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 夜。

 俺は、アバンシアの北門へと来ていた。

 新しく作り変えられたこの門の警備をしていた自警団と少し話をしながら時間を潰していた。

 

 魔石灯だろうか。

 揺れる光をたどっていくと、ティメオの金髪が見えた。


 夜にも負けない明るさの彼だったが、その両目は真剣さゆえの険しさがあった。

 俺は持ってきた大盾を背負いなおし、ティメオを出迎えた。


「ルードさん、僕の力を見極めてくれるって本当ですか?」

「ああ。これから一緒に迷宮に行くぞ」


 そういうと、ティメオは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「今日はこのような機会を頂いて感謝しています」


 ティメオはすぐに歩きだした。

 俺も彼の隣に並び、それから、アバンシア果樹園迷宮を目指した。

 迷宮の一階層についたところで、俺たちは第15階層へと移動する。


 ティメオが先頭を歩き、俺がその後ろをぴたりとついていく。

 リリフェルたちと組まされることが彼にとっては気に食わない。

 彼は多少、自分の力を過信している部分があるのも事実だ。


 だったら、手っ取り早い。

 まずは彼が自分の力を正しく認識すればいい。


 彼の実力は以前の迷宮攻略でおおよそ把握していた。

 外皮は高いが、攻撃力に関してはまだまだ成長途中だ。

 きちんと目標を定め、鍛錬を積んでいけば、半年もかからずに十分な力を獲得できる。

 

 たぶん、今日の俺はティメオに優しくはできない。

 仮に、彼が俺を嫌い、このクランを離れることになったとしてでも、俺は彼が冒険者として命を落としてほしくない。

 だから、はっきりと今日。迷宮攻略を行い、彼にはっきりと伝える。


 俺は努めて声を抑えながら、彼に聞く。


「ティメオ、なぜそんなにすぐに結果を出そうとするんだ?」

「……そんなことはないですよ。ただ、僕は今の立場が認められないだけです」

「人にあれだけ横柄な態度をとっていたら、その結果を出すための仲間も見つからないぞ?」


 そうなのだろうか。

 俺には彼が焦っているようにみえた。

 それを俺に話してくれるほど、彼とは信頼関係を築けていない。


「……人が上にあがるには、他人を蹴落とすのが基本ですよ。僕はそうやって教えられて育ってきました」


 教えられて、育ってきた?

 ティメオは言っている言葉は悪いが、丁寧な言葉遣いはできている。

 だから、てっきり貴族の末弟とかで冒険者を選んだのだと思っていた。


「そうかもしれないがな。冒険者の上と下ってなんだ?」

「そんなもの……より上のランクを得ることですよ」

「それじゃあティメオはSランク冒険者になりたいのか?」

「……はい」


 少しの間のあと、彼は頷いた。

 ただ、それは本心ではないように思えた。彼の視線は今もどこか迷うように揺れている。


 彼が横柄な態度をとっているときのことを思い出す。

 あれもまた、他人を見下しての発言なのだろうか。


 表面のことばかりに囚われてはいけない。

 言葉すべてが本心なんて、そんなお気楽なやつ世の中にはいない。


「ティメオ、少しこっちを見てみろ」

「……なんですか」


 彼としばらく目を合わせる。彼の目がこちらを捉えると、不安げに揺れた。

 それから顔をそらした。


「男の顔をじろじろ見ていてもつまらないですね。僕にそんな性癖はありませんよ」

「馬鹿、俺だってない。俺は豊かなおっぱいを持つ女性が好きなんだからな」

「……周りにいますか?」

「みんなの前で絶対に言うなよ」


 少しだけ、空気も和んだが彼の表情は冴えないままだ。


 彼は人と話す時、どこか怯えているように見えた。

 ただ、それを素直に指摘しても、彼は決して首を縦にふることはないだろう。


 彼が心に何を秘め、何を抱えて生きているのか。

 ティメオがどうしてあのような態度をとるのか。

 それと、俺とパーティーを組むことにこだわっているのか、わかるかもしれない。


 今すぐに聞き出すのは難しいだろう。彼は先ほどのようにきっとはぐらかしてしまう。

 ……もっとゆっくり、親しくなってまた聞こう。


 今回やってきた第15階層には様々な魔物がでる。

 マリウスに事前に話は通しておき、この迷宮に出現する魔物をありったけ用意してもらっている。


 そろそろ出会う頃だろう。俺がそう思ったところで、出現したのはフィルドザウルスだ。その背中に、ゴブリンが二体乗っていた。

 楽しそうだな。

 彼らがこちらに気づくと、勢いよく向かってきた。


「それじゃあ、ティメオに任せる」

「……わかっていますよっ」


 あくまで、これはティメオの戦いだ。

 彼の実力を証明するための試験だ。ティメオもわかっていて、意気揚々と剣を構えた。

 ティメオに向かって、魔物が襲いかかる。


 フィルドザウルスの背中から飛び降りざまにゴブリンが持っていた木の棒を叩きつけてくる。


 ティメオはその攻撃をかわし、火魔法を放つ。

 ゴブリンの全身が焼け、もがきながら倒れた。

 もう一体のゴブリンが脇から襲いかかる。ティメオはそれを視線を向けずにかわしてみせた。


 やはり、周囲を見る力は長けている。

 あっさりとかわしてから、すぐに剣を振り抜いた。

 ゴブリンの体がよろめき、その体に風の矢が突き刺さった。


 魔法の準備も素早くできている。

 二体の魔物の素材だけが残り、ティメオはそれに一瞥向ける。

 まだ、魔物は一体残っている。そう語るかのようにティメオは素材から顔をあげ、フィルドザウルスへと向かう。


 この個体はあまり能力は高くなさそうだ。体は小さく、迫ってくる威圧感も少ない。

 けれど、それでもティメオにとっては強敵だ。


 ティメオが振り抜いた剣がフィルドザウルスの体に当たる。

 彼の剣は魔物の鱗を破ることなく、弾かれる。


「くっ……」


 フィルドザウルスが、じゃれつくように口を開き、襲いかかる。

 ティメオは横にとんでかわしながら魔法を放つ。

 

 しかし、フィルドザウルスはその場で一回転し、尻尾で魔法を薙ぎ払ってみせた。

 ティメオの表情がこわばった。まさか、傷もつけられないとは思わなかったのだろう。


 フィルドザウルスがティメオに近づいていく。

 その地響きが、まるで壁のようにティメオへと迫る。


 対面している重圧はとてつもないだろう。俺も、冒険者になりたてのとき、強敵と遭遇してしまったときのことを思い出す。


 勝手に体が震えだしてしまうんだ。

 冒険者は危険で、いつ死ぬかわからないといわれている。だが、そんな危機感を抱きながら冒険者をやっている奴なんて稀だ。

 それは悪いことではない。毎回、そんな緊張感を持っていたら、生きていくのだって息苦しい。


 だから、みんな自分だけは死なないと思っている。

 けれど、人は簡単に死ぬ。

 強敵との遭遇は、それを無理やりわからせてくる。

 

 彼は一度距離をあけ、それから魔法の準備を行う。

 今の彼では、ランクCの魔物は――いや、ランクDでさえも難しいだろう。

 

 ずば抜けているのは、あくまで初心者冒険者の中でというだけだ。


 俺は『挑発』を放ち、ティメオに向いていた敵意を一気に集める。


「攻撃力を見てやるっ。それがダメなら、ここで帰還だ!」


 俺がさけぶと、ティメオは僅かに悔しそうに顔を顰め、頷いた。

 フィルドザウルスがこちらへと飛びついてきて、それを横に転がってかわす。


 尻尾が振り抜かれる。

 盾で跳ね返す。

 フィルドザウルスが噛み付いてきたが、盾で殴りつけると、煩わしそうにのけぞった。

 フィルドザウルスが何度か鳴く。


 ティメオの魔力が膨れ上がっていく。

 ……彼のとっておきとも言える魔法なのだろう。


 だが、ティメオの表情には迷いが見えた。

 戸惑い、恐怖……負の感情は魔法を撃つときに一番抱いてはいけない。


 中途半端な状態では、まず威力の高い魔法は打てない。

 反対に、心の強い人間は本来以上の力を発揮することもある。


 彼の傍らから火があがる。それはやがてひとつの形を作った。

 槍だ。人間が扱うにはあまりにも大きな火の槍。


 その魔法が完成し、ティメオは片手を振り下ろした。


 火の槍はフィルドザウルスへとまっすぐ向かう。

 フィルドザウルスの横っ腹へとあたり、その体をわずかに浮かせた後、フィルドザウルスは地面を踏みつけた。


「がぁああ!」


 フィルドザウルスが怒鳴るように声をあげると、ティメオの体が震えた。

 魔法にも影響したのだろう。維持できなくなった魔法がそのまま消滅した。

 

「そんな……っ」

「ティメオ、一度逃げるぞ」

 

 その場でたたずんでいた彼の手を掴み、俺は1階層へと移動した。



 ◯



 1階層に戻ってきたティメオは、表情を様々に変化させていた。

 怒りや悔しさ。

 そんな感情をいくつか隔てたあと、彼はうなだれながら息を吐いた。


「今のおまえの力は、そのくらいなもんだ」

「……今回は――」

「今回も何もないだろう。俺が敵をひきつけて、おまえの最高の魔法をぶつけた結果が、あれだ」


 見事にフィルドザウルスの防御を破ることができなかった。

 ティメオはそれを思い出したのか、悔しそうに拳をわなわなと震えさせた。


「周りを見るんだ。おまえは自己評価ができない人間じゃないだろ。才能はあるんだ。もっと時間をかけて、ゆっくり確実に冒険者として成長していけばいい」

「……」

「リリフェルとドリンキンを馬鹿にしていたが……あいつらは今も毎日鍛錬を積んでいる。すぐにおまえに並ぶくらいの力はつけてくるはずだ」

「……」

「ティメオだって、リーダーとして成長していってくれると俺は期待している。……だから――」

「僕はこんなんじゃありませんっ」


 ティメオは睨みつけるようにして、声を荒らげた。


「ティメオ。何をそんなに焦っているんだ? おまえは十分、冒険者の中で見ると強い。そんなに追い込まれたようにやっているのはどうしてだ?」

「……僕は――」


 そこまで言ったところで、ティメオは出口のほうへと走り出した。

 ……追いこみすぎてしまっただろうか?

 俺は彼の背中に向けた手でそのまま額に当てる。


 ……嫌われたくはない。

 もちろん、強く言わなければならないことはある。

 それを理解してはいたが……せっかく入ってくれた冒険者で、嬉しかった。

 

 だから、できるのなら、嫌われたくはなかったんだ。

 けど、リーダーとしては……やらなければいけなかっただろう。



 〇



 俺は彼を追うように迷宮をでたが、彼はすでに見当たらなかった。

 足跡はアバンシアの方角へと向かっていた。

 先に町へと帰っていたのだろう。


 俺もその後を追うように町へと戻る。

 家についたのはもうみんなが寝静まったような時間だ。


 そもそも、出発の時間からして遅かったからな。

 俺もそろそろ寝ようかと思っていると、ニンがこちらへとやってきた。

 まだ起きていたのか。明日も仕事だったはずだ。


「どうだったのよ? 問題児、矯正できた?」

「……いや。むしろ、追い込むようなことをしてしまったな」

「何があったのよ」


 迷宮での話を彼女にする。


 フィルドザウルスに彼の自慢の魔法が効かなかった時、もっと他にやり方があったのではないかと思わずにはいられない。


 ならば、優しい言葉をかけるべきだったのか……と問われても違う気もする。


「別に。そのくらいで挫折するようなら、そもそも冒険者なんて向かないわよ」

「……まあ、そうだろうけどな」

「やり方に正解はないと思うけど、あたしはあんたのやり方、間違えているとは思えないわよ。そもそもね。生意気な子を矯正させる方法って二つしか無いと思うのよね」

「……二つ?」

「無理やり力で言い聞かせるか。相手が自覚して、治すか。でしょ?」


 ニンが指を二つ立て、それから壁のように薄い胸を張った。

 自覚、か。

 無理やり言うことを聞かせるというのはあまりやりたくなかった。


 だったら、相手に自覚させ、治させるしかないのかもしれない。

 あとは、ニンが言うようにティメオがここから立ち上がるかどうか、か。


「……ありがとな、ニン」

「別に。そもそもね、あたしが起きてたのは、別の用事があったからよ」

「なんだ?」

「今度休みとれたから川にでも遊びにいかない? なんでも毎年町でやっているらしいじゃない」

「……そうだったな」


 今年は忙しくて忘れていた。


「わかった。町の人たちにも話してみるよ」


 毎年、子どもたちは楽しみにしていたからな。


 ニンが酒を取り出し、俺の背中を押してくる。

 付き合いなさいよ、と目で訴えてくる。


 たぶんだが、気を遣ってくれているのだろう。



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