知り合い
今は好き放題話をさせてあげよう。
色々と不満はたまっているらしいからな。こういうただ聞いているだけというのは、ニンともよくあったからな。
リリフェルはそれから迷宮であったことを丁寧に丁寧に、話してくれた。
「師匠は、ティメオをどうしてリーダーにしようと思ったのですか? 実力以外で、何かあるのですか?」
俺はティメオの性格を評価していた。
多少言い方に問題はあったが、問題があればすぐに指摘してくれる人間はなかなかいない。
俺は自分の周囲を、できればそういう人間で囲みたいと思っていた。
……俺が間違えたときに、違うだろと止めてくれる人たちでな。
そういうのもあって、俺はティメオにリーダーとしての立場を期待していた。
少し、押し付けすぎてしまったのかもしれない。
じっくりやっていけばいいと思っていたのだが、焦っていたのは俺のほうだったな。
そのことをリリフェルに伝えると、少しだけ考えるような顔になった。
「そんな意図があったのですね」
「……まあ、な。それともうひとつは、単純に実力があるからだな。あいつはどうにも視界が広いみたいだしな」
「視界が広い……?」
「通常、魔法を使う場合視界が狭くなるのは、知っているか?」
「あっ、聞いたことあるのであります! 魔法を使うには、この世界へと干渉しなければならなくて、そっちに集中しすぎるから……とかなんとか?」
「まあ、だいたいそんな感じだ。ただ、時々。魔法を使っていても問題なく行動できるやつがいるんだ」
「……あっ、そういえば。ティメオは魔法の準備をしていても、いつも私のミスとか気づくでありますよ! お尻痒くてかいてたら、みっともないって……! あっ……い、いまの聞かなかったことにしてください!」
彼女はぶんぶんと両手を振る。
……まあ、ともかく。
多くの魔法使いは、魔法の準備をしているときに視界が狭まってしまう。
俺も、魔法を使うときはどうにも周囲が見えにくくなる。
強力なものになればなるほど、視野は狭まる。
だが、ティメオは普段どおり行動できる。
リーダー、というよりも司令塔として、活動できると思っていた。
そこを、若干混同させてしまっていた部分があったな。
……失敗だ。
「ティメオは、『俯瞰視』に近いスキルを持っている。それがあるから、周りを見渡すことができる……と思うんだ」
危ないところだった。俺はルナのスキルによって知っているが、リリフェルには話していないからな。
ひっそりと冷や汗をかく。
どうして、ティメオがそのスキルに近いかはわからない。
生まれたときから近かったのか、それとも日々の生活からなのだろうか。
「……貴重な話を聞かせてくれてありがとな。パーティーについては改めて、考えてみようと思う」
「あっ、そ、その……別にそんな無理にというわけではないのでありますよ? 実力的には、頼りになりますからねっ。今は、ティメオの弱点を見つけているところでありますよっ」
ぐふふふ、とリリフェルは口元を緩めていた。
「ティメオはもう部屋に帰っているのか?」
「帰っていますよ。……ただ、なんだかいつもみない男性の人と一緒にいましたよ」
「……男性の人?」
「はい。ちょっと気になっていたのですけど、なんだかティメオさんの知り合いの方みたいでしたので」
ティメオの知り合い、か。
一体誰だろうか。
「わかった。ちょっと、行ってくるな」
……さて、ティメオとはどうやって話をするか。
そんな事を考えながら、彼の部屋の前まで移動した。
……どのように接しようか。
自分のクランに興味を抱いてくれた彼らと、俺は優しく楽しくやっていきたいと思った。
……同時に、嫌われたくないとも思った。
注意にしろ、何にしろ、相手に嫌われるようなことはなるべくなら、言いたくないと思ってしまっていた。
こんな感情はもしかしたら初めてかもしれない。
自分で作ったクランだったから、なのだろうか。
そんな風に思っていたからこそ、ティメオに対しても強くいうことはしなかった。
できなかった、と言っても間違いではないだろう。
ただ、リーダーとしてそれでは、ダメだ。
間違っていることを間違っていると伝える必要はある。
注意もきちんとしないと……その結果が、所属している冒険者たちに嫌われる結果になろうとも。
もちろん、独裁のようなものになってはいけない。
すべてを判断して、答えを出す必要がある。
ここで、ティメオとはしっかりと話をする必要がある。
軽くノックをすると、少しだけ扉が開いた。
「ティメオ。少し話をしたいんだが大丈夫か?」
「……ええ、とその」
少し困った表情を浮かべるティメオ。
その背後には、初老の男性がいた。
「……これは、クランリーダーのルード様ですね。夜分遅くに申し訳ありません、わたくし、ティメオ様の家で執事をしていたものです」
「ティメオの家で、ですか?」
「はい。その――」
「……エンビ、悪いが僕はもう家とは関係ないんだ。だから、帰ってくれないか」
「……お坊ちゃま」
「……」
エンビと呼ばれた男性は皺の寄った顔にわずかな落胆をにじませ、それからとぼとぼと外に出た。
白髪の混じった髪を揺らす彼は、しかしその肉体はまだまだ鍛えているようで、引き締まっていた。
執事、それにティメオの家、か。
ティメオのことを知っている人間だ。
彼をこのまま、帰らせるのは惜しい。
「ルードさん、何か用事がありましたか?」
「いや……さっきの人は?」
「……僕はもともと貴族でした。その家に仕えていた執事の方です。年齢的にそろそろ仕事をやめるつもりだったようで、それでまあ、その」
ティメオは少しばかり濁した様子で、視線をそらした。
ティメオのことを詳しくしる人物だ。
「ティメオ。また、詳しい話はあとでする」
「……そうですか。わかりました」
ティメオは手に持っていた新聞を握りしめ、それから扉を閉じた。
入口に向かうと、ドリンキンとリリフェル、それにエンビさんがいた。
もういい年齢なのだろうが、背筋はびしっと伸びている。
こちらへと振り返ったエンビさんは、柔らかな笑みを浮かべた。
「ああ、ルード様。改めまして……わたくしはエンビと申します。夜分遅くに本当に申し訳ありませんでした」
「……ああ、いえ。別に気にしていませんから」
腰を折り曲げたエンビさんに、頭をあげるように促す。
彼は人懐こい笑みを浮かべ、何度か感謝するように頭をさげる。
……慣れないな。
仕事柄、染みついているのだろう。
「師匠……エンビさんは、ティメオの家の執事さんなんですよね?」
「元、ですがね」
エンビさんはからかうような調子でそういった。
……ティメオの家に仕えていたのなら、彼のことや家のことなど色々と知っていることもあるだろう。
「……その、少し聞きたいことがあるんですけど」
「……承知しました。少し、外にでましょうか?」
小声でいうと、エンビさんも察したようで外を示した。
こくりと頷き、俺はエンビさんとともに外に出たのだが、リリフェルたちもついてきた。
「私たちも、ティメオのことを知りたいです」
「……ああ」
リリフェルとドリンキンがぐっと頷いて言ってみせた。
クランハウスの外に出て、離れるようにしばらく歩く。
道の途中、魔石灯の近くに行って、そこで足を止めた。
魔石の明かりを見ていると、エンビさんがすっと頭を下げてきた。
「ティメオお坊ちゃまがご迷惑をかけて申し訳ありませんでした」
「……ご迷惑、ですか?」
どのことだろうか。
リリフェルとドリンキンを見ると、彼らは苦笑する。
「その、よく喧嘩すること伝えました」
「……ま、まあそんなところです」
なるほどな。
「あの、ティメオのこと……色々と聞かせてくれませんか? どうして、貴族に生まれて冒険者になったのか……とか」
通常は騎士になる。
誰だって、冒険者よりも安定した職業である騎士を選ぶものだからな。
特に、貴族の家で生まれた人間はその傾向が強い。
「そうですね……。クランリーダーの方には知っておいてもらったほうが、よろしいですよね」
「……お願いします」
エンビさんは口元をぎゅっと結んでから、切り出した。
「わたくしが仕えていた家は、昔戦争で活躍して貴族となりました。今も、その傾向が強く……家を引き継ぐ者にも影響しているんです」
「……長男が引き継ぐんじゃないんですか?」
基本的な貴族の家はそうだ。
「いえ。一番最初に生まれた子……まあ、いわゆる長男が20になるときの年齢で、すべてを判断します。一夫多妻を採用しており、年齢の近い子どもたちがお互いに争いあって、その中で最も優れた人が、家を引き継ぐことになっています」
「……争いあう、ですか」
「はい。兄弟の中で、力を示し続けること。それがその家での日常でした」
エンビさんはどこか険しい表情で、そういった。