが割り込んだ。
敵と剣を打ち合い、押し返す。
リリアはすかさず剣を両手に構え、外皮を削られた冒険者を見やる。
「く、くそっ……!」
「なんだ、この魔物たち……ま、まさか、ルードさんたちもこいつらにやられたんじゃ……」
「恐怖は敵を過剰に見せるだけよ。そんなに強くないわ。それと、ルードたちはこっちに向かっている」
「そ、そうなんですか……なんでわかるんですか?」
「勘」
ルードから預かっていたスライムについて伝えるわけにもいかなかったリリアの嘘であったが、冒険者たちはそれをあっさりと信じる。
リリアの迫力が凄まじいからだ。
あちこちで冒険者の悲鳴があがる。
街の中へと入りこんで来ようとする魔物を、タンクが必死に注意を集めて時間を稼いでいく。
しかし、そのタンクがあっさりとやられてしまっていた。
何より、戦場が混戦してしまい、魔法が満足にうてない状況が続いている。
精密な魔法に慣れているリリィだけが人々の間を縫って敵だけに攻撃を当てていた。
シナニス率いる六人も、一体と戦っていた。
シナニスと、リリフェル、ラーファンが前衛に立って踏ん張っていた。
敵が振りぬいた剣へ、シナニスが剣を当てる。
シナニスは腕をふっと緩め、相手の姿勢を崩しながら剣を振りぬく。
黒い体に剣が直撃するが、彼らはまるで外皮で受けたように無傷だった。
アリカとティメオの魔法が飛ぶが、彼らはあっさりとかわしてしまう。
それを見ていた、シナニスはリリアへと顔を向けて叫ぶ。
「魔法使いたちは町の中に入られないように防衛魔法を使ってもらったほうがいいんじゃねぇか!?」
「それ採用。魔法使いたちは下がって、町の門で防衛魔法を張りなさい」
指を鳴らすリリア。
シナニスは、飛びかかってきた魔物の剣をかわし、すかさず切りつける。
スケルトン戦以降、シナニスは以前とはくらべものにならない程剣の腕が成長していた。
急所や隙を見逃さない。
魔物の体を蹴りつけ、距離をあけたシナニスは別の冒険者パーティーを助けるように駆け出した。
今まさに、外皮が削られ、やられそうになっていた冒険者と魔物の間に割り込んで、受け止める。
「おまえら無理するな! 下がってろ!」
この街にいる冒険者たちは決して強いものたちばかりではない。
確実に戦力が減ってきていた。
前衛でまともに戦えているのは、数名の教会騎士と、リリア、シナニス、ラーファン、フィールだけだった。
「ティメオ、アリカ、ドリンキン、リリフェル下がってろ! 魔法使えるティメオ、アリカは後ろにさがった奴らと一緒に町を守ってくれ! ドリンキンとリリフェルは、二人を守れ!」
シナニスは声を荒らげ、四人を下げる。
四人は下がっていき、前衛で戦えている人たちだけが魔物と相対していく。
だが、少しずつ前衛が削られていき、数が減って行った。
シナニスやリリアが複数の敵を相手にしていることも増え、不意に数体の魔物が前線から町へと視線を向ける。
そちらを守っていた冒険者たちに動揺が混じる。
それを煽るように、押さえられていない魔物たちが、町へと向かった。
その数は四体。
「い、嫌だ……死にたくない!」
一人が叫んだ瞬間、冒険者たちは町へと逃げ出した。
死、という分かりやすい表現が、冒険者に動揺を与えてしまったのだ。
それでも、逃げなかった冒険者たちは、震えながらもそれぞれの武器を構え、魔物とぶつかっていく。
戦闘が始まる。魔法使いたちは必死に魔法を放つが、魔物たちに当たらない。
そんな中、ティメオたちの前にも一体の魔物が立っていた。
魔物はティメオたちを見て、咆哮をあげた。
戦闘が始まった。前衛にリリフェルとティメオ、ドリンキンが出て、後方からアリカが魔法で援護する。
リリフェルが『挑発』を放った瞬間、魔物がとびかかってきた。
鋭い爪を振り下ろす。
リリフェルは盾で受け止めたが、その体が弾かれる。切りかかったティメオもまた、あっさりと弾かれてしまう。
「くぅぅ……なんつー威力でありますかっ」
ドリンキンがすかさず居合を放った。
マリウスほどの速度とキレはなかったが、町にきたときよりも数段成長したその一撃が魔物の腕をかすめた。
しかし、その腕にわずかに傷をつける程度だった。
魔物が地面を踏みつけると、黒い魔力が周囲を薙ぎ払った。
「ドリンキン!」
リリフェルが慌てて叫ぶが、ドリンキンはその一撃が直撃する。
彼の体を、アリカの防御魔法が覆ったが、それさえも突破される。
それでも、外皮が寸前で残ったのは、魔法のおかげだろう。
しかし、すかさず動いた魔物の爪が、ドリンキンを捉えた。
「ぐっ!」
ドリンキンの外皮が削られ、破壊される。
弾かれた彼の体が地面を転がる。彼の頬を血が流れた。
「ドリンキン、外皮が……っ! こっちにくるでありますよ!」
「がああ!」
リリフェルはすかさず、『挑発』を発動し、魔物を引き付ける。
魔物が地面を蹴り、リリフェルへと接近する。
盾を突き出して受けようとしたリリフェルだったが、不意に魔物の体が横に滑るように動く。
リリフェルの脇腹へと魔物の拳が直撃し、リリフェルが地面を転がる。
外皮を削られたリリフェルが、よろよろと立ち上がる。
盾を落としてしまった彼女へ魔物が飛び込む。
リリフェルに拳が迫る瞬間、ティメオがその間に割りこんだ。
剣で受け止める。魔物の一撃を受けながら、ティメオは至近距離で魔法を放った。
火の弾丸が魔物へとあたり、押し返す。
よろめいた魔物の体を、アリカの火魔法が殴り飛ばす。
「てぃ、ティメオ! あんがとでありますっ!」
「……ええ」
ティメオは短く息を吐いて前を見る。
「仲間ですから」。恥ずかしくってその言葉だけは、飲み込んだ。
自分のような人間をまだ仲間として接してくれているリリフェルとドリンキン。
そんな彼女らを失うわけにはいかない。
相手が格上なのはわかっていたが、それでも引けない理由があった。
よろよろと立ち上がった魔物が地面を踏みつけて、咆哮をあげる。
次の瞬間には、魔物はまるで回復でもしたかのように元気に腕を回していた。
「……こいつ、さっきの攻撃でも無傷、ですか。うざいくらいに頑丈、ですね」
「ティメオ、私もドリンキンも、もう外皮がありません!」
「わかっていますよ。下がっていてください。必ず、守り抜いてみせますから」
ティメオは自分を勇気づけるようにそんな言葉を吐き出した。
はっきり言えば恐怖しかなかった。それでも、ここで仲間を失うわけにはいかなかった。
ティメオはかたかたと震えだしそうな体を必死に抑えつけながら、魔物を睨みつける。
魔物が地面を蹴り、ティメオへと迫る。今までで一番の速度だ。
「くっ!」
ティメオが表情を険しくした瞬間だった。
目の前の魔物が動きを止めた。
そうして、魔物たちはある方角へと走りだした。
「全員、よく耐えてくれたっ!」
戦場に張り上げたように声が響いた。
そちらには、ルードたちがいた。
すべての魔物がルードへと飛びかかる。
危ない、と誰かが叫んだ。
しかし、その魔物たちを彼は大盾で跳ね返し、蹴り飛ばしていた。
迫ってきた魔物の腕をつかみ、放り投げてみせる。
「ニンっ! さっきと同じように浄化を行う!」
「わかったわ……!」
彼が叫ぶと同時、周囲の黒い魔物たちの姿が変化していった。