黒い魔物3
「どういうことだ?」
「ホムンクルスに、何か、黒い力を与え続けてこんな姿に変化する実験を、見たことがあります……それと、似ているんです。ただ、あの実験のときは……完全な魔物に、変化していたのですが」
「……それはつまり」
詳しいことを考えている暇はない、か。
この人たちが、もしも無理やり魔物化させられてしまったのなら……浄化で治せる可能性がある。
迫ってきた魔物の一撃を大盾で受け止める。
力は俺の方が上だ。
思い切り跳ね返しながら、脇から攻め込んできた一体を蹴り飛ばす。
それから、近づいてきたルナに声をかける。
「確か……魔界の力を取り込む実験とか、だったと思います」
「それじゃあ、これがその力の完成系なのだとしたら」
暴れる魔物の一撃を受ける。
ルナのどうにかしたいというその目を受け、俺は唇を噛んだ。
「ニン、浄化の魔法は使えるよな?」
「ええ……使えるわよ。ただ、ここまで濃いのを相手にしたことはないわね」
それでも準備を始めてくれた。
「マリウス、あんまり傷つけないようにしてくれ」
「了解だっ」
……出来れば、スキンとベァにも頼みたいが、彼女たちはぎりぎりの状態で戦っている。
無茶なお願いをしてケガをされたら大変だ。
俺はちらと目の前の魔物を見る。
俺の『健康体』と『犠牲の盾』を合わせたコンボは、仲間の状態異常を防ぐこともできる。
……もしも、魔素が状態異常で、目の前の奴らを仲間と認識できれば――。
すぐには発動しない。
さすがに、敵対している相手を仲間と認識するのには、時間がかかる。
「ニン、どうだ浄化できそうか?」
「……ちょっと待って」
ニンが魔法を放つ。
白い光の球体のようなものが、まっすぐに黒い魔物へと飛んで、直撃する。
しかし、魔物は一瞬足を止めたに過ぎなかった。
眉間に皺を刻みながら、ニンが叫ぶ。
「ルード、手応えはあったわ。多分、浄化も可能よ。ただ、これだけ汚染されていたら、直接ふれながら長時間の治療を行うしかないわ。……はっきりいって危険だわ」
「そう、ですね……。わかって、います」
ルナが決意を固めた様子で顔をあげる。
……その決断は立派だ。
だが、まだもう一つ、作戦はある。
「助けられるかもしれないんだ。限界まで挑戦しよう……俺の『健康体』と『犠牲の盾』を使う」
はっとした様子で二人はこちらを見る。
「ルナ、挑戦はするが、それでダメなら打つ手はない。……悪いが、倒させてもらう」
「……わかっています」
……まずは、仲間と認識しないといけない。
俺は黒い魔物たちが人の姿であったときのことを想像する。
このままでは仲間と認識できないのなら、仲間と認識できる姿を想像する。
俺が大切に思っている人――マニシアの姿を思い浮かべる。
目の前の黒い魔物が、マニシアと仮定する。
助けたい、いや助けなければならない。彼女は大切な仲間だ。
マニシア、マニシアっ。絶対に助け出してみせる。
そう強く思った瞬間だった。俺の体へとどす黒い力が流れ込んできた。
気を抜けば、その瞬間、体が支配されそうになる。
急いでスキルをオフにしたところで、大きく咳き込む。
その瞬間、黒い魔物が突っ込んできた。
それを盾で受けとめるが、態勢が不安定だ。
マリウスが蹴り飛ばし、俺の体をニンが支えてきた。
「どうだった?」
「……一応、成功はした。あいつらが、何かどす黒い力に汚染されているのはわかった。ただ、その量が多すぎる。スキルだけじゃ浄化しきれなかったんだ」
「……それなら、あたしの魔法を合わせればどうにかできそう?」
「かも、な。……悪いな、無茶なこと頼んで」
「別にいいわよ。……あたしだってルナが悲しむ姿は見たくないのよ。それと、あんたも無茶するんじゃないわよ」
心配げな様子で言ってくる彼女を、安心させるために俺は口を開いた。
「無理だと思ったらそこで切り上げる」
「わかってる。やってやるわよ」
ニンが頷いて魔法を構える。
「マリウス、一体の相手を頼む!」
「了解だ」
マリウスのほうが強く、魔物を圧倒している。
あちらは心配ない。
あとは俺たちだ。
ニンの準備が終わったところで、スキルを発動する。
先程同様、黒い力が流れ込んでくる。
どす黒い力だ。体の奥底から造り変えられるような不気味な力――。
しかし、その力はニンが触れた場所から消えていく。
彼女の浄化の魔法が、俺の全身から黒色の魔力を振り払う。
その瞬間、黒い魔物の体が倒れた。
視線を向けると、そこには裸の女性が倒れていた。
「……ホムンクルス、だな」
胸の部分の魔石を確認してから、俺は汗を拭う。
「……成功ね。ルード、あんた大丈夫?」
「ああ、問題ない。助けられるのなら、全員助けるっ!」
スキンとベァのほうへと声を張り上げながら駆け寄る。
「みんな、こいつらはおそらくホムンクルスだ! ニンと俺の力を合わせれば浄化可能だ。もしかしたら、何か情報を引き出せるかもしれないから、殺さないように足止めしててくれ!」
「おいおい、まじかよ! 魔物化した奴を助けられるなんて、聞いたことねぇぞ!」
スキンたちも魔物化自体の知識は持っていたようだ。
スキン、ベァたちが戦っていた魔物たちも、同様に浄化する。
最後はマリウスだ。一人で問題なく抑えてくれていた彼に感謝しつつ、俺は最後の浄化を終えた。
すべてが終わり、落ち着いた戦場で俺は膝をついた。
……何度も体の内側から切り裂かれるような痛みがあった。
これほど、苦しいものだとは思わなかった。
ただ、全員を助け出すことはできた。
最初に助けた女性がくぐもった声をあげ、体を起こす。
彼女は俺の方を見て、首を傾げる。
「もしかして……ボクたちをたすけてくれた人?」
「……まあ、そうなるな」
「そうなんだ。ありがとね」
にこりとはにかんだホムンクルスに、スキンたちは困惑していた。
「ホムンクルス、だよな?」
「……こんなに感情豊かなのは、初めて……みるかも」
スキンとベァが驚いたように声をあげていた。
……そういえば、そうだったな。
ルナで慣れていたが、本来ホムンクルスは自発的に話すこともしないものだ。
「詳しい話を聞きたいんだ。おまえたちはどこからきて、どうして魔物化していたんだ?」
「うーん、えっとね。ボクたちってあんまり戦闘能力高くないから、実験されたんだ。魔素を体にため込んで、魔物化すれば強くなれるらしくてね。その実験の失敗作」
あはは、とはにかむ彼女に、俺たちは顔を見合わせる。
それから、彼女はきょろきょろと周囲を見ていた。
「そういえば、他の仲間は……みんな死んじゃったかな?」
「……なに?」
「全部で十六人いたと思ったんだけど……ここにはボク含めて四人しかいないから。あと十二人はどこに行っちゃったのかなって」
彼女の言葉に、俺ははっとなってアバンシアの方角を見やる。
と、ちょうどそのタイミングでヒューが騒がしくなった。
内容は、魔物が襲い掛かってきたというものだ。
……目の前のホムンクルスの話が本当なら、敵の数は12人になる。
「足の速いものからすぐにアバンシアに帰還してくれ! 魔物化してしまったホムンクルスたちが、攻め込んでいるかもしれない!」
スキンとベァたちが真っ先に動き出す。
俺はちらとホムンクルスの女性を見やる。
「また、詳しい話はあとで聞かせてもらう。悪いようにはしない、いっしょに町まできてくれないか?」
気づけば、他のホムンクルスたちも目を覚ましていた。
彼らは状況に困惑しているが、一番最初に起き上がっていたホムンクルスが視線を向けると、静かになった。
にこりと、女性のホムンクルスが微笑む。
「うん、いいよ。それに、本来なら死ぬはずだったボクたちを助けてくれた命の恩人なんだから、出来る限りの協力はするよ」
彼女は周りのホムンクルスたちに説明するようにそう言ってくれた。
納得した様子でホムンクルスたちは立ち上がり、一礼をしてきた。
それに対しては視線だけを返し、俺たちもすぐさまアバンシアへと向かった。