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誕生



 ピキピキピキ……と卵にヒビが入っていく。

 俺とルナとマニシアは揃ってそれを眺めていた。

 ルナが拾った卵。毎日かかさず彼女が温めていたそれが、いよいよ孵化する。


 ルナが緊張した面持ちで卵を見つめている。マニシアも同じ様子だ。

 ……二人は特に熱心に世話をしていたからな。その気持ちは少しわかる。


 やがて、ヒビが大きく広がっていき、そして完全に割れた。


「フィーっ!」


 元気な鳴き声が響いた。

 中から現れたのは小さな二足歩行の竜だ。


 フィルドザウルスだ。

 生まれてきたばかりだからか、その体は薄い緑色だ。まだ、鱗と呼べるほど頑丈なものもない。


 ただ、将来は親たちのように立派になるだろうことが予想できるほどに、その魔物の両足は太く、しっかりしている。

 フィルドザウルスは退化した前足で頭をかいている。きょろきょろと周囲を見る動きが可愛らしい。


 見ればマニシアたちは目を輝かせていた。

 俺の腕をぐいぐいと引っ張ってくるルナ。


「う、生まれましたよマスター」

「あ、ああ……とにかく、一度体をふいてやるといい」


 卵から生まれたばかりの子は、卵内にあった体を守る液体が付着している。

 魔物の子はだいたいそうだ。菌などから子どもを守ってくれるらしい。


 ルナが用意していたタオルでその体をふいていく。

 フィルドザウルスは心地よさそうに目を細めている。それから、バリバリと卵の殻を食べていく。


「だ、大丈夫なのでしょうか?」

「……わからん。が、卵に栄養がある場合もある。今はこれでいいんじゃないか?」


 それに、フィルドザウルスはどんな環境でも生きていけると言われている魔物だ。

 なんでも、ゴミだろうと栄養に変えられる力を持っているらしい。

 ……卵の殻を食べたくらいでお腹を壊すことはないだろう。


 ルナはその体にタオルを巻き付けて、胸に抱え上げる。

 タオルが気持ちいいのか、フィルドザウルスはタオルに体をこすりつけている。

 

「可愛いですねっ兄さん」

「あ、ああ」


 そうはしゃいでいるマニシアも可愛い。

 落ち着くまで、俺はマニシアとフィルドザウルスをしばらく見守っていた。


 

 〇



 半日もたつと、フィルドザウルスもすっかり落ち着き、家の中を駆け回っていた。

 ……今はまだ小さいからいいが、魔物なんてすぐに大きくなる。

 いずれは、町の外で倒したフィルドザウルスのようになるだろう。


「ルナ、名前はどうするんだ?」

「名前……ですか?」

「ああ。ルナが親みたいなものなんだ。名前をつけてあげたほうがいい」


 いつまでも、フィルドザウルスと呼ぶのはな。

 別れるのであれば名前をつける必要もないが、これからもここで暮らしていくだろう。

 なんなら、クランに入ってくれてもいい。大歓迎だ。


「名前……なににしましょうか」

「そう難しく考えなくてもいいんじゃないか?」


 俺がそういうと、マニシアも同意するようにうなずく。


「ルナさんが大事に育てたんです。ルナさんが、納得する名前をつけてあげてください。この子も、きっとそのほうが嬉しいですよ」


 マニシアが背中を押すようにいうと、ルナはこくりとうなずいた。

 俺がルナにつけたように、何かからとってしまうというのも手だ。


 ルナが考えるように顎に手をあて、テーブルの脚に頭をぶつけて尻餅をついたフィルドザウルスを見る。


「フィー?」


 フィルドザウルスが首をかしげるようにして、可愛らしい両目をこちらに向けてくる。

 ルナはあっ、と小さくもらし、それからしたり顔をする。


「フィーにします」

「フィーか、悪くないな」

「悪くないどころか完璧ですよルナさん」


 マニシアの言葉にルナは嬉しそうに、フィーを抱きかかえる。


「あなたの名前はフィーです。これから、よろしくお願いします」

「フィー!」


 嬉しそうにフィーが鳴いた。案外、人間の言葉も理解できているのかもしれない。

 フィーはルナの腕からぴょんと飛び上がると、楽しそうにまた床を駆け回る。


 元気だな、魔物の子は。

 そう走り回られても困る。


「散歩につれていったほうがいいかもな」

「そうですね。一度外も見せてあげたいです。フィー、行きましょうか」


 ……町の人たちに紹介しておかないと、いらぬ誤解を招く。

 この可愛い姿を見ていれば、成長した後も町の人たちが怯えることも少なくなるのではないだろうか。


「私はお昼の準備もありますし、待っていますね。お二人で行ってきてください」


 マニシアに食事の準備を任せ、歩いていく。

 ルナだけでは心配だしな。


 フィーとともに外へと出る。夏の熱気に勝手に眉間に皺が寄ってしまう。

 フィーはまったく気にしないようで、外に出た瞬間さらに元気に跳ねた。


「フィー、フィフィー!」


 楽しそうにフィーは外を走り回っている。

 俺とルナは、フィーが悪戯しないよう少し離れながらもついていく。


「魔物も、子どものときはあんなに可愛いんですね」

「そうだな」


 町を少し歩くと、自警団の者がやってきた。

 仲良し二人組は、今日も楽しそうに町を歩いている。


「フィー……?」


 フィーは人を見ると、少し怯えた様子を見せる。

 こちらへとやってきて、ルナの足に体をこすり付けている。

 ルナが抱え上げると、仲良し二人組がこちらへとやってきた。


「おう、ルード、どうしたそいつは?」

「可愛い奴だな、二人の子か?」


 人からこれが生まれてたまるか。


「こいつはフィルドザウルスだ」

「ふぃ、フィルドザウルスだと!?」


 さすがに、戦っただけあって二人は驚いている。

 大きな声に、びくんとフィーが小さくなった。

 それを見ていたルナの目が吊りあがる。


「あ、ああ悪いなルナちゃん。……けど、これがあれになるのか。想像もできねぇな」

「あ、ああ本当にな。けどよぉ。おまえの母ちゃんも、まさかおまえがこんなになっちまうなんて想像できないって言ってたぜ? 赤ちゃんのときは可愛かったのにってよ」

「まあ、そうだよな……って、なんだと! 今は可愛さこそなくなったが、かっこよさがあるだろっ! なあルナちゃん!」

「ええ、まあ、はい」


 ルナは小さくうなずいてやる。

 愛想を振りまくのは大事だ、と前に教えたのだが、覚えていたようだ。


 ……人も、赤ちゃんのときが一番可愛いと聞いたことがある。

 フィーもいずれは生意気に育っていくのかもしれない。


 仲良し二人組は、満足気な様子で肩を組んで去っていく。

 フィーは人が歩いている通りを見ると、少し体を震わせていた。


 まだ生まれたばかりでたくさんの人を見ると怖いのだろうか。

 ルナが地面に置くと、フィーは彼女の周りを元気よく走る。


 時々、俺の周りも同じように走る。

 ……人と接するのはまだ難しいが、外を走りたいという気持ちはあるようだ。


 少しずつ、慣れさせていけばいいだろう。

 と、向かい側からニンがやってきた。


 教会の制服に袖を通している彼女は、暑そうに片手で顔をあおいでいる。

 こちらに気づいた彼女は目を輝かせて近づいてくる。


「ねぇ、二人とも! それってもしかして、フィルドザウルス? 孵化したの!?」


 興奮しているのか、鼻息荒く近づいてくる。

 その様子に、フィーは驚いてしまったのか、ルナの後ろに隠れる。


 彼女が隠し持っている迫力に、気おされてしまったのかもしれない。

 ニンは少しだけショックを受けたような顔で、俺を見てきた。


「る、ルード……もしかしてあたしおびえられてる?」

「いや、まあ……そうかもな」

「な、なんでよっ。あたしも何度か……その、暖めるために一緒に寝てあげたこともあるのよ!? そんなまさか……っ。ぎゅって抱きしめてあげたのに、忘れちゃったの……?」

「そのときの力が強すぎて、とか……」

「ああん?」


 ニンが目を鋭くしてくる。ほれみろ、そういうところだ。

 彼女はがくりと肩を落とし、それからフィーのほうに顔を近づける。


 フィーはルナの後ろに隠れながら、ニンと見つめあう。

 ニンがにこっと、柔らかく微笑む。


「よ、よろしくね……えーとフィー?」


 ルナが何度かそう呼んだのを聞いていたようだ。

 フィーはルナとニンの顔を何度か見比べる。


 ルナがニンの手を掴んでみせると、フィーもおずおずといった様子でニンのほうに近づいた。

 ……なるほどな。


 フィーはルナを親と思っているから、そのルナが接している相手なら大丈夫なんだろう。

 ニンが優しく頭をなでてやると、フィーも少し落ち着いたようで、体をこすりつけている。

 

 ニンが少女のようにはにかんだ。

 無邪気な笑顔は久しぶりに見た。

 

 最近、教会での仕事が多い彼女は、そこらのチンピラが震えて逃げ出すような表情を浮かべることが多かったからな。


「フィーってご飯は何食べるのかしらね。帰りに何か買っていってあげるわよ?」

「……なんでも、食べるんじゃないか? 魔物だし、それにフィルドザウルスだし」


 まさか、子どもだからって、そこまで違うということもないだろう。

 何より……マリウスのところでかなり好き勝手に食べていたからな。


「わかったわ。あたし、教会のほうにいるから。何かあったらいつでも呼んで。何もなくても呼びつけていいわよ?」

「仕事したくないのか?」

「ばれた?」


 じゃ、っとニンが片手をあげ、制服の襟元を直した。

 ルナがフィーを抱えあげる。


「それでは、町の皆さんに挨拶してまわりましょうか」

「そうだな」


 フィーもルナの腕の中にいれば安心できるようだしな。



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