わずかな成長と新たな魔物
その顔は俺のもので、鏡を見ているかのようだった。
そして……顔から下を見る。
そこは……液体――スライムのままだった。だからこそ、不気味なんだろうな。
ヒューマンスライムの体が水たまりのように沈むと、生首が地面に落ちる。
ヒューマンスライムはその顔を掴みあげ、新たに作り出した液体の顔で頬ずりをしている。
俺の顔で遊ぶのはやめてくれないか?
……というか、これはもうシャドウスライムに片足突っ込んでいないか?
「なるほど……これはおもしろい進化をしてしまったな」
マリウスがくすくすと笑っている。
「面白さはあるが……正直な」
ヒューマンスライムの思いが伝わってくる。
「頭だけじゃダメ?」という感じだ。
言葉で言われたわけではないのだが、そんな気持ちが伝わってくる。
いやそういうわけではないんだが……。
「まあ、話はできるようになったようだな」
マリウスも聞こえていたらしい。
「……ああ。あとは、どのようにして相手と連絡をとるかだけだな。末尾に何かをつければいいか」
「そうだな。わかりやすいところでいけば、こちらが連絡した後、以上、どうぞ、とかそんなところじゃないか?」
「そこはおいおい、色々と試してみるよ」
あとは、このスライムの分身を誰に持たせるか、だな。
信頼できる相手だけにしておいたほうがいいだろう。
ルナ、マニシア、ニン、シナニス、マリウスは確定だろう。
あとは、自警団との連携という意味でフィールにも渡しておきたいな。
ミレナももしかしたら、持っておきたいかもしれない。
鍛冶屋は冒険者の出入りが多い。
俺と連絡しないにしても、何かあったときにフィールと連絡がついたほうが彼女も安心できるだろう。
それ以外は、これから考えていくとしようか。
「これで用事も済んだな。オレは新しい魔物の開発でもしようか。ルードも協力してくれるか?」
「ああ、構わない」
マリウスは魔石を取り出し、地面に置いた。
以前と同じように魔力とエネルギーを込めていく。
「今日は何を作るんだ? サキュバス、ラミアとかか?」
「いや、それらのランクの魔石はまだとっておこうと思っている。エネルギーもそこまで余裕があるわけじゃないからな」
「……悪いな、ヒューマンスライムに使ってもらって」
「何をいう。オレもクランメンバーの一人だぞ? 気にするな。それに、今も少しずつだが、迷宮から回収できているしな」
「それならよかった」
新しい魔物が増えれば、目新しさに冒険者が増えるだろう。
それが町の発展、迷宮の発展につながるはずだ。
ヒューマンスライムに関しては、今すぐほしい能力ではなかったため、後回しでもよかった。
……足りているのなら、いいんだけどな。
俺は今日持ってきたものを思い出し、彼のほうに差しだす。
「町で魔石と素材をいくつか購入しておいた。Dランクの魔物の魔石らしい」
「おお、すまない。助かる」
マリウスは上機嫌に鼻歌を歌いながら、魔物の制作を行う。
魔石、素材、魔力、エネルギー……それらをくみあわせ、一体目の魔物が完成する。
「しゅろろろー」
そう鳴いたのは、幽霊型の魔物だ。
少し可愛げのある顔をしている。手を伸ばしてみると、触れられた。布団のような見た目通り、そのままの感触があった。
「実体があるし、ゴーストか……? Dランクの魔物だな」
俺がそういうと、マリウスはがくりと肩を落とす。
「そうなのか? 結構多めにエネルギーは使ったんだが、人型にはならなかったか……」
「……生霊みたいな感じを期待したのか? それを喜ぶ人はいるのか?」
「いるだろう。世の中には様々な人種がいるのだからな」
いるんだろうか。
あとで男連中に聞いてみようか。
幽霊種の魔物はランクがあがるごとに、様々な能力を持っていく。
わかりやすいところでいえば、実体がなくなり、魔法による攻撃しかくらわなくなるようなものだ。
またはスキルしか当たらないのもいたり……ととにかく厄介だ。
冒険者の街の迷宮に出たような、変な攻撃をしてくる奴もいるしな。
マリウスはさらに挑戦しているが、必ずしも魔物が出来上がるわけではない。
失敗が重なり、魔石、素材、エネルギーだけが消費されていく。
最後に彼は二つの魔石を掴み、宙に投げた。
「残る魔石は二つ、か。……うーむ当たりをひきたいものだな」
「……まあ、そううまくいくわけじゃないだろ。ダメでもまた、新しい素材を持ってくるよ」
「そうか。ありがとな、ルード。今度、エネルギーが十分にたまったら、おまえの装備でも作ってやるさ。今もっているものを強化するという手段もとれるしな」
……そういうこともできるのか。
色々と夢が広がるな。
守護者が魔石に手をあてる。
同じように魔物が出来上がる。そこに現れたのは、オークだ。
ゴブリンたちの上位に当たる存在で、その肉体は俺よりも頭一つ大きい。
豚面であったが、どこか凛々しい。
斧まで持っているのは、恐らくそういう種族だからだ。
アックスオークだろう。武器や防具を生成するためのスキルを所持している魔物は珍しくない。
まあ、生成した武器は魔力でできているため、魔力がなくなれば消滅する。
性能は使用者の能力に完全にゆだねられるため、安定感はない。魔力が乏しくなったり、維持できるだけの心の余裕がなくなれば、あっさりと壊れてしまうなんてことも珍しくはない。
アックスオークはマリウスに忠誠を誓っているようで、すっと彼の前で膝をついている。
「生み出した魔物ってのはある程度の知能はあるし守護者にも懐いているんだな」
野生のアックスオークを見かけたことがあるが、あれはこれほど素直ではないし、何より馬鹿だった。
目の前にいるアックスオークは、まるで騎士のようだ。もちろん、何を考えているかはわからないが、見た目は、馬鹿っぽくない。
「そうでもないらしいがな。オレの知識にはなつかない魔物もいるそうだ」
「今のところは大丈夫そうだな。懐かないとなんだ、言うことを利かないとかもあるのか?」
「どうだろうな。ただ、それはそれで面白そうじゃないか?」
「……そうか? 懐いてくれたほうが、接する方も疲れなくてよくないか?」
「いやいや。その懐かない相手を懐かせることが、良いのではないか」
俺にはよくわからないな。マリウスはその状況を思い浮かべているのか、楽しそうだ。
マリウスとともに迷宮の地図を見る。
現在のアバンシア果樹園迷宮は、一から五階層をゴブリン、スライム、六から十をフィルドザウルスで回している状況だ。
迷宮のあちこちに魔鉱石と薬草が設置されている。
それらも一定時間で復活するようだが、正直数は少ない。冒険者は増え続けているため、薬草は足りなくなるだろう。
「迷宮で採取した魔鉱石や薬草をまたこっちに持ってくることは可能なのか?」
「いや、無理だ。それらは自然のものでなければダメみたいだ。オレも一回やってみたんだがな」
そうか。
魔物たちも無理だっていっていたし、同じか。
「そうか……迷宮の魔物は魔石をドロップすることがほとんどないが、まれにドロップすることもある。その場合はどうなるんだろうな?」
「恐らくだが、魔石をドロップするというのはそれだけ本物に近い体を保有しているというわけだ。迷宮の構造をすべて把握しているわけではないが、どうにも一定の間隔で魔物を作り出す機能が過剰になることがある。通常よりも少しだけ強い魔物が出来上がり、それらが魔石を落とすようだ。ただ、どっちにしろ無理だろう。本物の魔物とは違うからな」
「ユニークモンスターや、レアモンスターとは違うのか?」
「ああ、違う。オレが言ったのはどの階層でも起こりうる現象で、本当に少しだけ強い魔物が生まれる程度だ。ルードが言うような、ユニークモンスターやレアモンスターは、そもそもまったく別の個体で、決められた階層でのみ発生する異常だな。ユニークモンスター、レアモンスターと呼ばれるのは、うちの迷宮だと五階層と十階層でしか確認できていない。まだ十五階層に魔物を置いていないから、そちらはわからないがな」
たぶんそこもユニークモンスターなどは発生するだろう。
各迷宮にそういう階層の特徴があるのかもしれない。
……稀にみると思っていたのはそういう理由があったんだな。
「とりあえず、作った魔物の複製を設置していくとしようか。ただ、アックスオークだけは寂しいな……」
「アックスオークとゴブリン、ゴブリンリーダーの集団も作ってみたらどうだ?」
「そうだな。それが一番いいか。あとは、多少薬草や魔鉱石を入れて誤魔化すしかないな。あとは、それで、購入してきた魔石から魔物を生み出せるだけのエネルギーを確保できれば、大規模な改造ができるな」
彼の表情は笑みで飾られている。
俺もその光景を想像して少し楽しみになる。
こういう、少しずつ稼いで何かをするのは、冒険者が自分の装備を作ってもらう、あるいは強化する過程に似ていて楽しい。
何度も魔鉱石を集め、魔物の素材を集め、少しずつ強化していく。
……いまの装備になる前はそうやって冒険者として生活していたな。
昔を思い出して、少しだけ懐かしくもなれた。