進化
今、俺たちがいるのは、魔物を管理しているフロアだ。
ここには、よくよく見てみると、見慣れない魔物が他にも何体かいた。
というか、ゴブリンの数なども増えている。
「この前から、だいぶ成長したんだな」
「ああ。ためておいたエネルギーを使って進化を行っておいたんだ。今日呼んだのはこれを見せたいというのもあるな」
進化した魔物たち、か。
進化しているのはゴブリンばかりだ。一番エネルギーの消費が抑えられるからだろう。
「ゴブリンというのは、すべての魔物の始まりとされているようだ。こいつは色々な魔物に進化する。エネルギーに余裕があるなら、ゴブリンから育てるのが一番いいかもな」
「……ゴブリンってのは凄いんだな」
そういうと、集まってきたゴブリンたちがえへんと胸を張る。
これでもう少し顔が整っていたら可愛げがあったんだがな。
「とにかくだ。ヒューマンスライムの本体を進化させてみよう。……ただ、あまり期待しないでくれよ。今エネルギーがピンチなんだ」
「そうか……色々進化させて、新しくゴブリンも作ったんだもんな」
前に比べてゴブリンとゴブリンリーダーの数がかなり増えていた。
エネルギーから魔物の生産が行えることは知っていたので、彼の努力がよくわかる。
「いや、それはまあ、そうなんだが……エネルギーは他にも使っていてな」
と、マリウスの歯切れが途端に悪くなった。
……なんだ。怪しいな。
俺がじろりと見やると、彼は口笛を吹くようなそぶりでそっぽを向いた。なんだそのわかりやすい誤魔化し方は。
「魔物の進化以外にもあるのか?」
「まず階層を15まで増やしたんだ。これで、より冒険者たちの攻略の楽しみが出るというものだ」
「……そうだな」
まあ、魔物が外に出ていないため、冒険者たちが必死になって上を目指す必要もない。
冒険者たちはそれを知らないから、それなりに頑張ってくれるだろうけどな。
そのエネルギーの消費はまったく間違っていない。
さっきのようなアホな顔を作る必要はまったくない。
まだ何か隠しているな。
じっと見ているとマリウスの目がわかりやすく泳いだ。
「他には何に使ったんだ?」
「それで、いくつか罠とかの設置も行ってみた。まあ、死ぬようなものは作っていないが、長く拘束できるようなものは作ってみた」
「罠とかは一から作るのか?」
「ああ。踏み抜いたら地面から触手がでてきて、その者を絡めとるというのを作ってみたんだ。女が踏み抜いたときは最高だったな」
「……」
「なんだルード。気になるか? 気になっちゃうのか?」
「……そんなわけないだろ」
気になるぞ。
けど、マリウスにからかわれたくないため、何も言わない。
「それを派生させて、服を溶かす罠とかも作ってみた」
「なんだとっ!?」
「気になるのか?」
「……」
くそ、こいつ俺をからかいやがって。
腕を組んでそっぽを向かせてもらう。
沈黙で誤魔化すと、彼はからからと笑う。
「まあ、そして最後は宝箱の設置だ」
「……宝箱、か。冒険者としてはわくわくするものだな」
「その気持ちはよくわかる。設置すれば、冒険者たちの期待も高まるだろう。だから、オレは製作の練習を行ったんだ。それでちょーっと、エネルギーを多く消費してしまってな」
「……なにを作ったんだ」
笑みを浮かべるマリウス。一体何を作ったのだろうか。
人々の生活を支える魔道具。
魔力を帯びた冒険者が使う装備である魔器。
迷宮の宝箱にはそれらが入っている可能性もあるため、非常に心そそられる。
だが、守護者もわかっているのか、そういう宝箱がある部屋は魔物が大量に出るようなこともある。
マリウスのことだ。きっと武器を作ったのだろう。
どのような形をして、どのような力が込められているのか。
魔器によっては、スキルに並ぶ力が備わっていることもある。
色々な想像を膨らませていると、彼は自身を指さし、
「この笠と仮面さ」
「……」
彼の自信にあふれた顔が固まった。
マリウスはごまかすように両手を振る。
「こ、この仮面に、笠、それに服装……どれをとってもかっこいいじゃないか! これをすべて作るのに、迷宮で得たエネルギーの半分は使ったな」
「半分、だと? それで魔道具の一つや二つ」
「お、おいおい。いつにもまして迫力があるな。服が溶ける罠の話をしたときのように真剣じゃないか」
「余計なことを言うな。魔器……見たかったな」
がっくりと肩を落とす。
仕方ない。
「変装道具も渡してなかったしな。まあ、わかったよ。次は魔器を作れるように、俺も用意できるものがあれば用意するから相談してくれ」
「ああ、了解だ。オレも次こそは魔器に挑戦する予定だったからな。それとな、エネルギーを使っての創造は結構難しいんだ。その練習をしておきたかったんだ」
「そうなのか。確かに仮面が半分欠けているしな……」
きっと、俺には想像もできないような緻密な作業があるのだろう。
「いやこれはわざとだ。かっこいいだろ?」
彼の努力を思った俺の気持ちを返してはくれないだろうか。
「まあ、難しかったのは事実だ。失敗して、エネルギーを多く使ってしまったんだよ慣れたからもう大丈夫だ。たぶんっ」
彼は自慢げに仮面を見せつけてくる。それが、最高傑作なんだろう。
確かに悪くない。少しかっこいいし、俺もほしいなとちょっとだけ、ほんのちょっとだけ思っていた。つける機会はないだろうが。
昔、貴族の家にいたときにマニシアと祭りに行ったことがある。仮面が売られていて、使うわけでもないのに買ったものだ。
マニシアはフルーツ丸ごとの飴を買っていて、それをぺろぺろと舐めていたな。あの姿は可愛かった。懐かしい。また祭りにいきたいものだ。
「さてさて。エネルギーの使い方についてはこのあたりでいいだろう。話を戻そう、進化についてだったな」
「ああ……そうだったな」
色々と気になる話をしていたため、脱線してしまっていた。
ヒューマンスライムも放置されて暇そうにその場で水たまりを作っていた。
ゴブリンがそれを踏んで遊んでいる。微笑ましい光景が広がっている。
視線を向けると、思い出したように丸い体を作るヒューマンスライム。
丸見えの魔石が、明滅している。
「進化は簡単だ。やりたい魔物に触れて、エネルギーと魔力を注ぎ込むだけだ。進化できるだけ与えればそれで終わりだ。まあ、進化というか成長させられるというわけだな」
「なるほどな……」
「さっそくヒューマンスライムに与えてみようじゃないか」
ぽんと肩を叩いてくる。
何、俺を進化させるつもりか? にやり、とマリウスの口元が歪んだ。
「おめでとう、おまえに今守護者の力の一部を譲渡した」
「いやそんな軽い調子で渡すなっ」
思わず声を荒らげてしまった。
マリウスは腹を抱えて笑っている。
「いやな。最近迷宮の規模が大きくなってきてめんどくなっちゃった」
「なっちゃった、じゃないぞ」
「ルード……おまえを信頼しているんだ」
「その前に本音をぶちまけていたじゃないか」
マリウスはとぼけたような顔を作った。
……はあ、まあいいか。
「触れて、エネルギーを込めればいいんだったか?」
「ああ」
俺が手招きでヒューマンスライムを呼ぶと、なになにーといった様子で近づいてくる。
マニシアの姿をしていて、頭をなでると嬉しそうにはにかんだ。可愛い、持って帰りたい。持って帰るんだったな……。
「今からエネルギーを送りこんで、おまえを進化させるな」
ばしっとヒューマンスライムは胸を叩く。
エネルギー……というか魔力を送りこむような気分でやる。
すると、ヒューマンスライムの体がびくんとはねる。
スライムの体へと何かが流れ込んでいるのがわかる。
俺たちの外皮と似たような力を感じ取れる。
俺たちから奪った力、というのは本当のようだ。
しばらくエネルギーを送りこんでいると、ヒューマンスライムの体が僅かに光を放つ。
それが一瞬強くなってから治まった。
特に見た目の変化はない。
ヒューマンスライムがぱくぱくと口元を動かす。
声は聞こえない。ただ、何か思いのようなものが心に伝わってきた。
よろしく、と言っているようだ。
「念話のスキルに似ているなこれは」
遠くの相手に自分の言葉を伝えられるスキルだ。
ただ、こちらの気持ちを一方的にしか伝えられないため、少し使いにくい。
あと、所持者が少ない。所持しているだけで、国に雇ってもらえるほどだ。
そうして、各街に配置して、一方的ではあるが念話による通話が可能というわけだ。
ヒューマンスライムならば分身できるし、返事の言葉を決めておけば、念話と同じように使えるだろう。
マリウスも体感しているようで、ふむふむと頷いている。
「もう少し成長させられれば、流暢に話せるようになるかもしれないな」
「これでも十分だ。ありがとな」
「いやいや、このくらいはいつも世話になっている礼だ」
それからヒューマンスライムが体をのそのそと動かす。
その顔が、俺の顔に変化した。液体ではない、本物の人間の顔に。
俺とマリウスは揃って目を見開いた。