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黒い魔物1

 ティメオの件がひとまず落ち着いてからしばらくが経った日の夕暮れのことだった。


 正体不明の魔物がアバンシア果樹園で目撃された。

 アバンシア迷宮へと挑んだ冒険者パーティーが襲われたらしい。


 見たこともない黒い人型の魔物。

 まるで、人間を黒く塗りつぶしたような姿だったそうだ。


 運よく冒険者たちは逃げ延びて、治療を終えて話をしてくれていた。

 死者が出なかったことはよかった。ただ、問題は解決していない。


 冒険者ギルドに呼ばれた俺はギルドの代表者であるリリアたちと話していた。

 場所はギルドの会議室だ。

 木製の椅子と机が置かれた簡素な部屋だ。


「正体不明の魔物がこの町を襲ってこないとも限らないから、こちら側から調査、討伐を行う……というのはいいんだが」


 そこまで話は決まっていた。


「ルードのクランで対応してほしい。魔物の数は正確にはわかっていないから、もしも町を襲ってくるのがいた場合は、ギルドで対応する予定」


 俺のクランあてに渡された依頼書をちらと見る。

 ……さて、どうしたものだろうか。


「黒い人型の魔物、だろ? 魔物化する前の人間に兆候が似ていないか?」

 

 魔物化。

 強い魔素を長く浴びてしまった人間は、やがて肉体が変化し、魔物と化してしまう。

 ほとんど、そんなことはないのだが、稀に魔素の強い地域で長く生活した人間の体が部分的に変化してしまうという話は聞いたことがあった。


 人間以外の種族の始まりが、そういったものだったらしい。

 体の一部がまるで黒く塗りつぶしたようになる。

 これらは魔神の生み出した悪しき魔素が原因であるため、浄化の魔法を使えばいくらでも治すことはできる。


「……可能性はあるかもしれない。ただ、このあたりで魔素の強い地域は、ない。……薬草が変化していることもなかったから、正直可能性は低いと思う」

「……そうか。とりあえず、こっちで用意できる冒険者は、俺、ニン、マリウス、ルナ、くらいだ」


 シナニスたちには、ティメオたちと一緒にいてほしい。


「私はいかなくていい?」


 戦力として、リリアの参加はうれしいが。

 リリアとリリィも来れるなら心強いが、冒険者ギルドをまとめられる人間がいなくなる。


 万が一、魔物の一団が俺たちの調査を逃れ、町へと襲い掛かる可能性もある。

 もちろん、フィールにも頼みはするが……彼女はきっとパニックになるだろうからな。

 そのためにも、町の指揮をとれるものを残す必要があった。


「ああ。おまえたちはギルドを中心に町の冒険者たちの管理に努めてくれ」

「了解」


 冒険者に睨みがきくリリアかリリィのどちらかには残ってもらう必要がある。


 リリィがほっとした様子で息をはいた。

 リリアもなんとなく俺の意図を察してくれたようで、わずかに頭を下げてきた。


 他にも問題はあるんだよな。

 ニンかシュゴールのどちらかも、教会で指揮をとってもらうためにどちらかは残ってほしい。

 そのため、シュゴールに残ってもらうように連絡はしてある。


 俺かフィールも自警団の指揮をとるために残らなければならない。

 だから、フィールは参加できない。


 俺的に、きて欲しいのは、マリウス、ルナ、ニン、リリアだ。

 彼らと組めれば、どんな相手が来ようと負けることはないと思っている。


 だが、リリアとリリィをわけるのはな。

 彼女たちはお互いを想いあうことで、力を発揮するからな。

 リリアはともかく、リリィは一人じゃまず無理だ。


「わかった。ルードたちは四人の参加で。こっちから、冒険者を何人か用意する。ただ、私たちも夜の警戒にあたるから、あまり数は期待しないで」

「了解だ」

「何かわかったら、このスライムで連絡して」


 リリアがスライムをもちあげると、スライムが手でもあげるように液体を動かした。

 

「ああ、了解だ。俺は自警団とクランメンバーに話をしてくる。門のところに集合でいいか?」

「わかった。冒険者に連絡はしておくわ」


 話は一度そこで切り上げる。

 何か、緊急の用事があれば、連絡をとるということでギルドを離れた。


 夕陽が沈み始めている。

 ……夜のうちに、問題の解決ができればいいが。

 町の人たちも不安に感じるだろう。


 俺は急いで自警団本部へと向かった。

 すでにフィールが人を集めている。わざわざ会議室、を使うほど彼らも真面目ではない。


 状況だけを伝えるため、俺は声を張って集まった人たちに伝える。

 といっても、魔物の調査へ俺たちが向かうということくらいしか伝えることはない。


 自警団たちは納得した様子でうなずいている。

 フィールも俺の傍らでうんうんと首を縦に振っている。


 ……おまえな。


「何かあった場合は、ギルドや騎士と連携して動いてくれ。その際の指示はフィールが出す」


 俺が片手をあげ、フィールを示す。

 彼女は目を見開くようにして、口をパクパクと動かす。


 過呼吸にでもなりそうだったが、彼女はそれでも何度かの呼吸をしてから、前に出る。

 美しい金色の髪が揺れる。

 

 彼女はこちらを見てくる。涙目だ。俺が首肯を返すと、彼女は決意を秘めた目とともに声を張り上げた。


「ま、任せろっ! な、ななな何かあったら、みんなも協力、してくれ!」


 ……彼女なりに頑張った結果なのだろう。

 自警団の人たちはそんなフィールに笑みを浮かべた後、拳を突き上げる。


 頬を真っ赤にして、嬉しそうに微笑むフィールは、今にも泣き出しそうであったが、なんとか言い切った。

 

 ……まあ、無理でもリリアがフォローしてくれるだろう。

 彼女たちはそれなりに親しいからな。

 出発前に彼女に頼んでおこう。


「フィール。北門側に集合ということになっているから、自警団を集め、夜の警戒に当たってくれ。もちろん、全員じゃなくて夜間の間の交代要員を確保しつつ、な」

「ま、任せろ……」


 フィールはこくこくとうなずき、それから指示を出していく。

 ……まあ、大丈夫だろう。

 昔に比べれば、余裕も出てきたからな。


 俺はシュゴールとニンに話をするため、教会に向かう。

 ニンにはスライムで連絡をしてあるが、直接話をしておきたい。

 教会騎士たちも詳しい状況を知っておきたいだろう。


 教会につく前に、リリアから連絡が入った。

 状況を文書でまとめたものを、ギルド職員が自警団、騎士、教会に持って行ってくれているそうだ。


 教会につくと、ちょうどそのギルド職員とあった。

 彼に詳しい状況説明を行ってもらい、ニンとシュゴールに目を向ける。

 この教会で実質的な代表者だ。


 すべての状況を伝え終えたところで、俺が声を張り上げた。


「敵の存在がはっきりとしないこと。また、万が一、魔物化の影響であれば、ニンの浄化魔法でどうにかできるかもしれない。それらを加味したうえで、彼女を貸してくれませんか?」


 教会騎士たちは笑みを浮かべている。


「もちろんいいですよ。ニン様とルード様の仲ですもんね」

「ええ、仕方ないです。……まったく、幸せにしてやってくれよ!」


 教会騎士たちがからかうような調子でそんなことを言ってくる。

 ニンがいやぁ、と照れたように頭をかいて、俺の肩をたたいてくる。


「式はいつにする?」

「予定はないな。ふざけてないで、ほら、教会の騎士たちも万が一に備えて動けるように準備だけはしておいてください」


 ……基本的に教会騎士の仕事は教会とそこに所属する人間を守ることにある。

 こちらから魔物討伐に参加してくれ、とはなかなか言いにくい部分もある。

 夜間の町の巡回に協力してくれる教会騎士もいるようだ。……感謝するしかないな。


「そういうわけで、シュゴール。ニンは借りていく。教会のほうは頼むな」

「任せてください! ルード様とニン様のためであれば、この命さえも賭ける所存ですよっ!」


 シュゴールがびしっとふざけた調子で敬礼をしたあと、教会騎士たちと打ち合わせをしていく。

 と、リリアから連絡が入った。


 調査のための冒険者の準備も終わったようだ。

 俺もクランハウスで待機しているルナとマリウスに、ヒューを通じて北門へと向かうように伝える。

 ぐるぐると肩を回して、ニンがにやりと勝気に笑う。


「ひっさしぶりに、派手に動けそうね」

「やる気満々だな……」

「あったりまえじゃない。最近は全然戦闘ができていなくて色々たまってんのよ」


 ……相変わらずだな。

 ただ、今は彼女の明るさに感謝する。


 どんな魔物なのか、不安はあれど、彼女がいればどうにかなるだろう。


 


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