ティメオの戦い
しばらく歩くと迷宮に到達する。
すぐに迷宮へと入り、一階層を目指して階段を歩いていく。
「なあルード。あの刀使いは……オレのことを嫌っているわけではないよな?」
ドリンキンはあまり人と距離を縮めるのが得意ではないようだ。
そんな彼がマリウスに声をかけられれば、戸惑いのほうが大きいだろう。
「……たぶんな。ドリンキンは引っ込み思案な子、だと思う。うまく接してあげてくれ」
「お、おう……オレもそういう気遣いをしたことなくてな。少し不安だ」
マリウスがちらちらとドリンキンを見る。
同じ武器を持っている同士、通じ合う部分があるのだろう。
「同じ武器を持っている同士だ。息のあう部分もあるはずだ。おまえなら大丈夫だ頑張れ」
「了解だ!」
背中を押しはしたが、別に根拠はない。
まあ、マリウスなら大丈夫じゃないか?
マリウスは表情を緩めると、すぐにドリンキンのほうに向かう。
「刀使い、刀使い」
「な、なんですか?」
「いやな。おまえはどのくらい刀を使ったことがあるのかなと思ってな。どうなんだ? めちゃ使ってるか?」
「……いえ、本当にすこしだけです。ただ、刀の戦い方を聞いて、やってみたら、これが一番しっくりきましたので」
「おおそうか! そいつは珍しいな」
「……そう、ですかね」
「い、いや。今のは別にあれだぞ? 悪い意味じゃない! 滅茶苦茶褒めたんだ! 刀の魅力に気づいたおまえは天才だ!」
「……ただ。刀って、あんまり迷宮攻略に向かないって聞きますね」
「……むっ、そうなのか?」
マリウスがぽかんとした様子で首をかしげる。
大丈夫なのかこの人、という感じでティメオが俺を見てきた。
刀は一撃にすべてを込めるのが基本だ。
研ぎ澄ました魔力を刃に乗せて振り切る居合などの技は、連戦にはあまり向かない。
ボス攻略ならともかく、道中の魔物に連発するのはなかなか難しい。
俺の『生命変換』のようなものだ。
ただ、マリウスの居合溜めは早い。集中力もすさまじいものだ。
彼ならば、連続で居合を放つことも可能だろう。規格外なんだよな、そのあたりは。
マリウスはそれからもドリンキンに声をかけていく。
ドリンキンもたどたどしくはあったが、マリウスに答えていく。
そうすると、マリウスは子どものようにはにかんでさらに言葉を続ける。
……まあ、大丈夫そうだな。
しばらく一階層を歩いていったところで、俺は三人に声をかける。
「一階層で戦ってみようか。とりあえずは、三人で戦ってみてくれ」
そういうと、ティメオたちは顔を見合わせる。
「三人で」というのがティメオには引っかかったようだ。
「誰がリーダーを務めるんですか?」
別にリーダー、とまでは言うつもりはないが。
最初から、それはティメオに任せようと思っていた。
「ティメオに任せる」
「……わかりましたよ。まっ、今回は引き受けてあげましょうかね」
彼の『俯瞰視』を鍛えるには、リーダーとして全体を見回したほうがいいだろう。
「……よろしくお願いしますよ」
リリフェルは不満そうだった。
ドリンキンは特に何も言わず、こくりと頭をさげた。
「ま、相手がゴブリンなら、さすがのあなたたちでも大丈夫ですよね?」
「一階層は……ゴブリン、でしたっけ?」
「……そんなのも知らないんですか。ドリンキンさんは?」
「……それは、聞いている」
「まっ、及第点ですね。ドリンキンさんの外皮は少ないですから、無理はしないでください。リリフェルさん、あなたタンクなんですから、しっかり引き付けてくださいね。僕の魔法が当たれば、ゴブリン程度なら軽く倒せますから」
上から目線ではあるが、指示は悪くない。
リリフェルは「はーい……」とやはり嫌悪感丸出しの声だ。
そんな彼らを見ながら、少し離れたところで俺はマリウスを見やる。
「魔物の調整は大丈夫なのか?」
「心配するな。うまくやっておいた。初めは思いきり、後半はいい感じに弱ってそのままやられるようにな」
今日、ここに出現する魔物たちには接待を頼んでいる。
リリフェルたちには緊張感を持たせるため、俺のスキルも発動させていない。
……まあ、危険となればすぐに発動できるようにはしている。
クラン設立、冒険者育成……それらを考えたとき、俺はマリウスの迷宮と連携したいと思っていた。
これはまだ実験のようなものだ。成功してくれることを祈るばかりだ。
「まあ、今回は迷宮に慣れるっていう意味合いだ。もしも危険だとわかれば、俺たちが手を貸す。だから、それぞれが全力で戦ってくれ」
俺が言うと、ティメオはこくりと頷いた。
彼の目は少しばかり真剣なものになっていた。
「一つだけ確認させてください。……リリフェルさんは、もちろん回避型のタンクですよね?」
「何ですかっ! 私のこの盾が目に入りませんか!?」
「ルードさんの荷物持ちですか?」
「この盾私の!」
「そのちっこい体で、ルードさんと同じというのですか?」
「ち、ちっこ……っ! ちっこくないですよ! 私は立派に成長したのでありますっ」
「……はぁ」
……喧嘩するほど仲がいいとはいうが。
まあ、気兼ねなく思いの丈をぶつけあうことはできそうだな。
「それで、ドリンキンさんはどのくらい戦えるんですか?」
「……あまり、期待は……しないでくれ」
「了解しました。それじゃあ、トドメは僕の魔法にします。そこまで、せめて踏ん張ってくださいね、みなさん」
ティメオの言葉にリリフェルが頬を膨らませる。
「さっきから、その上から目線な態度! もうちょっとどうにかできないでありますか!」
「僕はお二人と違って、それなりに戦闘経験があります。僕の方が立場は上だと思いますけど」
「私だって戦ってきたのでありますよ! 毎日毎日、村で走りこんで、スタミナもつけています! そんなひ弱そうな体の魔法使いには言われたくありませんよ!」
「僕も。ルードさんたちの冒険についていける程度に、スタミナはあるつもりですよ」
リリフェルとティメオが顔をつきつけて、睨み合う。
ドリンキンはおろおろと二人の間にいた。
さて、どうするかね……。俺が悩んでいると、マリウスが、ポンと手を叩く。
と、空間が歪み、魔物が出現する。
「共通の敵がいれば、喧嘩も収まるだろう?」
彼がにやりと笑みを浮かべ、小さく言う。
強引だ。けど、間違いではない。
すかさず、ティメオたちは反応する。
さすがに冒険者だな。
ゴブリンたちは、手に持ったこん棒をぺろりと舐めて軽く振るう。
それから大きく雄たけびをあげた。
その過剰なまでに威圧するような仕草を俺は初めて見た。
マリウスがぐっと親指をたてる。彼の指導らしい。
「ゴブリン、三体。せいぜい僕の魔法までの時間を稼いでくださいね」
「ああもう、いちいち言い方が腹立つですね! ドリンキンさん、私が敵の注意を引き付けますから、隙見つけて攻撃してください!」
「……ああ」
ドリンキンは腰に差した刀に手を当てる。
そうして目を閉じ、息を吐いた。
「……ふむ」
マリウスは顎に手をやり、ドリンキンを見ている。
「何か気づいたのか?」
「本人はあまり使っていないと言っていたし、確かにそうなのだろうが、ドリンキンはなかなかいい集中をしているな」
「そうなのか?」
俺には刀使いの感覚はわからない。まあ、マリウスが言うのなら間違いはないのだろう。
「……ただ、どうみても動きは素人だな。なんというか、いきなり冒険者になったような感じだな」
「……確かに。動きはかなり素人そのものだな」
でも、事前に刀を選ぶくらいには、武器の選択をしているのだろう。
どうして冒険者になったのか、少し気になる。
リリフェルが『挑発』を放ち、魔物たちを引き付ける。
ゴブリンたちは、リリフェルへと飛びかかり、こん棒を振り下ろす。
リリフェルが盾で受け止めるが、よろめいてしまう。
しかし、鍛えているといっていた足腰ですぐに態勢を戻す。
やられてもすぐに立ち直るように心がけているようだ。
盾の扱いが微妙なのもあるが、やはり体が小さいのがネックなようだ。
「はぁ!」
ドリンキンが刀を抜き放つ。
マリウスのを見慣れていたせいで、お粗末という判断を下してしまったが、たぶん悪くはない。
一撃がゴブリンの首元に当たる。
それに、ドリンキンは驚いたような顔をした。
……魔物との戦闘は初めて、か。
おそらく、ゴブリンの肉や骨の感覚を刀越しに感じ取って、驚いてしまったのだろう。
彼の表情はみるみる悪化していく。
呼吸が乱れ、ドリンキンは一度距離をあける。
ドリンキンへと向いた注意を、リリフェルが引き付けなおした。
リリフェル一人で三体の処理は難しい。ゴブリンたちが思っている以上に良い連携をしている。これも、マリウスの指導のせいかもしれない。
それに対して、ティメオが動いた。
彼はゴブリン一体を軽く切りつけ、注意を引き付けた。
リリフェルが二体と戦い、ティメオが一体を受けている。
ティメオの剣は無駄がない。一体相手に一方的な展開を見せている。
魔法の準備を行いながら、周囲もよく見えている。これが、普通の魔法使いにはどうしてもできないことだ。
よろめいたゴブリンの体を蹴りつけ、リリフェルと戦っていた一体に当てる。
彼が剣を持っていない左手を振り下ろした。
ゴブリンの足元から火が吹きあがり、二体を丸焼きにした。
消滅し、あとには素材だけが残った。
残り一体は自由になったティメオが仕留めてみせた。
「どうですか?」
「確かに、ずば抜けているな」
そういうと、ティメオは嬉しそうにはにかんだ。