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紹介



 町全体を周り、皆に挨拶していく。

 自警団の人たちはフィルドザウルスと聞くと頬をひきつらせながらも、とりあえずは笑顔で対応してくれる。


 魔物とかかわりの少ない人たちも、怯えることなく、犬か猫のようにかわいがってくれる。

 これで、フィーが成長してもどうにかなるだろう。


 外を歩いていると、空を雲が覆っていく。

 日差しがなくなるだけで、だいぶ変わるな。

 フィーも暑さにばてているのか、舌が口からはみ出している。


 自警団本部へと向かう。

 フィールにはまだ挨拶をしていなかった。


 自警団に聞いたところ、今日は本部で鍛錬をしているらしい。

 最近、見回りばかりでそういう時間を確保できていなかったらしいし、息抜きみたいなものだろう。


 騎士の配置に伴い、彼らが常駐できる建物の建設も始まった。

 そちらは、領主も利用できるらしい。


 というか、これまでは自警団本部がその場所だったのだが、ほとんど領主が訪れることもなかったし、騎士もいなかったため、数代前の領主が貸し出していたらしい。当時は、新しく建築する余裕もなかったらしいしな。


 長年自警団が使用していたため、すっかり劣化してしまっているため、いい機会ということでもう一つ用意したらしい。


 ……それと、俺たちのクランに関しても建設中だ。

 とりあえずは宿と同じ程度の規模で作っている。いずれ、もっと大きな規模になれば、新しい建物もできる。


 その場合は、今ある建物を宿などとして再利用できるような造りとなっている。

 俺たちのクランは後ろ盾として、領主がいるような状況になっている。

 貴族がクランに支援するというのはそれなりにある話だ。


 素材の納品やいざというときの戦力の貸し出し、それらを可能にするためだ。

 有名な貴族に支援してもらえるかどうかも、大事な要点となる。


 『竜黒ノ牙』も『白虎ノ爪』も、三大貴族がそれぞれ支援しているらしい。

 まあ、だからといって、そこまで深い関係があるというわけでもないそうだ。


 三大貴族は、それぞれの派閥に別れていて、喧嘩が多い。

 特に貴族は、冒険者同士の些細ないさかいよりも、もっとドロドロとしたものだ。


 それが多少なりとも、クランに影響しているのだろうな。

 俺がクラン運営をしていく上では、非常に環境は整っている。

 これで、上に伸びていけなかったら俺の責任だ。頑張らないとな。


 自警団本部にある中庭へと向かうと、そこで剣を振っているフィールの姿があった。

 普段つけている全身鎧を外し、金色の髪をなびかせている。

 さすがに、これだけの気温だ。彼女が剣を振るたび、汗が宙をまう。


「フィール、調子はどうだ?」

「ルードとルナ、それに……その可愛い生物はなんだ?」


 フィールは剣を振る手を止め、近くにあったタオルを掴む。

 ルナがフィーの前足を掴んで、手を振らせる。それを理解したのか、フィー自身がぶんぶん振り回した。

 

「フィルドザウルスの卵が孵化しました。名前はフィーです」

「私と似たような名前だな。……というか、これがアレになるのか。恐ろしいな」


 やはり、戦っただけあってその変化に驚いているようだ。

 中庭はもともと貴族が使う予定であったため、最低限のくつろげる空間がある。


 近くにあったベンチに腰掛けると、フィールは一度建物へと消える。

 再び現れた彼女は手に箱を持っていた。


 その上には、この熱に負けないようにか、氷の入った布袋が乗っている。

 おそらく、何かしらの料理が入っているのだろう。


「今日は久しぶりの休みだったからな。ケーキを作っておいたんだ」

「そうか。だから、剣を振っていたんだな」

「べ、別にそういうわけではないぞ」


 フィールが慌てた様子で首をぶんぶんと横に振る。

 ルナが僅かばかりに首を傾ける。フィーもそれを見て真似している。

 フィールをちらと見ると、彼女は頬を少し赤らめた。


「わ、私の口から言うのは恥ずかしい。ルード、説明してくれないか?」

「いや、別に無理に話さなくても」

「いいや、隠し事はよくない。過去と向き合ってこそ、人は成長できる」

「なのに、俺が話すのか?」

「くっ、わ、わかった。私から話す。……それにこれは先輩として過ちを繰り返させないためにも伝えるべき話だからな」


 そんな覚悟を決めるほどのものじゃないだろう。

 フィールはケーキの入った箱を膝の上に乗せる。

 それからこほん、と咳払いをした。


「実はな、私は料理が趣味なんだ」

「それはマニシア様から聞きました。マニシア様も、よくフィール様に教えていただいたと」

「そうだな、懐かしい話だ。……本題はそこじゃない。私は料理が趣味で、作ったものはすべて自分で処理していたんだ」

「なるほど……それが寂しかった、と?」

「い、いやそうじゃない……いやだがそれはそれでさみしいものではあったな……」


 おいルナ傷を広げるな。

 ルナもしまった、といった様子で口をぎゅっと結んでいる。


「食事量が増えればどうなるかわかるか?」

「太ります」

「ああ、太った……昔の私は今よりも丸かったんだ……。だから、食事をする前には必ず剣を振り続けるようにしたんだ」


 俺が出会ったときは少し丸かったくらいか。

 やせるために真剣に振り続けた結果、彼女は今の力を手に入れた。

 彼女の実力には、そんな裏がある。


「ルナ、暴飲暴食はダメだぞ。フィー、おまえもだ。一度太るとなかなか肉は落ちないんだ」

「わかりました。しかし、私はホムンクルスです。栄養はすべて魔力に変換されますので、体型の変化はありません」

「くーっ、羨ましいなぁっ!」


 ぷんぷんとフィールが声を荒らげる。

 ……前置きが長くなったな。


「フィール、ケーキ早く食べないと、さすがに氷があってもこの暑さだ。いたむぞ」

「そうだな。ほら、全員で食べよう」


 彼女が箱を開けると、リンゴールケーキがそこにあった。

 リリアとリリィにばれたら、睨まれるかもしれない。


 彼女がもってきていたナイフでそれを切り分ける。

 俺は手でつかみ、それをいただく。


 甘い。リンゴールの甘みがぎゅっと濃縮されている。

 ルナも一口食べて、頬を緩ませる。

 それを見ていたフィーが食べたそうに鳴いている。


 フィールがケーキをつまんでフィーの口元に運ぶ。 

 ぱくりとフィーが食べる。

 その隙にフィールはフィーの頭をなでている。こうやって、双子も餌付けしたのかもしれない。


「可愛いな。これがアレになるなんて信じられないな」


 フィールはまた戦った時のことを思い浮かべているようだ。

 まあ、それには同意見だ。ずっとこのままなら、みんなペットとして飼いたいだろう。


 しばらくケーキを楽しんでいると、中庭へと人がやってくる。

 仲良し二人組だ。

 彼らはせっかく曇りはじめた空を晴らすような暑苦しい笑顔とともに近づいてくる。


「おうルード! おまえのクランメンバーっていう男が会いたいっていうから、ここまで案内したぜ!」

「へいへい、もう仲間ができてるなんて頼もしいね! その調子で世界最強のクランを作ってくれよ? そのときはオレも仲間になるからな!」

「おまえみたいなの入れたらせっかくのクランが台無しだろ?」

「そんなことねぇよ! ほら、兄さん、ルードはあそこだぜ!」


 仲良し二人組がばっと後ろへ手を向ける。

 笠をかぶったそいつは、人差し指で少し上げる。


 彼は半分になった仮面をつけていて、こちらと目が合うと、嬉しそうに頬を緩める。

 いつも身に着けていた和服ではなく、俺が以前着ていた服に身を包んでいる。


 すべて、恐らくエネルギーなどを使って用意したのだろう。

 空はすっかり曇っている。だから出てきたのか。


 マリウスだ。

 いつも予想もしていないときに来るんだよな……。


「少し用事があったから来てしまった。おまえの家を訊ねたらいないと言われてしまってな。寂しかったな」

「事前に話してくれよ……驚くから」

「まあ、それも半分はねらっているからな」


 にこりと笑う。フィールはきょとんとした様子で首を傾げ、ルナは一礼を返している。


 俺は額に手をあてながら、笑みを浮かべている彼を見やった。





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