ここから
エンビさんの言葉に、リリフェルの表情が固まる。
「兄弟で争うってどういうことですか?」
「そのままですよ。わかりやすいところで言えば、力比べと称した喧嘩のようなものがほぼ毎日のように行われていました」
「……ティメオはどうだったんですか?」
「お坊ちゃまは……兄弟の中でもっとも生まれが遅いこともあり、兄たちとは随分と差がありました。そのため……いつも、その……」
エンビさんは言葉を濁していたが、俺たちはティメオがどのような扱いを受けていたのか、おおよそ見当がついていた。
「……酷いです。家族なのに」
「家族である前に、貴族ですからね」
「……私にはよくわからないでありますよ」
平民として生まれていればまず関わりがほとんどない。
権力争いとか、色々面倒なものがあるんだ。
「お坊ちゃまは優しい人たちに出会えたようですね」
嬉しそうにいうエンビさんに、リリフェルは素直に照れている。
「……ティメオは家を追い出されたんですか?」
「はい。後継者争いに破れたお坊ちゃまは、騎士学園に入学しました」
騎士学園か。それからどうして、冒険者になったのだろうか。
そんなことを考えていると、リリフェルが首を傾げた。
「どうして学園に入学したんですか?」
「通常、家を継ぐことのできなくなった子息は騎士になることが多いんだ」
俺が伝えると、リリフェルはなるほどと頷く。
「だから、あんまり平民で騎士になれる人っていないのでありますね。貴族で枠が一杯ってことですね」
……まあ、そういう部分もあるかもな。
「お坊ちゃまは、騎士学園に入学してから……楽しそうにしていました。わたくしめも、お坊ちゃまの専属の執事となっておりまして、あの方が心から笑うことが増えてとても嬉しく思っていました」
「……今まで笑えて、いなかったんだ」
ぽつりとドリンキンが呟いた。
……自分の家で、自分らしく振る舞えないというのは相当なストレスになるだろう。
「ただ、その生活もすぐに終わってしまいました。お坊ちゃまが楽しんでいるのが気に食わなかった兄弟たちが、家の力を使い、圧力をかけてしまいました。そのせいで……お坊ちゃまの友達たちは、離れてしまいました」
……学園に通う人たちはみんな将来は騎士という貴族の最底辺の階級となる。
ティメオと関わることで面倒事が増えるのであれば、関わりをなくそうと考えるのもおかしくはない。
「……それで、ティメオはどうなったのでありますか?」
リリフェルの言葉に、エンビさんは口をぎゅっと結んだ。
エンビさんの表情は迫力があり、ティメオの家族たちへの怒りを抱えていることがありありとわかった。
「お坊ちゃまは変わってしまわれました。他人と一切関わることをやめてしまい、口が悪くなってしまいました。まるで、他人にわざと嫌われようとしているかのようでした」
それは見慣れたティメオの姿だ。
こちらを見てきたリリフェルとドリンキンに小さく頷いた。
エンビさんは頭を下げてきた。
「申し訳ありません。お坊ちゃまがご迷惑をかけていると思われます。わたくしめでできることならなんでもします。許してあげてください!」
彼からの謝罪を望んでいるわけではない。
「顔をあげてください、エンビさん。今は彼の抱えていることを聞けただけで十分です」
エンビさんはそれでも申し訳なさそうに頭を下げていた。
リリフェルとドリンキンを見ると彼らも首を振った。
「……そういって頂けると嬉しい限りです。夜分遅くに本当に申し訳ありませんでした。わたくしはもうしばらくこの町に滞在しますので、何かありましたら呼んでください」
エンビさんはピシッと腰を折り曲げてから去っていった。
「色々あるんですね」
リリフェルはあんまり気にした様子はなかった。
ドリンキンは、ぎゅっと拳を固め、それから口を開いた。
「オレも、似たようなことがあったんだ」
「ドリンキンもですか?」
「……ああ。オレは昔から凄い、弱くて臆病で。村でいじめられていたこともあったんだ。そのとき、さ。嫌な気持ちがあって、ぶつける先がなくって、家族にそれを……ぶつけてしまったことがあるんだ。自分ではどうしようもなくて。それでもどうにかしたくて……ティメオも自分を守ろうとしていたのかも、しれないな」
かも、な。
俺もスラムで過ごしていた時は周りすべてが敵だと思っていた。
他人と深く関わるつもりはなかった。他者は利用するだけだった。
俺がティメオに伝えないといけない。
俺はリリフェルとドリンキンに向かい合って、それから頭を下げる。
二人は驚いたような声を上げた。
「どうしたのですか、師匠?」
「もうしばらくあいつと組んでくれないか? ティメオとはきちんと話をしてくる。それから、一人の仲間として改めてあいつと組んでくれないか?」
「オレは、別に。もともと、言い合いが多いのはリリフェルだったし」
「なぬ! た、たしかにドリンキンとティメオが言い合いをしていることは少なかったかもしれないですけど……まっ、私が面倒を見てあげましょうか!」
ばしっと胸を叩いて笑うリリフェル。
そんな彼らに感謝しながら俺は、クランハウスを見やる。
ティメオがいる部屋は暗い。魔石灯は使っていない……もう寝てしまったのだろうか。
「ティメオと、話してくる」
「わかりました。ドリンキン、私たちも作戦会議を開きましょう!」
「……そう、だな」
二人がこそこそと話を始めたのを確認してから、俺はクランハウスに入っていく。
「ティメオ。少しいいか」
彼の部屋をノックしてから声をかける。
どうぞ、と少し冷たい声が返ってきた。
扉をあける。外から見たのと変わらず、部屋は暗かった。彼は布団の上でうずくまっていて、こちらをじっと見てきた。
「話聞いたんですよね」
「……ああ。悪かったな」
「……別に構いませんよ」
そういってから、彼はふうと息を吐いた。
自嘲するように笑っていて、少し珍しかった。
「僕は何もできずにここへ逃げてきたんですよ。すみませんでした。明日にはクランを出て行きます。散々迷惑をかけてしまいましたし」
「クランを出ていきたいのなら、別にそれでもいい。まだ、本当に入っているわけじゃないんだからな」
そこまで伝えてから、俺は首を振る。
「けど、それで終わりでいいのか?」
「……」
「ここを出て行って、他のクランに入るのか、それとも冒険者として一人でやっていくのか。おまえはどうしたいんだ」
「……」
彼は人との関わりを避けていたはずだ。
だが、それでもクランに入ろうという選択をしたのは。
「クランに入って、友達を仲間を作ろうと思ったんじゃないか?」
「……そう、ですね」
ぽつりと呟いたティメオはしかし、それから首を振る。
「けれど、怖いんですよ。またいつか、僕の周りから友達はいなくなるかもしれません。信じていた人間に裏切られるのは、もうこりごりなんです。だったら、初めから誰とも関わらなければ、何もないんですよ」
「俺はいなくならない。おまえの仲間として、ずっといてやれる」
ティメオは目を見開き、それから顔をうつむかせた。
やっと、本心を伝えてくれたな。
彼に近づきながら、その頭を掴む。
「ここでやっていくってなら、協力する。みんなに謝って、それからまた始めよう。俺も一緒に謝る。おまえに色々押し付けてしまったわけだしな」
「もしも。うちのバカ兄貴たちがこのクランに来たらどうするんですか?」
「悪いが俺たちは冒険者、だ。自由に生きていけばいいだろ」
関係ないと、目を向けるとティメオは目元をごしごしと拭う。
と、そのタイミングで扉がバンッと開いた。
そこにいたのはリリフェルだ。腕を組み、なにやらしたり顔である。
「ティメオ。話はばっちり聞きましたよ。弱虫ですね」
「……うるさいですよ」
「今まで言われていた分のお返しです。ドリンキンも、ささっ!」
「……よ、弱虫ぃ」
ドリンキンはそういうのが慣れていないようで、頰をわずかに染めて言い切った。
その姿にくすくすと笑ってからリリフェルが腕を組んで得意げに笑う。
「これからは、気兼ねなくお互いに言い合っていきますよ。私たちはそのくらいの方がやりやすいですからね」
リリフェルがうんうんと、自分の言葉に納得した様子で頷いている。
それを聞いたティメオが一度苦笑を浮かべた。
それから、立ち上がり、二人の方に向き合う。
「申し訳ありませんでした。今まで、迷惑を、かけました。これからは、気をつけます」
ティメオは耳まで真っ赤にして、頭を下げた。
「別に、いいんでありますよ。事実、私も弱かったですし。だから、これからも気になったことはバンバン、指摘してくださいね!」
「オレも……おまえのおかげで自分に足りないものが、わかったんだ」
リリフェルとドリンキンが笑みを浮かべる。
そんな二人を見たティメオは不器用な笑みを返した。