勇者の使命
勇者とは、迷宮の最深部に到達し、そこにいるとされる守護者を討伐し続ける者へ与えられる最高の名誉だ。
その立場を守るには、迷宮攻略を繰り返すしかない。
失敗したとき、人々は簡単に手のひらを返す。
そのとき、その人物を信じてくれるかどうかは、それまでの行いがすべてだ。
〇
「これから向かう迷宮は、現在四十階層まで攻略が進んでいる。オレたちに求められているのはいつもの通り、迷宮の最奥へ到達し、攻略することだ」
「は、はい……頑張ります!」
キグラスは新しく入ったサシンに笑みを向ける。
キグラスが選び抜いた優秀なタンクだ。まだ緊張しているようで、彼女の表情はこわばっている。
「パーティーでの基本的な行動方針を伝えていくぞ。よく聞けよ、おまえら」
キグラスは双子へと視線をやる。
というのも、双子はいつも自分たちの世界に入っていることが多く、話を聞いているかわからないからだ。
双子の姉、リリアは視線だけをキグラスに返した。
「まず、各自の役割を説明していく。オレ、リリア、サーアの三人が物理アタッカー、サシンがタンク、ニンはヒーラー、リリィは魔法アタッカーだ。リリアに関しては、遊撃のようにある程度自由に状況を見て行動しろ」
「了解よ」
リリアはそれを最後にリリィといちゃつき始めた。
キグラスは眉間をよせ、地面を蹴りつける。
「てめぇ、人の話をちゃんと聞きやがれ」
「聞いたわよ。それ以上は必要ないでしょ。いつも、こんな感じでしょ」
「……てめぇ、ルードとはもっと話していたじゃねぇか」
「リリィに勘違いされるようなことを言わないでくれない? ルードと話していたのはどれだけ攻撃するのか事前に聞かれていただけ。そこら辺打ち合わせていたの。敵の管理のために、タンクには必要なんでしょ?」
リリアがサシンへと視線を向けた。
その瞳は鋭い。
奥手なサシンはその細い体を縮こませるようにして、こくこくと頷いていた。
「は、はい! 魔物にはヘイト値というものがあると、長年の研究で判明しています! ですから、一人一人がどれだけ攻撃を行うかは、結構大事なんです!」
「だよ。理解したキグラス? 私はリリィとお金にしか興味ないの。余計なことを言わないでくれる?」
そう宣言してから、リリアはリリィを抱きしめる。
すでに二人は笑顔を浮かべ、お互いに触れあって楽しんでいる。
キグラスは舌打ちを一つしてから、ニンへと視線を向ける。
「ニン、おまえはいつも通りタンク優先で回復しろ。まあ、あいつと違って、サシンは優秀だ。敵の攻撃を棒立ちで受けるような真似はしないだろうから、回復の頻度は減る。なんなら、魔法攻撃に専念してくれても構わないぜ」
「わかったわよ。あいにく、あたしはあんたにいちゃもんをつけられたくないから、言われた仕事は完璧にこなすつもりよ」
ニンは冷めた目とともにそれだけを言った。
現在、パーティーメンバーの仲は良くも悪くもなかった。
リリアとリリィはいつも通り。
ニンは多少不機嫌であったが、それはキグラスに対してだけで、新しく入ったサシンとサーアの二人には優しく接していた。
だが、キグラスはニンの態度に顔をしかめていた。
その理由は簡単だ。
ニンと仲良くなりたかったからだ。
彼女に惚れている、とまではいかなくとも、その立場を欲していた。
彼女は聖女にして、公爵家の三女。それだけの立場の人間と仲良くなれば、さらに先の道が広がる。
そういった下心ゆえの行動であったが、現実はうまくいっていなかった。
「サシン、サーア。おまえたちは今回が初めてになるが、期待しているぞ。最高の結果を出せよ」
「は、はい、頑張ります!」
「わ、私も勇者様と一緒に戦うのが、あ、憧れであります! 頑張りますであります!」
サシン、サーアの二名が騎士たちが行う敬礼のように畏まってみせる。
それから二人は、きらきらと尊敬の目をキグラスに向ける。
キグラスは目を細め、口元を緩めた。
「それじゃあ、まずは準備運動がてら、三十階層に移動する。いきなり魔物に囲まれる可能性もある、気を張っておけよ、てめぇら!」
怒鳴るように声をあげたキグラスは、ダンジョンウォークのスキルを発動し、第三十階層へと移動した。
〇
三十階層にいる魔物は、グランミノタウロスだ。
全長三メートルほどはある牛頭の魔物だ。皆、それぞれ斧や剣といった武器を持っているのが特徴だ。
別の迷宮で討伐したことのあるそいつに、キグラスは「肩慣らし」といって戦いを挑んだ。
別に油断ではない。キグラスを除く全員が、グランミノタウロス程度の魔物なら、余裕だと考えていた。
しかし、現在キグラスたちは、壊滅寸前だった。
後衛のニンやリリィが真っ先に狙われ、彼女らは最初の交戦で外皮を削られてしまった。
そしてキグラスは――スキルを発動するたびに起こる痛みに、顔を顰めていた。
「い、いでえ……な、なんで……いままで、こんな痛みはなかったのに……っ」
キグラスは全身を襲う痛みに、舌打ちしていた。
「オレのスキルが……いかれちまったのか、よ! わけ、わかんねぇよくそ!」
スキルには先天的、後天的に獲得できるものの二つがある。
キグラスがルードとパーティーを組み始めたとき、キグラスは一つのスキルを獲得した。
ライフバーストと呼ばれるスキルだ。
キグラスはスキルの効果までは知らなかったが、攻撃スキルとして多用していた。
スキルや体力などは、教会にある神の祭壇で調べることができるが、その効果までを知ることはできない。
あくまで、どのようなスキルがあるのか、それを調べられるだけだ。
人によってはスキルの効果を自覚できることもあったが、キグラスも、持っているスキルについて、はっきりとは知らなかった。
使用するたび、体力を一割程度消費してしまうそのスキルに彼は、胸を押さえていた。
「キグラス! ぼさっとしてるんじゃないわよ!」
ニンの怒鳴るような一声が響き、キグラスは顔をあげる。
グランミノタウロスの斧が眼前に迫っていた。
慌てた様子で彼は横にとんでかわす。かわしきれず、地面がえぐれる。
足元にあった岩などが飛び、キグラスの体をかすめていく。
「ぐぅ!?」
生身の体で受けた傷とは違い、体力で受けたダメージは軽減される。
それでも、痛みには変わらない。
だが、久しく痛みを味わっていなかったキグラスからすれば、その程度でも大きな痛みだった。
「み、みなさんっ! 一度離れてください! 注意が分散しすぎています!」
「くそっ! サシン! ちゃんとやりやがれ! なんで、何度もあいつらの注意がはがれているんだよ!」
「ひぃっ、す、すみません!」
サシンは何度も何度も、『挑発』を発動し、魔物たちの注意を集めていた。
サシンへと注意は向き、サシンは必死に攻撃をかわしていく。
隙を見つけ、キグラスはライフバーストを発動する。
キグラスは顔をしかめる。心臓をわしづかみされるような痛みに襲われたからだ。
しかし、彼は剣を振りぬいた。
両手に持った剣で、グランミノタウロスの片腕を吹き飛ばす。
「き、キグラス様! まだ、注意を完全に引き付けきっていません!」
キグラスは呼吸を乱し、その場でうずくまる。
「くそっ……なんだよ! なんなんだよ、これは!」
立ち上がろうとしたキグラスへと、斧が落ちる。
近くにいたサーアが、キグラスを突き飛ばす。
そうして、サーアの体に斧が落ちた。
彼女の体力が削られ、地面へと叩きつけられる。
そうして、彼女の体に擦り傷ができた。
「外皮が、はがされた。誰か、彼女のカバーに――」
リリアが一体を相手どりながら、そう叫ぶ。
しかし、間に合わない。
サーアはグランミノタウロスに殴り飛ばされた。
運よく、飛ばされた先にサシンがいて、彼女を受け止め、ごろごろと転がる。
「キグラス! 応急手当をするから、そいつを足止めしていなさい!」
「ちっ……何がどうなってやがるんだよ!」
勝てるはずの相手に苦戦している。
その事実に、キグラスはただただいらだっていた。
「何がどうなってやがるんだよ!」
キグラスは声を荒らげ、片腕をなくしたグランミノタウロスへと切りかかる。
グランミノタウロスは振り返りながら拳を振りぬく。
その攻撃を予想していなかったキグラスは思い切り殴られる。
地面にたたきつけられたとき、足がじんわりと痛んだ。
「ま、まさか……体力が!」
体の中に意識を向けると、むなしく0の数字が浮かんだ。
そうなってしまえば、回復魔法はもう効かない。
自然回復で、体力が満タンになるときを待つしかない。
「くそくそくそ! 攻撃力なら、オレのほうが上なんだ! 事実、別の迷宮では倒したんだぞ!」
「グォォォ!」
「なっ!」
グランミノタウロスが叫び、間近にいたキグラスの全身が硬直状態になる。
状態異常攻撃だ。
その対策を一切していなかったキグラスは、グランミノタウロスの蹴りにはじかれる。
「ぐあぁ!?」
彼の体は宙を舞い、地面に落ちる。
神の加護を失い、軽減されることのない痛みに、彼はごろごろと転がる。
生きているという実感を味わうとともに、死を間近に感じる瞬間。
キグラスの顔が真っ青になった。
「グボボボ」
奇妙な笑い声のようなものをあげ、グランミノタウロスがキグラスの前で足を止める。
グランミノタウロスは馬鹿にするような笑みを浮かべ、舌なめずりをする。
「なめ、やがって……ふざけるなよ!」
キグラスは剣にスキルを込める。
最強の一撃――。そのスキルを込めた魔剣を振りぬき、グランミノタウロスの足へと振りぬこうとした。
だが、その瞬間。
ライフバーストによる痛みは、過去最高だった。
「ああ!?」
痛みに、スキルの発動を中断する。
神の加護を失った弱々しい剣が、グランミノタウロスの足へと当たる。
その巨木のように太い足に、切り傷をつけられるはずもなく。
「あ、あああ……」
グランミノタウロスは笑みを浮かべ、キグラスの顔を覗き込む。
キグラスはすっかり怯え、がたがたと震えて後ずさる。
「……やめ、やめろ! 殺さないでくれ! 嫌だ、まだ死にたくない! ごめんなさい! なんでもしますから許してください!」
キグラスは泣きながら、必死に魔物に懇願する。
彼の足元が湿っていく。
グランミノタウロスにそんな懇願など通じるはずもない。
無慈悲な一撃が彼へと落ちる。
「あああ!?」
踏み潰されたキグラスは、そのまま意識を失う。
だが、キグラスの決死の時間稼ぎのおかげで、グランミノタウロス一体に集中できたリリアが、そちらを討伐した。
さらにキグラスを踏みつけて遊んでいたグランミノタウロスの背中を切り裂いた。
「ざっとこんなもん」
「お姉ちゃんさすがです!」
「ふふん」
「あんたたち! いいから、早く脱出の準備よ! あたしとサシンでサーアは確保するわ! 双子は、キグラスのほうお願い! それと、リリィもダンジョンウォークのスキル持っていたわよね!? 準備お願い!」
ニンは叫び、すぐにサーアの応急手当を行う。
「うへぇ、リリア面倒くさい」
「リリィもそうです。ていうか、全身ボロボロのこれってどこから応急手当すればいい?」
「……手当とかの問題じゃないね。おーい、ニン。こっちはもう準備万端よ。さっさと脱出しましょ」
「わかったわ! サシン、その子お願い!」
「は、はい……! う、うぅ……サーア、死なないでください……」
「大丈夫よ。あなたが、うまく捕まえてくれたから重傷まではいっていないわ」
全員が揃ったところで、リリアがキグラスの額を叩く。
「撤退するよ、リーダー。文句はないよね?」
「う、あ……あ……」
満足に声も出せない状況だったが、キグラスはそう返事をした。
〇
勇者キグラスが三十階層攻略に失敗したという話は、すぐにギルドを通して様々な町へと伝わった。
王都新聞社にも、連絡が入り、月に一度発行される王都新聞の一面を飾ることになった。
病室で目を覚ましたキグラスのもとに、パーティーメンバーが集まっていた。
それぞれ、伝えることがあったからだ。
まずは、ニンだ。
「あたしもあのときの戦闘で腕が折れていたわ……。そういうわけで、ひとまず冒険者活動は一時休止。あんたのパーティー参加についても、事前に話していたとおりなくなったから」
「てめ……」
文句を言おうとしたキグラスだったが、ごほごほとむせる。
全身ボロボロの状態で、命があるだけでも運がよかったのだが、キグラスは苛立たしげに包帯を見ていた。
「くそ……が。あたらしく入ったタンクのせいで、オレの評価に泥がついちまったじゃねぇか!」
「ご、ごめんなさい!」
多少の怪我をしていた新入り二人は、すっかりキグラスに怯えてしまっていた。
「何よそれっ。あんたが、自分で選んだ二人でしょ!? ルードを追い出して、自分で選んで……自分の要求にこたえられなかったら、その子のせい!? 勝手なんじゃないの!?」
「うる、せぇ……っ! オレは、戦えていた! こいつらが入ってから、オレのスキルがおかしくなったんだよ!」
ニンがさらに言おうとしたところで、リリアが前に出る。
「キグラス。リリアからも言わせてもらうけど、この子たちは悪くないよ」
「なんだと?」
「彼女たちは十分優秀よ。今回の問題はあんた。グランミノタウロスに攻撃が通じたのはスキルを使用したときだけ。そもそも、あんたはグランミノタウロスのスピードについていけてなかった。あんたの実力じゃ、グランミノタウロスを倒すのは無理だったわ」
「そんなこと、ねぇよ! オレは別の迷宮で、ぶっ倒したことあるだろ!」
「うんうん。なら、そのときと今、何が違う?」
リリアが疲れたようにそう最後にしめて、リリィとともに病室の入り口へと向かう。
「もっともあんたに必要だったタンクは、たぶんルードなんじゃない? 今回見ていて思ったのはそれだけ。謝って戻ってきてもらったらどう?」
「……っ。違ぇ! オレは、戦えていた! タンクがもっとちゃんと仕事をしていれば!」
「していたって言っている。けど、ルードの『挑発』に関してはそれ以上に優秀だった。それは確かよ。だって、私も攻撃頻度は落として、調整する必要があったし」
「な、なんだと……オレの目が、節穴だったとでもいいたいのか!?」
「大きな大きなね」
「そんなわけ、ねぇ! あいつが優秀なはずがねぇ! あいつは、一回の狩りで散々ポーションを使って……くそっ!」
キグラスは顔をしかめ、拳を固める。
「人のせいにして生きるのって楽よね。あたし、そういう奴大嫌いなの」
「お姉ちゃん、行こう」
「そうね。リリィ。おいしいデザートでも食べて帰りましょうか。あたしたちは、ギルドとの契約がある以上またパーティーを組むと思うから言っておく。入院ついでに性格も見てもらっておきなさい」
二人は手を繋いで病室の外へと出た。
「それじゃあ、キグラス。さようなら。サシン、サーア。外に出るわよ」
ニンはサシンとサーアの背中を押して病室を出る。
「違う……違う。間違ってなんかねぇ。あいつは無能で、オレは正しいんだ……」
キグラスはぎりぎりと歯噛みをし、否定の言葉を吐き続ける。
「オレは、戦えていた! 勇者、なんだぞオレは! あんなタンク一人抜けたくらいでこんなにおかしくなるはずはねぇんだよ――すぐに、傷を治して、証明してやる! オレは最強だ! Sランクパーティーのリーダー、勇者キグラスなんだ!」
思い切り叫び、キグラスは吐血した。