クラン結成
「冒険者に居心地のよい迷宮を提供できれば、確実にエネルギーを回収できるというわけだ」
「討伐しなくても迷宮運営には問題ないのか? ほら、一応おまえは守護者として挑んできたものを倒すっていう役目はあるんじゃないか?」
「いや、特に問題はないだろう。それに、迷宮運営は冒険者が長くいてくれればそれで十分回るんだ」
確かに、話を聞く限りでは問題なさそうに感じる。
「より長く、冒険者にいてもらうためには、もてなしをする。だからこそのくつろげる空間だ。……一番楽なところでい言えば、食事処だろうか」
「一つ、大きな問題があると思うんだが」
「なんだ? 準備までにエネルギーがかかりすぎるということか? それなら心配ご無用だ!」
「いや、そうじゃなくて……。食事処にしろ、遊び場にしろ……それらを提供する以上、人の言葉を話せる案内人が必要になるんじゃないか?」
「………………はっ!」
マリウスは顔を顰める。
それから頭を抱える。本気で悩んでいるようだ。
「考えていなかったのか?」
「い、いや……人型の魔物が必要なのはわかっていたんだ。本当だぞ。実は、冒険者の街で購入した魔石はサキュバス、ラミアの魔石なんだ。だから、まったく考えていなかったわけではないんだぞ!」
「……サキュバス、ラミアか」
「鍛えれば、話せるようになるかもしれないが……うーん。やはり、進化に頼るしかないか」
マリウスはぶつぶつと呟きながら唸っている。
それから真剣に悩み始め、クッキーに手を伸ばしていたゴブリンをちらと見る。
ゴブリンはこっそり食べようとしたのがばれたのだと勘違いしたのか、おびえるように首を振った。
「なあゴブリン? 話せるか」
マリウスはゴブリンにそう向かって首を傾げた。
ゴブリンはほっとした様子で手を引き戻し、それから胸を叩いた。
「ごぶっごぶ!」
ゴブリンは自信にあふれた表情とともに、そう言った。
いや、まったく話せていないんだが。
第一、だ。
「言っておくが、その凶悪な顔に接客されたら、俺なら不気味に思うぞ。サキュバスやラミアだって……綺麗な奴もいれば、魔物みたいな奴もいるだろ?」
ゴブリンがエプロンつけて接客してみろ。気を失うぞ。
ゴブリンは口をあんぐりとあけてから、がくりと肩を落とした。
どんまい、といった様子でフィルドザウルスが退化した前足を肩に乗せている。
「確かにそうだな」
マリウスが息を吐いて頷く。その発言が、さらにゴブリンを落ち込ませてしまう。
「……まあ、容姿に関してはどうにかなるあてはある」
「そうなのか?」
「ほら、いるじゃないか。人間のように可愛い子がな」
マリウスがヒューマンスライムに両手を向ける。
ヒューマンスライムが自慢するように、マニシアに変身する。
それで接客はやめろ。俺が嫉妬する。
「ヒューマンスライムを作ったときなんだが、よくよく見るとエネルギーの消費が通常よりも多かったんだ。つまり、通常よりも多くのエネルギーを使えば、それだけ当たりが引ける可能性が高くなるのではないか、というわけだ。それらと魔石を組み合わせれば、ある程度ねらって魔物を作ることも可能……なはずだ。またあとで、挑戦してみたいと思っている」
「なるほどな……」
人型、というか美しい魔物というのは確かにいる。
そういうのを専門にしている冒険者もいるとか。
なんなら、普段は化け物のような魔物でも、たまに突然変異種で人型になるのもいる。
「それと、魔物制作のときはなるべくおまえに任せようと思う」
「……どうしてだ?」
「魔物制作には強い思いが関わってくるようだ。キミがこのスライムを作れたように、キミならさらに可愛い魔物を作れるかもしれない。頼んだぞ」
「……なら、次はやめたほうがいいな」
「なぜだ」
「いや、マニシアの分身しかできない可能性があるぞ?」
「……シスコンめが。ま、まあ大丈夫じゃないか? そういうわけで、おまえの理想の女を思い描いてもらって、作ってもらいたいと思っている。次来るときまでにその準備をしておいてくれ」
一方的にそう言い切ってしまう。
……いや、まあ失敗してもいいというならやるけどさ。
それからマリウスは持ってきた素材を取り出し、それを並べていく。
目はきらきらと輝いている。まさに子どものようだ。
「なあ、マリウス。ここに来たのは少し相談があってだな」
「恋か?」
「クラン名だ」
「そういえばあったな、そんなもの。なんでもいいじゃないか。名前というのはその者を呼ぶための記号のようなものだろう? 覚えやすいのが一番だろう」
そうなんだけどな。
一生……下手したら俺が死んだあとも引き継がれていく可能性のある物だからな。
変な名前にはしたくなかった。
「まあ、あえて助言を与えるとすれば、名は確かに記号でしかないが、特徴を捉えてつけられることもある。例えば、一番最初に生まれたから一番、という名前をつけたりな。オレの管理している魔物たちはだいたいそんな感じだ」
「特徴、か。他の人にも話したら、盾をつけるのがいいんじゃないか、と言っていたな」
マリウスはこくこくと頷いた。
「それはいい。オレの記憶……いつの時代かはわからないが、白銀の盾を持ち、白銀の鎧に身を包んだ男がいたんだ。そいつはすべての攻撃から仲間を守りぬいたと言われている。『白銀盾の……』名前までは思い出せないが、そんな男がいたそうだ」
「白銀盾、か。……この盾も、もしかしたらその人が持っていたものなのかもな」
俺の大盾ももともとは、迷宮内の宝箱から回収されたらしい。
その人が迷宮で死に、この盾が迷宮に吸収され、宝箱にしまわれた……とかも可能性としてはなくはない。
白銀盾、か。悪くないな。
「ありがとな、参考にさせてもらうよ」
「それは別に構わない。さて、とりあえず……エネルギーを多く確保するために、無駄をそぎ落としていくか。ルードも手伝ってくれないか?」
「わかった」
新しい魔物の制作に関しては一度保留だ。
彼曰く、20階層との兼ね合いもあり、色々と悩みたいらしい。
既存の10階層までの調整を行いながら、ふと思う。
「……おまえがいないときは誰が管理していたんだ?」
「みんなにやってもらっていたぞ。まあ、及第点だな」
「新しく作り替わっていたのも、魔物たちがやったのか?」
「ああ。まったく勝手にいじったみたいでな。守護者としては少しお怒りだ」
「いや、別にいいだろ。みんななりにどうにかしようと思ったんだ」
そういうと、魔物たちは俺を神でも見るかのように目を輝かせた。
マリウスは少しだけすねたように腕を組む。
実はなマリウス。
この迷宮、評判いいんだぞ。
〇
次の日。
新聞社へと戻る予定の記者をつかまえる。
「クラン名、決まったんですか?」
興味津々といった様子でこちらを見てくる彼女に、俺は首肯を返す。
「『白銀盾』で行こうと思います」
ちらと記者は俺の盾を見てくる。
……悩んだが、これがわかりやすくて一番いいと思った。
「へぇ、なるほど。その盾が、クランを示しているのですね」
「ええ。俺はこれまでの人生で誰かを守ることしかしてきませんでした。だから、それ以外のことはできません。けど、守ることだけはできるつもりです。クランとして、それを忘れないでいこうと思いました」
「なるほど。いいクランができるといいですね」
「……ありがとうございます」
「私もできる範囲で協力しますよ。領主様からの頼みでもありますしね」
ウィンクしてきた彼女は、やってきた馬車へと乗りこむ。
「それじゃあまた活躍したときにでも、取材させてくださいねー」
「ああ」
「聖女様とか関係が進んだときも呼んでくださーい!」
余計なことを言い残し、彼女は去っていった。
帰宅するとリビングで休んでいたニンと目があった。
彼女はテーブルに置いてあった一枚の紙を掴んで、ひらひらと揺らす。
「クランの申請通ったみたいね」
「そこはさすがに、伯爵様のおかげだな」
「そうでもないんじゃない? 元勇者パーティー、勇者キグラスが失敗した迷宮調査の達成、聖女からのお墨付き、そして冒険者の街の迷宮攻略、でしょ? これだけあれば、通らないほうがおかしいわよ」
「おまえも何か言っていたのか?」
彼女の隣の椅子に座る。
ニンはさらに笑みを濃くする。
「当たり前じゃない。こんな楽しそうなこと、関わらないわけないじゃない」
「おまえ、本当に騒ぎが好きだな。……ありがとな」
「それで、あたしもクランに入れてくれるんでしょ?」
「……まあ、別にいいけど。教会のほうはいいのか?」
「さあ? そんな決まり聞いたことないし、ないなら大丈夫じゃないの? ダメならやめるだけだし。それじゃっ、これからもよろしくねルード」
シナニス、アリカ、ラーファン、ルナ、ニン、マリウスか……。
クランにはこういう人はダメという明確な決まりはない。
例えば、魔物にしたって、魔物を管理するクランがあるほどだ。
なんなら、マリウスが管理している魔物すべてを俺のクランメンバーとして登録したって問題ない。
……そうなると、半数が魔物になる。
いよいよ、なんだこれという状況にはなってしまうが。
まあ、色々あったが、これでひとまずクランは完成だ。
「……楽しみだな」
「ええ、本当にね」
俺はニンとともに笑みをかわした。