攻略開始 1
予定だった一週間が経った。
それぞれの訓練は順調に進んだ。
今日が、迷宮へ挑む日だ。
水筒や塩飴など、時間をかけて迷宮を攻略する際に必須のアイテムを用意し、俺たちは迷宮へと向かった。
迷宮の入口に到達すると、この前バカにしてきた冒険者がこちらを見てきた。
彼は俺たちに気づくと、隣にいた冒険者に声をかける。
隣にいた冒険者は見慣れた人だ。彼は冒険者に視線だけを向け、ため息をついていた。
「ホラ吹き、今日は何しに来たんだ?」
「迷宮攻略だ」
「はは、できるといいなっ!」
俺たちはその横を過ぎていく。
こうなるであろうことは予測していたからな。
1階層へとつくと、シナニスが拳をわなわなと震わせる。
「あいつら、バカにしやがって! マジでムカつくぜ!」
「気にするな。今日の結果次第で評価は決まる。最低でも49階層には到達しないとだな。ルナ、頼む」
「承知しました。48階層へ向かいます」
ルナが魔法を発動し、48階層へと移動する。
目を開けると眼前には紫色の霧があった。
俺は自分の体内を確認し、外皮が削れていないことを確認する。
「だれも外皮が削れているやつはいないな?」
全員は自分の外皮を確認するように目を閉じてから頷いた。
一応、ラーファンやマリウスたちと来た時にも確認していたが、念のためだ。
「あれから48階層について調べたけど、これが削られないのは凄いね」
ラーファンがぽつりとつぶやく。
「みたいだな。対策しないと5秒あたりで、100近く外皮が削られるんだろ?」
シナニスは自分の体をちらと見ながらそう言った。
「うん。だから、パーティーメンバーの一人は常に結界を発動していないといけない。だから、この迷宮に挑む場合は五人で戦うことを想定していないとダメみたい」
それがないからこそ、俺たちの攻略難易度はかなり変化する。
他の階層と同じように、攻略できる。
第一関門は予定通り突破だ。次は、スケルトンとの戦闘だ。
少し歩いたところでぬかるみからスケルトンが這い出てくる。
「初めはシナニスとラーファンの二人で戦ってもらう。それで、どれだけ通用するかだけ見てみたい。次のスケルトンが出現する前に、マリウスが仕留めてくれ」
「了解。やんちゃボーイ、やってみようか」
「いよいよ実戦だな。まっ、軽くやってやるよ」
シナニスがにやりと口元を緩め、それから剣を抜く。
俺も大盾を構え、いつでも参加できるようにする。
スケルトンがこちらに気づいた。
ラーファンが挑発を放つと、スケルトンが近づいてくる。
ラーファンは唇をぎゅっと噛んでいる。……ただ、震えてはいない。
さすがに、毎日やっていたおかげで、スケルトンには慣れた。
スケルトンがラーファンへと飛びかかるが、ラーファンはそれを盾で受け止める。
正面から押し負けることはない。
安定感も、この一週間で身につけた。
彼女の成長に、指導した身としては嬉しいばかりだ。
ついつい口元が緩んでしまう。
それこそ、我が子を自慢する親のような気分でルナたちを見る。
……まあ、そもそも彼女たちはラーファンの始めを知らないから、特に驚くようなことはないんだけど。
シナニスが突っこむ。
ラーファンとシナニスが視線を一瞬だけかわした。
ラーファンが後退する。さすがに、もともとパーティーを組んでいた彼らの連携は見事だ。
シナニスは剣を振り抜くが、スケルトンはそれをすかさずかわす。
だが、シナニスはその俊敏な動きで剣を引き戻し、返すように振り抜いた。
スケルトンが体勢を崩しながらも、剣を振るった。
シナニスの攻撃はフェイントだ。スケルトンの攻撃を誘うためだけの攻撃。
シナニスは剣をあっさりと引いて、一撃を避けた。
不利な姿勢、大ぶりな一撃――それを放ったスケルトンは大きく体勢を崩していた。
「思っていたよりも遅いな」
シナニスが驚いた様子でつぶやいた。
なんだと……? 確かに、シナニスはスケルトンの動きについていけている。
スケルトンが振り抜いた攻撃をやすやすとさばき、それから距離を開ける。
マリウスを見やると彼は笑みを浮かべた。
「訓練の際に、実際のスケルトンよりも素早く攻撃をし続けてやったんだ。どうやら、成功みたいだな」
……なるほどな。スケルトンの素早さ程度なら、シナニスは対応できるほどの目を手に入れたようだ。
スケルトンが大きく振りかぶった瞬間に合わせ、シナニスは剣を振るう。
スケルトンがのけぞるように両腕をあげる。
マリウスが地面をけった。
スケルトンの無防備な目に、マリウスの刀が吸い込まれる。
一体を問題なく処理したところで、マリウスが刀を肩に乗せた。
「やんちゃボーイは48階層のスケルトン限定なら、問題ないさ」
シナニスは敵の攻撃を先読みできているようで、問題なく戦えている。
ラーファンも落ち着いた呼吸を繰り返している。
こちらに視線が合うと、尻尾が少し揺れた。
「ラーファン、よくやったな。見事だったぞ」
「ありがと」
彼女は嬉しそうにはにかんだ。そんな微笑みを見せられると、俺も嬉しくなる。
通用することを確認した以上、さっさと攻略を始めよう。
「攻略を進めていく。ルナ、探知魔法を頼む。俺が併せる」
「いえ、任せてくださいルード様! 私がルナお姉様と完璧な併せをお見せします!」
アリカがそう宣言して手をあげる。
ルナはこくりと頷いて、すぐに魔法を展開する。
そこへ、アリカの魔力が溢れる。彼女の魔力はすぐに変化し、ルナのものに近いものへとなる。
「……魔力変化?」
「たぶん、そうだな」
自身の魔力の性質をある程度変化させるスキルだ。
それによって、併せの威力が大きく向上する。
以前調べたときは持っていなかったはずだ。
二人の魔法が発動し、ルナが視線を向ける。
「魔物はまだ近くには感じられません。次の階層へと移動するための魔法陣は見つかりませんでした」
「ルナ、アリカはもしかして魔力変化のスキルを習得したのか?」
「はい、それとヒールですね」
一番成長してるな……。
ラーファンも『プロテクトシールド』は習得しているが、それだけだ。
シナニスは結局何も獲得できていない。ただ、地力は確実に上がっている。
ルナは教えるのが苦手かもと思っていたが、俺よりも上手いんじゃないか。
勝手に落ち込みながら進んでいく。
スケルトンが二体出現し、ゴーストが一体向かってくる。
「スケルトン一体とゴーストは俺が引き受ける。ルナとアリカでゴーストを処理する魔法を、スケルトン一体はマリウスの指示で処理してくれ」
一番厄介な編成だ。
二体に挑発を放つと、すぐにゴーストが飛んでくる。
ゴーストの攻撃を盾で防ぐと、脇からスケルトンが飛び出してきた。
並びのいい歯を見せつけてきたスケルトンの一撃を受け止める。
俺だって、あいつらに負けるわけにはいかない。
スケルトンの振りぬいてきた剣に剣をあてる。
そうして、スケルトンの体を傷つけないようにとんと盾で押す。
ぬかるみに足を取られたスケルトンがそのまま転がる。
もう片方のスケルトンはラーファンを軸にしながら討伐したところだ。さすがに、速いな。
俺の援護にシナニスがきている。
ゴーストの放った霊体を盾で受ける。激しい爆発が起こるが、俺の大盾はこのくらいでは壊れない。
相手の力量を把握した今、体が強張ることはない。
戦いは精神面も大きく関わってくる。未知の敵と戦う時、人はやはり体が強張ってしまうものだ。
俺は余裕をもって彼らと相対する。
ゴーストへ魔法が放たれた。
気づくのに遅れたゴーストを魔法が飲みこんだ。
炎の魔法にゴーストの体は焼かれ、消滅した。さすがの火力だ。もともとルナは魔法が得意だったが、アリカとの併せでさらに威力を上げていた。
「ルナ、もう少し抑えてもゴーストは倒せるかもな」
「承知しました。次は魔力を抑えて発動してみます」
起き上がったスケルトンが剣を振り抜いてきた。低い位置からの薙ぎ払い。足を狙ったそれを思い切り踏みつける。
剣の腹から踏みつけると、スケルトンは固まった。
スケルトンが剣を引き抜こうとしたが、俺はさらに強く踏みつける。
仕方ないといった様子でスケルトンが殴り掛かってきたが、それを片手で受け止める。
そして、睨みつける。スケルトンの体が一瞬震えた。
マリウスの刀が脇を抜ける。
スケルトンの魔石が砕け散り、崩れ落ちた。
「ルナ、どんどん行くぞ」
「はい。周囲にも魔法陣は確認できませんでした」
さすがに、広大なこの階層から見つけ出すのは容易ではないな。
一度に5体のスケルトンが出現しても、俺が引き受ける魔物の数が変わるだけで問題ない。
回復魔法とポーションを使えば外皮が削りきられることはない。
「ルード、前より威圧感が増したな」
「……そうか?」
隣に並んだマリウスがそんなことを言ってきた。
「ああ。以前はどこか引退した冒険者のような達観した部分があったが、今はやんちゃボーイのような熱を感じる」
「そんなに変わったつもりはないが」
「それなら、それがお前の本来の闘志なのかもしれんな。まあ、あのままで満足されていては次戦う時に期待が持てないがな!」
楽しそうに笑うなこいつは。
「マスター、魔法陣を発見しました」
ルナの言葉を聞いたシナニスが嬉しそうに笑う。
「おいおい、マジかよ。なんかかなりあっさり攻略できたな」
「まああれだけ対策を取ればな」
俺はポケットから塩飴を一つ取り出して、口に放る。
少し汗をかいたから、その補給だ。他のメンバーもそれぞれ体力回復のための補給を行っている。
と、マリウスは魔法陣を見て口元を緩めていた。
「49階層か。どんな魔物がでるか、楽しみだな」
「いや、スケルトンとゴースト以外が出てきたら困る」
「はっはっはっ、ルード情けないことを言うな」
俺たちは魔法陣へと乗りこみ、それから49階層へと移動する。
階層の造りは似たようなものだった。
少し進むと、魔物が現れる。
49階層でのはじめての戦闘だ。
現れたのはスケルトンだ。
あとはどのくらいの強さか。
「三人、頼む。俺は周囲の警戒に当たる」
「了解だ」
スケルトン一体と三人が向き合う。今度は別のスケルトンも出現する。
シナニスたちは48階層と同じように処理をして見せた。
「……ルード。さっきよりもかなり力上がってんぜ。手が痺れたぜ」
攻撃を受け流していたように見えたシナニスだが、それでも結構ぎりぎりだったのかもしれない。
俺は湧いてきているスケルトン三体を引きつける。……出現もさらに早くなっている気がする。
「まだ、行けるかシナニス?」
「当たり前だっ」
「それならこのまま、49階層も駆け抜けるぞ!」
声を張り上げる。
49階層の魔物が変わらない以上、迷う必要はない。
「マリウス、そっちを確実に仕留めてくれ。こっちは俺がとりあえず引き受ける」
片っ端から仕留めて進む。
6体を同時に相手するときも、普段と変わらない。
俺が五体を引きつけ、一体をラーファンが受ける。
俺の負担が多くなるが、やられるほどではない。
スケルトンの攻撃を何度か受けたが、ルナたちの治癒魔法で回復できる程度だ。
そのうちに、マリウスが敵を減らしていき、隙を見つけて、ルナが探知魔法を使用する。
そのルナも額に汗を浮かべていた。そんな彼女が目を見開き、声を張り上げた。
「マスター! あちらに、魔法陣の反応があります!」
49階層に到着してから三時間が経とうとしたとき、ルナのそんな声が聞こえた。
ようやくか。
「もう、魔法陣に突っ込むぞ! わざわざ相手する必要はない!」
魔法陣を目視できるところまで行ったところで、叫ぶ。
スケルトンたちに追われながら、俺たちは魔法陣へと飛びこんだ。
腕がこちらまで伸びてきたが、それを叩き落としたところで魔法陣が起動した。