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圧迫



 ある日の朝。

 顔が何かに圧迫されて、呼吸困難に陥る。

 柔らかな感触だ。ただ、おっぱいではない。悲しいかな、うちにいる子で顔を覆える胸を持った人はいない。


 俺がそれに手を伸ばすと腕が沈んだ。目をあけると、目に何かが入ってくる。

 液体だ。

 

 顔を覆っているものはスライムだった。

 俺はばたばたとその場で暴れる。このままだと呼吸ができずに死ぬ。


 実はこれがスライムのねらいだったのではないだろうか。

 これを暗殺に使えたら、最強だな……。


 そんなことを思っていると、ヒューマンスライムが気づいたようで、俺の顔からどいた。

 乱れた呼吸を整えてから、俺はヒューマンスライムを睨みつけた。


「……いきなりなにするんだ」


 さすがに睨みつけると、ヒューマンスライムは申し訳なさそうにしょんぼりとした。

 しかし、それから体をひゅんひゅんひゅんと動かしてみせる。


 いつの間にか、人の頭ほどのサイズになっていたヒューマンスライム。

 時々、水魔法を与えていたら大きくなってしまった。

 これ、本体と合体したらどうなるのだろうか。

 

 ヒューマンスライムは必死に液体を指の形にして何かを示し続ける。

 そういえば、俺はこいつと会話できなかったんだよな。

 マリウスはやはり守護者としての力があるから話ができるのだろうか。


 ヒューマンスライムが一体何を伝えたいのか。

 この子が示しているのは、果樹園の方角だ。

 ヒューマンスライムが果樹園を示すなんて一つしかないな。


「リンゴール食べたいのか?」

「……」


 ヒューマンスライムは無言で顔に迫ってきた。

 冗談だ、冗談。


「マリウスから連絡がきたのか?」

 

 こくこく。うなずいている。

 わざわざマリウスが連絡してくるなんてどうしたのだろう。


 何か緊急の用事だろうか。

 それか、ヒューマンスライムの本体を渡すために連絡をとってきたのか。


「それで、マリウスがこっちに来るのか? それとも、俺が行ったほうがいいのか?」


 ヒューマンスライムはちょっと待って、と片手をこちらに向ける。

 それから、マニシアの姿になり、腕を組んで目を閉じる。

 何かを考えているような姿勢だ。


 彼女の目の部分が開いた。

 それから、びしびしと果樹園のほうを指さした。


「俺が行けばいいのか?」


 こくこく。


「わかった。朝食を食べてからでも大丈夫かを聞いてくれないか」

「……」


 また同じような姿勢のあと、こくこく。

 緊急の用事じゃないってことか。なら、窒息させるような起こし方をしないでくれ。

 会ったら文句つけてやろう。


 それと、迷宮に関して伝えてもおかないとな。

 こっちに戻ってから調整したからか、冒険者の評判が多少はよくなった。


 ただまだまだ、不満点も多い。

 今リリアたちには、こっそりとそんな情報を集めてもらっている。


 俺があとでマリウスに伝えるためにな。

 それと、ギルドでいくつか追加で魔石を購入しておいた。


 冒険者の街で購入した魔石は、CランクやBランクのものばかりだ。

 それらでは、魔物化する際に結構なエネルギーがかかってしまう。

 マリウスはそこを深く考えていなかったせいで、今はまだ魔物化できていないんだ。

 

 冒険者たちを効率よく集めるために、Dランク程度の魔物を新しく追加したほうがいいだろうというのが俺の考えだ。


 購入した魔石は四つでどれも、別の街から来た冒険者が売ったものだ。

 一体どんな魔物が出るのか楽しみだ。

 着替えて、朝食の後に迷宮へと向かう。


 一人で迷宮に行くのだが、今日はヒューマンスライムがいる。

 なぜか、体はいつもの片手に乗るくらいの大きさになっている。

 ……スライムってのはそのあたり自由自在なんだな。


 果樹園に入ったところで、ポケットに隠れていたヒューマンスライムは俺の肩に移動していた。

 体を左右に揺らし、上機嫌な様子であった。


「楽しいのか?」

 

 こくり。ヒューマンスライムは大きくうなずいた。

 時々こちらの首をスライムがひやりとした手でふれてくる。


「もう少し大きくして、首に巻き付いてくれないか?」


 そういうと、俺の顔を覆った時のようにヒューマンスライムが巻き付いてきた。

 ひんやりとした感触が首を覆う。


 これはいいな。この暑い季節なら、時間貸しとかで儲けられるんじゃないか。

 しばらく堪能していたのだが、やがて熱を持ってきてしまった。


 そう都合よくもいかないか。

 何体かゴブリンを発見する。見つけるたび、俺は倒していく。

 

 町の近くで見かけることは少ないのだが、最近は自警団が狩りを行えていない。

 ……いつのまにか繁殖されてしまったんだろう。シナニスたちも討伐依頼を受けるほどなんだしな。


 冒険者たちは自主的に魔物を狩ることはまずない。

 ギルドに依頼として出るまで待つんだよな。


 襲われれば相手するが、依頼で討伐するのと自主的に狩るのでは報酬に差が出る。


 俺としても依頼が増えるのは悪くない。

 結果的に冒険者が定着してくれる可能性が高まるからな。


 依頼が流動的になるのが理想だ。だからといって、ゴブリンによって町に被害が出て住人の不満が出てきても問題だ。

 このあたりのバランスが難しいところだ。


 あとで、ギルドに連絡しておかないとだな。

 ヒューマンスライムのおかげもあって、一人でもそれほど退屈はしなかった。


 迷宮内に入ると、管理室から見ていたのか罠が出現する。

 俺が踏むと、次の瞬間にはマリウスの眼前に移動していた。わずかに、くらりとした感覚があったが、五体満足だ。


「やあルード。いやすまんね、朝から連絡してしまって」


 マリウスが柔らかな笑みとともに出迎えてくれた。


「ヒューマンスライムが顔を覆ってきて驚いたな。最高の寝覚めだったよ」

「はっはっはっ、そいつはよかった」


 彼の前には池のような画面がある。そこには、迷宮の様々な情報が映し出されていた。


「それで、用件はなんなんだ?」

「前に話していたヒューマンスライムの引き渡しを行おうと思ってな」

「ああ、やっぱりそうだったのか。……ありがとな」

「いや構わないさ」


 ただ、受け取るにあたって問題もいくつか残っている。


「マリウス。俺はヒューマンスライムと話せない。……結局連絡があったことしか分からないが、それ以上はどうすればできるようになるんだ?」

「そういえばそうだったな……。ヒューマンスライムが進化すれば、可能になるかもしれないが……うーむ」

「進化……? そんなこともできるのか?」

「ああ、回収したエネルギーで可能だ。実際、ほら見てみろ」


 彼が指さした先にはゴブリンがいた。

 しかし、そのゴブリンは通常の者とはちがう。

 

 普通のサイズよりも大きく、チームでの統制力もあがっているようだ。

 よく見れば、ゴブリンを従えるゴブリンリーダーの姿があった。


 前までこんな魔物はいなかったはずだ。


「そこにいるゴブリンリーダーは、オレが進化させたものだ。Eランク相当の魔物なのだろう?」

「そう、だな。そんなこともできるんだな……」

「ああ。次はゴブリンリーダーを進化させ、ゴブリンリーダーたちをまとめる魔物を作り、いくつかの階層に設置する予定だ。そうして、階層ごとに魔物のランクをある程度分けたほうが冒険者としてはやりやすいだろ?」

「さすがに、冒険者の気持ちがわかってきたな」

「当たり前だ。オレももう一流の冒険者だからな! それに、時々アバンシアに出向いて、こっそり情報を集めているんだ」

「……こっそり? おまえ、ちょっと前までは冒険者にちょっかいかけていたんだろ? さすがに姿でばれないか?」

「いや、きちんと変装しているから問題ないさ」

「変装?」

「ああ、こんな感じだ!」


 彼が手を鳴らすと、その姿が変化する。

 笠をかぶり、半分かけた仮面をつけている。彼の赤い瞳が、仮面の奥からこちらを覗いている。

 肩のあたりまで伸びた色素の薄い前髪を払い、彼は笑みをうかべた。


 その格好は、昨日俺に会いに来た時のものだ。


「この格好でな。クランに集まった冒険者たちの前で、ばっと変装をとるんだ。そして、『実は守護者なんだ』というのがひそかな楽しみだ」

「やめろ」

「冗談だ冗談。それじゃあ、さっそく進化をやっていくとするか」


 マリウスがにやりと口元を緩める。

 進化、か。

 どのようなものになるか楽しみだ。

 


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