影響
俺の記事が載った王都新聞が発行されてから、それなりに時間が経った……はずだ。
発行される日付は聞いていたので、何か問題があって載らないようなことにならなければ、だが。
どちらにせよ。王都からこの町に届くまで、時間がかかる。
もうあとはどうにでもなれ……そんな気分で今日も町の巡回を行っていた。
と、ちょうど馬車から何名かの冒険者が下りてきた。
また新しくこの町の迷宮に挑みにきた冒険者だろうか。
若い子たちだ。
俺は特に気にも留めず、そんな彼らを見送って巡回に戻ろうとしたのだが、そのうちの一人が目を見開いてこちらへと駆けてきた。
「る、ルードさんですよね!?」
……名前を聞かれて驚きながらも頷く。
すると彼女は、さらに笑みを濃くした。馬車からさらにおりてきた冒険者たちもこちらをちらちらと見てくる。
「し、新聞見ました! ずっと探していたんです!」
そういって、彼女は新聞をばっと見せつけてきた。
その一面に、俺の似顔絵とともに、取材された記事が載っていた。
……ぱっとみたかんじ、特におかしなことは書かれていないようだった。
それだけはほっとしていた。
馬車から降りた冒険者たちに注目されているのはそれが理由だろうか。
しばらく新聞と彼女を見ていると、彼女はにっとなんとも人懐こい笑顔になった。
「以前お会いしたときから、ずっと探していたんです! こうして会えてうれしいです!」
「以前お会いした時?」
「はいっ! あっ、三年くらい前ですし覚えていませんよね! 私はリリフェルと申します! よろしくお願いします!」
……リリフェル。三年前……。
思い出そうとしてみたが、その名前でぴんと来ることはなかった。
とにかくだ。ここで人を集めても、馬車の邪魔になる。
「……少し歩きながら話そうか」
「はいっ!」
ちらと他の冒険者もこちらを見てきたが、特別話しかけることはなかった。
ただ、皆やはり新聞を見たのだろうか……そう思うと、少し照れ臭かった。
彼女とともに町を歩いていく。
リリフェルは目を輝かせ、きょろきょろと周囲を見ていた。
「三年前、か……リリフェルは今冒険者なのか?」
見た目はまだ幼い。冒険者を始められる15歳とは到底思えなかった。
リリフェルはぶーっと頬を膨らませ、腰に手をあてる。
「そうですよっ。今はもう15歳なのです。この前冒険者登録して、クランをどこにしようか考えていたら、ルードさんのクランを発見したでありますよっ!」
「つまり、クランへの入団志望ってことでいいのか?」
「はいっ!」
リリフェルがこくりと元気よく頷いた。
……別にえり好みするつもりはないので、そのまま入団してもらって構わないのだが。
少しきになることがある。
「俺、三年前にリリフェルと会っているのか?」
「はいっ! ポッキン村の出身であります! 覚えていないのも無理ないですよっ。あのときの私は、小さかったですからねっ」
今も十分小さいのだが、それを指摘してはいけないのだろう。
「……俺が十七のとき。ポッキン村か」
「はいっ。その村で、ですね……いやぁ、あのときの私は若かったです。子どもが抱く興味のままに、外へと出てしまい、魔物に襲われてしまいました。偶然、同じく外にいた師匠に助けていただき、今こうして大きく成長することができました!」
「ああ、あの時の子か」
この大陸の北西のほうにある村だ。一年中、温度が低く、今のこの時期でも快適に過ごせるだろう。
冬は異常なほどに寒い。
昔、迷宮攻略と依頼のために、ポッキン村に滞在していた。
夏から秋にかけて、あの村にある竜が訪れる。温厚な魔物だが、それに怯えた魔物が村に降りて来ることがあり、それらから村を守るという依頼を受けた。
そのとき、村の外に出ていた子どもたちが魔物に襲われ、俺たちは子どもたちを助けた。
……その中にたぶん彼女もいたと思う。
正確には思い出せなかったが、村自体は懐かしい記憶だ。
「そのときに、こんな頼りがいのある冒険者になりたいと、思いました! だから師匠に憧れて、師匠を探していたんです! そしたらびっくり! 新聞に載っているんですもん!」
嬉しそうに彼女が語る。
……なるほどな。そういうわけで、この町まで来てくれたのか。
「あの、クランとかって試験とかやるのですか?」
「いや……まあ、簡単に人柄くらいはみるつもりだけど……実力で選ぶわけではないな」
とりあえず、数を増やし、クランとしての存在感を示す。
そうすることで、クランの名前も強くなり、町での立場も確立できるからな。
リリフェルから受け取った新聞をめくりながら、しばらく町を歩いていく。
と、俺の前を二人の男性冒険者が立ちふさがった。
一人は非常に目つきが悪く、もう一人は虫さえ殺したことのないような優しい笑みを浮かべていた。
見たところ、二人とも若い。冒険者になりたての年齢のように思えた。
「あの、ルード、さん」
たどたどしく話すのは、目つきの悪い男性だ。引っ込み思案なのか、顔はうつむいたまま話している。
「オレ、クラン……入りたくて。その、えっと……」
「ああ、そういうことか」
「僕も、ですかね」
優しい笑みの青年も続いてそういう。ただ、少しばかり生意気そうな雰囲気も感じ取れた。
……おぉっ。まさか、一気に三人も来てくれるとは思っていなかった。
若い冒険者になってしまうのは仕方ない部分でもある。
多くの冒険者はすでにどこかしらのクランに所属していることが多い。
クランからクランの移動には半年の期間を開ける必要がある。今所属している中堅冒険者が、新しいクランに移動するためには半年が必要になる。
だから、集まるとすれば新人冒険者が多くなる。
嬉しくてつい笑顔を浮かべるが、リーダーとして毅然とした態度をとらないといけないな。
「それじゃあ、あとで簡単に面接だけさせてもらう。といっても、人柄を見る程度のものだからそう緊張しないでくれ」
目つきの悪い男性がびくーんと背筋を伸ばしたものだから、慌てて付け足す。
それでも、まだ緊張してしまっているようだ。
「そうですか。僕は、ティメオと申します、よろしくお願いしますね」
ティメオがそういって俺のほうに頭を下げてきた。
柔らかく微笑みながらも、何かこちらを観察するような目の動きだ。
かなり、育ちもいいのだろう。もしかしたら、貴族の末っ子とかかもしれない。……いや、その場合は騎士の道を選ぶのだろうか。
「お、おおおオレは、ドリンキンと、いいます。よろしく、お願いします」
渋い声に、濃い顔……そのわりに、気は小さいようだ。
いかんいかん。人を見かけで判断してはダメだ。
「私はリリフェルですっ! 一緒の時期に入団しますし、これからよろしくお願いしますね!」
リリフェルも二人に挨拶をして頭を下げる。
ドリンキンはぺこぺこと頭をさげるが、ティメオは小さく息を吐いた。
「僕は、別に弱い人と慣れあうつもりはありませんから」
そうティメオがいうと、リリフェルがむっと頬を膨らませる。
「どういう意味ですか?」
「僕はこれでも、他のクランからも招待を受けているんですよ。ま、面倒な先輩やルールが出来上がっているクランに入りたくないので、出来上がったばかりでそれなりの知名度があるこのクランを候補として見学に来ただけですが」
「むぅ……」
リリフェルが苛立った様子で頬を膨らませる。
「まあまあ、そう喧嘩をするな。俺たちが冒険者を選ぶように、冒険者だってクランを選ぶ権利があるんだ。こちらこそ、よろしく頼むな」
二人の間に割って入り、喧嘩に発展しそうなところをなだめる。
……どうにも癖のある子たちだな。
ただ、悪いことではない。
「三人とも、これからうちのクランに来るか?」
「はいっ! 行きます!」
「は、はい……」
「僕も暇ですし、見にいきましょうかね」
三人共、それぞれの反応で声をかけてきた。
すでに、ほとんど出来上がっている我がクラン。
なんか宿屋とそう造りが変わらないが、あくまで仮のクランだしな。
今日はルナとマニシアもそちらで、部屋の準備や掃除を行っている。
……入団に当たって、彼女たちのスキルを確認しておきたいと思っていた。
「そういえば、三人共能力証明書は持っているか?」
「僕はもちろん持っていますよ。どうぞ」
ティメオが差し出してきた。能力証明書は教会で発行されるもので、スキルや外皮などが記されている。
これは教会が保障する本人の証明書のようなものだ。
と、ドリンキンは青ざめた顔で、リリフェルはあははーととぼけたように笑って。
「も、持ってないです」
「……もって、ないです……」
「そんなこの世の終わりみたいな顔をしなくても大丈夫だ。これから教会に行こうか」
彼女らを連れ、俺は町の教会へと向かった。
少しだけ、いつもよりも足取りが軽かったかもしれない。